表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/78

76.不可抗力

 「あら、珍しく傷の治りが悪いじゃない」


 どうせ、と杏が言葉を続け、小さなバッグから何かを取り出してバリバリと纏めて袋を開けると無理やり幸隆の口の中に押し込んだ。


 「んぐっ……!」


 むしゃむしゃと、咀嚼もそこらにごくりと飲み込んだ。


 「どうせ、お腹が空いて力がでないとかなんかでしょ」


 杏のその言葉を肯定するように、幸隆の身体に突き立つ礫がポロポロと抜け落ち、傷がゆっくりと塞がり始めた。


 「おっさん……っ」


 助けられ、一番負い目を感じていた綴がその様子に目じりに僅かな涙を溜めて安堵していた。


 「すごい……」


 「ゆっきーのそれって本当にどうなってるの?」


 「……」


 他の三人も安心しながらも、幸隆のそのでたらめな回復能力に瞠目した。


 「マジで助かった。サンキュー杏」


 「言っとくけど、食料はそれで最後よ。おかわりはないからね」


 「十分」


 「食いしん坊で無いことを祈るわ」


 幸隆が立ち上がり、前へ歩み出る。


 「あなた達も酷い怪我ね。特にあなた」


 杏がそう言った相手は腹を抜かれた千秋。


 今もそのお腹から黒い血を流す彼女の顔は既に青い。


 「可愛い顔して根性あるのね。【中回復(ミドルヒーリング)】」


 「うそ……」


 杏の使用したスキルに千秋が驚いて彼女の顔を見た。


 彼女は妖艶な仕草で自分の唇に人差し指を当てると千秋にウインクを向けた。


 「内緒よ?」


 「は……はい」


 青い顔がどこかほんのり赤くなったように幸隆には見えた。


 顔面の良さに男女の垣根がないらしい。


 そして、次に桃李へと向き直ると、桃李の姿を見た杏が不思議そうに固まる。


 「あなた……いいえ、今はそれどころではないわね。【中回復(ミドルヒーリング)】」


 同じく回復スキルを向けられた桃李は少し気まずげに顔を晒して礼を口にした。


 「ありがとう、ございます」


 「後の二人は大丈夫そうね。私のスキルも回数制限があるから許して頂戴」


 そして、消耗の激しい桃李たちに後ろで待機していろと伝えて背中を向ける。


 重傷者の手当てを終えた杏が幸隆に並ぶ。


 桃李たちから見た二人の背中は大きくて、そしてお似合いに見えた。


 「よう、ナイチンゲール。負傷者の手当ては済んだみたいだな」


 「えぇ、おまたせ。でも、ナイチンゲールは実はとても暴力的な一面を持ってたって話よ?私には当てはまらないわ」


 「……そうだな」


 釈然としない返答に、幸隆をじろりと睨み、そしてその姿を見た杏が大きく溜息を吐き、顔を逸らす。


 「色々と言いたいけど、後にしてあげる」


 「ん?おう。今はあいつに集中しよう」


 動きが鈍くなっていた蝋人間の氷が遂に砕かれた。


 「来るわよ!」


 瞬時に展開される魔方陣。


 狙いは幸隆と杏の二人。


 魔弾が二人を襲う。


 「「じゃま、じゃま、じゃまするなぁ!」……せ…わけ……さん?」


 ダブる声が僅かにズレて、別々の言葉を口にした。


 「なんで私の名前を知ってるのよ、あの化け物は!」


 魔弾の回避を続けて叫ぶ杏。


 見たこともない魔物が、喋ったかと思えば自分の名前を呼んだのだから、気味が悪い事間違いなしだろう。


 「あいつはお前も知ってる奴だ!」


 「は?魔物に知り合いなんていないわよ」


 魔弾が止み、杏は無傷。


 幸隆は全回避とはいかず、多少の手傷を負っていた。


 「大舌だよ。お前をしつこくナンパしてたあの男だ」


 「……冗談にしては笑えないわね」


 信じ難いが、幸隆の顔を見て悟る。


 少なくとも彼が嘘を吐いている訳ではないと。


 「後でじっくり話聞かせなさい。あの娘たちについてもよ」


 「もちろんだ」


 「「あの、ひと……きらい。いた…い…こ……わい」お……れ…のせわ…け……きょ…う…おれの……おん…なぁぁああああ!!」


