52.リーダーの覚悟と手腕
東京ダンジョン第五階層。
幸隆を新たな加えた桃李たちは二体の大蜘蛛と戦闘を繰り広げていた。
その戦いに幸隆は加わらず、後ろで見守っている。
戦果の報酬は等分だと言っていたが、働かずにお金を得ていいのだろうかと幸隆は悩んだ。
一応、後ろから乱入が無いかを見守る役目もあるのだが、それも建前上の物でしかなく、桃李たちの本音は別で、幸隆が参戦すると戦いがすぐに終わって自分たちの成長に繋がらないためだ。
豚鬼討伐を掲げる桃李たちにとってこの階層での経験値稼ぎは重要な場面なのだ。
それを幸隆もなんとなく理解しているため、出しゃばる真似はしない。
しかし、桃李たちの戦闘を見るにマージンは取れていそうな強さに感じる。
前回、戦闘した豚鬼はイレギュラー下での強さであり、従来の強さではない。
普段は豚鬼を雑魚扱いしているはずの杏ですら、複数体を相手取ると守勢に回らなければならない相手と化していた。
あの豚鬼が脳裏に焼き付いて離れない桃李たちは、無意識下で心理的にマージンを取ることを選んでいる。
それもトラウマの結果だと言えた。
「動き止めた」
「あぁ!僕が止めを刺す!」
翠の魔術に足を焼かれ、機動力を奪われた大蜘蛛に致命的な隙が生まれる。
桃李は経験上、このタイミングで翠が大蜘蛛の脚を食い止めることを知っていた桃李がそれを見逃す筈もなく、一拍も置かずに距離を詰めて長剣を大蜘蛛の口に突き刺して止めを刺した。
最後の一体を倒した桃李たちは戦闘終了に息をついてそれぞれが幸隆へと振り返る。
「どうでした?本堂さん。僕たちの連携」
「あぁ、見事なものだったと思うぞ。杏としか経験ないから、俺からアドバイスなんてのは出来ないが、素人目から見ても凄かったと思うぞ」
幸隆の場合、杏が一方的に合わせてくれていたため、本当に連携のれの字も分からないが、それでも桃李たちの動きに無駄は無く、スムーズな戦闘を繰り広げていたかのように幸隆の目には映った。
少し誇らしげな様子に幸隆は素直な感想を言ったつもりだが、言われた当の本人は少し複雑そうな顔をしていた。
なにが不満なのだろうかと幸隆は首を傾げるが、すぐに表情を取り戻した桃李が笑顔を浮かべたため、その疑問もすぐに頭の中から消え去った。
「杏さんが羨ましい……」
ぼそりと呟かれた一人ごとに他のメンバーが何か言った?と反応するが、それを幸隆の地獄耳はきちんと聞き取っていた。
(杏が欲しいのは分かるが渡すつもりはないぞハーレム野郎め)
あんなに大金を叩いてまで正式パーティーへと漕ぎつけたのだ。
幸隆に貴重な戦力を桃李に明け渡すつもりなど毛頭なかった。
まぁ、勘違いなのだが。
「もうそろそろ、六階層に進んでもいいんじゃないか?正直お前らこの階層の魔物相手だと物足りないだろ」
幸隆がそう言うと、パーティーのメンバー全員が黙り込む。
大抵が沈痛な面持ちを浮かべていた。
「無理して進むことは無い。急いで強くなる必要もない……私たちは今のままでも十分」
一人、飄々としていう翠に桃李が何かを言いた気だが、フラッシュバックする豚鬼の醜悪な姿にそれを飲み込んだ。
二の足を踏んでいるのがよくわかる。
「それじゃ、ダメだろ!今ここで克服できなかったら一生オレたちはここから奥へ進めなくなるぞ!」
しかし、それに綴が強く反発。
勝気な彼女は今の自分たちの現状に嫌気が差しているようだ。
「翠。事前に話した通り、僕たちは諦めない。本堂さんの言う通り、僕たちは第六階層でやるだけの実力が既にある筈なんだ。それをせずにいるのは怠慢だ。僕たちはもっと上を目指す。目指せるのなら進むべきで、成すべきだ。後は心の問題……」
一番心的外傷を受けているのは桃李だろう。
他の三人は死の際には立たされたが、直接的に辱めを受けたわけではないからだ。
その身を豚鬼の指に、舌に辱められた桃李の精神的なダメージは彼女たちの比ではない筈。
それでも桃李に宿る探索者としての魂の火が消えることは無い。
生来、向上心の高い桃李は、上へと上がれるなら全力で駆けあがる、そう言った性質の持ち主なのだ。
その強い覚悟に、翠の表情が陰る。
「翠は、あいつらが怖い?」
桃李が翠へとゆっくりとした足取りで近づき、優しく声をかける。
その言葉に翠はゆっくりと首を振る。
彼女の中にある豚鬼に対する恐怖心は薄い。
彼女が抱く恐怖はまた別の所にあった。
「翠は強いね、それに優しい。でも僕は、僕たちは大丈夫だよ。絶対に克服して見せるし、もうあんな奴らになんか負けないから」
そう言って桃李は翠の頭を優しく撫でる。
それを目を瞑って受け入れる彼女の様子は見た目相応で、まるで兄と妹のようですらあった。
「わがまま言ってごめんなさい。私も頑張る」
覚悟を決めた様子の翠に桃李は満足して頷くと、幸隆へと振り返る。
「ごめんなさい、本堂さん。変な所をお見せして。でももう大丈夫です。僕たちは次に進みます」
柔らかい優男の表情から一転、戦士の顔になった桃李に幸隆は目を丸くして見入っていた。
あれだけの凌辱に、仲間のピンチに、恐怖に抗い、そして仲間を想う優しい彼女を優しい声色で、しかし、強い覚悟を持って説き伏して、今パーティーを一丸に纏めた男の手腕に、幸隆は尊敬の念と感嘆を持って──────
(これがハーレムの主の手腕か!!)
とかではありませんでした。
とにかく五人は六階層に進みます。
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