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金の腕輪

バッドエンドです。

ゆるふわ昔の日本設定。江戸・・・くらい?昔です。


#自分が創作で禁止されたら死亡しそうなものをふぉろわさんから教えて貰ってそれを禁止して小話作る

のタグで、

NG要素は、西洋、ドレス、優しいヒーロー、ハピエン でした。

――これは鬼のツノだ。どんな病人もたちまち治す万能薬だよ。あんた、これが必要なんだろう。


 彼がその露天商に目を向けたのは偶然だった。目を向けたというよりは、そちらの方向、少し奥から食欲をそそる香りがして、それにつられて顔を上げたのだった。

 そうしたら、しわがれた声の老婆に声をかけられた。

 薬について長々と説明をする声は彼の耳には届いておらず、理解したのは、鬼のツノが薬になるということである。


 薬と言えば、彼が居候している兄妹の、兄がよく作っているものだ。カンジャと呼ばれる顔色の悪い人間に渡すもの。

 鬼のツノがどんな病も治すと聞いて、彼は帰りの道すがら自分の頭に手を伸ばした。

 畳の上に寝そべっていると、そこに終わりのない穴が空いているように見えるほど真っ黒な長い髪だ。兄妹のもとに居候するようになってから、以前より手入れをされているものの、それでもヒトの髪と比べると硬くて直線的に伸びる黒い髪。その間に、小さな生成色の塊が隠れている。

 鬼のツノである。

 大昔に出会った僧侶に力を封じられて以来、鬼のツノは今や髪をかき分けないと見えないほど縮んでいる。昔は使えたはずの力も使えなくなって久しく、今や自分が過去何ができたのかも覚えていない。それでも鬼のツノであることは変わりない。


 鬼は、居候のきっかけを作った妹のほうが、フジノヤマイに侵されているのだと聞いていた。自分のツノが薬になるなら、それを差し出すことでまた金平糖か、羊羹をもらえるかもしれない。

 焼き芋や干し柿も甘いけれど、金平糖が一番気に入っている。どこから手に入れるかよく分からない、あのとげのついた甘い木の実は、鬼が妹のほう――アオイの手伝いをすると、報酬としてもらえるものである。

 水を運ぶとか、薪を割る、山へ薬草を探しに行くなど、頼まれることは大抵同じで、報酬の量も同じである。

 今日はいつもの手伝いは済んでいる。アオイは死ぬのが怖いと言っていたから、薬でフジノヤマイが治るならいつもの報酬に追加して、なにかが得られることは確かなはずだ。

 そう考えて、鬼は機嫌良く軽い足取りで家に戻った。



 アオイの部屋はいつも静かで、生き物の気配を感じない。

 鬼は本来気配を探るのが得意だが、僧侶につけられた力を封じる腕輪のせいで、その能力も使えなくなって久しい。それにしても今日のアオイの部屋からは、いつも以上に気配がない。


「おい、アオイ」


 鬼は障子を開けてから手を止めた。部屋主に断りなく開けるなと言われていたことを思い出すのは、いつも開けたあとである。

 目を細めて非難されるのは痛くも痒くもないが、報酬をもらえなくなるのは困る。

 開けて、またすぐ閉じようとした鬼の金の目には、畳の上に横たわっているアオイの姿があった。鬼の鼻腔を錆びたような香りが満たす。

 よく知ったにおい。

 鮮血のにおいだ。


「おい」


 鬼が声をかけても、アオイは返事をしない。近くまで行ってしゃがみ込み、彼女の身体をひっくり返すと、アオイがうっすらと目を開けた。口元が赤く汚れていた。


「……ソウゲツさん」

「生肉でも食ったのか? 人間は肉をそのまま食うとよくないってヨイチが言ってたぞ。焼いてから食え」


 兄の名前を出すと、アオイは軽く笑って首を横に振った。


「違いますよ。これは私の血です。咳をしたら血が混じってしまって」

「お前の?」

「はい。もうすぐ死ぬんだと思います」


 鬼は金の瞳を瞬きした。


「あなたのおかげで、今は死ぬことがあまり怖くないかもしれません。いつかくる日がきただけですもんね」


 アオイの言葉で、鬼は少し前のやりとりを思い出した。


『なぜ死ぬのが怖いんだ。生まれたものは必ず土に変える。いつかくるものがきただけのことを、いちいち嘆く必要があるか』

『そうですね。怖がらなくていいのかもしれませんね。でも、また来年も、あの美しい花を見たかったと思ってしまうんです。惜しいなぁ、また見たかったなぁ、って』


 紙の上に描かれた花をなぞって、アオイはじっとそこを眺めていたのだった。


 アオイの手が、鬼の腕に嵌っている金の輪を撫でた。


「あなたの善い心が、僧侶様にも届きますように」


 大昔に出会って、見知らぬ僧侶がつけていった金の腕輪だ。 

 僧侶の顔も、名前も覚えていない。

 ただ彼が持っていたシャラシャラと鬱陶しい音だけが耳に残っている。


 それから、意味のわからない、彼の言葉。

 

