71.A仲間の絆半分ムカつく半分それもこれも彼のせい
「お前、まさか……女か?」
その言葉に桃李の顔が青ざめた。
一番知られてはならなかった相手に、知られてしまった。
「あれ?どういうことだよ。なんで俺こんな綺麗な子を男だと勘違いしてたんだ?」
突然の認識の変化に戸惑いを隠せない大舌がネックレスと桃李を見比べて、その秘密に思い至る。
「ははーん。どういう訳か知らないが、お前、このネックレスで自分が女だってこと誤魔化してたんだろ」
ダンジョンでは時折特殊なアイテムが産出される。
性別の認識変更など少々突飛ではあるが、それが一番妥当だと大舌は考えた。
図星を突かれた桃李が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「ははっなんだこれ!変な気分だな!いけ好かないイケメン野郎かと思ってた相手がまさかの男装の麗人だったなんてな!ラブコメみたいな展開じゃん!」
声を張り上げて不快な笑い声をあげる大舌に桃李が一歩後ずさる。
「そう警戒しなくていいよ。俺、女の子には優しいから」
「どの口が」
大舌の仲間には女性メンバーもいたはずだ。
しかし、彼女たちすら大舌は棄てたと言った。
女の子には優しいなど、見え透いた嘘だ。
「そうなってくると話が変わってくるなぁ。殺してしまおうかと思ってたけど、やめだ」
そう言って大舌が桃李に近寄る。
「なに、を……!」
目の色の変わった男に桃李の心臓が早鐘を打ち始めた。
「なにって……ナニをだよ。分からない?もしかして君、処女?最高じゃん」
下劣に歪ませたその顔に、桃李は覚えがあった。
忘れるはずもない、凌辱の記憶。
幸隆の手によって、最悪な結末は免れたが、それでも彼女の初心な心に深い傷を負わせ、探索に於いても足枷となった豚鬼との記憶がフラッシュバックされる。
思い出したくないのに、否が応でも掘り返されるあの時の音と臭いと感触にみるみる内に桃李の顔が青くなっていく。
反抗を試みようとも、手が震えて地面に落ちる剣を上手く拾えない。
「そんなに怖がんないでよ。殺そうとしたのは謝るからさ~。まさか君がこんなに可愛い女の子だなんて思わなかったんだよ!」
軽薄な顔で謝りだす大舌に、嫌悪感が強くなる。
その顔のまま、躊躇いなく近づいてくる男に、また一歩下がる。
しかし、とんっ、と壁に背中がぶつかって、桃李は逃げ場を失った事に気付く。
そして遂に大舌の顔が近くにまで迫った。
「ま~じで可愛いじゃん。あの中でも飛びぬけてタイプだよ。瀬分さんみたいな美人系に目がないの、俺」
そういって舌なめずりをする大舌が、恐怖で身動きの取れない桃李の頬に舌を這わせた。
「ヒッ……」
「ははっ可愛い子の怖がる顔ってなんでこんなに刺さるんだろうね?君みたいな子は特にね」
嗜虐心を見せる大舌。
その顔にはもう、理性の色がほとんど残っていなかった。
桃李の心臓は早鐘を打ち、頭は恐怖で一杯で思考が上手く纏まらない。
呼吸が徐々に荒くなってくるが、本能的に息を殺したい彼女は必死に口を抑えて声を殺している。
その様子が大舌にはまた堪らなくそそるらしい。
情欲に塗れた表情で、彼女の身体を舐めまわすように見る。
「よく見ると腰まわりとか男の身体付きじゃないよなぁ」
桃李が抵抗できない様子を見て、大舌がにちゃりと哂い、服の中に手を突っ込んだ。
「ンンッ────!?」
驚きに目を丸くし、直後に強く瞑る。
歯を食いしばり、その汚い手の感触を堪える。
「すっげぇすべすべで気持ちいいな。こりゃマジで抱くしか選択肢ないわ。安心しなよ。俺女イカせるの得意だから」
腹をまさぐられ、臍に指を入れられ、背中に回した指でヴィーナスライン、背中の中央の窪みのラインを下から上へとフェザータッチのように逆なでされてビクリと体が跳ねた。
その様子をニタニタと楽しむ大舌はズボンの上から桃李の太ももに指を這わせ、尻を強く揉んだ。
「ぃ────!?」
