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68.情欲掻き立てられる男と女

 仲間を探し始めて経過すること一時間超。


 幸隆の腹はそろそろ限界に達し、それに比例するように綴の様子もおかしくなっていた。


 度重なる戦闘が、二人の消耗を激しくしていた。


 「休憩に入るか」


 口数の少なくなった中、幸隆が、綴の消耗を考慮して部屋の扉を開けた。


 「え、いや。オレたちにそんなひま────!」


 「息切れ起こしてる奴をそのままにできるわけないだろ。大人しくいう事聞け」


 「う、うん」


 綴の呼吸が乱れていることに前を歩いている幸隆は気付いていた。


 後衛とは言え、それなりの回数戦っている。


 神経を使う弓手は見かけ以上に体力と精神を擦り減らす。


 それをなんとなしに理解している幸隆は綴の身を慮ってそう提案し、半ば強引に呑ませた。


 その強引さに綴はなぜかドギマギしてしまう。


 二人は部屋に入り、腰を落ち着かせる場所を探す。


 古びたベッドを見つけた幸隆がベッドに寄り、ポンポンと叩いて調べる。


 少しほこりが立ったが、不思議と大きな汚れも目立たない。


 「綴、ベッドに来い」


 「へ!?べ、ベッド!?」


 顔を赤くして驚く綴を見て、幸隆がベッドから離れる。


 「安心しろ。俺は部屋の隅にでも座ってる」


 「……わかった」


 綴はそう言ってベッドに腰掛ける。


 ズタボロになった古い寝具だが、座って休む分には十分だ。


 部屋の隅に座る幸隆を見て、綴は少し申し訳ない気持ちになり、声をかける。


 「なぁ、おっさんもこっちに来て座ったらどうだ?」


 「結構だ」


 「そ、そっか」


 そっけない反応に少し寂しくなる綴は頭を振ってその感情を掻き消した。


 (やばいやばいやばい!なんでオレはあのおっさんにドキドキしてんだよ!)


 ちらりと幸隆の顔を見る。


 こちらから顔を逸らした横顔に綴の胸がドキリと跳ねた。


 野暮ったい見た目だが、しかしよく見ると鼻は高い方だし、三白眼だって、キリっとして見えなくもない。


 ガタイは良いし、落ちて上に乗っかった時に感じた胸の感触は硬くて逞しかった。


 「うわぁ!!」


 綴は変な思考に陥っていることに気付いて声を上げた。


 「どうした!?」


 それに幸隆が反応して急いで近づいてくる。


 おかしくなりそうないい匂いと一緒に。


 「来なくいいから!!」


 これ以上変な気分になるとやばいと感じた綴が幸隆を拒絶した。


 「わ、悪い」


 「あ、いや……」


 さっきは来いと言っておきながら、それとは真逆の事を言う自分が恥ずかしい。


 幸隆の反応に心が痛む。


 また部屋が静まり返った。


 この瞬間にも幸隆の【絶倫】スキルが悪く働き、幸隆の性欲を高めていく。


 幸隆はそれを必死に耐え続ける。


 しかし、それは綴を一緒だった。


 【変換】スキルが機能しなくなり始めて、効果を発揮し始めたのはなにも【絶倫】スキルだけではない。


 それはもう一つのエロスキル【催淫粘液】も同じ。


 そして幸隆は知らないが、このスキルは幸隆の粘膜から出る分泌液が主体となるスキルではあるが、しかし、その効果は汗などにも僅かながらにも影響を及ぼす。


 つまり、戦闘で汗だくとなり、それが揮発することによってもそれを吸った相手に影響を与えるのだ。


 そしてここは、密室の部屋。


 幸隆の汗が充満するこの部屋は女にとって、正気ではいられない部屋となっていた。


 胸の高鳴り、興奮、幸隆がなぜか魅力的に感じてしまう。


 これらすべてが、部屋に満ちた【催淫粘液】による影響だった。


 綴だってそんな事実は当然知りえない。


 故に今、彼女は自分の心境に滅茶苦茶戸惑っていた。


 (嘘だろ!?これじゃまるでオレがおっさんのこと好きみたいじゃないかよ!あり得ない!?オレに限ってそれは絶対ないだろう!?それに俺が好きなのは)


