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侯爵令嬢アリアレインの決断

「王太子殿下の仰せにより、3日後の夕刻をもって、わたしはこの国を追放されます」


 執事から皿洗いの下働きまで、手の空いた全員が集められた広間で、アリアレインは単刀直入に宣言した。

 使用人たちの間から湧き上がりかけたざわめきを、片手の動きと視線だけで止めてみせる。


「この屋敷も引き払わねばなりません。

 皆のこれまでの忠勤に感謝を」


 この国において追放とは、ただ追い払うというだけの意味ではない。

 追放を宣された者は、王と法の庇護のもとから放逐され、人としてのすべての権利を剥奪される。


 殺されようと奪われようと、加害者が罪に問われることはない。

 被宣告者へのあらゆる援助が禁じられ、それと知って手助けをした者も同罪と見なされる。


 実態としては処刑と同義、むしろ一息に殺される方がまだしも、という酷刑であった。


「追放された身ではありますが、引き続きわたしに仕えてくれる者は、ともに侯爵領へ参りましょう。

 これまでに増す待遇を約束します。王都に親族がある者はその親族も」


 アリアレインの言葉の意味を理解した使用人たちから、今度こそ止めようのないざわめきが立ち上がる。


「とはいえ、」


 ざわめきを断ち切るように、強い口調でアリアレインは続けた。


「殿下の仰せは仰せであり、法は法です。

 皆にもそれぞれの事情がありましょう。わたしは皆がついてきてくれることを望みますが、留まる者を咎めることはありません。

 屋敷は人手に渡りますが、引き続いてここで働くことを望む者には、わたしから次の主にとりなしましょう。

 王都に留まり、別の仕事を探す者には、紹介状とともに来月の末までの給金を先渡しします」


 いつものようにアリアレインの左後ろに控えながら、アーヴェイルは内心舌を巻いていた。


 あの無法な宣告から馬車に乗って戻ってくるまでの間に、お嬢様はここまで考えておられた。

 動揺がなかったはずはない。それだというのに。


「侯爵領へ赴くか否か、この屋敷で働くことを望むか否か、明日の昼までにお決めなさい。

 皆がどのような道を選ぶにせよ、わたしは皆の無事と幸運を祈っています」


 座がしん、と静まり返る。

 全員がアリアレインの言葉の意味と重みを呑み込んだに違いなかった。


「……お嬢様」


 苦しげな声。

 居並ぶ使用人たちの列の中ほどからだった。


「お嬢様、お――私は、」


 言いながら、よろめくような足取りで前へと出てきたのは若い庭師。


 押し留めようとした執事を、いいのです、とアリアレインが制した。


「私には、あの庭を捨てることなど――」


 泣かんばかりの表情の庭師に、アリアレインは優しく頷いた。


「よいのです。

 あなたの庭に、わたしも随分と心を慰められました。

 あの庭をそのままに保ってくれるのならば、フェリクス」


 きつく握りしめられた拳を、アリアレインは両手で包む。


「わたしの気がかりもひとつ減るというものです。

 皆も、」


 言葉を切り、手を離して、アリアレインは座を見渡した。


「各々の事情と考えで、思うようになさい。

 どのような選択であるにせよ、わたしはその道を尊重するでしょう。

 忙しいところご苦労でした。仕事に戻りなさい。

 わたしはしばらく書斎で過ごします。食事は書斎へ運ぶように。

 スチュアートと祐筆たちは書斎へ。アーヴェイル、あなたも」


 言うだけのことを言ってしまうと、アリアレインは広間から退出した。

 アーヴェイルが後に続き、使用人たちは三々五々、それぞれの持ち場へと戻っていった。



※ ※ ※ ※ ※



「それで、お嬢様」


 書斎という名の、実質は執務室。

 スチュアートという名の老執事と、そして祐筆たちが居並ぶ中、彼らを代表するようにアーヴェイルが尋ねる。


「いかがなさるのですか」


 アリアレインは答えずに、広いテーブルを手で示す。


「座りなさい、長くなるから」


 言いながら真っ先に自分が座る。

 アーヴェイルを除く全員が席に着いたのを見届けて、アリアレインは話し始めた。


「明日の昼までと言ったけれども、あなたたちは今決めて。

 侯爵領へ出向かないのなら、今ここでお別れよ。この先の話に巻き込むわけにいかないから。

 言うまでもないけれど、ついてくるなら追放刑。

 まあ、」


 そこに座る全員の顔を見回して、アリアレインは愉しげな笑顔を浮かべた。

 アーヴェイルがこれまで見た中で一二を争ういい笑顔だった。


「苦労と、それに見合う給金は保証するわ。

 あとはやりがいと楽しみかしらね。

 追放者の汚名や二度と王都の土を踏めないことと引き換えにしていいものかどうかは、人によると思うけど」


 座の中から失笑が漏れる。


 世評と異なるアリアレインの姿を、祐筆や執事は知っていた。

 遠慮なくものを言い、仕事に厳しく、ときに際どい冗談を飛ばす。

 それでいて配下の者たちに厚く報いることも、彼らは知っているのだった。


「ああ、悪いけれど、スチュアート、あなたはここに残りなさい。

 侯爵領へ出向くことは許しません」


「お嬢様、なにゆえ。

 わたくしいささか歳を取りはしましたが、先代様の御手勢に加わったこともございます」


 名指しされた執事の抗議を、アリアレインは優しい笑顔で受け流した。


「ありがとう。あなたの忠誠を疑うわけじゃないのよ。

 でも、婚礼前のお孫さんを残してゆけて?

 わたし、あの綺麗なお孫さんに恨まれたくはないわ。

 あなたになら安心してこの屋敷を任せられるし、それに、残る者にも取りまとめ役が必要でしょう」


 家族のことを持ち出されて、執事はぐっと黙り込む。


「皆もよく考えなさい」


 促されて席を立ったのは、結局ひとりだけだった。

 若い祐筆だが、王都に病身の父を抱えている。

 置いていくわけにはいかず、そして長旅に耐えられるとも思えなかった。


 アリアレインに丁寧に挨拶し、自分は王都で別の仕事を探すと告げ、同僚たちに会釈をして、彼は書斎を出ていった。


 ではわたくしも、と立ち上がりかけた執事を、あなたはここにいなさい、とアリアレインが手振りで座らせる。


「皆、案外物好きなのね。

 ――では、始めましょうか」

追放刑、帝国アハト刑的なやつです。

お嬢様はぶっちぎる気満々ですが。


では、始めましょうか(逆襲を)

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― 新着の感想 ―
[一言] 唯の国外追放(それも貴族的には死刑に近くても)どころか、かなりの酷刑と分かってて宣告したのかばか摂政。
[気になる点] 「追放?、上等、侯爵領ごと離脱してやんよ!」 て感じですか?
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