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『黒き滅びの魔女』その2 格闘編

打ち込みに慣れて来ました。早めに投稿します。

『その2 格闘編』としたのですが、前半は言うほど格闘シーンありません。

その1、が長くなっちゃったんですよね。

精神的には格闘編だと思います。

 

 雲の上の世界にいる。

 身長五メートルの天使のような人がいる。でかいがイケメン。

 「我は天使と神の中間の存在。テリットと名乗っておこう。」

 「あれえ?また?いつの間に死んだの?」

 「まだ死んではいない。定期連絡を聞きたい。」

 「ええ?神のような存在ならわかってるでしょ?」

 「君の理解を見たい。今までの流れを振り返ってみたまえ。」

 「ほう?じゃあふりかえるけど、まず私は剣道の経験もある柔道女子・松島アヤだった。」

 「うん。それで?」

 「異世界転生してガブリエラ・アクセルになった。魔法を極めたけど、悪魔が憑依したローデシア王子達に『魔女』として反逆罪で処刑されかかった。でも、そこで松島アヤの記憶を取り戻した。で、苦し紛れに神に祈ったら聖魔法が発動して雷撃魔法で王子達を倒し、自分も死んじゃった。」

 「聖魔法・・・というか我々が君を助けたのだが」

 「うん、ありがとね。」

 「フフッ、軽いぞ。」

 「ごめん。で、『死に戻り』で二回目のガブリエラの人生を始めた。十四歳から松島アヤの記憶をとりもどして、守護霊で前世であるポーラの助言で剣士を目指した。」

 「それで?」

 「魔法学園に入って、伯爵令嬢メルウインや公爵令嬢エリザ、エルニーダ王女アスカ様との出会いがあり、剣技魔法も極めつつある。」

 「うん。で?」

 「現在まだ十五歳。今年十六歳になる。エリザの洗礼式のため、馬車旅行中。」

 「で?」

 「でって、そんだけよ。」

 「お前な、『この人生の目的』は?」

 「え・・・なんだっけ?」

 「忘れんな。『人生をクリアして、人間を卒業し、天使になる』だろ?」

 「あああ、そうだった。」


 ハッと目覚めた。馬車の中。なんだ今の夢・・・超リアル。

 馬車が止まっている。道が渋滞しているようだ。エリザやアスカ様もメルもいない。

 馬車を降りて前方を見る。道に荷馬車が並んでいる。先頭に旅人達が集まっている。

 その先は、土砂で道が塞がれている。道幅十メートル。土砂は五メートルの高さまでになっている。

 男達数人がそこに登って石や木を持ち上げて崖下に投げているが、大きな岩も沢山あり難航している。

 エリザ達とメイド達、騎士達もそれを見ている。

 メル「どうなの?これ?」

 騎士「まあ、一週間は開通しないのでは?」

 少し離れたところで平服で剣を腰に下げた男と中年女性が言い争っている。

 女「崖下は川だよ!川がせき止められたら畑が水浸しだよ!」

 男「いや、こっちだって急いで荷物を港に運ばないと領主に首を切られちまう。」

 メルがコソッと言う。「お父様は首は斬らないけど、他の業者にしちゃうかもね。」

 「それを首切りと言うのよ。」

 メル「ふふふっ。」

 エリザが言った。

 「エラ様なら、何とかできる?」

 向こうの言い争う男女がピクッとした。エリザの声は小さくても高音がよく通るのだ。

 答える。注目の中、宣言するようで気が引けるが。

 「うん・・・多分。」

 言い争っていた二人が振り向いた。

 剣士の男が私を見た。一瞬、剣を抜いて闘うイメージをした。

 剣士はニヤッと笑った。

 「お嬢様達はお貴族様かい?貴族ってのは魔法が使えるからな。魔法で何とかできるとでも?」

 エリザのメイドが怒った。たぶん三十代の金髪美人。

 「控えなさい!失礼であろう!このお方は、」

 エリザ「いいわミシェル。」

 「しかしお嬢様、」

 剣士「八ヤルデル戻った脇道は向こうに通じてるよ。四日は余計にかかるが回り道としては近い方だ。あんた達の馬車が通れるかは知らねえ。お連れの騎士団で切り開くなりしてもらう事だな。へへっ。」

 護衛の騎士達は顔を見合わせている。彼らは実は王宮騎士団で王子がエリザやアスカ様のために派遣してくれたのだが、いつもの黒い服は目立つので着ていない。もし王宮騎士団だとバレたら一般の人たちは恐れおののいてしまうだろう。私は紛らわしい黒い乗馬服だが、この人は私の年齢で王宮騎士と誤解したりはしないようだ。コスプレ女子と見られている。考えを述べよう。

 「ここには何十人かの人がいる。みんなの魔力を集めればこれを何とかできるよ。」

 剣士「はあ?」

 土砂を片付けていた男たち六人がこちらに降りてきた。

 中年女性「言っとくけど、川に落とされたらこっちは暮らせなくなるんだけどね。」

 「大丈夫、消すよ。」

 女「はあ?」

 剣士は剣を抜いて向こうの三メートルの岩に向けて振るった。剣魔法だ。

 バチン!と岩が二つに割れた。

 「俺は貴族崩れだが、民間人の剣魔法はこんなもんだ。他の連中には魔力なんてないぜ。手作業の方が早い。」

 「民間人でも少しは魔力があるでしょ。それに古い理論では、あらゆるものには魔力が宿り、人間はそれを支配できるとあるわ。人間の思いを結集すれば何事も可能になると、」

 「それは理屈だ。いや理想論だ。」

 「じゃあまず信じてもらうね。」

 剣を抜いて割れた岩に向けた。片方がスッと二メートル上に上がった。

 旅人たちは「おお」と感嘆した。

 「これぐらいが私の力。」

 剣を下ろした。岩はずんと落ちて、また二つに割れた。

 「じゃあ、みんな私に触って。支援魔法をお願い。」

 エリザとアスカ様とメルが私の肩や背中に手を当てた。

 「岩よ、砕けよ。岩よ砕けよ。岩よ砕けよ。」

 三度言ってから片割れの大きな岩に剣を向けた。

 バチンと岩が粉砕した。

 群衆の数人が「わっ」と声を上げた。唖然の群衆。

 「どう?信じた?」

 剣士は、横を向いて肩をすくめ両手を上に向けて、苦笑してみせた。


 そこにいた三十二人が集まって、みんな目を閉じた。

 「では、ありありと思い浮かべてください。土砂が消えて道が通じた有様を。」

 道が開通した姿が霊眼にイメージ映像として浮かんだ。

 剣を空に向ける。バチンと魔力が黒い火花と雷光に変わり、剣の先にバレーボール大の黒い球が出た。

 それを土砂に向けて振り下ろした。ボールが飛びゴオッと土砂を全て吸い込んで消えた。すごい風が吹いた。

 みんな「おおっ」と言った。

 剣士「すげえじゃねえか!」

 男「やった!通れるぞ!」

 みんな歓喜した。

 

 馬車がゆっくり進んでいる。

 アスカ様の機嫌が悪い。明らかに不満げな目をしている。

 いつもは何も悪いことを考えていない幸せな雰囲気が漂っているのに。

 怖いが勇気を出して聞いてみる。

 「アスカ様どうしたの?」

 「エラ様、あれ闇魔法ですよね?」

 「え?」

 「あれは二代目魔王帝ネクロフィリアが使ったという代表的な闇魔法『ブラックメテオ』です。」

 あああ、夢で見るやつ。あれほど大きくはなかったけど。

 アスカ「戦場で多くの兵士たちを闇に飲み込んだ魔法。五百年前から禁忌魔法に指定されていて、現在では魔族以外であれを使える人はいないと言われています。」

 メル「そうなの?」

 「確かに闇魔法の認定試験で小さいのを出しただけで『レベル百』を貰ったけど、」

 アスカ「他にあれを出せる人なんていません!どこで習ったのです?オシテバンやウエシティンだけでなく、このローデシアでも裏では『魔王帝信仰』が拡がっているそうです。まさか?」

 「ええ?いや、だって、イメージしたら出ただけよ。そんな信仰なんてとんでもない。だって私これからエルの神の聖地に行くんだよ?悪魔信仰のわけないじゃん!」

 アスカ様はじっと私を見る。

 エリザ「エラ様もエルニーダに着くのを楽しみにしているのは知っているじゃないですか。多分守護霊様があの魔法を使えるのよ。千年前の人だし、あの時来てたもの。ポーラさんは悪魔じゃないし、あれは物を吸い取るだけで悪魔的な魔法というわけでもないですよね?」

 アスカ様は横を向き窓の外を見た。

 馬車の中の空気が重くなってゆく。沈黙が息苦しい。

 『疑心暗鬼を生ず、であるな。少なくとも私は今でも魔王帝フィリアの敵である。』

 「あ、ポーラ居たんだ。」

 アスカ様が頭を下げた。えっ・・・

 「ごめんなさいエラ様!私あなたを疑いました。守護霊のポーラ様まで、」

 「ええええっ、やめてください!謝ることないですから!私適当なので、疑われるのが悪いんですから、頭を上げてください。逆に困っちゃう。」

 「お許しください。」

 『許す許す』

 「怒ってないです!不満もないですから!」

 アスカ様は頭を下げたままだ。どうしよう・・・

 メルが肘でツンと突いた。え?

 「答えてないよ」

 「え?・・・えっと、ゆゆゆ許す。いえ!お許し申し上げたてまつってております。へ?」

 エリザが「フッ」と低音で笑った。

 「何よう、そのニヒルな笑いは?」

 エリザ「ごめ〜ん!ごめんなさい。我慢できなかった。うふふふ。笑ってごめんなさいアスカ様。」

 アスカ様はやっと頭を上げた。

 私は言う。

 「アスカ様ごめんなさい。説明したらよかったですよね。えっと、あ、じゃあ、私も洗礼受けます。今後は疑わなくていいでしょ?ねっ?私も十五歳だし?」

 エリザ「そうですけど、洗礼ってもっと真剣な崇高なものだけど、エラ様、簡単に決めてよろしくて?」

 「だって、もう信じてるし、神を信じてますって言えばいいんでしょ?」

 メル「あんたって軽薄ねえ。じゃあ、私も受ける。」

 アスカ「うふふ。」

 アスカ様が笑ったのでみんなホッとして自然に笑顔が出た。

 アスカ「エラ様のことですから、霊存在の支援がなくても自分一人であの魔法が使えると思いますけど、ローデシアは王家が禁忌魔法を独占しているので、あれを使うとまずいのですよ。最悪だと逮捕されちゃいます。」

 エリザ「確かに学園でも時間系や空間系の闇魔法は簡単なのを習うけど、あの球はやらないわね。王宮魔導士は習うのかしら?」

 メル「え?空間系のって?どんなんでした?」

 「あれよ。走る距離が長くなったり短くなったりするやつ。」

 空間を縮める魔法。同じ五十メートルでも歩数も少なく早く着く。逆に空間を引き延ばすと相手のゴールを遅くできる。術式工程も難しく魔法陣で言うと図形が複雑になる上級者向け魔法だ。何が闇だかわからないが、学園では闇魔法に分類される。時間魔法や催眠系の精神魔法でも同じ効果が得られると言うが、率直に見て、人を操る催眠系魔法の方がよほど闇っぽい。しかし空間魔法は、転移魔法で空間トンネルを作るときや収納魔法で空間ポケットを作る時に必要になるので、難しいけれどもやはり基本魔法だ、との事。

 しかし黒い球を出すやつは夢で見るフィリアの『大黒球魔法』以外見たことがない。前回たくさん読み倒した魔法書にもなかった。でも、私の場合、理論的に魔法を使っていないので、仕組みをイメージすれば、それなりの魔法が使えてしまう。

 見かけないと言えば、私の前前前世『黒き滅びの魔女ポーラ』について調べたが、図書館でも古本店でも本はもちろんないし、言及した記述すらも見つけられなかった。

 古本店主の「やめときな」というやけに含みのある言葉が印象的だった。その心を読もうとしたが、よほど暗い体験があったのか固く閉じて何も視えることは無かった。

 アスカ「それに先ほども言いましたけど、本式の闇魔法、この場合黒魔法と言った方がいいのでしょうけど、それは悪魔に、いいえ、最近では魔王帝に祈るのです。それがアクサビオン帝国が他の国と対立している理由です。今も生きていると言われる魔王帝ネクロフィリアがあの国で魔族たちに信仰されているのです。」

 エリザ「魔王帝の名前を呼ぶと願いが叶う引き換えに呪いがかかると言われているわ。でもエラ様は魔王帝を呼ばなくても魔法ができるわけだから、アスカ様の分類には入らないのかも。エルニーダには似たような魔法はないのですか?」

 アスカ「ありますけど、術式が複雑で無理だと思います。訓練も大変ですし、ローデシアの先々代教皇が若い時にその魔法書を書き写して持ち出しましたが一生かけても使えなかったのはエルニーダでは有名です。どういうものかイメージできない魔法は使えないのです。」

 メル「でも見ちゃったからイメージできちゃう。」

 エリザ「できないよ。見ただけで魔法が真似できたら天才よ。」

 確かに『ブラックホール理論』は宇宙物理学だから、この世界の住人には難しかろう。でも見てしまったら使える人はいるだろうね。そうか。宇宙の実在の星の原理だから闇じゃないんだ。説明はできないけど。

 「アスカ様あのね、人のために使ったんだから聖も闇もないんじゃないかな?」

 みんな何も言えないようだった。

 アスカ「エラ様はやっぱり手段を選ばないところがあるのですね。」

 ん、それって黒魔法判定の講師のコメント。みんな知ってるのね。

 メル「でも、それは強力すぎる兵器が禁止されたってことと同じで、政治的都合だよね?」

 アスカ「そうね。神の啓示で禁止されたとは聞いていませんが。」

 アスカ様はまた少し微笑んでくれた。


 街に入った。馬車の周りに群衆が集まってきた。

 口々に「助けて」「病気を治して」と言っている。

 「でもこれじゃあ進めないね。もうすぐ港なのに。病気治ししすぎたね。」

 メル「みんな助けてほしいんだよ。どんどん集まっちゃう。」

 エリザ「エリアヒールで行けるかなあ。」

 アスカ「エリザ様とエラ様のエリア・ヒールでは重症の方は治りませんでしたよね。八割でした。」

 「アスカ様、手厳しいわね。でも出来る限りやってあげればみんな喜ぶよ。」

 メル「でもこの街って十万人都市だから、ここに集まっている人だって二百人は超えてるし、もし治ったら評判が広がって、みんな詰めかけてきてパニックになっちゃうよ。」

 「じゃあ飛んで逃げるか、空間転移トンネルを作るか。」

 エリザ「でも私たちが十四人、二頭だて馬車三台と騎士団の馬五頭。荷物。四人でやっても魔力切れになりそうですけど。」

 「また転移した先でもこうなったらおしまいだよね。その時は魔力切れでヒーリングも出来ないし。」

 メル「じゃあさ、この近くに『病気直しの奇跡の泉』ってのがあったんだけど、それを復活させたらみんなそっちに行ってくれるんじゃないかな?みんなで祈ってみたら?天使たちが来て、復活させてくれるかも。」

 「そっか。それいいね。」

 アスカ「待ってください。それ難しいです。」

 「ええ?でも他に何ができる?」

 メル「やるしかないよ。」

 アスカ「皆さんの聖魔法導士としてのレベルは私を入れて、四人の実績値で見れば『Bランク』です。病気直しや悪霊祓いができる程度。重度の病気や霊障を治せたり、常に悪魔祓いができる『退魔師・降魔師』がAランク。やろうとしているのは「土地の浄化」。それは、Sランクの仕事です。」

 メル「ランクなんて大丈夫だよ。二人だって「エラはパワーだけはものすごいから何でも出来ちゃうかも」って言ってたじゃん?私たちの魔力も共鳴して高くなってるかもって。」

 二人がちょっと焦った。裏での会話をメルが言ってしまったのね。

 「待って、誰が『パワーだけの女』よ。」

 言うと、三人同時にツッコミが来た。

 メル「そうは言ってない」

 エリザ「そうは言ってません」

 アスカ「そうは言いませんでした」

 「あはははは。・・・まあ、いいからやってみようよ。」

 アスカ「でも、失敗したら地域の悪霊・悪魔たちに憑依されるだけじゃ済まないかも知れません。魂自体にトラウマを受けると最悪の場合重度の意識異常になります。魂は本来は姿形のないエネルギー体ですから、原則、死後いつかは治るものではありますが、人によっては死後何十年も引きずる重症です。霊的な失敗というのは取り返しがつかないものがあるのです。」

 「えへへ。死ぬのは前提なのね。」

 メル「でもでもお、ここには聖女様がいるじゃん?聖女様ってレベル幾つ?」

 アスカ「通常SSランクから聖女と呼ばれます。でもエリザ様は、まだ『浄化』はした事がないんじゃなくて?」

 メル「でも、アスカ様だって本当はすごいんでしょ?」

 アスカ「私は巫女の能力だけですから『浄化』まではしません。」

 メル「じゃあ、その巫女能力で浄化の霊を呼んでやって貰えばいいじゃん?」

 アスカ「そんなに簡単では・・・ん?」

 彼女は目を閉じて眉間に皺を寄せ、首を傾げて考え込んだ。

 メル「ほらあ。ね、やろうよ。それしかないって。」

 畳み掛けて押し込んだ。商人の営業能力。でもこういうメルの能天気な前向きさは好きだ。

 アスカ「まずは祈ってみましょうか。」

 メル「やったあ。」

 文言を決めて四人で祈った。

 「神よ。創造主エルよ。この地の奇跡の泉を復活させたまえ。」

 すぐに天使が来て答えた。

 『枯れた泉からまた聖水を湧かすことはできる。それには信仰心が必要だ。大衆の前でエルの名を呼び、祈る必要がある。創造主エルへの信仰を復活させなさい。ただ、泉だけでこの地を救えはしない。この地にはびこる肺病には専門の治療施設がたくさん必要だろう。』

 エリザ「はい。」

 意識を目的の泉に向けると、病んだ人たち一人一人の姿や、それに憑く悪霊たち、この地に潜む悪魔たちが視えた。それらは融合して黒い巨人に変わった。前に立ちはだかって私たちを進めまいとしている。

 エリザが言う。「巨人よ。私たちはこの地の奇跡の泉を復活させます。どうか道を開けてください。」

 巨人が言う。『我は、この地に住まうすべての人間と霊たちの想念の集合体である。泉だけで我々を救えはしないと、天使も言ったではないか。行かせる訳にはいかない。お前たちは死ぬまでここで病気直しをさせ続ける。』

 う〜ん。ポーラを呼んでみた。

 『まあ、これは善ではないよね。斬っちゃえばいいんじゃないかな。この前教えたアレで。』

 お気楽な言い方だが、分かった。

 「じゃあ、私が魔力をありったけ込めて悪魔の霊も斬れる剣魔法『斬霊剣』でぶち斬る。」

 アスカ「でも、前言いましたが、霊は姿形がないから効かないと思うんですが?」

 「ん、まあ一時的に追い払う用だって。でもポーラによると破壊力のある想念が当たると霊も痛いんだって。怖がって来なくなるってよ。」

 アスカ「後で仕返しされる可能性大ですが。」

 エリザ「でも、お待ちになって。説明はすべきだと思うの。霊的な巨人を作っている一人一人に対して。」

 言うとエリザは馬車から出た!うわ、やばい!