身体の中で跳ね上がる嫌悪感に桃李の口から声が漏れ出た。
しかしそれを勘違いした大舌が嬉しそうに桃李を見て言った。
「敏感なんだね。これなら本番も楽しめそうだ」
「ッ────!?」
拒絶したいのに、桃李の身体は上手く動いてくれない。
「あのおっさんってこの事知ってるの?まぁ、知らないよなぁ鈍そうだし」
幸隆の名前を出されて、濁った思考が少し澄んだような気がした。
夕刻の日の記憶が蘇る。
「ばかだよなぁ。こんな身近に良い女がいるのに気付かないなんてさ。だから俺が一番最初に味わえるわけだからそこには感謝なんだけどさ」
大舌が桃李のベルトに手を掛けた。
「やめ────!?」
桃李が初めて抵抗を見せた。
押しのけようと大舌の胸を押さえる。
「ちっ」
その事実に面倒臭さと舐められたように感じた大舌が桃李の顔を掴んで地面に叩きつけた。
「うぐっ」
後頭部を叩きつけられて、桃李の頭の中がチカチカと明滅し、腕の力を抜いた。
抵抗を見せなくなった桃李に満足した大舌が再びベルトに手をかけると、少しもたつきながらも外してしまう。
ズボンに手を掛け、脱がそうとした時、その手を桃李の手が掴んだ。
「それだけは……絶対に、いやだっ」
「うざいんだよ!!大人しくやらせろよ!!」
苛立ちのまま大舌が桃李の顔を殴る。
顔を数発、腹を数発。
そして最後に髪を掴んでもう一度後頭部を地面に叩きつけた。
「フゥッ、フゥッ!……あ?死んだか?」
息を荒げて興奮する大舌はぐったりとした彼女を見て頬を数回叩いた。
「……うぅ」
呻き声を上げる桃李に満足気に笑うと、再びズボンに手を掛けた。
桃李は脱がされようとしている中、虚ろな思考で思い出した。
夕刻の中のギルドのロビー。
落ち込む自分の頬に、冷たい缶コーヒーを押し当ててきた彼の姿がぼんやりと思い浮かぶ。
一人になりたい気分だったのに、隣に座り込んだ彼に、少しだけ放って置いてくれと思った。
しかし、何を言って良いか分からずにまごつく彼を横目で見ると、つい可愛らしく感じて、自分から口を聞いたのだ。
その口は自然と彼の強さの秘訣を聞いていた。
腕っぷしがどうのじゃない。
逆境でも立ち向かえるその無鉄砲さの在り方について聞いたのだ。
そしたら彼はなんと言っただろうか。
自分では思ったこともないような強さの在り方だったような気がする。
人によっては俗っぽ過ぎて、それは逆に弱さだと、説教されるようなそんな在り方だと感じた。
でもそれが何よりも彼らしくて、そして羨ましいと感じたその感情。
取り繕わない彼の性格をそのままにした強さの原動力。
「おお、可愛いパンツ履いてんじゃん。見た目ボーイッシュな子がこんなかわいい下着付けてるとか分かってんじゃん」
半ばまで脱がされたズボン。
空気に晒された下半身がスースーとして肌寒かった。
陶器のように白い肌に汚い手が這い、下着の上から中央線をなぞった。
その感触にびくりと身体が跳ねる。
醜い男が一層に鼻息を荒くして、彼女の股間に顔を寄せる。
臭いを嗅ぐような仕草に虫唾が走る。
あぁ、多分この感情だ。
浮かび上がった感情に意識が向いた。
「そういや、胸はどうよ。ちっ、コルセットってやつか?どう外すんだよ、面倒だな。胸と言えば、やっぱあの子だよなぁ。千秋ちゃんだっけ?二人並べて犯してぇ。他の二人も味変に良いしな」
コルセットに悪戦苦闘する男の独り言が、彼女の浮かび上がった感情に燃料を注いだ。
「ふざ、けるなっ……」
「あ?なにさ」
仲間をそんな目で見るな。
仲間を想う気持ちの強い彼女の怒り。
そして、自分を慰み者にしようとするこの気持ち悪い男への怒り。
その両方が湧き、そして違う、と否定する。
その気持ちも確かにある。
しかしそんな高尚なものじゃない。
『ムカつくからな』
彼の言った言葉が鮮明に蘇った。
あぁその通りだと。
そんな俗っぽい感情が目の前の男に向けられ、そして自分に向いた。
