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後で消すやつ  作者: アールグレイ
平和な日常編
5/5

平和な日常5

お風呂シーンを書く時だけ生き生きするやつ

「ねぇねぇ、斧男って知ってる?」

 門限が近づき、寮へと戻る道すがら、エミが唐突にそんなことを言い出した。

「何それ?」

 私は首を傾げる。フレイヤも不思議そうな顔をしている。

「ふふふ、じゃあ教えてあげるね。斧男っていうのはね、今アストルムでホットな怪談なんだ」

 エミは得意げに語り始めた。曰く、夜に街を出歩いていると、どこからかキー、キー、と金属を引きずる音が聞こえてくるらしい。不気味になって逃げても、その音は変わらずついてきて、気が付くと人気のない路地裏に追い詰められている。

 そして、振り向くと、巨大な斧を持った男が……。

「ううう、こ、怖いよぉ」

 フレイヤが私の腕にしがみついてきた。いつも冷静な彼女がこんなに怯えるなんて、よっぽど怖いんだろう。

「ちょっと、フレイヤ怖がってるじゃない!」

 私はエミを睨みつける。

「ごめんごめん、あ、そいつはかつて処刑に失敗して市民に石とか投げられて滅多打ちにされた処刑人の亡霊だとかなんとか」

 エミは悪びれる様子もなく、話を続ける。

「ちょっと!」

 私まで怖くなってきた。心臓がドキドキと音を立てている。

「ふっふっふ、セレスも怖がってるんじゃない? 足震えてるよー!」

 エミは私の様子を見て、楽しそうに笑う。

「怖くなんてない!」

 私は強がって否定するが、声は少し震えていた。

「ど、どうでもいいから早く寮に帰ろうよ~」

 フレイヤが震える声で言った。私も同感だ。一刻も早くこの場所から立ち去りたい。

「そうね、早く帰ろう」

 私はフレイヤの手を握り、エミと一緒に足早に寮へと向かう。後ろからキー、キー、という音が聞こえてきそうで、何度も振り返りそうになるのを必死に我慢しながら。


 その後、斧男に出遭って……なんてことはなく、無事に寮に戻ってきた。

 まずは、汗を洗い流すためにも入浴を済ませるために、大浴場へ行く。

 アストルム市民はきれい好きで入浴を毎日する文化があるので、魔法学校には大浴場も併設されている。

「はぁー、いいお湯」

 湯船に浸かると、一日の疲労が一気に溶け出していくような感覚に陥る。この感覚を味わうともうお風呂なしの生活には戻れないなと思ってしまう。

 しばらくぼーっとしていると、脱衣所から誰かが入ってくる気配がした。

「あ、セレスだ! やっほー」

 入ってきたのはエミだった。彼女は小さなタオル一枚という無防備な姿になっていたので慌てて目を逸らす。どうして女子寮だとこんな無防備な格好の子が沢山いるのだろうか。

「ちょ、ちょっと! そんな恰好で歩き回らないでよ」

 私はエミを叱るが、彼女は特に気にしていない様子だった。私以外の女子にも同じ感じで接しているのだろうか?

「どうして? ここ女湯だよ?」

 エミは首を傾げる。彼女の言っている事は正論だったので、これ以上強く言うことができなかったが、せめてタオルを体に巻いて隠してほしいと思うのは私のわがままなのだろうか……?

「そういえばフレイヤは?」

 エミは辺りを見回す。

「フレイヤなら先に部屋に戻ったわよ」

 私は答える。

「そっか、じゃあセレスと二人でお風呂だね! お背中流してあげようか?」

 エミはニヤリと笑う。本当にこの子は人を揶揄うのが好きだなと思う。

「はぁ、からかうのもいい加減にして」

 私はため息をつく。最近、エミと一緒にいる機会が増えて分かったことがあるのだが、彼女はとにかく人をからかうのが大好きらしい。そしてそれは私に対して特に顕著に表れるようだ。

 まあ確かに彼女の容姿はかなり整っている方だと思うし、男子に人気なのも頷ける。

 しかし、だからと言って私をおもちゃのように扱っていいわけではないと思うのだ。私は彼女の玩具ではないはずだ。

「え~? いいじゃん別に」

 エミは口を尖らせて不満そうに言うが、私は無視して湯船から出る。

「ちょっと!」

 エミは私を追ってくる。

「もう十分温まったわ」

「もー! 次は絶対一緒のタイミングで入ってやるんだからー!」

 エミは口を尖らす。子供みたいな仕草だが、妙に様になっていた。

「はいはい」

 そんなやり取りをしながら私は脱衣所へと向かった。もう他の生徒も全員上がっており、私たち二人だけが残されていたようだ。

 私は手早く着替えを済ませると、足早に自室へと戻った。


 寮の部屋に戻りしばらくするとエミも戻ってきた。

 エミは早速机の上に魔法銃を広げる。いつもながら手際よく分解し、小さな部品の一つ一つを丁寧に磨き始める。フレイヤはベッドに腰掛け、便箋に向かっている。実家への手紙だろうか。