 群衆が歓喜し「ワッ!」と叫んだ。

 歓声が大きすぎて腹に来た。日本の花火大会を思い出す。三人も追って外に出た。

 外は幅十メートルほどの街路に群衆がひしめいている。二百人どころじゃない。千人近くいる。

 群衆をかき分けて騎士たちとメイドたちが来た。群衆が押してくる。まずい状況だ。

 エリザは馬車の馭者席から上に登り馬車の上に立った。そして叫ぶように言った。

 「みなさま!私たちは!聖地に行きます!エルの神の洗礼を受けます!その前に!みなさまを救うために!奇跡の泉を!復活させます!」

 「おお」と、どよめきが起き、ざわざわと群衆が話を反芻した。

 エリザ「どうか!道を開けてください!そして!あなた達も!エルの神に祈ってください!救いを求めてください!困っていない方は!感謝の祈りをしてください!」

 群衆は鎮まり返った。

 上にいた霊的巨人は震えてからバッチンと弾け飛んだ。

 群衆が退いた。道が開いた。

 「やった!」

 エリザ「みんな!ありがとう!」

 私たちは馬車に乗った。群衆は両脇によけ、馬車は進む事ができた。


 しばらく進むと崖が見えてきた。

 崖下には、以前は水があったような十平米ほどの「くぼ地」があった。

 群衆はゾロゾロついてきた。

 四人でその「くぼ地」の前に立って両手を合わせた。エリザが祈りの言葉を唱えた。

 「神よ。創造主エルよ。この奇跡の泉を復活させ給え。」

 光輝く天使が三人降りてきた。その光に照らされて付近の黒い霧のような想念と、形をなしていない黒い人間のような影の霊のようなものたちが去っていった。

 そしてくぼ地の上で天使たちが輪になって両手を上げると、そこに天から霊的な光が注ぎ、辺りが真っ白になった。光が止むと、くぼ地の地面から澄んだ水が湧き始めた。

 群衆は「ワッ!」と声を上げた。

 やがて水はくぼ地を満たし、地面に溢れ出た水は道路を越えて向こうの用水に流れ込んだ。

 群衆が殺到し、水を手ですくって口々に飲んだ。

 杖をつく者は杖が要らなくなり、皮膚の崩れた者は光とともに綺麗な肌となり、目の見えぬ者は見えるようになり、咳が止まらぬ者は呼吸が楽になり、手足が動かない者は自由に動くようになった。

 群衆が歓喜し泉に殺到する中を、馬車と騎士たちは港を目指して道を戻っていった。

 

 港に到着した。帆船に乗り換える。大きさは映画で見た海賊船ぐらいだが、外側は白く塗装してある。

 帰りは、大河沿いの馬車専用道路、通称『クリスロード』を通って帰る予定なので、スミソミリアン家の馬車は十五キロ北の別の港に向かった。

 群衆が港に集まってきた。

 「メル様ありがとう!」「聖女様ありがとう!」

 二人は手を振って応えた。私は遠慮してアスカ様と一緒に船内に入った。

 帆船は出航した。



 水平線に青緑の山々が見えていた。それがだんだん大きくなり、細かく白い家々が見え始めた。

 アスカ様が言う。「ようこそエルニーダへ。」

 港から見えるホテルに直行する。石畳の坂道を歩く。周りの街の家は白壁に統一され、松島アヤの時TVで見たギリシャのようだった。坂道を歩いて十分。カルビン領のホテルに負けない規模のホテルに入った。

 エントランスに入ると中は貴族らしき人たちでごった返していた。メイドやボーイも早足で行き交っている。

 クールなアスカ様がそれを見て珍しく緊張している。

 初老の夫婦が来た。二人ともそれぞれアスカ様に似ている。

 アスカ「ああ、王様に王妃様。わざわざここまでありがとうございます。」

 男性「久々にアスカに会えるのだから、百や千の距離でも厭わぬぞ。」

 女性「そうよ。」

 アスカ「ありがとうございます。紹介します。エルニーダ国王、ジャン・フランクリン・エルニーダ陛下。フローレンス・フランクリン・エルニーダ王妃殿下です。」

 私たち三人はスカートを上げて片足を引き、膝を折って頭を下げ、最敬礼した。

 「ローデシア王国公爵エジワード・スミソミリアンが娘エリザベート・スミソミリアンにございます。」

 「同じく伯爵マイケル・カルビンの娘、メルウィン・カルビンでございます。」

 「え、だ男爵、アクセル・フォン・アクセルが娘、ガブリエラ・アクセルでございます。」

 王「うんうん。三人の事はよく聞いておるよ。」


 「ふわああ!緊張した!」

 ベッドに倒れ込んだ。

 ミラ「まあまあ、お茶と甘いお菓子を用意しておきましたので、どうぞ。」

 「ミラ!ありがとう!気が利くうう!」

 起きてテーブル前の椅子に座った。紅茶のいい香り。

 「でも一言。自己紹介の時は、ガブリエラ・フォン・アクセルでよろしいのですよ。本名ですから。」

 「ああ、あはは。そうね。『フォン』って忘れるのよね。」

 「アクセル家が没落してお父様が頑張って男爵になられたお話はとても有名ですから、恥ずかしく思う事はないのですよ。あと、私のことは正式の場では『ラミエラ』とお呼びください。略して呼びそうなのであらかじめ。」

 「そっかあ。ラミエラだったね。本名忘れてたかも。」

 「やっぱり。」


 翌日

 半日馬車に揺られて森の中のホテルに着いた。一日滞在して心を鎮めて、明日の正午に洗礼式に臨む予定。

 旅の途中で洗礼を受けることにしたが、前回の人生では洗礼は受けなかった。受ければ何かが変わるはず。いや、何かが変わって欲しい。

 ホテルの庭。まばらな木々の間に白馬に乗った人がいた。

 はあ、いけない。クリス王子だ。心の動揺が。ドキドキが止まらない。王子は海上交通路開発のために、ここエルニーダ王国に滞在中なのだった。忘れていた。

 あれ?王子がなぜか厳しい表情で森を睨んでいる。魔物でもいるというのか?

 近づいて、そっと声をかける。「王子?」

 王子は私を見た。顔色は白く、その目は怯えているかのようだった。

 王子が私を認識した。

 「おお、ワハハ!エラ!それにメル。エリザまで!はっはっは!早く着いたな!」

 「殿下ァ、爵位順にお呼びください。エリザベート様にも失礼です。」

 「エラうるさい。目に入った順だ。」

 王子は笑いながら馬を降り、私の肩を気安く抱いた。というかこれはヘッドロックだ。

 「いけません!婚約者様の前で!」

 その手を払って諌める。でも自分の顔が赤くなっているのが分かる。

 「ハハハ!で?エリザ行けそうか?」

 エリザはニッコリした。そして言う。

 「バッチリです。」

 砕けた言い方。意外。

 王子は「フッ」と笑った。優しい良い笑顔をしている。

 王子は気を使わない言い方と関係が好きだ。エリザはそれを知っていて普段と違う言い方をしたのだろう。

 でも、王子のさっきの顔はなんだったんだ?やはり王族だから気苦労が絶えないのかも・・・・。

 メル「あの、殿下は、このようにいつも友達のように話してくださる方ですの?」

 王子「メルとだってよく会ってるじゃないか。父上カルビン卿とは馬車道路の計画から敷設まで百回は会ってるし、メルもよく横にいたろ?」

 メル「話しかけてはいけないのかと思っていました。」

 王子「ああ、父上はトラブルを恐れて君を縛ったのだろう。まあ、気にするな。」

 メル「本当?じゃあクリスって呼んでいい?」

 「ちょっと!やめて!怖くなっちゃう!」

 クリス「アハハハ!調子出てきたな!」

 「他に人がいる時はやめてね。」

 エリザも楽しそうに微笑んでいる。私たちの様子をアスカ様は少し離れたところから静かに微笑んで見ていた。

 クリスはアスカに手を振った。そして振り向いて言った。

 「ああ、明日の洗礼、俺も受ける。」

 「えっ?王子は国内ですでに・・・」

 「あれは問題があるのだろう?幸い俺の投げた花は大師モーリーンの印の上に落ちた。評判の悪い魔術師の印の上には落ちなかった。だが創造主エルへの帰依はまだ誓っていない。俺も正式な洗礼を受けるよ。」

 アスカが歩いて来ながら言う。

 「ローデシアでは洗礼は成人式を兼ねて生涯一回だけとされていますが、我が国での洗礼は何歳でも、何回受けてもいいのです。何年かしたらまた来て受けてください。心境を美しく保つために。そうお勧めしています。」

 ふ〜ん。キリスト教とは違うのだな。

 

 翌朝。森の中の教会に着いた。

 ギリシャ風の白壁のシンプルな建物。裏手に四角い石造りの三畳ほどの人工池があり、奥側からの透明な湧水が出て、そこを満たしている。深さは膝下程度か。

 ポーラが言う。『ここの神官はさすがだね。私が見えるってさ。霊的に必要な順番で洗礼を受けるんだって。だから気にすんな。』

 そう。なぜか私が一番目になってしまった。緊張するし、王族や貴族令嬢たちを差し置いて気が引ける。

 手順は、池の真ん中にひざまづき、神への帰依を誓い、神官が頭から聖水をかける。神に感謝を述べる。その後、水が入れ替わる十分後に二人目となる。

 今日の洗礼される人は十名。毎日十名が限度だそうだ。それは教会の側は洗礼前と後にも儀式があって、そこまでして空間を整えているからだそうだ。

 私の次がエリザ。王子が三人目。メルは四番目。アスカ様も急遽受けることになった。後は、いい機会なのでそれぞれのメイドたちと、王子付きのイケメン従者が受ける。普段は王宮騎士で父の部下だそうだ。名前はジョ、で始まるが緊張でよく聞いていなかったので分からない。

 正午になった。

 白い服で池の真ん中へ。透けないか心配だったが割と厚地。柔道着を思い出す。

 ひざまづいた。正座ではなく踵を上げるよう言われた。これは霊的理由ではなく「立てなくなる人がいるから」だそうだ。

 両手を合わせて神への言葉を言う。

 「神よ。天地を統べる創造主エルよ。あなたは奇跡を自由に行使する。神々の中の神よ。我はあなたに帰依します。我はあなたを信じます。我はここに、」

 『違う。』

 は?男の声。ポーラではない。神官でもない。霊的な声が心に響いた。

 目を開けてチラッと上を見た。神官は聖水の水差しを持って待っている。

 その上に大きな天使が見えた。神と天使の中間の人、テリットさんだ。人?

 間違えたかな?やり直ししよう。上を見ながら言った。

 「神よ。」

 『違う。』

 は?なんだよ。言われた通りなのに。

 待て待て。これは洗礼式だ。怒っちゃだめ。アンガーマネジメントだ。深呼吸する。

 で、どうしよう。聞いてみよう。どうすればいいですか?

 『ガブリエラよ。君はもう信仰に目覚めたはずだが?そのようにすべきだ。』

 あああ、そゆこと?はいはい。

 「・・・創造主エルよ!エローヒムよ!我はあなたを信じます!」

 言い終わると、私の頭に聖水が注がれた。

 天がパカッと開き、とんでもない明るさになった。

 その熱い光は頭から胸を抜けて腹に入って、全身を満たした。光の中に自分が溶けてゆく。

 声が聞こえた。霊的な声が。心の奥から静かに響いてくる声。

 『エロヒムの名を知っているのは、この世界では君一人だった。君が明かした創造主エルのもう一つの側面『エロヒム』の指導が始まる。根源の愛の力が善悪を分け正義を打ち立てるのだ。』

 暖かくて涙が流れる。なぜ泣いているのだろう?

 横に立っている神官が少し動いた。ああ、これは儀式だった。お礼を言わないと終われない。

 「あ・・ありがとうございました。」

 池から上がって教会の中へ。椅子に座って控えていた九人とすれ違う。

 『ええっ!』

 何人かが、かなり驚いたみたいだ。そうだった。私は心の声が聞こえるんだった。

 エリザが一番驚いている。どうもすごくオーラが出ているらしい。

 目は合わせず何も言わずに通り過ぎる。そういう決まりだ。

 メイドのミシェルやアスカ様も私を凝視しているのがわかる。そのメイドも何か見えるらしい。

 でも何も気にならない。いくら見られても不安にならない。心が暖かい。今までにない静かな心。

 安らぎ。天国的幸福感。許し。『ここで生きていていいんだ』という安心感。あらゆる良きものを感じる。

 着替えの間に入って体を拭い、着替えて、控えの間で座っていても、暖かい多幸感が続いた。


 なぜかくせ毛になったの銀髪ポニテのエリザが言う。なぜか背中に翼が生えているエリザ。

 『神はあなたを愛している。あなたも人を愛しなさい。』

 目が覚めた。座ったままいつの間にか眠っていた。

 何か楽しい世界にいた気がする。

 横には銀に近い金色の長髪のエリザがいる。まだ乾いていない髪。エリザは私の顔を覗き込んだ。

 周りは他の洗礼を受けた女性たちが座っている。王子と従者は男性なので控え室が別だったことを思い出した。

 メル「ねえ、呼びかけの言葉が違ったね?エリザも真似したからみんな真似しちゃったよ?」

 「えと、エロヒムは創造主のもう一つの名だって」

 みんな息を呑んだ。

 『なぜそんなことを知っているんだろう』

 まずい。これは小学校の時と同じだ。母が宗教をやっていると言った時のクラスメートの反応。尋常でないものを見る目。そう。私はここでも「異物」であるのだ。

 出よう。

 立ち上がって部屋を出ようとした時、エリザが手を引いて首を振った。

 「大丈夫です。すごく良かった。エラのおかげよ。」

 アスカ様がもう片方の手を取って言う。

 「勇気を出してくれてありがとう。」

 メル「ありがとう。」

 メイドたちもお礼を言ってくれた。

 また涙が溢れてくる。

 向こう端のメイドが部屋の外に気づいて立ち上がって礼をした。

 王子が顔を出して入って来て言った。

 「エラ良かったぞ。やはりローデシアの洗礼は問題があるな。」


 翌日は一休みした。今日は一日市内観光してから、さらに翌日帰路に着く予定。

 「さあ観光だ。」

 トントトトンとノック。

 ミラが応対した。ドアからメルが顔を出した。

 「ごめん。アスカ様が頼み事があるんだって。」


 馬車で揺られて一時間。

 森に着いた。幅一メートル程度の水濠で囲まれている。広さは野球場のグラウンド部分ほど。

 木々が密に生えていて奥が見通せない。

 エリザ「何か視線を感じない?」

 メル「何か怖い森だね。」

 うん。心霊スポット的な雰囲気がある。よく見ると霊のようなものが視え隠れしている。

 アスカ「洗礼でいい気分の時にごめんなさい。本来なら洗礼後一ヶ月は静かにしていたほうがいいのですが、多分、今ならどんな祈りも届くはずですので。」

 「気にしないでくださいアスカ様。できることは何でもしたい気分ですから。」

 エリザもメルも頷いた。

 アスカ「ありがとう。ここは禁足地ですが、三十年前までは聖なる森として洗礼を行う土地でした。」

 今は暗黒の森。雰囲気からしてすごい数の悪霊がいそう。

 アスカ「昔からエルニーダという国は創造主エルを信じる者ならば差別なく暮らせる土地でした。人間も魔獣族も魔龍族も、魔族と言われる人たちですらもです。しかし、人魔戦争の後、ローデシアが、人間以外の三種族を国外追放すると決めたため、エルニーダに逃れてくる人たちが殺到しました。彼らは必ずしもエル神を信じているわけではなく、普通は魔獣族には獣神信仰があり、魔龍族は先祖のドラゴンへの信仰を持っていました。魔族は先祖を信仰していました。エルニーダではそれも創造主エルの教えから派生した教えであるとして受け入れていましたが、彼らは満足しませんでした。」

 エリザ「三族蜂起事件ですね?」

 アスカ「そうです。彼らは三種族の自治権を主張し、エルニーダ各地から集まりこの森で武装蜂起しました。エルニーダ建国以来の危機でした。それは他国勢力からの謀略があったとも言われています。」

 森がやけに静か。すごく視線を感じる。大勢に注目されている。

 「で?」

 メル「話を急かさないの。」

 アスカ「ふふっ。でね。エルニーダという国は三万年前の神話の時代から、結界魔法で守られた土地なのです。エル神への信仰がない人たちが、エル神への信仰がある人たちに対して害意や殺意を向けた場合、その人の攻撃の想念エネルギーが即座に自分へと跳ね返って、魂と肉体が遊離してしまう」

 「えっ?それって死んじゃうの?」

 アスカ「殺意が強ければそうなります。鏡返しのように。」

 「ええ?マジで?」

 ア「魔族や龍族は魔力に敏感なところがあるので、結界の性質に気づき、自分たちに害が及ぶ前に蜂起をやめてこの国から去りました。しかし魔獣族はここに立て篭もりを続け、要求が通らないならば各地を襲うと宣言しました。もちろん結界を感じ取った人もいましたが、大半は「魔獣族のプライドを見せる」と言って引きませんでした。彼らが出撃しようとした時、結界が反応し、彼らは一人残らず倒れました。その数は五千人。」

 「うわあ・・・」

 ア「以来、ここは魔獣族の森となってしまいました。霊達をここに封印していますが、毎年の慰霊祭でもこの数の霊たちを清めることは出来ていません。まだ三千近い魔獣族の霊がいると言われています。それにその他の霊達も数千人います。多くは大陸各地を追われた人たちの霊で、エルニーダ国内には清められていない霊達が長く居られる場所がここしかないので集まってしまうようです。」

 メル「へえ、エラが言う『心霊スポット』の意味がわかったわ。」

 「ねえ、それ言ったっけ?」

 「え?言わなかったっけ?」

 「でも、アスカ様、この場合、清めるってどういうことを言うの?」

 ア「霊たちに、ここでの苦しい生活をやめて天国か地獄に行ってもらうこと。地獄も苦しいけど地上で罪が増えるよりは良いのです。本当の浄化は、彼らがそこで修行して『良い霊』になることなので、それは私たちの責任の範囲を超える事です。」

 メル「罪って?」

 ア「昔はこのように近づくだけでも霊障になって死んだり、おかしくなったりする場所でした。」

 メル「えっ、コワ。」

 アスカ「いまはそこまでじゃありません。中に入ればどうかは分かりませんが。」

 メル「じゃあ、アスカ様のお願い事って、」

 ア「ごめんなさい。できれば、メル様の領の泉のようにここも清めることができないものかと。これは父君の願いでもあるのです。」

 「でも、エルニーダのほうが聖魔法の本場なんだし、みんな手慣れてるんじゃないの?」

 ア「エルニーダの神官たちは『毎年の慰霊祭で時間をかけて浄化したほうが安全だ』と言って、公に根本解決を祈ったりはしないのです。周囲から苦情も出ていたので、危険な悪魔を祓うため、オシテバン王国から呪術師を呼んで浄化をお願いした時もありましたが、中に入ったまま帰らぬ人になってしまいました。でもそれ以来、このように近づくことは出来るようになりました。」

