55.珍しくヒモの緩い幸隆くん
幸隆たちは探索を切り上げて、ギルドへと帰還していた。
パーティーの雰囲気は暗く、足取りも重い。
信頼を寄せるパーティーの支柱である桃李の心的な問題が、予想よりも深刻だという事が露呈したからだ。
後ろの二人を守る前線の一人、特に体を張って守る役割の桃李が、自分の身すら守れないとなるとパーティーは機能しなくなる。
最悪、豚鬼の目に射貫かれて動けなくなった桃李は豚鬼に横を素通りさせかねない。
そうなれば、脆弱な後ろの二人は成す術もなく殺されてしまうだろう。
一瞬でパーティーが壊滅しかねない致命的な問題だった。
「まぁ、そんなに落ち込むなよ。誰だって困難にぶち当たることくらいある。ゆっくり解決の意図口を探せばいいさ」
──────特にあんな事があったんだからな。
幸隆はそう言いかけてその言葉を飲み込んだ。
今の桃李に当時を思い出させるようなセリフを今ここで言うのもどうかと思ったからだ。
「ありがとうございます。だけどお恥ずかしい所をお見せしてしまいました」
桃李の様子は表面上では平気なようにも映る。
しかしそれが空元気なことくらいは幸隆であってもわかる。
「そうだぜ、あんな奴桃李ならすぐにやっつけられるって」
「あれから初めてだから仕方ないよ桃李ちゃん」
「……無理しなくていい。ゆっくり行こう」
三人が幸隆に続いて桃李を慰める。
彼女たちも豚鬼に対して恐怖はあったが、直接的に被害を受けた桃李に比べれば心的なダメージは小さく、励ます余裕があった。
同じ女性として彼女の抱える辛さを理解しているからこそ、桃李を責めることはしなかった。
落ち込んでばかりでも仕方がない、五人は精算をするためにとりあえずフロントへと向かった。
「探索活動を再開されたのですね」
「はい。正式にパーティーを組んだ相棒には休業されちゃいましたがね」
声を掛けたのはフロントの受付嬢────夜神楽 巴だ。
彼女は幸隆の周囲にいる四人を見て、幸隆へとジト目を向ける。
「随分と綺麗どころに囲まれているようですね」
「桃李のパーティーに間借りさせて頂くことになりまして、一人で活動するのも危険ですし……どうして驚いた顔をするんですか」
「いえ、常識的な事を聞いたものですから」
接客業としてその歯に衣着せぬ物言いはどうなのだろうと思うが、幸隆は特に気にする様子はなかった。
なにせ、本心から言ってる訳ではなく、たまたま機会があったから同行しているだけで、それがなかったら今頃六階層を一人で暴れているか、下手をしたらその下の階層で活動している自覚が幸隆にはあったからだ。
なにか言い返せば墓穴を掘りそうで怖かった。
五階層での魔物の素材と魔石、そして六階層で複数体倒した大醜鬼のそれらと豚鬼のドロップ品を換金に出す。
流石に五階層以降での成果はそれまでのものと比べれば金額が大きく、特に大醜鬼と豚鬼の報酬はそれだけで幸隆の、イレギュラーを除いたこれまでの稼ぎの累計に近かった。
パーティーでの活動であるため、それを等分することを考えればそれほど大きな金額ではないが、それでも一回分の稼ぎとしては十分だった。
(しかも今回俺は働いていないしな)
幸隆の働きは索敵と桃李を助けた際に倒した豚鬼一体分だけだ。
幸隆本人はほぼほぼ働いたつもりがない。
幸隆がそう思っていると桃李が幸隆の側に立って言う。
「今回の報酬は全部本堂さんが受け取ってください」
「は?何言ってるんだ。俺は殆どなにもしちゃいないだろ。魔物を倒したのは豚鬼以外全部お前らだぞ」
受け取っても豚鬼一体分のお金だけだと考えていた幸隆であったため、桃李のその提案に驚いた。
「本堂さんの索敵能力があったから僕たちは今回楽に戦う事ができました。それに、本堂さんがいなかったら僕は今頃帰って来れてないですから。護衛代と、助けてくれた謝礼金だと思ってください」
幸隆は考え込む。
自分的にはなにかしたつもりはないし、桃李を助けたことも臨時とはいえ、同じパーティーとして当然のことで、お金をより多く貰うための行動ではないのだ。
しかし金欠なのもまた事実。
幸隆は自分の信念と欲望を天秤にかけて、揺れ動くのが止まるのを待った。
「う~む。しょうがない、今回は甘えさせてもらうか」
幸隆の天秤がかたんと欲求の方へと傾いた。
パーティーリーダーの桃李からの提案だ。
そう無下にすることもない。
他のメンバーにも大きな不満はなさそうにも見える。
ふむ、あまりお金には困っていなさそうだ。
幸隆はそんな風に桃李たちの財政状況を羨んだ。
「本堂様の口座に全て振込でよろしいですね?」
巴の確認に頷いて少し、幸隆のスマホが通知を鳴らし、確認すると幸隆の銀行口座に今回の報酬が丸まる振り込まれていた。
イレギュラー解決時の報酬ほどではないが、それでも一つのパーティーが稼いだ金額だ。
決して小さな額ではなかった。
正直、年下から全額を受け取るのは気が引けるものだが、頑として首を振りそうにないのだからしょうがない。
「ヒモですね」
後ろからぼそりと冷たい声がした。
振り返ると巴が氷のような目をした巴がいた。
「女性ばかりのパーティーに引っ付いて、お金は全て貰う。……これはヒモですね」
「やめてくださいよー。事実の羅列に俺の心が軋んでる」
いつにも増して冷たい巴の様子に幸隆の口が引きつった。
しかし彼女の言っていることは幸隆にしても完全に同意なので何も言い返せない。
その言葉に桃李が少しむっとした表情をするが、あまり気にしないほしいと幸隆は思う。
ギルドの人間と関係を拗らせるのは流石に面倒だ。
気を取り直すため幸隆は兼ねてから考えていた事を提案する。
「よし!お前ら。この間の約束を覚えているか?」
幸隆の問いかけに一同はぽかんと首を傾げるもすぐに顔を明るくした綴がやったぜ、と指を鳴らして喜ぶ。
「一杯奢るって話だな!おっさん!」
綴の元気な声に周りの人間も振り返る。
綴たちの姿を認めて、むさ苦しい男たちがざわめき始める。
まるでアイドルを見つけた雑踏の人間のようだ。
「あぁ。その通りだ。高い酒飲ませてやるよ」
「やりー!」
「アタシお酒にはちょっとうるさいよ?」
お酒と聞いて声を出して喜ぶ綴と、まんざらでもなさそうな千秋。
「いいんですか?」
「もちろん。約束だからな。約束を果たせないんじゃ男が廃る」
幸隆がそう言うと安心したように笑う桃李。
「……」
しかし、一人だんまりを決め込むメンバーが一人。
「お前は酒は苦手か?」
翠がちらりと受付嬢の方を見た後に答える。
「……飲めない」
下戸か。
静かに答える翠はどうやらお酒が苦手らしい。
なぜ巴の方を見たのか幸隆には理解できないが、それならそれで美味しいものでもたくさん食べてもらおうと決める。
「よし、もちろん酒一杯だけしか奢らないなんてみみっちいことは言わない。翠も満足いくだけ美味しいもんの甘いもんもたらふく食ってくれ」
歓声が上がる。
主に綴から。
「それが俺からの些細な礼だ」
幸隆はギルド近くの探索者御用達のお店に連れて行くことに決めた。