 「ねぇ!私一人にヘイト向いてない!?来たばかりよ!」


 「モテるなぁお前」


 「馬鹿言ってないで助けなさいよ!」


 蝋人間からの集中砲火を受ける杏がその魔弾を必死に避け続ける。


 「流石だな、杏。同じ中級探索者の筈の大舌とは大違いだ」


 幸隆がヘイトを買い続ける彼女の勇士を見て感心しながら敵へと突っ込む。


 「おい、俺のことも忘れんなよ」


 幸隆の拳が、半ばまで溶けてパーツの輪郭もあやふやになった男の顔面を捉えてぶん殴った。


 大きく顔面はひしゃげ、大部分の蝋が飛び散る。


 「「ぎゃぁぁあああああ!」」


 今度は声が重なった。


 連打を続け、その体を次々と削っていく。


 「「やめ……やめ……て……いた…い…よ」」


 「そう言って何人殺したよ!」


 蹴りが肩から腕までの当たりを吹き飛ばした。


 再び絶叫があがる。


 「「しらな……」」


 「この後に及んで知らないなんて通じるわけ─────」


 「「─────知らな……やって……ない……ころし…なん…て……()()……はッ」」


 「あ?」


 脳裏に走る違和感に幸隆の拳が止まった。


 なぜか幸隆の理性が制動を掛けたのだ。


 その瞬間、蝋人間の身体が大きく広がり幸隆を襲う。


 「「ちが…う……ぼくじゃ」しねよ……本堂!!」


 ダブる声は別々の言葉を放ち、片方が強い殺意を幸隆へと向けた。


 覆う様に広がる蝋。


 大の大人を数人吞み込めそうなほどの傘の影に幸隆がすっぽりと被さった。


 間に合わない。


 そう思った直後、その広がる傘に大穴が空いた。


 「おっさん……借りは返したぜ」


 綴が【強撃矢】で傘の中心を穿ち、幸隆に被害が及ばないスペースを作り出したのだ。


 「ナイス綴!」


 幸隆を捕まえるため、大きくその体を消耗した蝋人間の身体がぼとり、ぼとりとその体を地面に落としていく。


 身体を支えきれない域にまで来ているのが傍目からでも分かる。


 「あの化け物が自滅するのも時間の問題のようね!」


 杏のその言葉に幸隆も同意した。


 無理に攻撃を仕掛けて先ほどのような広範囲攻撃をされれば危険だ。


 魔術を回避しながらの戦いが一番勝ちの芽が感じられた。


 「「たたか……いた…く…」きょう…………きょう……きょう…杏!杏杏杏!俺の杏ぅぅうう!!」


 片方の意識を大舌の強烈な意識が呑みこんで体の実権の全てを奪い、そして杏に飛び掛かった。


 幸隆にしたように体を広げ、今までにない速度で杏の下へと跳び込んだ。


 「うそ─────!?」


 「ちっ」


 想定外のその速度に二人の反応が遅れ、虚を突かれた綴の矢の照準も間に合わない。


 後数瞬で杏があいつに吞み込まれる。


 そう感じた幸隆が博打に出た。


 「勘違い野郎!!そいつはお前のじゃねぇ!その女は俺の女だぁぁ!!」


 「ちょっと!?」


 その絶叫に蝋人間、否、大舌がピタリと体を止めた。


 「「は?」」


 「悪いな。お前がそいつの事好きだってのは知ってたんだがよ。そいつと俺は実はもう深い関係なんだ」


 「「瀬分……さんと?」」


 大舌が幸隆を睨んでいる。


 しかし、その声は震えており、動揺が見られた。


 「あぁ。そいつ───良い身体してんだぜ?お前は知らないだろうけどよ」


 「あんた殺すわよ!!」


 顔を真っ赤にしながら杏が幸隆に怒鳴る。


 しかしそんな杏の必死な様子も今の大舌には意識を向ける余裕などなく、震える体で幸隆を見た。


 「「あ……あ……あ」」


 大舌がちらりと杏を見る。


 「─────ッ」


 「「あぁぁあ!俺が先に好きだったのにぃぃぃいいいいいいいいい!!」」


 地面に倒れ込むようにして膝を突き、手を突いて泣き叫ぶ大舌。


 大粒の涙を流して打ち震えているその姿に幸隆が心苦しそうに言葉を続けた。


 「お前、見たことないだろ?そいつのメスの顔。じっくり開発してやったらよ、俺にぞっこんときたもんだ」