 メル「・・えええ?怖!それ私達で出来るの?命がけじゃん!」

 アスカ「私たちの霊力は超えているでしょう。でも上級天使と天使団が来てくれるなら出来る仕事です。洗礼を受けて間もないので、今なら上級天使に祈りが届くはずです。」

 メル「これってランクで言うと?」

 アスカ「フッ。『SSランク』。つまり聖女の仕事です。通常、前もって土地と霊たちを精査し、何工程もの儀式を行なって聖魔法で言うと第三位階以上を発動できて始めて可能になるものです。」

 メル「アスカ様よくそれをやろうと思ったね!出来たら私ら聖女じゃん!」

 アスカ「今なら。この四人なら。」

 アスカが微笑んだ。何か柔道の対戦相手のような不敵な笑いに見えた。

 森からは強い視線を感じる。多分たくさんの霊が見ている。四人とも森を見ようとしない。

 エリザ「う〜ん。じゃあ、召喚魔法で上級天使を呼ぶ?」

 上級天使って、テリットさんかな?あの人偉いんだよね。来ないかも。『テリットと名乗っておこう』なんて言うから偽名かもしれないし。

 「神への祈りでいいじゃん。」

 エリザ「え、なんて祈るの?」

 「そのまんま。」

 森の方を向き両手を合わせて目を閉じた。他三人も同じようにしたと感じた。

 体が熱くなって頭から魔力が上空に放出される感じがした。後ろの三人からも熱い光を感じた。

 また母のことを思い出す。自宅で祈る時、その条件を言っていた。

 自分を成長させる願い。他人を害さない願い。世のため人のため神のためになる願い。

 私はそのままの願いを言葉にした。

 「創造主エルよ。エローヒムよ。願わくば、この森を浄化したまえ。」

 すぐにカッと光が差し天使がたくさん降りてきた。百近い天使が鎧を着て剣を持っている。

 周囲の天使より大きな天使が言う。顔を見たらやっぱりテリットさんだった。

 『この森を守る魔獣族魔導呪術師ライガよ。』

 顔がライオンの大男の霊が現れた。三メートルはある。赤く燃える光に包まれている。

 『天使軍団か。こんなに来やがって。戦争か?』

 『あなたはこの国を守るため、悪魔の霊に勝ち、邪霊を集め封印してくれた。ありがとう。』

 『うむ。この地に来て二十年。初めて、やっと感謝された。まったく。』

 アスカ「毎年の慰霊祭でいつも感謝を捧げています。」

 『届いておらん。あれは形だけじゃろ。』

 アスカは黙る。

 テリット『ついては、あなた方の任務を解きたい。あなたと、あなたの配下になっているリーダー格の霊は天上界の森に移り住んでいただきたい。神々はここを再び洗礼の地にしたいと思っている。』

 『うむ。それは良いことである。お前達に従おう。』

 ライガの後ろに形なき光る霊が四人いたが、ライガと同時にピカッと光って、シュッと上空に消えた。

 テリットはまた言う。

 『さあ、この地に住まう古の魔獣族の霊達よ。戦いに敗れし兵どもよ。また、ここに住まう全ての霊達よ。時は来た。』

 森がざわめく。

 『ここでの生活に飽き、天上界に行きたい者はおるか!心静かなる者、心正しき者、心軽やかなる者。お前達は今この時からこの森の封印の呪縛を離れる。お前達は天国に案内しよう。』

 数十の白い霊体がたくさん浮かんできた。その数は三十に満たない程度。

 天使達が彼らに付き添い、しゅっと真っ直ぐにはるか上空に消えていった。

 テリット『さて、彼らと同じ空間に住みながら決してまみえることのなかった黒き霊達よ。心を改めざる者達よ。反省せざる者達よ。お前達は別の場所に案内しよう。』

 森がざわめき、その真上に巨大な狼型の黒い魔物が浮かび上がった。

 天使達がそれを囲み一斉に両手を合わせてから剣を抜いて、それを魔物に振り下ろした。

 魔物に雷が落ち、それは粉みじんになった。おびただしい破片はそれぞれが黒い人の形になってふわふわと森に落ちていった。すごい数。一万人近くは居る。その群衆は松島アヤの時に後輩にメタル系アイドルのコンサートに付き合わされた時を思い出した。

 テリット『死してこの地に留まりし魔獣族の者たちよ。また大陸からこの地に来る者に憑依し、この国に逃れてきた幾千の霊たちよ。欲に生き。憎しみに生き。愚かなる罪を犯した者達よ。汝らは悔い改めよ。神に懺悔せよ。心を正せ。神に許される心になった時、再び地上に生まれ変わることが出来る。それを約束し保証しよう。』

 天使たちが祈ると森の上に黒いトンネルが出来た。

 剣を抜いた天使達が黒い霊たちをそこに追い立ててゆく。

 霊たちはいなくなった。やがてトンネルは閉じた。

 テリットが祈る。

 『主よ。エローヒムよ。祝福の光を与えたまえ。』

 天から雪のように光の粒がおりてきた。その上から強烈な光の束が森におり、森が霊的光を帯びて輝いた。

 テリット『精霊たちよ。森を再び統べよ。』

 降りている光の束が、女神や小さな天使の姿になって、森に散らばってゆく。

 テリット『聞きなさい。四人とも大義であった。このエルニーダは人類発祥の地。人類の聖地である。洗礼者を増やしなさい。この森にも再び聖なる泉が湧くであろう。』

 いつもクールなアスカ様が歓喜の涙を流した。メルも歓喜した。

 メル「すごい!私にも見える!なぜこんなに来てくれたんですか!」

 『昨日の洗礼で君たちの魂は浄化されている。穢れなき祈りは天上界に届くのである。』

 メル『でも、祈らないと来てくれないんですか?」

 『天使は君たち人間のために日夜休まず働いている。人間たちが知らない間に天使たちは人間を救っているのである。それが見えない人間たちは天使に感謝もしない。霊が見える君たちも天使たちの活動が全て見えているわけではあるまい。我らはここを浄化せよと数十年間、地上の人間に働きかけてきた。いくら我々が浄化しても人間がそこを正しく護り続けなければ、また元に戻ってしまうからである。呪術師ライガを呼ぶように勧めたのも我々である。人間側が必要を感じていないなら段階的にやるしかない。ライガが来る前はここは悪魔の霊が居座る危険な場所だった。彼らを追い払い、他の邪霊を封印し、年月に浄化された霊たちを少しづつ天上界に送り続けていたのは彼の功績である。』

 メル「ごめんなさい。ありがとう。」

 『しかし、祈れば全て天使や神々がやってくれると思ってはいけない。なぜなら人間の人生は一つの修行なので、全ての困難を我々が除去することはありえない。またしかし、今回のように「このようにしたら良いのに」と我々が願っていることは沢山ある。』

 天使たちも周りに浮かんで私たちを見ている。

 『アスカよ。まずは森を掃除しなさい。整備して巡礼が行えるようにしなさい。』

 アスカ「はい。」

 『皆に「心して巡礼の地を護り維持せよ」と伝えなさい。』

 アスカ「はい。伝えます。ありがとうございました。」

 アスカは手を合わせたまま、しばらくの間無言で頭を下げ続けた。私にも感謝の念が伝わってきた。

 エリザ「天使よ。ありがとう。」

 『エリザベートよ、自信を持て。君はエラよりも我々と縁が深い。君は自我意識が少なく、神と一体になる感覚を掴めている。萎縮することはないよ。』

 エリザ「はい。ありがとうございます。」

 まあ、そうだよね。

 「じゃあエリザ次回からは、お願いね。テリットさん、これであらゆる聖魔法が使えるようになるとかないの?」

 エリザ「エラ、そんなに気安く、」

 『フフッ。軽いぞ。聖魔法で 術式が組まれたものに関しては、その役割の天使が担当するが、地上の人間の都合で天使を使役できると思うなよ。それは祈りと同じで、基本、謙虚な願いしか聞かないし『やるかやらないか・どの程度やるか』の判断は我々の側にある。よく知っておけよな。』

 「はい、もちろん。」

 『エラよ。祈りにおいて最高神の名を呼ぶのは正しいことだ。その配下の天使たち全てが聞くからだ。ま、しかし大抵の場合は、私が来るまでもない祈りばかりだが。』

 「やっぱり?」

 『しかしエラ。『テリットを呼んでも来ないかもしれない』という疑いは良くないな。祈りが濁る。』

 「あら聞こえてた?」

 『来ることもある。今回のようにな。それにだ、お前は我が強いことが課題だ。』

 「ああ、さーせん。いや、すみませんでした。」

 『どんな時も、個人のことでも真剣に祈れよ。でも、また何か困ったら呼びたまえ。誰かが来るだろう。』

 テリットさんたちは上にシュッと消えていった。

 『我が強い』と言われるのは二回目だったので前のように怒らないで済んだ。ポーラもこういう事を予期していたのかもしれない。

 神や天使と話す時は気をつけたほうがいいな。向こうは『先生』のようなものだもんね。日頃、目について気付いているような『怒られポイント』は沢山あるだろう。

 でもこれでいいのだ。エリザに任せるのが正解だ。私は所詮『聖魔法も使える魔女』であって『聖女』ではない。聖女ぶって色々やっていたら反感を買うに決まっている。一回目の繰り返しはしない。

 

 翌朝、馬車に乗ろうとするとアスカ様に呼び止められた。

 アスカ様は一緒にローデシア王都に帰らず、故郷でゆっくりしてから帰るという。

 「これ、昨日のお礼です。お納めください。」

 三冊の古書だった。メルには古代に書かれた『経済繁栄の神法』。エリザには『聖女アラムの一生』。一万五千年前に創造主エルへの信仰に生きた聖女の半生を描いた伝記。

 そして私には『黒き滅びの魔女ポーラ』探していた千年前の実在の魔女の伝記。

 


 洗礼から半年が過ぎた。

 今は二月。私の誕生月は十月。ただ今十六歳。今年で十七歳になる。飛び級なので四月から三年生だ。前世のアヤの世界なら、欧米は九月で進級なのだが、この世界はなぜか日本と同じで、四月進級なのだ。

 この一年で十センチも身長が伸びて百六十五センチを越えた。アヤの時は百七十センチもあったがそれに迫る勢いだ。ちなみにエリザも背が伸びた。今も私より少し背が高い。追い越せない。

 同級生に「洗礼の効果」について聞かれる事があるが、定型的に「聖魔法が使いやすくなる」ぐらいの返しをしている。本当を言えば「悪霊が寄ってこなくなる」とか「天使が助けてくれる」とか色々言うことはあるが、それは信仰的すぎるのでエリザに任せている。

 洗礼の効果で目に見えて明らかなのは心が揺れにくくなったことぐらいか。あまり変わった感じがしないのは、私の場合は洗礼の前も後も、何か疑問があるとポーラが『それはさあ』と答えてくれるからだった。ポーラは『私が手に負えない時は他の天使やテリットさんが来るから大丈夫』とも言ってくれる。至れり尽くせりだが、たまに来た天使になぜかを聞いたら『エル信仰の縁です』ぐらいの曖昧な答えが返ってくる。「何だか優しいよね?」と訊くと『天使の使命は神の愛を伝えることです。でも地上に生まれ変わって生きることは大変ですから、みんな同情心はあります』などと言われた。「ありがとう」を伝えると『その気持ちを多くの人に分けてあげてね』と言われた。天使っぽい回答だった。

 でも、エリザの場合は効果てきめんだったらしく、エリザが神々しく視えるだけでなく、その周りには光の塊のような天使のような存在がいつもフワフワ付いているのが見える。昼休みに笑みを浮かべながら居眠りしていたので、起きたときに訊ねたら「天使たちとお話ししてた」などと言う。

 アスカ様に至っては後頭部がピカーと光っていて後光が差しているようにさえ視える事がある。それでいて威圧感はなく「優しい雰囲気」が常に出ている。よくできた人だ。神や天使が近くにいる感じがする。

 ポーラはこちらで育った人なので『信仰なんて当然でしょ。君たちの現代日本みたく信仰がないなんて言うのがおかしいんだよ』ぐらいの言い方をする。確かにこっちの人は宗教的話題にも抵抗がないし、お祈りもよくしている。教会には人が集まってよく話をしている。日本人はよく神社に行くが、こっちの教会はイメージで言うと神社よりも市役所に近い。そういうオフィシャルな雰囲気がある。実際に住人の身元保証とか教会関係や公的な仕事の斡旋なんかもしている。


 ポーラの伝記は繰り返し読んだ。

 ポーラの一生はひたすら戦いに尽きた。

 当時はローデシア南部の都市がアクサビオン帝国に寝返り、魔族の拠点になっていたため、国内に魔族が侵入し大混乱になっていた。ポーラはそんな時代に生まれ、魔族と戦い、最後はその都市を滅ぼした。その後、アクサビオンに渡って魔王帝と対決し、敗れて闇魔法に消える。千年後の転生を予言して。魔王帝はその戦い以降、姿を見せる事なく闇魔法と呪術の神としてアクサビオンに君臨し続けているという。

 しかしいくら読んでもいまいち参考にならない。モヤっとした感じが残る。

 ポーラは言う。『後世の人が書いたから近いけど遠いね。本人が居るんだからなんでも聞きなよ』などと言うが

「彼氏はいたの?」と聞くと『悟った魂は、そういう事に興味はないッ』となぜかキレ気味の答えが返ってくる。

 

 さて私は、朝の祈りの後、一般人の作業ジャージに着替えてから、人がいない学生寮の裏庭で剣の基本技を素振り。他には柔道などの基本練習はなんとか剣技の練習と融合した。危ないが木剣を持ったまま受け身や基本的な投げ技の型をやる。その後は、剣魔法の基本をやる。と言っても地水火風の魔力の球を出すやつだが、

 木剣の先に魔力の球を出して『地水火風光闇』と変化させる基本練習だが、土魔法は土玉、砂玉、石玉、鉄玉に変化させ、水晶玉で終わる。ダイヤモンドも作れるが時間がかかるのでやらない。どれも魔力固定の術をかけずに放っておくと自然に蒸発してしまう程度の代物だ。ちなみに作ったダイヤを売ってもあまりお金にならない。こちらでは材質より付与された魔力に価値があるからだ。しかし、この練習をやると地面の土ぐらい自由に動かせるし、集中すれば手から剣も出せる。落とし穴ぐらいすぐ作れるが、やる機会がない。ゴーレムを作りたかったが、エリザが「あれはすぐ暴走するからやめなよ」と言うので断念した。

 水魔法は水玉を出してまず温度を下げて凍らせてから溶かして沸騰させて消えるまで。火魔法は火球を赤・黄色・青・紫・白と温度を上げて終わる。風球は回転数を上げて竜巻が起きる前に終わる。あとは光・闇と一通りやったら寮の部屋に戻って木剣を置き、制服に着替えて髪や身だしなみを確認してから鞄を持って空を飛んで登校する。寮から学校まで歩いて十五分だが飛べば一分もかからない。でも目立たぬよう校舎の裏手の森に降りてから歩いて校舎に入る。

 

 廊下を歩く。向こうから王子と取り巻き二人が歩いてくる。みんなイケメン。三人とも長身で百八十センチを超えている。ちなみに取り巻き二人は、前世で私の両腕を掴んで押さえつけていた二人だ。

 挨拶しようとしたら、王子が雑談しながら私の腕を掴んでクイっと引いて自分の横に来させた。王子の横について歩く。

 王子は、私の身長が伸びたからか、ハグも肩を抱いてくるのもやめた。五歳も下なので保護者気分だったようだが、恥ずかしいし、エリザに妬まれるような事はやめてほしいと、何度も言ったが「エリザは妬んだりしない」と言って聞かなかった。今はホッとしているが、今のように不意打ちで腕や腰を引っ張られる。セクハラ野郎め。今年四月の来期から研究部の四年生だから、来年卒業するっ。

 王子は国王陛下に働きかけて、南部病撲滅のため各地に治療施設を作り治療系魔術師を内外から呼んだ。そこは治療魔術師たちの養成機関も兼ねる。元は天使が泉の復活の時に言った事だが、洗礼の帰りの馬車で王子に話したら実現した。またポーラが言った「ウエシティン王国では鉄鋼の生産が盛んで石を溶かす技術がある」という事を言ったら「スパイを送る」と言っていた。どうなったかは知らない。最近も王子はいつもメルの父カルビン伯爵と仕事の話をしている。

 カルビン伯爵は、ローデシアを南北に分断するヨース河の南部を牛耳る大貴族だ。その曽祖父は百年前の紛争で魔王討伐の殊勲をあげ、いきなり伯爵位をもらった。それから三代かけて戦乱で不毛の地と化した南部州を繁栄の地に変えた。農業、漁業、商業、貿易となんでもやる。しかし十年前からの南部病の流行で打撃を受けている。

 しかし、この前『聖水』が湧くようになったので、それが万能治療薬『ポーション』として需要が高まり『ポーション関連産業』が始まった。しかし「儲けよう」という念が入ると治療効果が薄れる事が分かり、効果と利益のすり合わせの結果、送料と手間賃程度の上乗せしかできなかったという。しかし、それでもそこいらの魔導士が作ったポーションより格安なのに治療効果には雲泥の差があるらしい。もちろん泉に行けば、より効果がある聖水がタダで手に入るし、教会でもタダで手に入る。それは信者が無償で運んでくれるので成立しているが、みんな申し訳ないのでお布施を置いてゆく。現代日本なら転売ヤーが殺到しそうだが、ここにはそんな不心得者はいないし、そんなことをしたら効果がなくなるのをみんな知っている。

 また聖水が用水に流れ込んでいるので、その流域の農産物には治療効果がある。そのため、各地から買付人が訪れるようになった。また、農産物は長く日持ちしないのでわざわざ食べにくる人たちも多く、旅行者相手の商売も盛んになり、経済効果は抜群だったようだ。最近メルの持ち物が増えて、以前より高そうなものが増えた。

 エリザたち三人が来た。エリザは前より綺麗になってきた。今はカワイイとキレイの中間のいい感じ。

 『待って。何それ。なんかやだ。』

 エリザの念力はたまにこうして私の思考に干渉してくるぐらいになった。念話も多分できるが、話した方が早いのでそれはしない。

 メルとアスカ様はいつもエリザの両脇を固めている。アスカ様は百八十センチぐらいで背が高くてかっこいい。王族なのに公爵令嬢のエリザに側近のように寄り添っている。色々な瑣末な話はエリザが応対してくれるのでこの位置が気に入っているらしい。しかしその優しい笑顔は学園生たちを魅了しているし、下級生は崇拝に似た感情を持っている。エリザは今や聖女扱いだし、聖魔法の浄化魔力も強力で近くにいるだけで癒されるが、アスカ様は何もしないのにエリザと人気を二分している。聖魔法オーラのせいだか、人格が良いせいかは分からないがどちらでも良い。メルはあまり身長が伸びず、今もたぶん百五十ちょっとだろうと思う。小さくてカワイイ。

