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ノール伯爵ルドヴィーコの奮闘

 諸卿と協議して対応を決めよ、と王太子に言われ、ノール伯爵ルドヴィーコ・フォスカールは、その場で諸卿と談判を始めた。


 まずは戦のために必要な組織を立て直さねばならない。


「まずは戦の支度が肝要、とのお言葉でございました。戦はひとつの省のみでは為しえませぬ。

 糧食の準備や移送は農部省、船でもって運ぶのであれば商部省、各地の所領との連携は内務省、そして勿論、動員と編成は軍務省。

 それらに要する予算は財務省が所管でございます――そうでございましたな?」


 付け焼刃の知識ではあったが、現状を確認する役には立つ。

 そう思いながら、ルドヴィーコは、念を押すように諸卿に尋ねた。

 居並ぶ諸卿が顔を見合わせて頷く。


「では、わたくしめは、各省から書記官と事務官を出し、ひとところに集めることを提案いたします。

 ――いや、無論、長らくそのように、ということではございません。あくまでも一時的な、戦が終わるまでの一時的な措置にございます。

 なんとなれば、戦の支度においては、省と省との連携や調整、そういったものが手間暇の少なからぬ部分を占めておりましょう。

 であれば、ひとところに集めてしまえば、多少なりとも手間が軽くなる道理でございます」


 いかがでございましょうか、というルドヴィーコの言葉に、諸卿がまた顔を見合わせた。

 まあそれは道理だろう、という表情があちこちに浮かんでいる。


「集めるとして、場所はどうされるのですかな」


 執政府にはそのような場所はありませんぞ、と内務卿が指摘した。


「殿下にお願いして、宮廷内に場所をお借りいたしましょう」


「殿下がお許しくださるかどうか――」


「宮廷内であれば殿下へのご報告も早うございます。

 何なら、わたくしめに内大臣の執務室としてお預けいただく予定の部屋でも差し支えはございませんよ」


「人はどうされるのですか。それでなくとも書記官が辞めておる。

 どこかから引き抜けば、引き抜いた先で公務が停滞いたします」


「やはり、そこでございますなあ」


 式部卿の指摘に、ルドヴィーコは息をついて肩を落とした。


「もうそこは、どうしようもございません。

 戦はせねばならぬ。人が要る。であれば、要るだけの人を集めねばなりますまい。

 わたくしめよりも、皆様の方がお詳しゅうございましょうが」


「そうは言われますがな、ノール伯爵」


 軍務卿が唸るような声を上げた。


「まずはどれだけの兵を動かすか、それが決まらねばなにも決まりますまい」


 ああなるほど、とルドヴィーコが頷く。


「ではまずそれを決めましょう」


「いやいや、いかに兵を動かすかは殿下がお決めになられることで――」


「いかにも仰るとおりでございます。しかし殿下は協議して結果を持ち帰れ、と仰せでございました。

 ここはまず仮案として兵数を決め、これこれの兵数に対してこのような準備が必要でございます、とご報告いたしましょう」


 手の甲や指にまで肉がついて赤子のそれのようになった手で手振りをつけながら、ルドヴィーコが主張する。

 諸卿が顔を見合わせて、まあそれもそうか、と頷いた。


「侯爵領で動かせる兵数が3000内外、王室直轄領から動員できる兵数が概ね7000。

 軍務卿閣下、ここは間違いございませんな?」


 軍務卿が黙って頷く。


「王国の東半に所在する伯爵領子爵領の兵まで合わせれば更に7000内外、といったところでしょう。

 ま、全員を動員するわけにも参りませんし、動員する兵数が多くなればそれだけ費えも多くなります。

 軍務卿閣下、侯爵領軍を確実に打ち破るためには、いかほどが適切でございましょうか?」


 ふむ、と頷いた軍務卿が腕を組んで首を傾げた。


「敵の3倍、9000ほどがあれば、まずは確実でしょうな」


「では、それを6000と3000で分けるといたしましょう。

 直轄領軍で6000、東部諸卿の軍で3000。戦をするためには、この9000を――いかほど長く養えば?」


「――まあ、2月というところでしょうな」


「されば、9000を2月でございます。

 これを養うに足る糧食の手配と移送。

 3000の各所領への割り当て、その伝達。必要であれば船の手配。

 これらをひとつの軍にまとめ上げるための編成。

 ひとまずはこれらが必須の段取りでございましょう。

 これを実行するに必要な人員はいかほどか、皆様が積み上げ、その数の書記官と事務官を一時的に集めることといたしましょう」


 顔を見合わせて頷いた諸卿が、では、と口々に人数を挙げる。

 だが、あちらから3人、こちらから2人、そのようにして積み上げられた人数は、兵事に関しては素人同然のルドヴィーコから見ても明らかに足りていない。