 悪役…………いや、竿役のようなセリフで大舌を追い詰める幸隆。


 突然脳が破壊された大舌が慟哭を上げた。


 そして、怒りに任せて立ち上がり幸隆へと叫ぶ。


 「「ぶっ殺してやる!!」


 「ぶっ殺してやる!!」


 大舌以外にもバディの怒号も聞こえたような気がしたが、幸隆は迫る大舌を迎え撃った。


 大きな大きな冷や汗を流して大舌の攻撃を逸らして殴り返す。


 魔術を使う事も忘れた大舌など幸隆の相手ではない。


 攻防は終始、幸隆が有利に進め、大舌の身体を削る。


 自壊のスピードも相まって、戦いの決着は意外にもあっさりと着いた。


 「お前はもう純愛する資格なんてないことを知れ」


 幸隆の拳が大舌の胸を貫いた。


 「「あ、そん……な…せわ……けさ……」」


 自分を支えられなくなった大舌が崩れ、そして魔物のように塵へと還り、姿を消した。


 「ふぅ、終わったな」


 ようやく戦いが終わり、幸隆が桃李たちの下へと歩む。


 立役者の帰還だが、なぜか皆顔を逸らしている。


 桃李と綴は顔を赤くして、千秋は気まずげに、そして翠の顔はなぜか青い。


 「よう、終わったぜ。お前たちが力を貸してくれたからだ。ありがとな」


 「い、いえ。それは僕たちも同じことで……ていうか本堂さん……その、そろそろ……」


 「うん?」


 勝利後とは思えない微妙な反応に幸隆が首を傾げる。


 なぜか顔を逸らされ、歯切れが悪い。


 そして背後からトン、と肩に手を置かれた。


 「ヒッ─────」


 振り返ると般若が立っていた。


 「ねぇ?私、いろいろと聞かなくちゃいけない事があるの」


 「は、はい」


 恐怖を抱くが、しかし幸隆の中には弁明の言葉が既に多く用意されている。


 さっきの俺の女発言であれば釈明できるし、桃李たちへの誤解を解く義務も当然果たすつもりだ。


 そうすれば彼女は怒りの矛を一旦は降ろしてくれるはずだ。


 そう自分に言い聞かせて覚悟を決めた幸隆は鬼の方へと向き直る。


 「ほんっ───とうにいろいろと聞かないといけないのだけど、特にさっきの発言は流石に頂けないわ」


 そらきた。


 すぐに弁明を─────


 「でも今はいいのそれは。意図も分かってることだし」


 「あれ?」


 肩透かしを食らった幸隆の頭が真っ白になった。


 用意していた手札が突然墓地に送られて、切るカードがなくなってしまった気分だった。


 なら彼女はなぜ怒っているのだろうかと考えて首を傾げた。


 「あんたが良く戦ったことも分かるし、この娘たちを必死に守っていたのも理解できるわよ?」


 「お、おう。分かってくれて助かるよ。流石は俺のパートナー」


 「でもね?だからってどうしてあんたは当たり前のように──────────全裸なのよッッッ!!!」


 「へぶぅッ───────────へ?全裸!?」


 幸隆は杏に顎を蹴りぬかれ、天を仰ぐように倒れる中、自分の身体が目に入った。


 傷だらけの胸、だらしなくなってきたお腹、逞しく鍛えたずっしりとした太もも。


 上反りに倒れる衝撃にぶらんぶらんと揺れるそれに、今までの彼女達の反応にやっと合点がいった


 (あぁそう言う事か俺─────ちんこ出てんじゃん)


 完全に露わになった自分の愛息を見つめながら幸隆は地面に倒れ込んだ。

伏せ字いる?

ブックマーク、高評価、感想を頂ければ幸いです!

モチベーションの向上に繋がります!

是非↓の☆マークを押して評価をいれてくださいお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 そう言えば幸隆、絶賛フルフロンタル状態でしたねwwww色々、ホントに色々あったんや…(笑) しかしゴミ野郎、ちょっと気になる反応してましたね…なんかジキルとハイドみたいな二重人格…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