 エリザはいつものようにスカートを軽く上げて上品に一礼した。両脇の二人も。

 エリザ「ごきげんよう皆様。」

 「ごきげんよう。」と挨拶を返した。王子たちも胸に手を当てて片足を引いて一礼した。笑顔が出てしまう。

 エリザ「歩きながら話しましょう。」

 メル「ね、殿下聞いてくださる?私、洗礼の後のお休みとか冬季休暇の時に、地元に帰って例の泉から聖水を運んだりしていたら水魔法レベルが百超えちゃったんです。」

 王子「ほおお、使い手と呼んでいいな。」

 メル「洗礼受けてから魔法は絶好調なんですよ。雲を集めて雨ぐらい簡単に降らせるから、みんなに感謝されちゃって。」

 「へえ。今も大人気だね。」

 「でも聖地から帰ったら霊も天使も見えなくなっちゃったって言ったじゃん?今も見えないのよ。もう見えないのかな。」

 イケメンの赤い髪の方が言った。やや茶髪に近い。メルの鮮やかな赤は珍しい。

 「エリザはこの間の叙勲の時、白いドレスが綺麗だったね?あれはどこで?」

 エリザは褒め言葉にくすぐったそうに肩をすくめて言った。

 「クラレンス様のご令妹様にも聞かれましたわ。」

 エリザはエルニーダの森を浄化したことで、エルニーダ国王から貢献勲章をもらった。またローデシア国王からも勲章をもらった。アスカ様はもちろん、私もメルも固辞したかったので代表してエリザが貰うことになった。

 アスカ様は自国の話であるし、森のことで過去に若いのに行政側と何回かやり合ったらしく、国王である父君から勲章をもらうのは嫌味になるから避けたかった、とのこと。私ガブリエラは、有名になりたくない。再びまた魔女扱いは避けたかった。メルは「私は横に居ただけだし」と。

 エリザは飛び級入学していて遅生まれの三月生まれなのでまだ十五歳だが、今や聖女として扱われており、次期王妃として確定したと見られている。エリザは私と共同でやったことも何回もあるので、この話題の時はいつも申し訳なさそうにする。私は「気にすんな」と言っている。「代表して勲章を貰ってくれて助かった」とちゃんと伝えたのに「お礼には少なすぎるけど」と言っていつも紅茶やお菓子で私を甘やかしてくれる。律儀な女だ。冗談で「いつか借りを返してもらう」と意地悪げに言ったりしている。

 黒い髪に眼鏡のイケメン。アルノーがエリザに言った。

 「先生たちが職員室でエリザの聖魔法レベルが二百を超えたって言ってたぜ?」

 エリザ「えっ?でも、学園では百までしか測れないはず。」

 アル「建前ではね。」

 エリザは少し眉をひそめて言った。

 「また建前ですか。うんざりですわね。」

 王子は「まあ、そう言うな。」と優しい口調で慰めるようにたしなめた。

 王子「王都にも治療施設を作った。先日、視察してもらったそうだが?」

 エリザ「視察なんて大袈裟ですわ。アスカ様の先輩の方がいらしたそうなので、私もお供しただけです。」

 王子「でも、半日治療を手伝ってくれたそうだな?俺がその後行ったら『聖女様が癒してくださった』とえらく評判だったぞ。」

 クラレンス「私の領でも広域浄化の後でそれを恒久化するために教会を誘致してくれる予定だったね。資金が集まらなかったが、王子が建設資金を出してくれたよ。だから私も出せるようになったからやっと工事がはじまったよ。」

 エリザ「殿下、ありがとう。」

 アスカ「ありがとうございました。」

 王子「他にも誘致するようなら俺が出した方が早そうだ。聖女の仕事を遅くするわけにはいかんからな。」

 エリザ「でも、私だけじゃなくてアスカ様も手伝ってくれていますし、」

 アスカ様は、お付きのメイドであるジェーニャによると、長期休暇の際は国に帰ってヒーリングや浄化などの聖女の役割を果たしているそうだ。学園と同様に地元でも非常に尊敬されているという。

 王都の中央教会もこの間、二人に浄化してもらったが、そこは神の光が降りる場所になった。今も天使たちが来ているのが視える。浄化の手順は森の時と同じで、祈りと天使たちの仕事だが、ローデシアの聖職者がいくら祈っても天使は来ない。霊的に視ると、教会の設計自体が神の光を意識して作られており、光を帯びると地域に光を放射し結界の役目を果たす事がわかった。中央教会はとても古く、アーケー神の時代にはもうあったそうなので、建造はエル信仰の頃なのは間違いない。

 しかし今のローデシアの聖職者は『魔術師信仰』であり、貴族たちの欲望や争いのために祈っている。

 彼らは「エル信仰は古い。今の魔術師信仰にしないと国境での他国との紛争に敗れる」などと言って抗議し、一ヶ月間揉めて、国王が仲裁し、エルニーダから枢機卿を呼び、彼らは地方教会に行く事で決着した。

 資金が集まらなかったのは、彼らとそのバックの貴族たちが反対しているためだろう。

 エリザが王子たちに話をしながらチラッと私を見た。私の思っていることに興味があるらしい。

 エリザは前から他人の思考を読めるし、聖魔法でも他の魔法でも今やレベルは百を超え、聖女様と呼んでも良いことになっている。しかし、私も困ったことに洗礼以降、聖魔法レベルでも百を余裕で超えている事が分かっている。最近言われないが、すでに闇魔法でもレベル百を超えている。アルノーが言ったようにレベル百を超えたら魔法学園の先生方とか専門家以外は正確なレベルがわからない。

 

 王子が政治的な仕事をする関係で、学校には王子の執務室がある。そこは生徒会室を兼ねるが、空いた教室を勝手に占有しているそうだ。豪華な家具が運び込まれているが、学校も文句は言わない。

 最近は授業が始まる前ここで今のメンバーで話している事が多い。このメンバーは学園生徒会役員であり、王子は会長である。でも学園の運営にはあまりやる気がないようで、他の四人やその他の生徒がやっている。アスカ様はエルニーダ王族なのでキツい総合判断はさせられないので、実質は雑務係だが『総務理事』の肩書。アルノーが副会長。クラレンスが書記長だそうだ。エリザが会計長。メルは広報。私はただ文字通り引っ張り込まれただけなので何の役も持っていない。

 他の生徒たちは、特に女子の一部がやっかみで私を『王子の愛人』とか『第二婦人』とあだ名しているのを知っている。許せん。王子のせいだ。どうしてくれるんだ!セクハラ王子め!

 それなのに『婚約者候補』の話は全然出ない。エリザと張り合う気は無いので別に私は構わないのだが、普通は王子と親しくするとそれが言われ出す。メルもそう言われたことがあるのに。父上も「何だろな。お前の人格に問題があると見られてるとか?ハハハッ!冗談。」と真面目に聞いてくれない。

 

 今日もまた三十分ぐらい雑談する流れだ。

 前世では、私が二年生で十七歳になった頃、聖女候補として、あいつがやってきた。

 今回は飛び級して修練に励んだので、私の実力は当時の二十歳のレベルに来ている。

 十七歳まで八ヶ月。今度は負けられない。あの時のレベルを超えなければならない。

 エリザ「エラ様はあの話もう聞かれましたか?」

 「?いいえ?」

 「エラ様から聞いた『聖女』の方、彼女やっぱり来たみたいです。」

 「ええ?早くないですか?それにエリザ様が居れば聖女候補は要らないじゃないですか。」

 「南部病が、どうしても収まらないので南部治療施設のために来るようです。まずはこの学園で、こちらの事を学んでから南部に行かれるそうですよ。」

 王子「お前たち前から知っていたのか?」

 エリザ「失礼しました殿下。エラ様は未来予知の魔法も使えるのですよ。」

 王子「そうか。それは心強いな。なあクラレンス。」

 エリザはこのようにちょいちょい誤魔化してくれる。転生者の説明が面倒なので助かっている。

 赤い髪のクラレンスがため息混じりに言った。

 「第二王子がオシテバン外遊の際に体調を壊してヒーリングを受けてな。その力に魅了されちまったらしい。まあ、こっちはエラを始めとして魔法使いのレベルが高いからな。大暴れされることはないとは思うが。」

 王子の側近クラレンス・ハート。父のハート公爵は、王都の周囲を囲むような領地を持ち、王族を護っている。父親も国王陛下の側近で、家柄で言うと代々宰相を出している家系だ。

 エリザ「大暴れするような方で?」

 王子「まあ、それはないとは思うが。」

 エリザたちが話す中で黒髪のアルノーが何か考えている。宰相メイランドの息子アルノー。クラレンスの父ハート公爵より優秀と認められたのが、彼の父、宰相メイランド侯爵。王子の政治参加も彼の父の進言からだった。

 ただ、前世で両腕を掴まれて押さえ付けられていたので、イケメンなのに二人ともただただ怖い。それにそのイケメン顔で、もし文句を言われたら本気で傷つく。他の人よりも冷たく感じるだろう。ブ男に何か言われても「ブサイクが」と思っていれば傷つかないが、これは色々ハラスなので言えない。

 無口なアルノーは『ファル王子はエリザに熱を上げていたはずでは?惚れっぽいな。』といぶかし気だ。

 第二王子の名はファルコン。

 そう、思い出した。

 前回もファル王子が聖女候補を連れてきた。クリスは籠絡され、婚約解消されたエリザにファル王子が求婚した。エリザはそれを逃れてウエシティンとオシテバンに接する三国の国境にある『ノースファリア公国』に行ってしまった。第二王子ファルは王位を継げないことは分かっていたので彼女を追った。その国と取引し、公爵扱いで領地もくれると言うので、王宮騎士団を百人近く引き抜いて行ってしまった。

 そしてそれは第二王子を推す一部貴族たちの分裂運動を加速させた。国内や王都で、通り魔的なテロ活動が起き、クーデター騒ぎに国内は動揺、内戦に発展し、ファル王子は戦死し、エリザも消息不明になってしまったのだ。

 でも、今のはふと思い出したが、今まで思い出せなかったことだった。前世の記憶は細かいところは曖昧だ。

 前回のガブリエラの記憶は、基本的な重要なところはすでに共有しているが、全部では無い。何かのきっかけでこのように思い出すことがある。ポーラの記憶に関しても同様だが、彼女の選択で伝えなくも出来るらしい。

 エリザが王子たちと話しながらチラチラ見ている。

 エリザは心が読める。それは王子たちはまだ良くは知らない。でも、王子は昔から察する力・洞察力がすごいので心が読めるようなものなのだが、思っている事が音声のように分かる訳ではない。

 あの時は私が十八歳の時だが、内戦の後、ノースファリア公爵国がオシテバン王国に根返って攻めてきた。その翌年に西のウエシティン王国が、『石の鎧』を着せた龍使い達を駆使して『火龍サラマンダー』と『翼竜ワイバーン』の大群を送り込んできた。あれは強かった。並みの魔法は弾かれてしまうし、王宮騎士団も魔導陸軍も食い散らされて全滅したし、しょうがないからポーラの硬性防御・絶壊魔法を、夢を真似してなんとか発動して何とかしたんだった。あの時は絶壊魔法で味方の死体も全部消えてしまったから全部私のせいになって大変だったな。あの頃から『魔女』と言われるようになったんだった。翌年、二つの国に勝利したら、南の島にアクサビオン軍の出城ができていたのが発見されて、魔王軍の攻撃が始まって大惨事になった。でやっつけたら王子に捕まって・・・

 え?

 エリザが神妙な顔をしてじっと見ている。

 「ああ、エリザ様ごめんなさい。何です?」

 「エラ様、そういう国防に関わる重要な話は早めに教えてくださるかしら?」

 クリス「おお、どういう事だい?」

 エリザ「エラ様に啓示があったようです。放課後緊急で生徒会会議を。」

 『啓示』ということにされたが、エリザは私の前世を粗方知っている。てゆうか教えた。それを逐一王子に説明できないので、誤魔化してくれた。「処刑されそうになった」とは言えない。

 クリス「うん。会議しよう。エリザが言うのなら緊急なのだな。」

 またそれかあんたは。自己判断せいよ。

 クラレンス「でも第二王子派はどうします?呼びますか?」

 クリスはエリザを見た。

 エリザ「エラ様、それは変えられるの?」

 「もちろん。そのためにやって来たんだから。第二王子たちにも聞いてもらいましょう。」

 第二王子ファルコンはクリス王子の一歳下。学園に通ってるらしいが面識はない。と言うか、あまり登校せず他領で遊んでいる人なので見た事がある人自体少ない。いいチャンスなので会ってみよう。



 昼休み。外のベンチで一人食べる。前はグラウンド。

 エリザたちは上級貴族なので、男爵家の私が食堂で割り込むと他の下級貴族子息令嬢たちの嫉妬の念が来て苦しいのだ。でも、一人で食べていても私の魔力値は異常に高いので独特の雰囲気が出ているのか、誰も近づいては来ない。でも庭での食事も良いものだ。他のベンチでもみんな昼食をとっている。平和だ。

 サンドイッチはこちらには無かった。アスカ様がこの前驚いていた。ミラに説明して作ってもらったものだ。

 「ガブリエラ?こんなところで一人?」

 「はあ?」

 顔を上げた。

 可愛い笑顔。ツリ目の美人が手を後ろに腰をかがめて私を覗き込んでいる。

 クセ毛の金髪が横に広がって目につく。笑顔のまま体制を戻した。

 魔法学校の制服。胸は推定F・・・はまだないが目立つ大きな胸。

 強力な白いオーラを放っている。やっぱりどう見ても白い。これに飲まれると信者になってしまう。

 でもこいつはエリザと違って腹黒い。どうして同じ色のオーラが出るのか不思議だ。

 これはあの最期の時ぐらいパワーがありそうだ。

 左横には十歳前後の子供。目つきが悪い奴だ。前回は話しかけても無視された。

 !!このツリ目女!急にバッと動いた!反射的に右横に首と体を傾けてよけた!

 ビュッとすごい音がして左耳の横を腕が過ぎて行った。

 反射的にその腕を掴もうとしたら、こいつ、それより早く腕を引いた。

 切れた私の髪束が下に落ちた。太さで二センチぐらい。髪型が変になるかも。

 サンドイッチは掴もうとした時、どこかに投げてしまった。ミラごめん。

 「もう。何か用?キャロライン・バーニィ。」

 女は首を傾げて言った。

 「このタイミングで私の『貫手突き』をよけた奴初めて。」

 貫手というのは空手で指を伸ばして指先で相手を突く技で、相当鍛えていないと突き指するやつ。

 私は体勢を戻して言った。

 「空手技で髪は切れないよね。」

 「そこは魔法よ。普通なら首が飛ぶ技。」

 「あんたねえ、いきなり殺そうなんて、どこが聖女候補なのよ。」

 「今回はね、聖女候補として来訳じゃないのよ。ヒーリング能力で貢献するため。」

 横の子供がジリッと前に出てきた。こいつは執事兼護衛のマーティ。私の魔法を封じようと前に出てきた。

 子供に見えるが、多分子供じゃない。異常な存在感がある。

 キャロラインは言う。

 「マー、大丈夫。下がって。あんたがやると大騒ぎになっちゃう。」

 マーティはキャロラインの横に下がった。

 「キャンディ・ジョン・バーニィ。今回はそう名乗っているのよ。ガブリエラ、あんた二回目よね。前回の名前で私を呼んだ。」

 「・・・・・」

 キャンディは横に座ってきた。そして足を組んで上を見ながら話し始めた。

 「私は三回目。今回は色々変えて試してるんだ。」

 そして私を見てまた言った。

 「あんたも転生者なんだよね?前世の記憶はあるの?前回は訊いても分かんなかったけど。」

 目を合わせず「分かんない」と答えた。

 「ふふ。とぼけるなよ。私はねえ、召喚されたの。オシテバンを救うために。救わないと帰れないみたい。」

 こいつは心を読む。でも、エリザのように理解してくれる訳ではない。なるべく心を閉じ読まれないように、

 「ん?エリザってエリザベート様?アレには第二王子を殺させて、その罪を責めて自害させたんだよ。」

 「何それ!どういう事?」

 キャンディの目を見た。

 キャンディは目をそらした。

 マーティが片手を上げて手のひらを向けた。私を縛り上げる魔法。私も両手を向けて魔力を放出して対抗する。

 前回、聖女のこいつにやられたのではなく、この『子供もどき』にやられたんだと直感した。

 こいつら最初から殺す気だ。対応を間違ったら死ぬ。

 拘束魔法を放出するマーティを、『斥力魔法』で弾き飛ばした。

 マーティは、空中で一回転して五メートル先に着地した。

 キャンディは動じず余裕の態度で言った。

 「フッ。怖いね。前回の死ぬ前ぐらいの魔力あるんじゃないの?」

 「あんたもね。」

 「ガブリエラ、あの後知ってる?雷が落ちて、あんたも王子も貴族も死んで。私はマーティが盾になってくれて助かったわ。一人だけね。仕方ないからローデシアの聖女として騎士たちを率いて、南からくる魔王軍と、つまり人喰いゴブリンの集団と戦い続けた。あいつら二メートルとか三メートルとかあるんだよ。」

 「私、あんたに、あいつらは元人間だから戦うなって言われたんだけど?」

 「あんたやっぱり前の記憶あるじゃん。あんたみたいに魔王とも何度も戦った。その間にオシテバンは滅びちゃったし、ローデシアも魔物使いが来て食い尽くされてメチャメチャになって最後は地震が来て滅びちゃったよ。」

 「キャル、今のローデシアにはゴブリンも魔物もいないよ。」

 「へへっ。私をキャルと呼んだのはあんたが最初だったね。三十二年前の人魔戦争後、『魔導陸軍』が出来て魔物狩りを続けたからローデシアには魔物はいないのよね?でも、外国には魔物がいるよ。ローデシアは魔獣族も魔龍族も魔族も国外追放したんだよね?ローデシアは恨まれてるよ。ここを征服したい奴は多い。それに国内だって一枚岩では無いよね。前回もクーデターを起こさせるのは簡単だったよ。」

 「ねえキャル、何で私の邪魔ばっかりしたの?前回は王子のために戦ってたのに。」

 「私はねえ、一回目は周りの言う通りにやってみたけど、結局ローデシアにオシテバンは滅ぼされた。二回目は言った通りだけど、あんた汚いよね。黒魔法のオーラ出すくせに最後の最後で聖魔法使えるなんて。普通、黒魔法は誰かを殺して手に入れるのよ。それは魔王の力。そんな奴が聖魔法なんて使えちゃいけないのよ。まあ転生者だから、両方使えるのかもしれないけど。」

 「闇系の魔法を使えるから敵だと思った?」

 「前世のあんたは破壊の力しか使わなかったけどさ、闇魔法の本領は『呪い』だよ。あるいは他人を思い通りに動かす力。あんたがそうなる前に討つつもりだった。今回もだよ。」

 「ひどいなあ。全部王子のためだったのに。呪いの力なんて使う気しないよ。悪魔みたいじゃん?」

 「へへへ。あんたが前回何で魔女って呼ばれたか覚えてる?」

 「はあ?知ら〜ん。」

 「あんたはオシテバンに大洪水を起こして壊滅状態にした。ウエシティンには火山噴火を起こして滅ぼしたのよ。さて、何千万人殺したのかな?何億人?今回はどうする?アクサビオンを滅ぼす?」

 「その辺はあんまり覚えてないのよね。それ本当かどうか知らないけど、正義だとは言わないけど、いくら人が死んでも、やんなきゃいけないことはあるって、父上も言ってたよ。ま、日本人的には滅ぼそうなんて思わないけどね。今回はやらないと思うよ。」

 「意外、日本人なんだ。でも、王子のためならやるでしょ?」

 「どうかな。王子には処刑されそうになったし。」

 「さあて、もういいかな。マー?」

 マーティが頷いた。

 「動けないでしょ?」

 「しまった。」

 話している間に、マーティの方が静かにゆっくりと拘束魔法をかけていた。

 声は出せるが動けない。

 キャルは制服のスカートを上げて、ももにベルトで留めていた刃渡り十五センチの両刃のナイフを鞘から抜いた。やっぱり本当に殺す気だ。

 とにかく防御魔法を。でもマーティが邪魔。私の魔法を相殺するだろう。拘束魔法を打ち破るには?