 ────ウウゥゥ


 「ん?おっさん何か言ったか?」


 「なにも?────あ、綴!足元!」


 「え?ってイヤァァアアアア!!」


 ベッドの下から伸びた手が綴の足を掴み、それに思わず悲鳴を上げる綴。


 幸隆は咄嗟に駆けてその腕を踏み潰す。


 上がる呻き声を無視してシーツの布を手袋代わりに伸びた腕を掴んで引っ張り出すと、グロテスクな見た目のゾンビが現れた。


 「ゾンビィィィイイイ!」


 綴がポンっと後ろに跳び跳ねてベッドの奥へと逃げ込んだ。


 「キモイな」


 殴り殺そうとした瞬間、掴んだ腕が腐り落ちてバランスを崩す。


 幸隆の攻撃は無事に命中し、ゾンビは塵となって消えたが、体勢を崩した幸隆がそのままベッドへと倒れ込んだ。


 そして、綴へと覆い被さり、二人の顔の距離が近くなる。


 女の香りがした。


 幸隆は押し寄せる劣情の波を歯を食いしばって耐える。


 耐えがたいが、しかしそれでもクズにはなりたくない。


 そして、状況を把握した綴も頭から湯気が出るほどに顔を真っ赤にして目をぐるぐるとさせている。


 近くなった分、幸隆の【催淫粘液】の効果もより強くなり、綴の感情を侵す。


 綴はもう訳が分からなくなり、思考が低下。


 自分で自分がコントロールできなくなり、身体の思うがままに幸隆の首に腕を回した。


 「!?」


 その反応に幸隆の理性が悲鳴を上げる。


 目の前の綴はもう女の顔をしている。


 メスガキなどと、馬鹿にはできないほどに、妖艶にすら思えた。


 唇を噛んで耐える。


 「血、出てるぞ。おっさん……」


 濡れた目で、絡める腕を一つ外して、男の唇をなぞる一人の女。


 それは傍から見れば既に行為が始まっているようにすら見える光景だった。


 幸隆の理性を内の獣が食い荒らす。


 示し合わせる事もなく、互いの唇が引き寄せ合う。


 「────くっ!」


 「あ……」


 触れる直前、正気を取り戻した幸隆が綴にうなじに手刀を入れて綴を気絶させ、間違いを回避することに成功した。


 「やっべぇ……」


 しかし、それでも幸隆の獣が収まったわけではない。


 今でもそこの女を襲えと本能が訴えている。


 少しでも気を抜けば、気を失っている女を襲うことになってしまう。


 そんなこと幸隆は絶対に許す事ができない。


 「なにか、食いもん」


 懐を必死に探すが当然ない。


 バッグの中にも欠片もない。


 自然と眠る綴に視線が行く。


 意識的に逸らしても気づけば視界の中心に、眠る綴を持ってきていた。


 徐々に本能が体の主導権を握り始めていることに気付いて、幸隆の焦りが頂点へと昇った。


 そろり、綴に一歩近づく。


 そろり、また一歩女に近づく。


 視界に留め続けているのは女の肢体。


 華奢ではあるが、柔らかそうな肉と張りのある肌は男を誘う様に上気している。


 幼さの残った眠り顔。


 起伏の小さいなだらかな胸。


 捲れて覗く縦割れの可愛いらしいお臍。


 動きやすさを重視した短めなパンツはそのカモシカのような足を存分に露出させている。


 男を惑わせるとはこのことだ。


 血走った眼を走らせる幸隆。


 本能に身体の支配を半ば奪われながらも、何か食うものはないかと探し続けている。


 歯を噛みしめるも、身体は綴を覆う様にして覗き込み、もう襲う一歩手前だ。


 思考が完全に呑まれそうになったその時、視界の隅に何かが蠢くのが見えた。


 ベッドの下から、ピンク色の何かが這い出たのだ。


 (あ、ゼリー)


 残る理性をフル動員して幸隆はそれに飛びついて鷲掴みにすると持ち上げ、その場で食い散らかした。


 ばしゃばしゃと液体があっちこっちに飛ぶがお構いなしに貪り、遂に全てを平らげた。


 「ふぅぅうぅうう。危なかったぁぁああ!!」


 それなりの大きさだったため、腹がかなり膨れ、それに伴って性欲も鳴りをひそめていく。


 かなりマズイ状況だったが、何とか事なきを得た。


 「……ん?あれ、なんでオレ横になって」


 気を失っていた綴が目を覚ました。


 「なんか変な夢見てたような……」


 幸隆のスキルの影響がなくなったため、綴も普段通りに戻ったようだ。


 「お、おう。お前ゾンビを見た途端()()に気を失ったもんだからよぉ。びっくりしたぜ」


 「そうだっけ?確かに……ゾンビに……でもその後なんか」


 思い出そうとする綴に幸隆が焦る。


 しかし、それも綴の悲鳴にかき消された。


 「な、な、なんでオレの服こんなことなってんだぁ!」


 服だけ溶かすスライムを食べ散らかしたその食べかすが、綴の服にかかり、ところどころ肌を露出させていた。


 かなり煽情的だった。


 「って、おっさんも!ほぼ全裸じゃねぇかよ!!」


 大切な所を覆う部分を残して、ズボンは溶けて無くなり、上着も前の部分の下半分がなくなってしまっていた。


 「やっべ」


 「オレに何しようとしてたんだ!!変態!!!」


 「違うぞ!?」


 しばらく幸隆は弁明に時間を要することとなった。

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