「……皆様方は、これでよろしゅうございましょうか?」


 内心の憤りを丸く肥えた腹の内側に努力して押し込みながら、ルドヴィーコは尋ねた。


「よろしいか、とは?」


 内務卿が尋ねる。


「わたくしめは、皆様の仰った員数を取りまとめて、殿下にお伝えいたします。

 殿下は無論、皆様を信頼しておられますから、ではそれで、と仰せになりましょう。

 この先は戦の支度でございます。時も限りがあり、相手のあることでもございます。

 はかばかしい結果が出なかったときに、わたくしめがお叱りを受けるのは当然として――」


 諸卿の顔色が変わった。

 ルドヴィーコが、お前たちにも責任を取らせるぞ、と言っていると気付いたのだった。


「さて、では、いま一度お尋ねいたしますが、皆々様、」


 ルドヴィーコは居並ぶ諸卿の顔を見渡した。


「これでよろしゅうございましょうか?」


 寸刻ののち、臨時組織の規模は倍以上に膨れ上がった。

 足りない数については、直接関係のない省からも人を出すことが(紛糾の末に)決まった。


 ルドヴィーコはそれを王太子に報告し、王太子は頷いて報告を受け入れた。


 式部省の書記官たちが大わらわで辞令を整え、人事が発令されたのはその日の夕刻。

 翌日から、宮廷の一画に、多数の書記官――中には、事務官から臨時に昇格された者もいる――と事務官が集められ、戦の支度が始まった。



※ ※ ※ ※ ※



「やはりどう計算しても足りません」


 目の下に隈を作った痩身の書記官が報告した。


「駄目かね」


 肉のついた太い指で、これもたっぷりと肉のついた顎を撫でまわしながら、ルドヴィーコが応じた。

 あれから、ルドヴィーコは、マレス侯を討伐するための戦支度、その取りまとめを任されている。


 ルドヴィーコは軍務卿にと進言したが、王太子は頑として聞き入れてくれなかった。

 実質的に無任所の大臣級といえばルドヴィーコしかいなかった、という事情もある。


「駄目でございます」


 沈痛な表情で書記官が繰り返す。


「抜かれた糧食の量が大きすぎました。

 買い上げるにせよ、既にエズリンよりも東では食料品の値が上がっておる模様で。

 このうえ軍のために糧食を供出となれば、都市部で死人が出かねません」


「西部から船で運べばどうかね。

 ブロスナーあたりの小麦の作況はなかなかと聞いた。うちの近辺も、だが」


 書記官が悲しそうな表情で首を振った。


「ひと月ふた月と時間を掛けられるのであれば、それはもう。

 ただ、今まさに必要な船がどこにどれだけあるやら。

 王都の商家の伝手をたどるにも、繋ぎ役ができる者がおりませぬ」


 そういえば商部卿もたしか、商船の管理を担当していた書記官が辞めたと言っていたな、とルドヴィーコは思い出す。


「――駄目か」


「駄目でございます」


 ルドヴィーコと書記官は、揃って大きなため息をついた。


 駄目なものは駄目なのだ。

 だが、王太子に、駄目でした、とだけ言って済ませるわけにもいかない。


「動かす兵の数を減らしたならば、どうかね」


 ルドヴィーコは尋ねる。


「半分――いえ、3分の1であれば、どうにか」


 それだけであれば、大きな困難なく動かせる。

 当初の予定は9000。実際に支障なく動かせるのはわずか3000。


 そこに、独自の備蓄を持つ近衛騎士団を加えたとしても。

 すぐに動かせる騎士は200に満たない。騎士身分を持たない騎兵まで加えてもせいぜいが500。


 兵事には素人同然のルドヴィーコであっても、こうなった上は理解せざるを得ない――戦略そのものの見直しが必要なのだ。


 もうひとつため息をつき、肉付きのよい腕を振って、ルドヴィーコは部下を――臨時に配置されている部下を呼んだ。

 事務官のひとりが急ぎ足で近寄ってくる。


「誰か、執政府に人をやってだな、軍務卿を呼んできてはくれんか。

 一緒に、将軍をひとり元帥府から連れてくるようにと言って」

不憫おぢがなぜかあまり不憫じゃないように見せかけて結局やっぱり不憫な回

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― 新着の感想 ―
不憫おじが追い詰められて、覚醒するのは草なんだ 当人には勘弁してくれ以外の心情はなかろうがw
[一言] 不憫おじが報われないのはあまりに可哀想だから、体調不良で倒れて長期療養ってことにして丸投げ無能王子から逃れさせてあげたい
[気になる点] こんな有能なのに どうして娘ことヒロイン(?)の暗躍を止められなかったのか
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