 『気合いだ』

 ぽ?ポーラさん?

 キャ「ねえマー。悲鳴あげられるとみんなにバレちゃうから声も封じて。」

 その前に叫ぶ!

 「うっしゃあらああああああ!!」

 バッチンと魔法が弾けて自分の体がポンと跳び上がった。

 すぐに空中からマーティめがけて両手に出した火の玉を手当たり次第に何発も投げた。

 マーティは、それを何事も無かったように吸収する。

 「ええ?すごいなこいつ!」

 その時、アルノーが上から浮遊魔法で降りてきた。

 「揉め事か?複数の生徒から生徒会に通報があった。学内で許可なく魔法を使うことは禁じられている。」

 周りのベンチにいた生徒たちはいなくなっている。

 校舎からメルが走ってきた。クラレンスと王子も来た。制止する。

 「来ないで!死ぬよ!」

 地上の三人は校舎を出たところで立ち止まった。アルノーもスーッと離れた。

 キャル「生徒会?教師を呼ばないのは何でかな?」

 「いやあ、これだけでも魔力感知されてるんじゃないかな。」

 でも来ない。多分原因はこいつだ。マーティには魔法が効かない。教師もお手上げだろう。生徒会の彼らは危険度がわかっていないから来れるのだろう。霊眼で見ると本当に漆塗りのように真っ黒で角と黒い翼が見える。これが前世で見た悪魔憑依か?

 『いや、これは魔族そのものか、それに準ずるものだね。』

 これが魔族。

 でもキャルから出る強力な白いオーラは「聖女様」のものだろう。でも前回の最後の時「精神魔法で白く見えていた。実は真っ黒だ」と気づいたはず。でも今は、どう視ても白い。魔王と聖女が一緒に行動しているなんてあり得るのだろうか?「悪い聖女」??矛盾している。

 『違う!私を見て!私を通して彼女を見て!』

 強い思いが来た。ポーラじゃない。見ると建物の玄関のところにエリザとアスカ様が居た。

 エリザが頷いた。エリザの目からその心に同通する。エリザが視ている映像が見えた。

 黒いオーラが渦巻いているキャルの姿が視えた。

 やっぱり白いと思い込んでいた?そう見えるよう魔法をかけられた?

 これが心を操る黒魔法の『精神干渉魔法・幻術』なのか。

 「どうかな?」と思って視ているぐらいでは全然分からん。

 キャルがニヤリと笑った。

 キャルが黒いオーラに包まれた。私の視え方が変化した。

 みんな騙されているという事なのか?大体、この国の魔法判定は怪しいのだ。

 でも、どうする?

 戸惑っていたらキャルの思いが来た。

 『バレた?でも、魔力レベルが高いのは嘘じゃないよ。破壊系の魔法でここにいる奴らを一瞬にして殺すことはできる。王都ぐらい消してあげたっていいのよ。あんたなら分かるよね?濃縮ウランを物質化させて爆発的に圧縮すればいいんでしょ?物質化は魔法の基本よ。』

 物騒な女。核爆発を起こそうって言うの?

 キャルの思いが言う。

 『各国が保有しているドラゴンは、その口からの光線で、核爆発を起こせる。ここでは核の概念はないけどね。私も闇魔法のレベルでは、三百ある。これ、ドラゴンレベルよね。』

 ここで核爆発・・・日本人ならみんな学んでいる核攻撃の凄惨な被害。絶対使ってはいけない兵器。でも外国人はそうは認識していない。キャルは転生者だろう。でも日本人ではないのかもしれない。

 エリザとアスカ様が怯えている。私の記憶のイメージを読んだせいだ。仕方ない。二人とも聖女様レベルだと言っても十代のお嬢様だ。

 クラレンスと王子も何かを察知して真剣に身構えている。

 クラレンスの目・・・少し霊的な光がある。多分『視える人』の目だ。それを王子に伝えている可能性がある。

 キャル「フフフ。あんただけは殺しておく。そのためなら何だってしちゃう。」

 私はわざと笑った。

 「あっはっはっはっは!ねえキャル。自分の命と引き換えにオシテバンを護るような、あんたってそんないい女だった?」

 他のみんなは唖然としている。でもキャルだけは余裕の態度で嘲笑うように言った。

 「バッカじゃねえの?爆発前に転移魔法で逃げるし、もし放射線を浴びてもマーティが治してくれるよ。」

 でも、キャルの発言はブラフだ。フェイクだ。ハッタリだ。

 キャルがその手で核爆発を起こしたら、いくら防護魔法があったって自分も燃え尽きてしまうだろう。爆発前に逃げるにしたって濃縮ウランを物質化させた時点で高レベル放射線を至近距離で浴び内部まで火傷する。それを防御できる魔法があるかは怪しい。放射線がどういうものかをイメージできていなければ防御魔法を構築できない。 それに全身を時間魔法で戻して治癒させるような技はアーケー神の時代にはあったが、モーリーン神の時代には失われて、現在の聖魔法にも存在していないことは、天使やアスカ様も話していた。ハッタリか、そのマーティに騙されてやらされようとしているかだろう。

 ああ。そういうこと?

 「分かったよ。マーティは護衛役だけじゃなくて『ご主人様』でもあるのね?やらないと殺されるのね?」

 キャルが不満げに黙った。そして困ったように一瞬マーティを見た。

 マーティが口角と目を釣り上げた。目は真っ黒だ。

 マーティが指揮棒のような魔法の杖を振った。

 私はそこに反射的に両手を向けてその魔法を止めた。

 バチンと空気が鳴った。マーティの短い魔法の杖からバリバリと細い稲妻が出ている。私の手の前で止まっている。周囲が断続的なフラッシュのような光で不安定に照らされる。

 『稲妻に見えているのは高熱で高圧のエネルギーの塊。触れたら蒸発するよ。』

 ポーラ?何か勝つ手は無いの?

 キャル「バカね。あんたは負ける。私も負けたの。あんたは死ぬ。マーティはオシテバンで一番の魔術師よ。本当は何歳かわからないのよ。」

 校舎の玄関前、三十メートル後ろでエリザとアスカ様が跪き、祈った。

 メルは王子と貴族二人を促して校舎内に避難した。

 エリザ「神よ。エルよ。あの者に天使の矢を落とし我らを護りたまえ。」

 マーティに上からざあっと光の矢が雨のように降り注いだ。

 しかし、それはバシバシと全てが弾かれ跳ね返されて消えた。

 細い稲妻がジリジリ近づいてくる。

 覚悟を決めた。

 「二人ともごめんね。闇魔法使っていい?」

 エリザ「できる?」

 「ごめん。」

 頭の中に闇の根源をイメージする。

 自分からブワッと黒いオーラが周りに噴き出すのを感じた。

 「ブラックメテオ!」

 手から黒い球を出した。野球のボールぐらいのやつ。全てを吸い込む孔。それを前に飛ばす。

 それはマーティの雷を吸い込み、マーティに当たった。

 しかしその瞬間マーティは、それよりも黒く変わって黒いボールを吸収した。

 うお!黒!・・・もっとでかいのを出しても多分ダメだ。

 キャル「闇系の魔法使いならオシテバンの方が多いのよ。みんなマーティの弟子だけど。」

 困った。あと何の魔法があったかな。斬霊剣?あれって肉体も切れるんだっけ?やった事ない。

 あれがある。夢で見た硬性防御からの絶界魔法、ってダメだ。学園が消えてしまう。

 勝たなければならない。殺されるのが嫌だという以上に、これだけの闇存在が出てきたということは、国が滅亡するような危機ということだ。それは前回思い知っている。国を乗っ取られ、私のような邪魔者が次々殺され、みんなが食い尽くされて国が滅びる。そうだった。前回、私にはその未来の映像が見えていた。だから命を懸けた。

 私が勝たないとみんな死ぬ。でもあれじゃエリザもアスカ様も燃えて消えてしまうな。

 「お困りのようだな。」

 校舎から白マントの男が来た。フードで目元が見えない。周囲に赤黒い巨大なオーラを放っている。

 あの格好は王宮魔導士だ。ビリビリとすごいエネルギーを周囲に放っている。

 「王宮魔導士局の魔力計が反応した。先生方からの通報もあって私が来た。」

 彼はフードを上げた。あの時の伯爵家のキース・カイエンだ。国内の洗礼で昔の戦闘魔導士の紋章に花が落ち、その後魔力レベルだけが爆上がりしたため、魔力暴走が起きる前に退学して王宮魔導士預かりの身となっていた。不安定な魔力は訓練で統御できるようになったみたいだ。ものすごい威圧感で歩いてくる。

 エリザたちの横をすぎた。教師たちに呼ばれて事態の収集に来るというなら、かなりの実力なのだろう。

 キャル「何あいつ。」

 マーティがカミナリを引っ込めて短い杖をキースに向けた。

 それだけでキースは「うきゃん」と小さく言ってその場に倒れた。

 白目をむいて、その口からは舌が出ている。もう何のパワーも感じられない。

 え?・・・・死んだの?・・・訳のわからない魔法・・・どんだけ強いの?

 キャル「ハハハッ!これがマーティの力よ!」

 マーティが私に杖を向けた。

 グワッと視界が歪んだ。思わず目を閉じた。ドドドと音が響いている。

 目を開けると目の前にアスカ様が立っていた。足元に白い光の魔法陣が出て上から光が降りている。

 アスカ様は両手を前に向けてマーティの魔法を受け止めている。その手の前の空間がレンズのように丸く歪んで震えている。

 「アスカ様」

 彼女は受け止めながら振り向いて苦しそうに微笑んで言った。

 「大丈夫。私たち聖魔法の使い手は闇魔法には耐性があるの。ただ痛気持ち悪いだけ。」

 「それって最悪じゃん!それにいつまでも耐えられる訳じゃ無いよね?」

 エリザが横に来て言う。

 「エラ!闇には光よ!祈りを!私も支援するからあなたの聖魔法パワーで祈って!」

 エリザは両手を合わせて目を閉じた。どうする?

 「そのまま祈る!・・・・ふう。天なる主よ。エルよ。エローヒムよ。我にこの生きている悪魔を倒す光を与えたまえ。我に力を与えたまえ。」

 自分の黒いオーラが消えた。

 何か暖かいものが自分にウアッと入ってきて、勝手に右手が真上に上がった。手のひらを上に向けた。

 上空から光の束が手に降りた。潰れそうな光圧を感じる。

 キャル「ムダムダ!マーティはもう少しで上級魔族のレベルなのよ!」

 アスカ様はマーティの魔法を受け止め続けている。エリザにも光の束が降り広がって私たちを包んだ。

 私の全身が光に満たされた。頭と背中が熱い。エルニーダでの浄化を思い出す。

 いや光の強さは比べ物にならないほど強力だ。全力で耐えないと潰されて倒れる。

 口が勝手に言う。

 「神に勝てる悪魔はいない。」

 上から降りる光がキュウウと絞られ、レーザーのように細くなった。勝手に口が動く。

 「悪魔よ!滅びよ!」

 手が振り下ろされた。天からのレーザーがマーティに移動する!

 バツン!と音がしてマーティが燃えながら爆発した。

 目で追う飛び散る破片は、燃え尽きて消えてゆく。

 光はさらに降り続けている。

 残されたマーティの霊体も真っ白に光って爆発して、その破片が十数体の霊に変わった。

 様々な形の悪魔風の黒い霊たち。

 彼らは圧倒的に降り注ぐ天からの光に両目を手で押さえて怯えるように飛び回った。

 口が言う。

 「もう一度言う。悪魔よ!滅びよ!」

 さらに十数本の光が一度に落ちてきて黒い霊たちを捉え、霊たちは白く光って消えた。

 グラウンドに直径十メートルのクレーターができた。

 キャルが震えている。脚をガクガクさせて膝をつき尻もちをついた。

 キャルはうわごとのようにブツブツ言う。

 「マーティがやられるなんてあり得ない・・あり得ない・・・」

 『彼らは地獄の底まで堕ちていったよ。悪魔は神の光を恐れる。彼らは封印したよ。』

 上を見ると鎧を着たテリットさんが居た。

 『あの光を浴びたら普通の悪霊ならそれだけで浄化されて浮かび上がって天国まで行ってしまう。でも、今のような悪魔たちは反省も懺悔もできないぐらい心が固定化しているから浄化の光が心に入らない。だから地獄の闇の底に封印されるしか無い。』

 「光のパワーが凄かった。」

 『君たちが上達して『光の器』として成長したのだろう。この前の一段上の力だね。』

 キャルがテリットさんを見て愕然としている。そして青ざめて目を逸らし、伏せるように地面にうずくまった。

 『もう戦意はないようだね。』

 勝った・・・んだよね?

 「・・・マーティは?」

 『あれは魔法で魔王の霊たちを繋ぎ合わせて作られた『ホムンクルス』だったのさ。』

 「ホムンクルスって何?」

 『人造人間だ。宿っていたのは五千年前の魔法科学で作られた十四の魔王霊の集合体。もうマーティという個体は存在しない。前の時もあれを倒すために特大雷を落としたのさ。君たちまで死んじゃったけどね。あれは彼女を護ったわけではない。よけられなかっただけさ。でも、君の地上生命は護れなかったが、君の魂を魔界に連れ去られる事は阻止できた。』

 「・・・ありがとう。」

 自分から天使が抜けて空に羽ばたいて行った。顔はエリザに似ていた。銀髪。洗礼の時にも居た天使だ。

 上には数十の天使たちが飛んでいた。

 前回の最期のときは、独りだった。

 今はエリザにアスカ様もいる。

 エリザ「それにテリットさんと天使たちもね。」

 アスカ「神のご加護に感謝しましょう。」

 二人は両手を合わせた。私も合わせてお礼を祈った。

 「主なるエルよ。テリットさん。そして天使たちよ。ありがとうございました。」

 テリット『前の時も最後は上にはこれぐらいの天使たちが居たよ、』

 「最後だけか。」

 『ポーラはずっと居たよ。アヤの時もね。君は霊も神も考えていない人だったから助言が伝わらなくて泣いてたよ。』

 「え?でも、だって・・・」

 テリット『いくら言っても、信じない人は意識の中で違うように変換してしまうからね。』

 ポーラが珍しく笑顔で前に居た。何も言わなかった。

 「・・・はあ、ごめんポーラ・・・」

 涙が流れた。

 ポーラ『気にすんな。みんなそんなもんだよ。』

 ポーラ、優しいね。

 『申し訳なかったら神の喜ぶような良い事をしな。私もそうしている。』

 テリットさんと天使たちは、手をひらひら振って天に消えた。ポーラも私の後ろに回って見えなくなった。

 沈黙が校庭に広がった。キャルは震えながらうずくまっている。

 メルが来て驚嘆した。

 「すっげ!何この穴!」

 王子と貴族二人も来た。

 王宮騎士団数人が、校庭に馬で乗り付けてきた。

 キャルは何の抵抗もせず拘束されて連行された。

 勝った。

 気が抜けたら汗がどっと噴き出した。疲労が足に来て立っていられない。

 前に膝と両手をついた。

 汗だくになって息を乱していると、エリザとアスカ様が風魔法で冷たい風を送ってくれた。

 涼し〜い。ふうっと息を吹いた。

 とりあえず、キャルに勝った。前回とは違う。

 少なくとも前回と違うライン上にあると思いたい。

 でもまだ十六歳。前回死んだ二十歳までは、まだ四年ある。

 反逆罪で処刑される運命を変えることができたのだろうか?

 


 キャルとマーティに襲われた事件でカイエン伯爵の子、王宮魔導士キースは死んだ。

 表向きは、「私とマーティが揉めて、暴れたマーティをキースが倒したが、マーティが死ぬ寸前に魔法をかけたためキースも死んだ」ということになった。彼はエルニーダ王族と公爵令嬢を護ったので王宮名誉勲章、別名スター勲章を受けることになった。

 その事情聴取が行われ、予定していた生徒会会議は無くなってしまった。

 翌日に生徒会のメンバーで集まった。と言っても私は生徒会ではないが。

 大きな事件があったり人が死んだりすると皆落ち着かず不安になる。

 表向きの名目は会議だが「雑談しようよ」とメルが気を回してくれたので集まることにした。

 王子が言う。

 「ファルが二人を連れてきたから「責任追及しよう」という意見も出たが、第二王子だからな。大したペナルティーも無かった。奴に言わせれば「外国人を連れてきたら下級貴族と揉めた」とか「向こうの召使いが暴れたぐらいの事」とか言ってたよ。「王宮魔導士が貴族を護って死ぬのは当たり前だ」とも言ってた。」

 みんな沈黙した。でも、ムカつく。

 「でも、召使いって。へへ。めちゃめちゃな強さだったんすけど?消滅させられる所だったんすけど?論点がずらされてるよね?」

 クラレンスが、厭そうな顔で答えた。

 「魔法の事故とか、奴隷が不敬罪で斬られたぐらいの話はよくある事だ。ましてや王族不敬罪はすぐ適用されるから、ファル王子の感覚はそうなのだろう。」

 「ええ?私って『斬る側の貴族』なの?ゾッとするんですけど?」

 沈黙。王子や二人の側近だけでなく、エリザたちまで困ったような顔で私を見ている。

 ああ、みんな上級貴族だし、いままでも、そういう話は見聞きしてきたのか。

 しょうがないので息を「フウ」と吐いてソファに背中をつけた。不快感を示せただけで良しとすべきか。

 クリスは紅茶をすすりながら言葉を付け足した。

 「ファルはこうも言ってた。『揉めた下級貴族が悪い。アレたちは俺の来賓なのだから自重すべきだ』とよ。」

 「え?私なの?私が悪いって?会ってすぐ殺されかけたんだけど?」

 第二王子ファルコン・・・そんなことを言い放つとは。封建主義というか階級差別社会の支配階級の権化なのか?でもエリザたちも冷静に聞いているから、それは貴族たちの常識の範疇であり、その理不尽さは日本の武家社会と変わらないということか。

 「まあ、少なくともエラを狙ってきたのは間違いない。理由は予知に関する事らしいから秘匿されるだろう。」

 キャルのやつが、私が将来魔女になる、ぐらいのことを言ったということか?信用ガタ落ちじゃねーか!