「そういえば、その鉄砲ってどうなってるの?」

 私は興味津々にエミの魔法銃に手を伸ばすが、彼女にピシャリと制止される。

「ダメ!」

 その声はいつもより低く、真剣だ。

「えー、いいじゃん、ちょっとだけ」

「銃は道具にして相棒なんだよ! 調整が狂ったら一から整備し直しだし、教官も『自分の命を預ける道具を他人に触らせるな』って言ってたし!」

 エミは顔を赤くして、早口でまくし立てる。

「そ、そうなんだ。ごめん」

 私は素直に謝る。確かに、魔法銃は私たち魔法銃使いにとって大切な武器だ。むやみに触ってはいけないのも当然かもしれない。

「って私もよくわかってないんだけどね」

 エミは照れ隠しのように付け加えた。

「なんなのよ……」

 私は呆れたようにため息をつく。エミはいつもこうだ。口では偉そうなことを言うくせに、実はよく分かっていないことが多い。でも、それが彼女の可愛らしいところでもある。私はベッドに腰掛ける。そして、魔法銃の手入れをするエミをぼーっと見つめることにした。彼女は慣れた手つきで銃を組み立てていく。その手つきはとても繊細で、まるで芸術品のようだと思った。

「あ、あの」

 ぼーっとそんなことを考えていると、フレイヤが恥ずかしそうに声をかけてきた。

「今日、一緒のベッドで寝ていいかな?」

 なるほど、今日の斧男の話がよっぽど怖かったのだろう。いつもは一人で寝るフレイヤが、こんなお願いをするなんて珍しい。

 かくいう私も、一人で寝るのは少し心細かったので、フレイヤの申し出はありがたかった。

「もちろん、いいよ」

 私は笑顔で頷いた。

「えー! セレスとフレイヤ一緒に寝るの?」

 魔法銃の手入れを終えたエミが、驚いたように声を上げた。

「ううう、だって怖いんだもの」

 フレイヤは布団にくるまりながら、小さな声で言った。

「ずっるーい! 私も一緒に寝る!」

 エミは勢いよく立ち上がり、フレイヤを連れて私のベッドに入り込んできた。

「せ、せま!」

 私は思わず声を上げた。シングルベッドに三人なんて、さすがに無理がある。

「いいじゃん、ぎゅーってすれば大丈夫だよ」

 エミは私の言葉を無視して、フレイヤと私をぎゅっと抱きしめた。

「ちょ、ちょっと……」

 私は身動きが取れず、困り果てる。しかし、エミとフレイヤの温もりが心地よく、次第に安心感に包まれていく。

「ほら、怖くないでしょ?」

 エミが私の耳元で囁く。その声は、いつもより優しく、包み込むような温かさがあった。

「うん……」

 私は小さく頷いた。三人の温もりに包まれながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。


 *


 レグヌム川の濁流が轟々と流れる中、その岸辺には、レグヌム川諸都市同盟の戦列が整然と並んでいた。彼らの前には、無数のゴブリンやトロールといった下級魔物たちが、不気味な咆哮を上げながら蠢いている。