『そんなんにビビって終わる自分がいたら、それ以上にムカつく奴はいないだろうな』
あぁ、彼の言った通りだ。
自分は今、こんなくだらない男に恐怖して、縮こまって、そして一般の女のように男に怯えている。
それに気付けばすぐだった。
「自分が、一番、ムカつくッ!」
「ぶッ────!」
キッと大舌を睨んだ桃李がそのムカつく顔面をぶん殴った。
弱点とかそんなのは二の次にその顔をぶん殴りたかった。
「てめ、なにしやが────ブフッ!」
そして今度は起き上がり様にその鼻っ面目がけて頭突きをかましてやった。
あまりの痛みに鼻頭を抑えて、目じりに涙を溜めた大舌が桃李の上から仰け反る。
そして、普段の彼女からは想像もつかない怒声がダンジョンへと響く。
「ふざけるな!僕がいつまでも大人しくしてると思ったのか!生憎と僕の純潔はお前なんかのような勘違い野郎にくれてやるほど安くないんだ!失せろ!まともに女姓も抱いたこともない素人童貞が!」
怒りに満ちた顔で啖呵を切った桃李に、大舌が顔面に鬼の形相を浮かべて立ち上がった。
「殺してやるッ。殺してヤルッ!もうお前を性奴隷にするとかそんな予定はどうでもいい!四肢をバラバラにして!喉を掻っ捌いて殺してから犯してやるよ!まともに死ねると思うじゃねぇぞ男女ァ!」
剣を抜いた大舌が桃李の胸倉を掴んで立ち上がらせ、その剣を首に突き付けた。
顔を赤くして鼻息を荒くする大舌の姿に桃李が哂って見せた。
「ははっ、そんなに図星突かれて恥ずかしかったの?探索者になって初めて女姓を抱いたんでしょ?それも噂じゃ自分よりも弱い新人探索者を狙ってさ。恋愛も真面にできずに力任せに女姓をレイプして、それで経験者のつもりになって自分は女をイカせるのが得意ですって?最早自虐だよね。『敏感だね』って気持ち悪くて思わず体が仰け反っただけなのに、それすら勘違いしてる時点で、童貞以下じゃん」
「好きに言わせておけば……ッ!」
「残念だったね。誰とも通じ合えずに、女姓を使ってオナニーばっかりで。お前みたいな奴は、一生ダッチワイフでシコってろよ」
べちゃりと桃李の唾が血走った目の男の頬にかかる。
「……」
息をすることすら忘れた男が剣を振り上げた。
(あーあ、バカしちゃったな。嫌でも最後まで付き合えば、またみんなに会えたかも知れないのに。それにこんな汚い言葉使っちゃって……でも、あぁー、スッキリしたなぁ)
みんなとの今生の別れを告げることが出来ずに後悔が残るが、しかし、彼女の胸は不思議と気持ちが空いていた。
大舌は桃李を脅かそうと、少しでもその綺麗な顔を再び恐怖に歪めてやろうと剣を振り翳しているのに、彼女の顔をそれでも晴れやかだった。
それに尚更怒りが湧いてくる。
一人でスッキリして、独りで穏やかに死を待つその光景が大舌には理解ができなかった。
それでも振り上げた剣をひっこめる事はできない。
大舌は穏やかな表情で死を受け入れて目を瞑る彼女へと望み通りに死を振り下ろした。
(本堂さん……これも貴方のせいですからね。でも、ありがとうございました。これで自分に恥じずに逝けそうです)
死を待つ彼女は最期にこんなきっかけとなった男に恨み言と少しの感謝を添える。
剣が首へと迫る。
(最期に会いたかったなぁ皆と……本堂さんに)
「お前、マジで最高だな」
男の声が聞こえた。
それはどこか楽しげな声で。
聞きたかった人の声で。
それは瞼の裏に想い描いた人の声。
「え……」
「なっ!?お前!いつの────────」
「うっせー黙れ口がクセェ」
「へ───ブッフゥゥゥゥウウウウウッッ!!!」
瞼を開いたその先に、大きな背中を見せる傍若無人なその人は─────
「今のお前、ちょーかっけぇよ、桃李」
─────いつも助けてくれる好きな人。
「本堂さん……っ」
死を受け入れた筈なのに、その姿にどうしても、涙を抑えきれなかった。
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