 みんな無言で紅茶をすすってお菓子を食べ出した。文字通り『お茶を濁す』なのか?

 クラレンスが言う。「マーティという魔王的存在は、単なる奴隷として記録からも葬り去られるだろうよ。」

 王子「エラ、オシテバンの前線軍はしばしば暴走する。そういう時オシテバン王家と申し合わせて手打ちにするという事は過去何度もあった。今回のことは王族同士の友好という建前があるから穏便に済ましたい。」

 「そんなに噛み砕いて説明してもらわなくても分かりますよ。」

 私の気持ちは分かるが、大騒ぎしてくれるな、って事だよね?ハイハイ。

 エリザ「でも、昔から関係は良くないんですよね?」

 クラレンス「最近は良くなってきていた。王国の各地で病院が開設されただろ?あれはオシテバンからも治療魔法師が多数来て対価がもらえるから好評なんだ。昔は魔物の討伐にオシテバンの冒険者たちが多数来ていたが、彼らから住民への被害も多くて、向こうは魔物使いも多いから『マッチポンプ疑惑』が出て追放運動が盛んになったんだ。」

 王子「いまローデシアには魔物がいない。それは有名で常識になっている。大陸冒険者組合『ギルド』はこの国の連絡事務所だけでなく他国のも相当数閉鎖したんだが、最近再び増加している。オシテバンだけでなく大陸各地の名のある治療系魔法使いも多数来ているし、北で採れる薬草や魔鉱石の取引も活発化して関係改善していたから、今回の件は少しまずかった。」

 「なんか感心するわ。クリス王子は若いけど、もう政治家なのね。」

 いま彼は国王陛下に意見して国政や軍を動かせる立場にある。現に首都から主要港や重要資源の取れる土地への直通道路の敷設や、各地への病院開設、教会の誘致などは王子からの意見具申を父王が受理したものだ。

 「感心だと?エラは俺をどう見てたんだ?」

 「ここで言わせたいんですか?」

 クラレンスが「プ」と吹いた。

 王子「笑うな。」

 みんな和やかな表情になった。

 アスカ様が珍しく発言した。

 「でも、第二王子も例のノースファリア国の事で陛下に進言されたんですよね?」

 王子「ああ、経済規模が大きくなりすぎたから国扱いした方がいいと言ったんだ。」

 「え、何でですか?」

 クラレンス「エラ嬢は意外とお嬢様なんだな。貴族なら政治にも関心を持てよ。ノースファリアは二十五年前に領土から『黒油』が発見されて、精製してオイルランプの燃料として大儲けしたんだ。だから五年前に国王陛下から『国を名乗って良い』と認可がおりて国になったんだ。まあ属国扱いだが。」

 王子「あのオイルは、国内はもちろん旧敵国のオシテバンやウエシティン、アクサビオンにまで輸出されている。メルのところでも扱っているだろ?」

 メル「ええ、輸送費を上乗せさせて頂いているわ。うちの領が値段を決めているところはあるから、あんまり高いとみんな貧しくなっちゃうし、暴動が起きるし、安すぎても業者が潤わないから毎年大変なのよね。」

 「へえ。上級貴族の悩みだね。」

 そうか。メルですら王国の政治経済に深い影響力を持っている。まして王族はどれほどの権力を持っているか。あまり感情に任せて王族を批判するのは危険だ。急に口を挟んだアスカ様はそういうことが言いたかったのか。

 アスカ様は軽く目立たない程度に何度も頷いた。

 エリザ「ファル様も、お若いのに北三領の開発にかなり取り入っているというお話でしたよね?」

 一瞬空気が凍りついた。エリザはニッコリしたまま動じていない。『気にしい』のくせに急にどうした?

 王子「奴のことは言うな。最近はしつこくされなくなったのだろ?牽制にキツい事を言う必要はない。」

 「でもそれって危ない奴だという事なの?」

 クリス王子は、ため息混じりに言った。

 「はあ、黒油の利権は貴族だけでなく王族やファルたちも狙っている。俺はそこまで関与していないが、王国の北にある三っつの領はオシテバンとも取引があり条件によっては向こう側につく可能性がある。それは阻止しなければならない。」

 エリザ「ファル様の場合は権力欲を満たしたいだけかもしれませんね。」

 またみんながピリついた。エリザがここまで言うとはかなり怒っているのか?

 王子「あんまり言うなって。欲を満たしたいのはみんなだ。彼らを繋ぎ止めているのは今や人魔戦争でエルニーダを守るために周囲の三国相手に共に戦ったという名誉しかない。この学園にアスカがいるのもエルニーダ国王兼教皇陛下の威光を示すためでもある。」

 アルノー「第二王子が言ってたが、」

 アルノーが重い口を開いた。無口なアルノーはこういう時、大体きつい事を言う。

 「『大体オシテバンの獣人・亜人どもや下級貴族の娘の事件で王族が迷惑を被るのはおかしい』ってな。」

 またみんな凍りつくように沈黙した。

 「何ですかそれ?」

 王子「オシテバンという国は魔獣族の国だ。彼らも元は、神に創られたという古代天獣族の血を継いでいるが、ローデシアの古い世代は差別的に『獣人・亜人』と呼ぶ事がある。」

 「でもファル王子って、まだ二十歳ぐらいだよね?」

 その獣人・亜人に惚れ込んで、わがままで連れてきたのに、とぼけて何を言ってるの?

 クラレンス「あの国は、ライオン族、黒牛族、牙狼族が上級貴族を形成し、基本的魔力量も普通の人間より多い。ただ、人間との混血が進んでいるため一般階級や下級貴族は魔獣の特徴を持っている者は少なく、人間より若干、獣っぽい顔だとか、毛深いとか小さな角があるとか、そういう者の方が圧倒的に多い。ほとんどの魔獣族は見た目は人間だ。だからその呼び方は当たらない。」

 発表する事ではないから黙っているが、私のメイドのラミエラは耳に黄色い毛が生えている『タイガー族』の元 貴族令嬢だった。毛は髪に隠したり剃っていたりするので分からなかった。

 王子「キャンディジョンも人間と混血が進んだ家系らしい。でも厄介なのは人間社会とは逆で、『獣性』をより多く残している者が偉いとされる点だ。貴族階級ほどそうらしい。」

 クラレ「耳が頭の上に付いているのは大体貴族だ。偉いと言われている人ほど凶暴な弱肉強食社会らしい。」

 でもラミエラは「ローデシアの人たちは偏見が強くて困る。立派な貴族もたくさんいます」と言っていた。

 王子たちには黙っておく。エリザもこういうのは誤魔化してくれる。

 しかしファル王子ってのは何なんだ。

 前回キャルがローデシア王国を翻弄し続けたのを知っている私から見て、第二王子という人間は、なんて地位に驕った愚かな人間なんだろう。国を危険に巻き込むような罪な愚かさ。前回起きたクーデターだって第二王子を中心に始まったし、それはキャルたちが画策した事であるのは、あいつ自身が言っていた。それに気づかない、あるいはグルになっていたのか?

 それにメルから聞いた噂話では、二人の王子は異母兄弟で、ファルの方が母親の家柄が良いので、クリスは留学させられて中央から遠ざけられていたのに、ファル王子の素行が悪かったためクリスが呼び戻されたのでは?と言われている。ファルが何をやったかは人身売買だとか強姦殺人だとか、尾ひれが付きすぎてよく分からない。

 エリザは紅茶を飲みながら横目で私を見た。私の思っている事を聞いているようだ。

 エリザ「まあ、皆さん悪口はその辺に致しましょう。」

 アルノー「君が始めたはずだが?」

 エリザは済ました顔でまた紅茶を飲んだ。私にこれを思い出させたかったのか?

 メル「第二王子と会った事ある?」

 「まだだけど、会えたら木剣でぶん殴っていい?」

 クリス「やめろ!」

 「フフッ。冗談です。」

 クリス「もう。奴の耳に入ったら不敬罪どころじゃ済まんぞ。」

 メル「でも顔はクリス殿下に似てイケメンだよ。」

 

 キャルの扱いが難しくなった。

 オシテバン王国からローデシア王国に送られた治療魔術師。中身はオシテバン王国のためクーデター工作に来た魔女。しかも十四の魔王の集合体であるマーティを連れて来ていた。そのマーティは『無礼撃ち』されたことになっているし、キャルまで処刑したらヘタをすると戦争になる。

 国王陛下に言われてクリス王子が国家間で魔法通信をした。陛下の命令で、よせばいいのに事件のことを問いただしたのだった。

 向こうは「知らぬ存ぜぬ」を貫いた。「キャルを送還したい」と伝えると「それは侮辱行為である」として許さないということだった。

 ちなみにだが『魔法通信』は、色々な手段があるが、代表的なのは三つだ。

 一つは『精霊通信』で、決まった呪文を唱えると、通信専門の精霊が来てくれて一定の分量のメッセージを相手に伝えてくれる。これは早い。精霊は霊界を通って行くので距離や時間は関係ない所がある。しかし両者に精霊の声を聞く能力が必要になるし、悪魔がいるような悪い土地や精霊が近づけない結界がある場所には通信できない。これは精霊に可能かどうか聞く必要がある。

 だが私やエリザとかアスカ様ぐらいの『霊能者』になると精霊を通さなくても伝わる。ポーラが伝えてくれる場合もあるが、魂同士を隔てる壁がない状態なので『伝わってしまう』と言う方が近い。念力か祈りに近い感じで集中するとダイレクトに相手に伝わる。でも『これは聞かれたくない』ということもある程度伝わるのが苦しい。それを防ぐには『考えない』しかない。

 でも魔力のない人にも、思いはある程度伝わる。念じると伝わる事がある。

 人間、いや生き物は全てある程度思いが通じる感じがある。

 もちろん肝心な事は言わなければ伝わらないが『以心伝心』というのはあり、思いはいつの間にか相手に伝わっている。

 二つ目は『魔道具通信』。声と映像を記録して伝える水晶玉がある。これを両者が持っていればTV通話ができる。これは直接生放送で同じ時間に聞かなくても後で聞く事ができる優れものだ。しかしそのような水晶は希少であり、一般には普及していない。その原理は難しいが、鉱物を霊視するとそのたどってきた歴史が視えるものがある。『鉱物にも魂がある』という考え方もあるが、そのような鉱物自体の記録作用を使うらしい。

 三つ目は『空間魔法』を使ったもの。離れた空間を一つに繋いで声を伝える。これも魔道具ではあるが、大小あって前の世界の軍事用通信機器に似ている。小さいものは兵士が背中に背負う事ができる。アンテナを伸ばす、いやこちらでは『魔導針』と呼ぶが、それを伸ばすと霊眼で視ると魔法陣が出ている。相手と空間を繋いで音声を伝える。機能は無線というか電話そのもので、こちらは通信内容を記録する事はできない。

 昔の魔法使いが作ったというが、今は修理できる人は居ても新たに作り出す事ができる人はいない。通信者の魔力を増幅して通信するので魔力小さな一般庶民は使えない。父の部屋にも大きめのこの通信器らしきものはあったので、貴族間のやりとりにも使われているようだ。

 王宮のてっぺんにも真っ直ぐの二十メートル位はあるアンテナがあるが、これは王宮から各地貴族への一斉通信に加えて各地の魔力量の計測にも使われているという。

 他にも地面に刺して土魔法を使って通信する魔道具もあるし、風魔法なら声を風に乗せて遠くに伝えることもできるが、これらはあまり遠距離には使えない。

 

 キャルの魔力値レベルを計り直してみたところ、四属性では平均七十ほどだったが、闇魔法だけは百五十を超えていた。「三百」はブラフだった。聖魔法は使えない。学園の先生たちは「その闇魔法の魔力値ではどちらにせよ国を滅ぼしかねない。言わば『逆聖女』すなわち『魔女』だ」と言っていた。魔女ってそういう扱いなのね。

 厄介なのは、キャルが『精神操作魔法・幻覚魔法』の達人だったことだ。

 学園の図書館で学んだ事だが、大体『魔獣族』というのは、エル神降臨前の大昔は魔力の高い獣、いわゆる魔物だった。彼らは人間に近づき食べるために擬態する魔法を身につけた。しかし三万年前、エル神の人間に対する『人間かくあるべし』のエネルギーが籠った霊力を彼らも浴びて、人間的な部分が発現した。エル神を信じそのパワーを受けた人間は『天使人類』と呼ばれる全能的存在になったが、近くにいた彼ら魔物たちも人間的思考と高次の欲求を発現し、人間的な言葉、愛情表現、礼儀作法、信仰を身につけた。これが『天獣族』と呼ばれる存在になった、という。その後の三万年間で人間との混血が進み、現在の若い世代はキャルのように姿はほぼ人間と変わらない。しかしその擬態する能力は受け継がれ、変身魔法や幻覚魔法は彼らの得意とするものだ。

 もちろん人類の魔法使いもそれはできるし、アクサビオンの『魔族』や、ウエシティンの『魔龍族』も同じ能力がある。彼らはエル神を守る為に聖魔法でこの世に発現した存在がその後繁殖したもので、厳密に種族分けすると、ゴブリンやワイバーンなどとは別種だそうだ。

 

 食堂でキャルが座って居眠りをしていた。

 キャルは危険なためエリザか私が監視することになった。他の人では幻覚魔法にやられてしまう可能性が高い。

 今、エリザと交代して食堂に来たところだ。

 顔も髪色も別人。幻覚魔法が解けているようだった。

 横の席に座ってじっくり見た。霊眼でも視た。

 普段の印象のようにそんなに美人でも可愛くもない。目鼻が一回り小さく丸顔。髪色もオレンジに近い茶髪だ。胸も大きく見せているのかと思ったらこれは残念ながら自前か。ん?残念て?まあいいんだけどさ。

 しかし、周囲の人たちは警戒してチラチラ見ているのに、思いを読んでもこんなに変わっている事に気づいている人がいない。かなり強力な幻覚魔法だ。

 キャルが「パチ」と目を開けた。目が合った。

 「ああキャル起きた?」

 キャルは立ち上がった。顔が青い。

 「素顔・・・視た?」

 「ええ?」

 面倒な事になりそう。ゆっくり目を逸らした。

 「見たな!殺す!」

 「はあー?なにキレてんの?私が来るってのに居眠りしてるのがいけないんじゃん。」

 「闇魔法!呪念地獄!」

 キャルは魔法の短杖を私に向けてクルクル回した。

 杖の先から黒い綱引きの綱状のものが出て私をぐるぐる巻いてゆく。重たい。もう。

 「う〜ん・・・はああああ!」

 立ち上がった。黒いものは弾け飛んだ。

 キャルは「キャッ」と身を縮めた。

 そして目を開けて言った。

 「・・・私の攻撃を・・あんたって絶対レベル百じゃないよね?ここの測り方はおかしいのよ。」

 「知らん。そっちの髪色の方が綺麗なのに。」

 「・・・ええ?」

 キャルは嫌そうな顔だったが頬が赤くなっていた。

 それ以来キャルはオレンジの髪色にしている。「年齢は二十代」との先生方の判定が出たが、私の推察ではまだ10代かもしれない。

 私の他のエリザやアスカ様以外の人たちは教師も生徒もキャルの本質が見えていない。寝ていようが食事をしていようが関係なし。すごい幻覚魔法だ。

 

 「オシテバンに公使を送るべきだ」という事になった。

 しかし、二週間しても誰も行こうとしない。騎士団はもちろん、王国最強と言われる王宮魔導士たちまで。

 以前の第二王子の外遊の際は、腕自慢たちが付いて行ったのに、「マーティの弟子がたくさんいる」というだけで怖気付いてしまったらしい。

 確かに魔獣族の国に少人数で行くのは危険極まりない。職業冒険者が輸出入取引を仕切っているが、個人でレベル五十はないと出国許可が降りない。国境の関所を越えられない。

 しかし、そのような職業冒険者のように「強い人間」なら魔獣族の国にも住んでいるという事と、『マーティの弟子たち』に勝つには「聖魔法レベル」の向上が必要だという事で、マーティを倒した私とエリザとアスカ様が王宮騎士団の聖魔法レベルを高める為に講師となって鍛えるという事になった。レベルが上がり次第、公使を送るという事になった。しかしアスカ様は王族なので国王陛下からストップがかかった。あと二ヶ月切っている来期からエリザと二人で聖魔法の講師をやらねばならなくなった。

 責任重大。不安なので相談して修行の旅を所望した。学園は休学して国内各地を回る旅。

 私とエリザ。メイドが五人。護衛に騎士団の選り抜きが四人。内訳は男女二人づつ。それに加えてキャルも付いてくることになった。私たちの留守中に暴れられたら敵わないという事だった。

 国王陛下の伝言は「出来たら、キャンディジョンは北のオシテバン王国に帰ってもらいたい。」とのことだったが、キャルは「オシテバンの王様が駄目だというのに帰れない」と言っている。でも、本当はお目付役がいなくなったので旅を楽しむつもりらしい。

 予定は、まず王都の北にあるエルニソン領で『魔法封じ』や『対抗魔法』の達人に会う。次にノースファリア国の『電撃魔法の魔女』に会う。件のカトリーヌかどうかは分からない。そして東部のライフ領に新しく出来た病院で指導方法を習う。ここにはエルニーダからの治療師が沢山いる。学べることは多いはず。そして、時間と費用が許せばエルニーダに渡って再び法皇陛下に会って何らかの悟りを得たい。その後は、メルの領で病院での実地指導。ここは大陸全土から腕に覚えありの治療師が集まっている。さらに王都周辺のハート領でも何らかの先生がいたら教えを受けたい。

 しかしキャルは「みんなやっつけちゃえ」と言うし、エリザは父上の公爵閣下から「みんなエルの神に帰依させろ」と言われている。

 魔女と聖女と中間の私、どうなることやら。ちなみに「キャル」と気安く呼んでいるのは私だけ。みんなは警戒を解かず「キャン・ディジョン様」と呼ぶ。


 一週間してさまざまな準備が整った。王都の北に馬車二台と騎士四騎が行く。

 道路はよく舗装されていて大して揺れないから、それほど苦ではない。大きな橋がかかった大河を越えて、森を通り過ぎ、田園を過ぎて街に出た。

 

 女の子が泣いている。誰だ?いや、景色が見えない。夢?

 黒髪。剣道着を着ている。日本か。あれは私だ。剣道を始めた小学二年の頃。記憶?

