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75.あの時とは逆ね

 「相手に攻撃の隙を与えるな!」


 桃李の指示に従い、皆が攻撃の準備に取り掛かる。


 翠の防御魔術が通用しないと分かっている状況で、一塊になるような愚行はしない。


 後衛一人に前衛一人をつかせてバラバラに散る。


 あの魔術以外の攻撃に備えた最低限のフォーメーションだ。


 桃李が綴を、幸隆が翠を守るように前衛に立ち、各自が攻撃を仕掛ける。


 「翠は魔力が回復しても攻撃をせずに温存を!本堂さん、翠を頼みました」


 「任せとけ」


 彼の後ろなら安心できる。


 ほんの少しだけ翠が可哀想に思えたが、今はそれどころではない。


 「【強撃矢(パワーアロー)】!」


 綴の強力な矢が蝋の塊となった男に吸い込まれる。


 外れる事無く見事命中した矢が蝋人間となった大舌の身体を大きく吹き飛ばした。


 しかし、白い蝋が飛び散り、欠損部分を移動した蝋が埋めてしまう。


 その手応えの無さに綴が舌打ちを打った。


 仕返しをするように蝋人間の背後に展開された魔方陣から単発の魔力弾が射出された。


 「あっぶね!」


 綴がそれをかろうじて躱したが、その展開の早さと射出速度に舌を巻いていた。


 「おい!あいつさっきからトリガーワード唱えてないぞ!」


 綴の言う通り、スキル発動のための口上を奴は変化以降一度も唱えていなかった。


 探索者では有り得ない事である。


 それではまるで─────


 「─────魔物みたいだね」


 皆の意見は一致した。


 「彼を人間だと思って当たるな!魔物だと思え!」


 心の中にある人間の殺害に対する忌避感を取り払うように桃李が叫んだ。


 それがあってはどこかのタイミングで容赦してしまうかもしれない。


 優しさからではない。


 人間に備わる当然の本能だからだ。


 しかしそれが人間でなく魔物相手であるなら話は変わる。


 パーティー全体の意識が変わった。


 皆があれは人間ではないと自分に言い聞かせるようにして殺意を高めた。


 幸隆、桃李、千秋の三人が距離を詰め、攻撃を仕掛ける。


 「テンプレみたいに化け物になりやがってみっともねぇな」


 「「うるさい!うるさい!うるさぁあい!」


 殴りかかってきた幸隆に応えるように大舌が蝋を鈍器のように固めて迎え撃つ。


 しかし強度の足りない蝋は幸隆の拳にあっさりと砕かれた。


 意識を幸隆一人に向けていた大舌に、桃李と千秋の二人が続き、白い蝋を削り取る。


 「【十字斬撃(クロススラッシュ)】!」


 「【強刺突(ハードスラスト)】!」


 「「ぬぅ、がぁぁああああ!!」」


 大舌が力任せに身体を振り回して二人を吹き飛ばす。


 二人の攻撃を受けて蝋が散ろうとも、大舌の動きは止まらない。


 痛みなど感じないとばかりの反撃だ。


 しかし、近接戦に気を捉えれているからか、先ほどのような強力な魔術の行使の気配はない。


 このまま、近接戦闘で大舌を削ることを三人は決意しスキルを混ぜながらの戦闘を続けた。


 幸隆の拳が大舌の攻撃を迎撃し、桃李が削ぎ落し、千秋が貫くことを続け、地面が次第に白く染まっていく。


 綴の援護もあり、前衛の攻撃の被弾も減少。


 近接戦は幸隆たちペースに進んでいた。


 しかし、戦いの中、大舌の意識が次第に薄れていく。


 「「う、……ここ、は……ダン、ジョン……?なん……で」」


 記憶すら抜け落ち始めた大舌の戦闘が次第に変わっていく。


 あれだけ怒りを向けていたにも関わらず、逃げるように、防御の姿勢を取り始めたのだ。


 「今!攻撃を畳みかけろ!」


 それを好機だと取らえた桃李が仲間に檄を飛ばした。


 翠を省いた四人の攻撃が苛烈さを増す。


 「「あ、あ……いたい……なん…で」」


 人が変わったように丸くなって蹲る大舌に異変を抱くも、好機を捨てるような真似はしない。


 なおも攻撃を続ける四人に大舌がついに動いた。


 「「たお……さな…きゃ」」


 大舌の背後に再び魔方陣が現れた。


 「くそっ!」


 先ほどよりもさらに早い展開に幸隆たちの反応も間に合いきらない。


 魔弾を避けきることが出来ずに前衛の三人全員が被弾してしまう。


 「う……」


 その中でも千秋のダメージが大きく、腹部から血が流れていた。


 「千秋っ」


 横から千秋の様子が見えた桃李は自分が受けた肩への傷もそのままに千秋へと走り寄った。


 「「なに……これ…なに…これ。つち……つち?」」


 ダメージが大きい前衛に追い打ちをかけるようにさらなる魔方陣が展開された。