 戦列の中央、指揮に立つのは、大陸にその名を轟かせる名将、パンツァー将軍。厳しい表情で戦況を見つめる彼の隣には、参謀が控えている。

「砲兵隊に命じよ。各個速射、トロールを狙え」

 パンツァー将軍の指示に、参謀は驚きを隠せない。

「相変わらず無茶仰いますね。砲兵隊卒ならそれがどれほど難しいかわかるでしょうに」

 砲兵隊による速射は、高度な技術と連携が必要とされる。ましてや、動き回るトロールを正確に狙い撃つなど、至難の業だ。

「そのうえで、だ。トロールと戦列が接敵すれば近衛でもひとたまりもないぞ」

 パンツァー将軍は、厳しい現実を突きつける。

「魔法使い部隊と英雄の連中はどうしますか?」

 参謀は、切り札ともいえる部隊の指示を仰ぐ。

「魔法使い部隊は空から敵情を探れ、英雄部隊は、上級魔物か魔族が出てくるまで温存だ」

 パンツァー将軍は、自嘲気味に呟いた。

「俺たちにも、アストルム並みに魔法使いや英雄がいればな」

 アストルムは、魔法都市として名高く、優秀な魔法使いや英雄を多数擁している。しかし、彼らは自都市の防衛に固執し、他の都市への援軍派遣には消極的だった。

「あの都市は異常なんですよ。しかもそれを援軍に回さずに都市に貯めやがって」

 参謀も、アストルムへの不満を口にする。

「文句を言っても仕方あるまい。ゴブリンどもあの距離から突撃してきたぞ」

 パンツァー将軍は、魔物たちの動きに気づき、再び指揮官としての顔つきに戻る。

「ははは、あれじゃ戦列に着く前に息切れですね」

 参謀は、敵の無謀な突撃を見て、安堵と嘲笑を浮かべる。

「射程に入り次第斉射せよ。乱戦はゴブリンに分があるぞ、近づけるな」

 パンツァー将軍の号令が響き渡り、戦場の空気が一気に張り詰める。兵士たちは、一斉に武器を構え、敵の接近を待つ。決戦の時は、刻一刻と近づいていた。


 戦場は、凄まじい轟音と怒号が渦巻く混沌の坩堝と化していた。

 レグヌム川諸都市同盟の兵士たちは、勇敢に戦っていた。しかし、ゴブリンの数は圧倒的に多く、まるで蟻のように湧き出てくる。銃弾が雨のように降り注いでも、その勢いは衰えることを知らない。

 さらに、巨体のトロールが岩を投げつける。その一撃は凄まじく、兵士たちを吹き飛ばし、戦列を乱していく。

「戦線右翼が圧されつつあります!」

 副官の緊迫した報告に、パンツァー将軍は表情を引き締めた。

「分かった、激励に行くぞ」

 将軍は愛馬に跨り、戦場を駆け抜ける。その目は、戦況を冷静に見極めながら、敵の戦術を読み取っていた。

(斜行陣か……古典的だが、有効な戦術。魔王軍も力押しだけではない、か)

 斜行陣とは、片翼に兵力を集中させ、敵の戦列を突破する戦術だ。魔王軍は、数に任せた力押しだけでなく、戦術的な動きも見せている。

「後詰がもうすぐ来る! 持ちこたえろ!」

 将軍は、右翼の兵士たちに檄を飛ばす。しかし、戦況は悪化の一途を辿っていた。ゴブリンの波状攻撃は止むことなく、トロールの投石はますます激しさを増す。

「英雄の連中を投入する!」

 パンツァー将軍は、ついに最後の切り札を切る決断を下した。英雄部隊は、魔法の力で強化された人間たちであり、その戦闘力は通常の兵士を遥かに凌ぐ。

「戦線右翼を突破し次第、中央を側面支援する!」

 英雄部隊の隊長に指示を出し、パンツァー将軍は再び戦場を見渡す。戦況は依然として厳しいが、英雄たちの投入によって、流れが変わるかもしれない。将軍の目に、わずかな希望の光が宿った。


 英雄部隊の投入は、戦況を一変させた。彼らは、まるで嵐のように戦場を駆け抜け、ゴブリンたちをなぎ倒していく。その姿は、まさに「英雄」と呼ぶにふさわしい。

 一個小隊ほどの少人数にも関わらず、彼らの力は圧倒的だった。巨大な斧を軽々と振り回し、ゴブリンたちを紙切れのように切り裂く者。素早い身のこなしでトロールの攻撃をかわし、その巨体を軽々と投げ飛ばす者。彼らの活躍により、劣勢だった右翼は息を吹き返し、ゴブリンたちを川岸まで押し戻していく。

「総員着剣! 側面からゴブリンどもを串刺しにするぞ!」

 指揮官の号令一下、戦列歩兵たちが一斉に突撃を開始する。英雄たちの活躍に鼓舞された兵士たちは、勇猛果敢にゴブリンたちに襲いかかり、彼らの戦列を崩壊させる。ゴブリンたちは、もはや戦う術もなく、我先にと逃げ惑う。

 こうして、今回の戦いは人類側の勝利に終わった。しかし、それは多くの犠牲の上に成り立った勝利だった。戦場には、勇敢に戦った兵士たちの亡骸が横たわっていた。

 パンツァー将軍は、その光景を前に、深く息を吐いた。

「多くの犠牲を出してしまった……」

 将軍の声は、悲しみと悔しさに満ちていた。

「しかし、我々は勝利した。おかげで都市は守られました」

 副官が、将軍の肩を叩きながら言った。

「ああ、その通りだ。だが、この勝利は長くは続かないだろう。魔王軍は、さらに強力な軍勢を送り込んでくるはずだ」

 将軍は、遠くの地平線を見つめながら呟いた。

「我々は、あと何度、このような戦いに耐えられるのだろうか……」

 その言葉には、未来への不安と、それでも戦い続けなければならないという決意が込められていた。

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