 剣道を習いに近くの道場に通っていた。あの頃、試合にも出た経験がある。

 何回通った後だろうか。師範の竹刀を避けたら、床に当たって下から防具のない脇に入り、痛くて泣いている。

 師範「どこが痛い?ん?」

 分かっているくせに。これは私を落ち着かせる為に考えさせる質問だ。定型的質問。ムカつく。

 赤ちゃんのようにワンワン泣いて止められない。

 道場は最近出来た。町の子供達に剣道ブームが起きた。私は友人たちの中で最後にこの道場に入った。

 「主役は最後に現れるのよ。」と、調子に乗ったことを言っていた。

 その報いか?格好つけていたのに、泣いて泣いて止められない自分が恥ずかしい。

 一歳上の留美子ちゃんが唖然としている。

 師範の息子も見ている。同い年。今から振り返ってみても美形。イケメン男子。

 でも、美形のあいつも幼馴染でこんなに近くに生まれてくるなんて、私と縁があるに違いない。

 付き合う運命があったのかもしれない。そうに違いない。

 あの時、もっと剣道続けていればよかった。そうすれば、もっといい人生だったかもしれない。

 なのに・・・わんわん泣いている自分が格好悪くて情けない。恥ず。

 この日で一度剣道をやめた。毎日が暇になった。

 でも、人生は修行だ。なにも打ち込むものがない暇な人生は駄目だ。

 そういう人生を送っていると不幸が襲って苦労せねばならなくなる。そう思う。

 大学三年の死んだ時、柔道はすでに身についていて練習はたやすかった。

 当時もルーティンの毎日で、暇というか飽きていた。突然の事故。そして今、苦労している、とも言える。

 まだ泣いている自分を見ている。かっこ悪いから早く泣き止んでくれ私。でも本人もそう思っている。

 『まあ、ちょっと早かったんだろうね。小三で始めた柔道は続いたもんね。』

 他の子はやれていたのに?主役だと思っていたのに?私が周りより幼かったって?

 『発達には個人差があるのさ。逆に泣いた経験が生きたから柔道続いたのかもしれないよ。』

 恥ずかしかったな。でもそれ、思っていたことだよ。でもズバリ言われると泣くね。

 『剣道やり直したら?』

 ん?ポーラ?過去を振り返る修行かなんかじゃないの?やり直すたって、今のこれを見ている自分は柔道家の松島アヤであって、だから、剣道家になったら今の自分は消えてしまうのであって、

 『消えないよ。別のパラレル世界に入るだけさ。小さく時空軸が分岐する。そこにはそこの別軸の自分の人生が始まる。』

 泣いている自分になっていた。見上げると背の高い黒い服の女の人が立っていた。


 馬車の中。目が覚めた。エリザとキャルがいる。今の夢なんだ?リアルだった。

 窓の外は賑やかな街。王都の北、約百キロにあるエルニソン領の州都に来たはずだ。

 建物も高く商店も大規模で多くの人が行き交っている。

 街の奥にバロック建築の五階建て大邸宅が現れた。この地の支配者エルニソン公爵の家だ。

 先ほどの大きな橋といい、ローデシアの建築技術は高いものがある。

 広大な応接室で歓迎パーティ。

 騎士団の四人やメイドたちは出席出来ない。

 主役はもちろん『聖女エリザベート様』だ。美人だし、百七十センチ超えの身長に白いドレスが映える。まさに神々しいという表現が当てはまる。

 私はいつもの騎士っぽい黒い乗馬服に黒マントではなく、ミラにモスグリーンのドレスを着させられた。非常に動きづらい。私の今の身長は正確には二百七十九ヤール。換算して百六十八センチぐらいで日本人としては長身だが、ここでは平均だ。エリザの横につく。護衛だ。

 エリザの向こうには何故かキャンディ・ジョン・バーニィ。身長は私よりやや低い。薄ピンクのドレス。これはエリザのやつをメイドたちが仕立て直してくれた。まあまあ綺麗だと思うが、幻術とか以前にドレスだと、でかい胸がはみ出さんばかりに目立っていて出席者はこいつの顔など覚えていないだろう。

 エルニソン公爵夫妻とその長男ニッケルが来てエリザと貴族風の挨拶を交わした。私もキャルもスカートを少し上げて恭しく挨拶した。長くなりそうで面倒だが、頑張って堪えよう。

 ニッケルはまあまあのイケメン、というよりハンサムだ。一昔前の映画スターのような上品な顔立ち。金と赤の中間の髪色。ちなみに公爵は赤髪で、夫人は金髪だ。

 夫人「まあまあ。お美しい方々。エリザベート様、お父様はお元気?」

 エリザ「ありがとうございます。父は今日も公務で議会の方だと思います。健康にはお気を遣われているご様子ですが、ご存知の通り最近肥満気味で・・・」

 雑談が続く中、公爵の思いが伝わってきた。

 『スミソミリアンの奴は、うまくやったものだな。娘が聖女で王子との婚約が決まったら王族だ。公爵の位は盤石か。経済大臣になる時の政争で領地を返上させてやったのに、それ以上のリターンを得たということか。』

 そう思っているくせに、笑顔でウンウンと話に相槌を打っている。なかなかの俗物だ。こういう感じの貴族は王都でも学園でもよく遭遇するが、高位貴族ほどこうなる。

 昔、母が言っていたが「プレアデス星は貴族階級社会らしいんだけど、陰陽師系の話では、すばる星団はきつねと関係があるらしい」との事。当時は訳が分からなかったが、『貴族は化かしあい』と言いたかったらしい。

 エリザも公爵令嬢。霊的に相手の思っていることが分かっているはずだが、楽しそうな笑顔のままピクリともせず夫人の話を聞いている。相当訓練されたのだろう。

 しかし、聖女候補とはいえ、エリザもまだ十五歳。来月やっと十六歳になる。引率が必要なのではないか?いつもはメイド長のミシェルが仕切ってくれるし、騎士団の護衛もある。でも、ここでの護衛は実質私一人。キャルは警戒対象者なので当てにならない。松島アヤの時、部活動の遠征を仕切ったことはあったが、これは少し荷が重い。王子とか中央の人間は来ていない。危険はあると思うが。

 これは政治的には『聖女外遊』であり、『次期王妃候補』のお披露目でもある。その証拠に貴族の人数の多いこと。エルニソン領にいる貴族がみんな来ているかのようだ。何が起きるか分からない。護衛役として努めよう。

 公爵が思っている。『何か失敗してくれれば幾らでも付け入るのだが、『聖女』は無理そうだ。横のガキと北の魔法使いは陥れるのは簡単そうだ。』

 フッ。ガキか。これでも精神は二十歳超えているからな。あとでやっつけてやろうか?

 『男爵令嬢さんよ。顔に出ているぞ。』

 ポーラじゃない。男の思い。顔を上げると長男ニッケルと目が合った。

 ウインクしやがった。慌てて作り笑顔を返した。

 公爵家から侯爵、伯爵家に子爵、男爵と十家族ばかりが挨拶に来た。さすがに『聖女』というのは特別な存在らしい。私は横にいるだけなのでタルいが笑顔を崩さない。

 パーティ中は側近のようにエリザについていた。キャルも同じ。

 

 パーティが終わり、ホテルのエリザの部屋に来た。スイートルームというやつだ。

 メイドたちが五人並んだ。エリザのメイドがミシェル始め三人。私専属でラミエラ。あとはキャルの世話のため に派遣されてきたメイドが一人。本当は王宮騎士団の女性で、何かの時は護衛もするし、キャルが暴れたら私やエリザを護る役目だという。

 珍しくコーヒーを頂いた。お菓子は甘いクッキー。今回は来れないメルからの贈り物だった。

 エリザ「ご苦労様。慣れないから大変だったでしょ?でも学園であんな戦いをしちゃったから、あなた達の噂も各地の貴族達に広がっているわ。不信感を拭うためには必要な事だと思うわ。」

 「ああ、そういう意味もあったのね。私やキャルも色々聞かれたし、人物を慎重に見極められる感じがして疲れたわ。」

 キャル「私は平気。あんまり印象が無いように魔法でみんなの印象を操作したから私のことを覚えてる人はいないはずよ。」

 「へえ。・・・」

 キャ「何よ。何が言いたいのよ。」

 「別に。」

 「何よー!あんただけ悪く見えるようにしてやろうか?」

 「私はだいたい印象が悪いから一緒だよ。」

 エリザ「あはは。そんなことないよ。」

 ドアのノックが聞こえた。

 近くにいたミシェルが一礼して場を離れドアの外を確認した。

 ミシェルは三十代だが、出身がかなり高位の貴族家だったらしく所作がちゃんとしている。

 「ニッケル様です。」

 「ありがとうミシェル。お通しして。」

 ニッケルが入ってきた。

 「やあエリザ。大変だったね。」

 「いいえ。ありがとう。」

 「他の領でもこうなると思うから、エリザは慣れているだろうけど、君らには同情するね。まあ、キャンディジョンはうまく存在を消している感じだったが、アクセル嬢は印象最悪だったぞ。」

 キャルが横目で私を見ながら肘でツンと押した。

 「ほーらね。」

 「ニッケルさま?何が最悪?」

 「公爵を睨むしその後もタルそうだったし、護衛役としても貴族令嬢としても、もう少し立場を考えろよな。」

 「えええ?バレてた?よく見てるのね。」

 「舐めるなよ。貴族は足の引っ張り合いだぞ。」

 「そう。ご忠告ありがとう。」

 「でも思いが読めるというのは本当だったね。試しに念じてみたら気づいてくれたから助かったよ。悪目立ちしてたから気が気じゃなかった。やっぱり揉め事起こしそうだって思っちゃうだろ?」

 う〜ん。でもこいつらって・・・ちょっとお嬢様風にスカして言ってみる。まだドレスだし。

 「気を付けますけど、あなた達はクーデターを考えているんじゃなくて?そんな人たちと、わたくしうまく話せるか自信がなくてよ?」

 ニッケルだけでなく、エリザもメイドもみんなゾッとして息を呑んだ。キャルだけはニヤッとした。

 エリザ「あのねえエラ?証拠もなく『クーデターの疑い』などと公爵家の人に言うのは、公の場なら処罰の対象ですけど。」

 「え?そうなんだ。でも思った通り言っただけよ。タブーだった?」

 キャル「あんたって、バカじゃないの?もしも疑いじゃなくて本当に準備してたのを暴いたら『宣戦布告』みたいなもんじゃないの。何されるか分かんないよ?」

 そう。キャルは知っているのだ。前はノースファリア公国を中心に、このエルニソン領とライフ領の『北部三公爵家』が、第二王子の離反を合図にクーデターを始めた。キャル達もそれに関わっていた。二回めだし、準備しているのは間違いない。

 今回キャル達がどこまで画策していたかは分からないが、今キャルは第一王子側の人質的にエリザの配下にされているし、オシテバン側からは見放されているから、クーデター派にはいい牽制になっているのかもしれない。

 「暴いちゃった?」

 ニッケルは腕を組んだ。

 「フッフッフ。まあそれはまだ冗談で言うぐらいのレベルの話であって、誰も準備も計画もしてはいないよ。ただありうることだ、とみんなが思っている。過去に独善的な王が即位した時にそんな計画もあったそうだ。この間、君たちと会議しようとした件も『なくはない話』だと俺は納得するね。」

 「この前の会議の話って?生徒会の?」

 エリザ「ああ、ごめんなさいエラ。国防上の重要な話だったから王子とも相談して伝えたの。」

 「なんだ。私たちが疑ってる事もう知ってるじゃん。」

 キャル「でも、ニッケル様は、ずいぶん味方についてくださるのね?企みを暴かれた訳でしょう?」

 ニッケル「クリス王子を通じて聖女様の旅をサポートするよう王命が出ている。父はこの領内での旅の責任者だ。エルニソン領の貴族たち総出でフォローするよ。私も地位と名誉がかかっている。」

 「ふ〜ん。」

 エリザ「エラ。ニッケル様も私たちの大事な友人よ。信頼していいわ。」

 「え?でも意外。第二王子派じゃないの?」

 ニッケル「意外とか言うなよ。俺も精一杯頑張るよ。」

 「キャルも意外に従順で気持ち悪いけど。」

 キャル「気持ち悪いとか言わないで。失礼よ。私は今『エリザ様お預かり』の身分だし国には帰れないし逆らう理由ないじゃん?信用してよね?」

 エリザ「エラ。大丈夫よ。」

 ニッケル「今日は休んでいただいて、明日はエリザ様ご希望の『魔法封じ』と『対抗魔法』の師匠の所に行って話を聞いてみよう。翌日は新設された治療施設の視察。で予備日が一日あって、翌日はノースファリアに旅立ってもらう。」

 エリザ「承知しましたわ。ありがとう。」

 公爵令息ニッケル・エルニソン。よく喋る奴だ。でも正直そうで好感が持てる。

 ニッケル「ああ、あとみんな。予備日の観光は俺が領内を案内するよ。ご希望は?」

 エリザ「えっと、買い物にお食事で良いかしら?」

 ニッケルはうつむいてメモっている。

 ニッ「キャンディジョンは?」

 顔を上げたらキャルに笑顔だ。こいつキャルに気がある。

 『よね?』

 エリザと顔を見合わせた。

 キャルは少し赤くなってドギマギした感じで言う。

 「ああ、っと私もお食事したいな。」

 ニッケル「では良い店を予約しておきます。」

 ニッケルは去った。おおい。私は?聞けや〜!

 キャル「やだー。私ったらモテる〜」

 エリザ「洗脳魔法?」

 「絶対、胸のせいでしょ?」

 キャ「実力よ。失礼ね。」

 確かにパーティ中、若い男性貴族たちの念がキャルに集中していたのは感じた。

 私はエリザや私たちに攻撃的な念が無いかに集中していたので気にしていなかった。それだったのか。

 前回も聖女のキャルはモテてたし、もちろん洗脳魔法の力だろうけれどもエリザから王子を奪った。

 「胸にたかってくる男なんて最低じゃね?」

 「胸も実力よ。」

  エリザ「やだ。言ってみたい、それ。」

 メイドたちが声を出さずに少し震えて笑いをこらえている。

 「ねーエリザ。聖女様がそんなこと言っちゃダメだよ。」

 ラミエラが「んふ」と噴いた。

 それを合図にメイドたちが皆、一斉にうつむき、声を出さずに笑いだした。

 ミーシャたちはエリザに申し訳ないのか、壁の方を向いた。

 エリザは「そんなに面白くないよ。」と言いながら赤面している。

 こういう姿はまだ子供だ。

 でも私の悪態とキャルの胸で、エリザに貴族たちの色々な思いが集中しなかったのは良しとすべきか。



 体育館?武道館かな?

 剣道の試合をしている。面の金具が目の前に見える。

 相手は白い剣道着の背の高い女子。剣道の防具で身を固めている。胴は赤色。

 相手は速い小手から面の攻撃。私は腕を上げて小手を抜き、面を上から横に撃ち落とした。

 相手は後ろに下がって間合いを広げ、竹刀を挙げて上段に構えた。

 上段に対しては突きだ。飛び込んで左手だけの片手で突く!魔力なんか使わなくてもいける。

 見事に喉元に入った。相手は後ろに倒れる。文字通り突き倒した。

 白旗が上がった。私の勝ち。互いに後ろ歩きして礼をして場外に出た。

 座って面を外す。私と同じ紺色の剣道着の子が並んでいる。

 横の赤っぽい黒髪の女子が話しかけてきた。

 「手ェ抜いてあげても良かったんじゃない?相手はお嬢様学校だよ。」

 「結構強かったよ。」

 「そうよね。全国大会だもんね。」

 この子・・・髪は赤黒くて真っ赤じゃないけど、どう見てもメルだ。

 「メル」は面をかぶってキュッと縛って竹刀を持って立ち上がった。

 向こうには面を外したさっきの人が座っている。これもアスカ様だ。

 あわわ、しまった。あんなに「いい人」を突き倒してしまった。自己嫌悪になってしまう。

 次の相手が私を見た。黒髪のエリザ。えええ?どうなってんの?

 声がした。

 『これが剣道だけやった場合の併行世界。この高校大会では団体優勝して個人優勝もするよ。』

 へえ。そうなんだ。強いね。

 『柔道やってた時、なんて呼ばれた?』

 えっと『技の魔術師』だっけ?

 『ここでは埼玉の魔女と呼ばれている。』

 あははは。

 『あなたはそういう魂なのよ。』

 えっと、でもこの剣道人生の方が良かったってこと?

 そうなるはずだったのに違う選択して早死にしたってこと?

 『そんなことない。ここでもやっぱり大学三年で死ぬよ。』

 そか。『行動パターン』ってやつね。

 『そうそう。ちなみに師範の息子には振られた。』

 げ!

 

 目が覚めた。また走る馬車の中。だから、何なんだこの夢は。

 実際の私・松島アヤは小二で剣道やめてから暇で暇でしょうがなかったので柔道教室に通うようになった。今思えば、そこは幼児ばかりで小三の自分が最年長だった。それが良かったのかもしれない。基本を楽しく教わった。

 小六になって、剣道道場で一緒だった「留美子ちゃん」が偉そうに家にやってきた。

 一個上だった彼女は中学一年。制服姿がかわいかった。

 「なんか男子たちが急に『全国目指す!』って盛り上がっちゃって急に荒っぽくなっちゃったから、女子の先輩たちみんな辞めちゃったのよ。今女子は一年だけ。しかも経験者私だけ!顧問の先生が私を女子部長にしちゃったの!ホントあったま来ちゃう!」

 「あそう。で何?」

 「練習しに来て」

 「は?」

 「私のレベルに合う子がいないの!つまんないの!」

 「ええ?やだあ」

 「剣道道場でも、アヤは技だけは超上手いから一目置かれてたよ。」

 「嘘お。ええ?」

 「師範の先生の強〜い『片手面』よけられたじゃん。」

 「ああ、泣いたやつ?やなこと思い出させないでよ。」

 「でも空振りが床についちゃうなんて、あの先生下手だったよね。」

 「え?下手なの?」

 「おじいさん先生にいつも怒られてたよ。おじいさん先生が「アヤは才能があった」って言ってたよ。」

 「道場の人間関係なんて見てないし。ええ?でも早く言ってよ。そしたら辞めなかったのに」

 「じゃあ来てくれるね?」

 「でもお、男子荒っぽいんでしょ?ついていけないよ。」

 「だからあ、「これじゃ初心者の三人も辞めちゃいます」って言って、別での練習にしてもらったの。」

 「え、結構もめたんだ。でも過保護だね〜」

 「アヤが丁度いいの。来てよ。」

 「やだよ。剣道は痛いもん。」

 「柔道だって痛いよね!」

 「わたし小学生よ?中学に行けっての?」

 「どうせ暇でしょー」

 「柔道の練習してるもん。やだー」

 「お願いお願いお願い!わは〜ん!わ〜ん!」

 「・・・ずるいよ。ツンツンしてたのに泣くなんて。」

 泣く留美子ちゃんの頭を撫でながら、仕方なくOKした。

 中学校側に許されたのが不思議だったが、留美子はメルに似て地元有力者の娘だったせいもあるのだろう。

 留美子はその後『女子剣道部』を立ち上げて顧問の先生も見つけて先輩たちも呼び戻した。今思えば、中一にしてその交渉力も半端ない。

 私は剣道と柔道の掛け持ちが始まった。確かに今回も似たような展開だな。

 剣道の中学での成績は県大会で個人ベスト4が最高だった。団体では県大会には出られなかった。

 しかし竹刀の速い動きに目と体が慣れて、柔道の成績の方が上がった。また技の多さに魅了されて剣道にも柔道にものめり込んだ。結果、柔道では中二からは、ほぼ無敗が続いた。たまには負けた。

 留美子ちゃんと同じ高校に入って、柔道では高一で全国制覇したが、剣道部の試合にも出た。彼女が卒業した後、高三の時に全国大会にも出たが、一回戦で当たった『お嬢様学校』に負けた。今の夢と違って、小手から面を打たれ、次は上段からの突きで二本先取されて負けた。逆に突き倒された。悔しかったな。あの人がアスカ様に似ていたかは覚えていない。