――善の心がお前を自由にするだろう。それまで、自分の無力さと向き合いなさい。


 畳の上に、彼女の手が落ちる。


 最初に出会った時、アオイはコケモモの木の近くで倒れていた。そのときからずっと、本当にそこにいるのか分からなくなるほど気配のない女だ。

 息絶えて、本当に身体が空っぽになると、それまでは確かにそこにいたのだと、その小さな差を感じることができた。



 いくつか季節が過ぎた頃、一人の子供が母親に連れられて川岸を歩いていた。薄桃の花びらが散る様子は彼の目を引かず、川面が光を反射する様子のほうがよっぽど興味深く見える。そこに石を投げ込むほうが、もっと楽しい。

 しゃがみ込んで夢中になって石を探していたところで、柔らかいものに頭をぶつけた。

 目の前には、吸い込まれそうなほど黒い塊。


 思わず短い悲鳴をあげたところで、それが人だと気づいた。

 ぼさぼさの長い髪をした男だ。目の色が太陽の光で金に光って見える。腕についた金の輪も眩しく太陽を反射している。


 その様子に子供の目は引かれたが、男が子供をみることはない。

 彼の瞳は桜の木一点に注がれている。


 離れても気づかず花を見続ける母の姿と重なって、子供はむっと顔を顰めた。


「ねぇ、なんで花を見てるの?」

「……」

「ねぇ!」


 無視されたので、大声を出すとようやく男がこちらを見た。


「知らない。価値が分からないから見にきているんだ」


 男の回答に、子供は首を傾げる。


「変なの」


 子供は興味を失って、前を歩く母親を追いかけた。

 夕方同じ道を通っても、同じ場所に男が座っていたが、親子は歌を歌うのに夢中で、男に気づくことはなかった。

いつも優しいヒーローのナーロッパハピエンにしてしまうので、バッドエンドで終わらせるのめちゃ難しかったです。チャレンジできて良かったです。ありがとうございました。


色々説明不足なので補足です。

・妹はお兄さんの役に立ちたくて勝手に山に入って仕事しようとしてよく倒れる(虚弱なため)

・鬼は妹が倒れているところに遭遇して、特に助けることはなく彼女が持っていたおやつだけ奪って食べる。妹のことは近所の人が後で助けた。

・後日、妹が山で落とした母の形見の巾着(おやつが入っていた)ものを探しに行った時に、鬼が妹に出会って、おやつくれと主張する

・妹は鬼が巾着を取っておいてくれたことに感謝して、今後もおやつと引き換えに薪拾いなど手伝いをお願いする。しばらくお兄さんに内緒で取引していたけどバレて居候に。(お兄さんは、鬼のことを怪しいな〜って思うが、妹が生き生きして見えたので目を瞑る)。

・鬼が鬼であることは、妹と一緒にお寺を訪問したときに人喰いの鬼の屏風絵的なものを見て、「ちょっと似てますねー」「これおれだ」みたいな話から発覚して妹は知ってる。妹は、鬼が人を食べていたのはシカとかと同じ扱いだったことを理解し、今は腕輪の力でちょっと力が強い男の人くらいになっていて、人は食べられないようになっていることも知っている。とはいえ怯えつつ、ただ自分が病気でいつ死ぬかわからない中で、何も残せないまま死ぬのが怖いから、死んだら食べてくれないかなーとかちょっと思ってたけど言ってない。引かれるかもしれないし、引くほどの感情も持ってもらえてないんだろうな、と自嘲する感じで、鬼にとって自分があまりにも取るに足らないので、そこで逆にいつか終わるものとしての自分の命を冷静に受け入れた感じ。残りの時間は前向きな姿を残そうと思って割と満ち足りて生きてます。

・ソウゲツは双月で、アオイが屏風の月と、鬼の金の目を見てつけた名前です。(その前は「名前ない」って言われて呼べなかった)

→その後本編


・人じゃない生き物には善悪はないので、僧侶が決めた”善”の心は鬼が理解することは一生ない。

・鬼は力を封じられても特に困ってなかったので、何かできなかったのは死から救えなかった経験が初めてですが、そこに対して悲しいという気持ちを抱くことはできない

・彼女の言葉を分かりたいという気持ちがあるが、それが芽生えていることも気付けないし、それを言語化してくれる人もいないので、唯一の手掛かりである花を日々見に来るものの、そこから何かが発生することがない


というバッドエンドでした。

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