 「みんな!下がって!」


 翠が声を張り上げた。


 先ほどより遅い魔方陣の展開に、幸隆もそれが何の魔術なのか心当たりがついた。


 このまま、前衛に陣取り続ければ、全員死ぬ。


 避け切ることなど不可能な魔術が唸りを上げた。


 「それはもう勘弁だな!」


 幸隆が二人を抱えて即座に後退。


 直後、地面が盛り上がり、バラバラとなり、数百の礫となって五人を襲う。


 「【式・守】即時展開!」


 翠が投じた札がパーティーを守るように力場を形成し、大舌の放った【石礫(ロックシャード)】を遮った。


 「翠……ありがとう」


 「桃李だちが時間を稼いでくれたお蔭。魔力もだいぶ回復した」


 「魔術師クラスってそんなに魔力の回復が早かったんだね。ありがたいよ」


 「……」


 数の多い【石礫(ロックシャード)】の対処に集中する翠が、表情を曇らせた。


 「ごめんっ防ぎきれない……!?」


 数も威力も上昇した【石礫(ロックシャード)】に翠の防御魔術が悲鳴を上げた。


 外側に亀裂が入る。


 その場所は─────


 「綴!避けて!」


 翠の懇願するような悲鳴と共に、防御魔術のパリンッと割れる音が虚しく響いた。


 「な─────!?」


 綴を襲う無数の散弾。


 避ける時間も隙間もある筈もなく、綴は成す術なく立ち尽くした。


 「…………え?」


 瞼を開いても視界は暗かった。


 しかし、痛みは不思議となく、暖かい何かに覆われている。


 「……おっさん?」


 綴の身体を【石礫(ロックシャード)】から守るように幸隆が抱き着き、覆っていた。


 「おい……おっさん!なんで!」


 ごぽりと口から血を吐き出す幸隆。


 「本堂さん!?」


 「ゆっきー!」


 「─────ッ」


 三人も幸隆の行動に驚き、綴の代わりに重傷を負った幸隆へと駆け寄った。


 背中に無数の礫が突き刺さり、夥しい血が流れている。


 その上、幸隆の真骨頂である回復能力すら働いている様子がない。


 明らかな致命傷だった。


 傷を受けてもいつも何かと軽口を叩く彼の姿はなく、そのダメージが深刻な事が四人にも理解できてしまった。


 「桃李ちゃん!どうするの!?ここでゆっきーが欠けたら私たち─────ッ」


 現状の最大戦力である幸隆の戦線離脱は四人の死に直結していた。


 それをすぐに冷静に理解した千秋が慌てて桃李へと振り向くも、そこには顔を真っ青にしたリーダーの姿があった。


 打つ手なし。


 それを理解し、千秋が歯噛みする。

 

 守られた綴も現状を正しく理解できず、感情のままに幸隆を揺さぶり、その震える声で呼びかけ続けている。


 守れなかった翠も悔し気に俯くばかり。


 リーダーである桃李など、想い人の脱落を受け止めきれずに敵に背中を向けている。


 これではもう、何もできない。


 千秋は自分に皆を叱咤するだけの言葉がないことを恨んだ。


 「だい……じょうぶだ……」


 似合わない細い声で幸隆が起き上がる。


 皆の顔が一瞬明るくなるが、それもすぐに心配の色に変わる。


 綴が幸隆を抱き起そうとした時、魔方陣の光が五人を照らした。


 「あ─────」


 大きな魔法陣は【石礫(ロックシャード)】のものでなく、それはあの魔弾の魔方陣だと桃李たちは悟った。


 翠が残った魔力を振り絞って防御魔術を展開しようと試みるも間に合わない。


 全員が死を受け入れかけた時、女性の声が聞こえた。


 「大丈夫じゃないでしょ。かっこつけてんじゃないわよ馬鹿────【氷槍(アイスランス)】」


 魔術師クラスの中級探索者が好んで使う高威力の魔術スキル【氷槍(アイスランス)】が大舌の蝋を大きく吹き飛ばし、更に氷で固めてしまい、再生を阻害した。


 大きなダメージの結果、魔方陣が消失。


 最悪の結末は免れた。


 「ほんとあんたっていつも無茶ばっかよね」


 少しダウナーな大人の女性の声に四人が振り返り、そして幸隆が笑い交じりに驚いた。


 「そういうお前は、登場にかっこつけすぎだろ─────杏」


 すらりとした立ち姿のモデルのような女性。。


 中級探索者であり、幸隆と正式にパーティーを組んでいる彼のパートナー。

 

 瀬分 杏の登場だった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 幸隆も桃李を助ける時はちょっと遅れて参上のヒーロースタイル(?)でしたが、杏さんも見事なヒーロースタイルでのタイミングですね。もしかしてちょっと狙ってた…訳はないですね流石にww…
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