 思い返していたら、馬車が止まった。

 窓から見ると外は田園地帯。木々がまばらな森の中に巨大な台形の石造りの建物がある。

 六人乗りの馬車なので私たちの他にエルニソン公爵家のメイドの一人が同乗してガイドをしてくれた。ニッケルが乗ると言っていたが公爵が阻止したらしい。

 彼女によると、ここは州都から北にさらに五十キロくらいの所。建物は古代遺跡だそうで五千年前からある。一辺が百ヤールというから約六十メートルもある。でも中は整備されていて人が住んでいる。エリザが「王宮みたいね」と言っていた。ローデシア王宮も大きいが石造りで元は遺跡だそうだ。

 ここに『魔法封じ』の先生が住んでいるそうだ。

 みんな馬車を降りた。私は今日は騎士団の格好をしている。

 私にエリザとキャル。キャルは州都に残しても良かったが、残ったメイドや騎士団を洗脳されると困るので付いてきてもらった。後はメイドのミシェルにラミエラ。二人とも元貴族なので魔力があり、レベルは四十から五十と言っているがオーラから見てもっと強いかもしれない。勉強と護衛の意味でエリザの勧めで来てもらった。ミシェルは魔法が使える。ミラが魔法を使ったのを見たことはない。彼女の素性は魔獣族の家系の貴族だったぐらいしか知らない。前世では父上と剣術の技の話をしていたかもしれない。当時は興味がなくてよく覚えていない。

 ガイドしてくれたエルニソン公爵のメイドは馬車を出たところで一礼して私たちを見送った。

 騎士団からは男女二人。ジョンとジェーン。留守番はジェシーとジョシュア。背丈で判断すると洗礼を受けたのはジョシュアだが、クリス王子の配下の騎士は、後日、王子の勧めでみんなエルニーダで洗礼を受けたそうだ。王子は私たちのために選り抜きの騎士を付けてくれたようだ。ちなみに父上も洗礼を受けた。

 別の馬車からはニッケルと護衛が二人、これはエルニソン公の私兵。『州騎士団』と言うが、こういうのは各領地にいる。地方警察のようなものか。

 あと中年男性が一人。エルニソン州の魔法局の局長と名乗っている。「良い機会なので視察したい。魔法封じの師が住む建物に興味がある」と言っているが、クーデターの疑いもあるので何となく怖い。

 ニッケルが私を見て「ほう」と感心した。特に腰に下げた『王宮騎士の剣』をよく見ている。

 これはクリス王子に「エリザを頼む」と言われて渡されたものだ。装飾のある厚い革製の鞘に入っていて高級感がある。柄の一番下に黒い石が嵌め込まれていてオシャレだ。抜くと刃幅は四センチぐらいで普通の剣より少し細身で軽く作られている。刃の部分が長さ一メートルないぐらいだが、私の身長にはこれで良いと言われた。刃の色は鋼製のものよりやや白くてアクリル樹脂のような弾力でよくしなるが、切れ味は鋼製と変わらない。父上が「木剣のように叩き込むとすぐに曲がったままになる」と言っていた剣だ。でもアクリルと違って火にも強い。

 エリザ「ああ、確かにここは魔力が薄くなるわ。結界がすごい。」

 試しに飛んでみたが、すうっと地面に引っ張られて着地した。

 「本当だ。十分の一ぐらいかな。」

 遺跡風の石造りの建物。

 前にあった大きな円柱状の石が身長二メートルの大男二人によって転がされて中への通路が見えた。

 大きな男たちは大石の下に三角の石をはめて戻らないようにした。

 通路の真ん中に白髪の小さい男性が立っている。

 「皆様ようこそ魔法封じの里にお越しくださいました。私は案内役のキュウです。どうぞ中に。あるじがお待ちです。」

 松明が壁にかかった薄暗い廊下を過ぎ、王様の謁見の間のような広間に通された。

 部屋全体は二十畳ほどだが端に円柱が幾つもあって中心部分は十畳ほど。

 床はツルツルに磨かれた大理石でその上に広い絨毯が敷いてある。

 正面の一段上になった所に玉座のように大きな石の椅子があり老人が座っていた。

 キュウ「あるじよ。客人の方々をお連れ致しました。」

 「よく来られた。聖女様と領主のご子息。我が名はダブリュエ。魔法封じの師と呼ばれておる。」

 上座で椅子に座ったまま深く礼をする主人に対して皆揃って一礼した。

 キュウが一礼して去った。

 ニッケルが代表して質問した。

 「今日はありがとうございます。先生の考える魔法封じについて色々お聞きしたく思います。まずは概要として『魔法封じとは何か』についてお話し頂きたい。」

 「うむ。まあ、魔法なんてありゃせんよ。嘘と幻じゃ。人間努力が肝心なのじゃ。」

 みんな「ん?」となった。

 ニッケル「それは大胆なご意見ですね。我が国は魔法を重んじる事を国是として魔法神モーリーンによって建国された国であります。その信仰はないとおっしゃるのか?」

 「うむ。理解はされまいが、この建物は唯物論・無神論を信じる人間を閉じ込めた牢獄であった。その念が染み付いているため、ここでは魔法が効かぬ。つまり『魔法を信じぬ者には魔法が効かぬ』と言う事じゃな。まあ、個別には「お前の魔法など効かぬ」と強固に信じる相手には魔法が効かなくなるという事じゃ。所詮は念力勝負で強いものが勝つだけである。」

 エリザが口を開いた。

 「しかし、人間の魂は創造主から分たれた尊い魂であり、思いを実現する力を持っている存在です。また大自然、いえ、地球という星も創造主からのエネルギーを受けて放射している存在です。その力と調和する事で魔法的な力を発揮する事は普通のことではないでしょうか?」

 ダ「それはこの世界の常識ではあるが、現実にここでは魔法が効かぬ。逆の信念もありうるという事である。魔法を信じない者の世界になれば、魔法は効かなくなるのだ。」

 みんな驚き、かつ呆れた。しかし、日本人の私としては、分からんではない。

 ただ、あの『知性と行動力のみで勝負する世界』で心を病んだ人間の多さを知る者として、この老人の意見を盲信する気はない。私は客観的にはこの魔法世界の方が好きだ。家族や友人のいるあの日本に帰りたいが。

 エリザ「でも、それは、『もしも』のはなしであって、『そうなるべき』では無いのではないでしぃうか?『あるべき世界』は、神の理想が実現する世界であるべきです。」

 「神を信じない国というのも有り得る。」

 「そんな意見ダメです。神に対して不敬です!」

 いつになくエリザが興奮している。やはり信仰者にとって無神論は許しがたい悪魔の思想なのであろう。

 ミシェルもニッケルもミラも嫌なものを見る目をして老人を見ている。魔法局役人や州の騎士団からも怒りの感情を感じる。

 しかし私が居た世界はそういう世界だったので冷静だ。私の母がいたら同じように怒るのだろうか。

 キャルも落ち着いている。私と似たようなものなのだろう。

 あれ、こっちの騎士団がジェーンしか居ない。

 霊眼で見ると、ジョンは入り口で番をしている。

 門番のキュウと一悶着したらしい。彼を縛り上げて見張っている。

 あの石門を閉められたら私たちでは開けられない。監禁されてしまうからか。ああ確かに。良い勘をしている。

 うん。霊的に視たら前の老人も、この部屋の外にいる者たちもタダで返す気はないらしい。

 ニッケル「まあ、こういう思想の持ち主が魔法封じの師であったと分かっただけで良いのではないか?もう失礼しよう。」

 みんな頷いた。

 ダ「待たれよ。」

 エリザ「もう充分です。」

 ダ「私はこの思想の可能性を試してみたい。聖女や魔女と言われる存在を凌駕する事で、この国を変えてしまいたいとも思っている。」

 ニッケル「何ですと?」

 ダ「魔法の国を覆すには私の思想が必要だろう。我らが、魔力の塊とされる聖女や魔女に、けが一つでも負わせることが出来れば、これは大事件として王国に広がるであろう。されば、我が思想は冬の草原に放った火の如く、王国の一般民衆に支持されるであろう!ローデシアに革命を起こすのだ!」

 んん?クーデター?

 屈強そうな男たちが三人入ってきた。二人は門を開けた大男だ。

 ニッケルの側近の騎士二人が片手をかざした。しかし三人は少し揺らいだぐらいでずいずい前に進んでくる。

 この部屋は建物の中心。たぶん三十分の一も魔法が効かない。

 ニッケルとミシェルが同時に叫ぶ。

 「無礼者!」「無礼であろう!」

 彼らの一番近くに居たキャルが彼らに振り向いた。

 先頭の男が「ウアッ」と言って両膝をついた。

 男は急に狼狽し出した。

 「うわ!腕が!腕が腐る!わああああ!」

 男は走って出て行った。

 みんな唖然。

 「キャル?」

 キャル「魔法が効かないならレベル五でもできる催眠術をやってみたの。」

 確かに「唯物・日本」でも催眠術で有名な人はいた。キャルなら出来なくもないだろう。

 ダブリュエ「お前たち!その女の目を見るな!」

 二人は目をつぶってかかってくる。

 貴族たちが怯える。

 ミラ「では私が」

 ミラが大男をガシッと掴んだ次の瞬間、男の両足が上を向いた。

 見事な払い腰。この世界では別の名前だが。

 ドカッと音がして男は大理石の床に叩きつけられ気絶した。

 そしてミラは走るもう一人に足をかけて転ばせた。

 倒れた男の頭を蹴り上げるジェーン。

 ニッケル「応援を呼べ!」

 ニッケルの騎士一人が走る。

 円柱の向こうから来た男女十人が私たちを囲んだ。皆、ナイフや短刀を持っている。

 ジェーンと騎士が剣を抜こうとした。

 エリザ「だめよ。殺さないで。」

 ジェーン「しかし、正当な防衛行為です。彼らは凶器を持ち、明らかに害意がある。」

 ダブリュエ「ウハハ!剣を抜け!剣の道は死の道。一旦抜けば血が流れるのだ!」

 私は剣をベルトから外した。

 「ま、確かに剣の道は命がけよね。でも、聖女様ご一行が人を殺したら大問題よね。騒ぎ立てたいのよね?」

 キャル「降伏するの?」

 私は鞘のついたままの剣で一番近くの奴の横っ面をぶっ叩いた!

 『パァン』と高い音が響いた。それを合図に騎士二人は同じようにした。

 ミラは相手の武器を持った手を捻り上げて背負い投げし、ニッケルの側近は警察の制圧術のように相手の腕を逆に極めて武器を取り上げ床に押し付け、相手の上着を脱がせて倒れた奴の腕を縛った。

 不用意に近づいたやつはキャルが目を合わせただけで「ギャア」と言って倒れた。

 さっき蹴られた二メートルの大男がナイフを持って迫る。そのナイフを鞘剣で弾き飛ばした。

 大男の首筋を狙って鞘剣を打ち込んだが手で受け止められた。まずい。

 剣を思い切り二回引っ張ってから、持ったままふっと力を抜いた。

 相手がのけぞる。

 そこに体当たり気味に飛び込んで足で横から相手の軸足を前から後ろに払った。

 剣を持ったまま大外刈りだ。さらに相手に乗っかるように体重をかける。

 真後ろに倒れた相手は大理石の床に後頭部を打ちつけた。

 ゴチィ!と嫌な感じの音がした。

 大男は頭を抱えて横を向いてうずくまった。痛そうだ。

 大体、柔道では相手が受け身を取れるように投げるのだ。罪悪感が出てしまう。

 後ろではニッケルの側近が一人の大きい女と格闘している。その後ろでミラは男を腕で絞め落としていた。

 ジェーンが素手で短刀男の手をパシッと払った。

 短刀は男の手を離れ、絨毯がないところまで飛んでシャーっと床を滑ってゆく。

 その男が私の剣を奪おうと両手で鞘を掴んだ。

 私は剣をぐるっと回して相手の腕を交差させ、鞘を相手の脇に引っ掛けて押した。

 相手が体制を崩して前に一歩出ようとするその膝を、一歩出られないように蹴る。

 相手はクルンと一回転して仰向けに落ちた。

 ジェーンは無慈悲にその側頭部をブーツで蹴った。相手はガクッと気絶して鞘剣を離した。

 残る男が周りをキョロキョロして自分が最後の一人だと気づき、ヤケクソに「ぬああああ!」と叫んでエリザに駆け込んで行った。

 ミシェルが立ちはだかった。

 ミシェルが刺された。

 男はみんなに取り押さえられ、ベルトを抜かれて両手を縛られた。

 エリザ「ミシェル!いや!」

 ミシェルを抱くエリザの足に血が流れる。

 ジェーン「転移魔法で外に!外なら治せる!ここを離れるのよ!」

 ニッケル「魔法は効かない!」

 ジェーン「いえ!十分の一ならキャンディジョンとガブリエラ様でレベル五十、エリザ様と私で百超えます。」

 エリザ「やだ!ミシェル!死なないで!」

 エリザが泣いている。ブルブル震えている。魔法は無理。

 エリザに言う。

 「泣くのはやめて落ち着こう。ここも神の作った世界の上だもん。天使が来れば必ず治るよ。」

 エリザ「来ないよ!」

 「来るよ!」

 ダブリュエは言う。

 「天使などおらぬ!治るものか!ここは魔法が効かぬ土地だ!死ねえ!」

 「コイツ、うるせえ!」

 走って行って鞘剣でその横っ面を叩いた。ダブリュエは椅子から落ちて倒れた。

 私はミシェルに近づいて傷に手を当てた。そして目を閉じ祈った。

 「魔法と祈りは違う。天使が来れば絶対治る。主よ。エルよ。エローヒムよ。治療の天使を遣わしたまえ。」

 エリザも祈った。

 「お願いです!天使よ!来て!」

 光が差した。鎧の天使たちが黒い想念を剣で駆逐し、そこに白服の天使が降りてきた。

 そして私に入った。手から光をミシェルに流し込んだ。

 ミシェルが光に包まれた。傷がふさがった感触があった。その白かった頬に赤みが差した。

 そしてミシェルは目を開けた。

 エリザは彼女をギュッと抱きしめて声を上げて泣いた。

 

 石の建物の出口。キュウが縛られて座っている。ジョンが剣を持ってそれを見張っている。

 私たちが出てきた。

 ジョン「閉めようとしたので拘束・・・ああ!エリザ様!!その血は!」

 エリザはミシェルに肩を貸す形で寄り添っている。ジョンに力ない笑顔だけで応えた。

 ニッケル「おお騎士団、来たな。中の者たちを全員拘束しろ!」

 見ると州の騎士団たちと思しきニ十人ほどが走ってきていた。馬は連れていない。

 ニッケルの側近が報告する。

 「転移魔法で結界の外に州騎士団一番隊が全員到着しました。」

 騎士がさらに百人ほどゾロゾロ小走りで来て、建物に入ってゆく。


 大きな六人乗りの馬車の中

 エリザの横でミシェルは眠っている。

 二人とも血まみれなので、一旦州都に帰る。

 エリザ「でもどうしてあの中でも天使が来てくれると思ったの?」

 「だって、私の前世居た国は唯物論・無神論の国でもあったから。それでも信仰を持った人たちはたくさん居たよ。私はその時は霊が見えなかったけど、信仰があるということは、そこで仕事をしている天使たちが確かに居たということよね。信仰の奇跡だってたくさんあったらしいし。ましてやこの国のみんなは信仰心があるんだから、どんな所にだって天使は来るよ。当然だよ。」

 キャル「日本って意外とそういう国だったよね。」

 「キャルって日本人?」

 「ウフフ。内緒。」

 私は舌打ちを返した。何も教えてくれない奴。年齢も不詳だし。

 

 午後は魔法局の研究所に行って『対抗魔法』の研究者に会う予定だったが、エリザもミシェルが心配だというのでキャンセルした。

 その方が良かった。キャルに対抗魔法に詳しくなられても困るし、ダブリュエが「この国を覆すには」とか「革命を起こすのだ」とか言っていたのが気になる。

 結局、ダブリュエ以下数十人は、あの場に居なかった者を含めて、その日のうちに投獄された。

 罪状は『神への不敬罪』ということだった。

 しかし、ダブリュエの本当の罪状は『聖女襲撃・暗殺未遂』なのだが、これは発表されなかった。

 ダブリュエの言う通り、発表がクーデター派の宣伝になるからだろうか?

 まだ学園生のニッケルが知らないだけで、大人たちの間でクーデターの準備は着々と進んでいるのでは?

 ダブリュエは無期禁固刑。この中世風の王国では、いくら模範囚でも釈放されることは無かろう。

 建物は『魔法無効』『魔法効果軽減』の防衛魔装具が何か作れないか研究されるそうだ。



 州都のホテル。スイートルーム

 ミシェルが上機嫌で紅茶を淹れてくれた。

 「このお茶おいしいね。」

 エリザ「おいしいよね。」

 ミシェルが言う。

 「おかげさまで、わたくしはこの通り大丈夫です。わたくしも洗礼を受けましたし。」

 エリザ「そうよね。神様が助けてくれたのよね。ミシェルは忙しい両親の代わりにお世話してくれたお姉様のような大切な存在なの。」

 「良かったね。でも怖かったね。」

 「でも私思ってたの。エラはよく「剣は命がけ」って言うけど、お父様の教えかしら?」

 「うんと、それもあるけど、前世からだね。柔道の顧問の先生の話。「怯えた猟犬はクマに食われる。しかし、命がけなら、犬でもクマと相打ちになれる。」ってね。日本は平和だからそんな目に遭うことはなかったけど、それは試合で生きたわ。でも命がけと思わないとダレてケガするからね。」

 エリザ「命がけで人を殺すのかしら。」

 「ん?でも、それは目的じゃないよ。政治や軍事で人が死ぬ選択もあるだろうけど、やっぱりしなきゃいけないことはあるはずよね。これは父上の持論だけど。」

 エリザ「私は剣を持つ人は、命懸けで人を護り、救う人であって欲しい。また私もそうありたい。」

 「・・・うん。そうよね。」

 「騎士団の人たちと話す機会があるときにはそう言っている。だから、明日の治療施設への視察は行こうと思う。私、聖女の使命に命を懸ける。ミシェルには迷惑かかっちゃうけど、」

 ミシェル「いいえ。お嬢様の御心のままに。」

 「二人ともかっこいいね。でも、人のために命かけるのって難しくない?動機っていうかモチベーションというか・・・」

 エリザは言う。

 「私たちのように恵まれた立場にある人は、その分だけ他の恵まれない人たちに尽くさなければならないと思う。神様に恩返しする気持ちがあれば、他の人に尽くすのは難しくはないよ。」

 ミシェル「わたくしはエリザ様に尽くすのが仕事ですから。」

 「かっけえ。エリザもミシェルもかっこいいね。」


 以下、その3へ。

 

全体の三分の一か五分の二ぐらい来ました。キリの良い所で次に行きます。

全体で、本で言うと4〜5冊と前回書いたのですが、五冊分になるのは確実そうです。

次回、『その3 戦闘編』とします。

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