49.結成早々
「ごめんなさい」
スレンダーなモデル体型の美女が幸隆に向けてその長い髪を垂らして頭を下げていた。
この数日、幸隆は自分に新たに生まれてしまった厄介なスキルとの向き合い方を探るため、休養も兼ねてダンジョン探索を休んでいた。
そして遂にダンジョン探索再開を杏と二人、正式なパーティー結成という事で張り切って行おうとしたその矢先、相棒の杏本人が人の往来の中、突然謝り出したのだ。
ギルドの近く、只でさえ人目を惹く容貌の彼女が体格の良い男を前にして深く頭を下げるその光景は、少し風聞が悪かった。
ひそひそと周りから何やら噂をされているような声が幸隆の耳に聞こえてくる。
──────カツアゲ?
──────きっとヒモよ
──────別れ話か?ざまぁ
──────あんな綺麗な人があんな奴と付き合うか?告白を断られてんだよ。どっちにしろざまぁ
散々な言われようだった。
幸隆の額に青筋がたった。
野次馬根性の男女の顔をちらりと見て顔を覚える。
よし、ぷげらしている男の顔はばっちりだ。
機会があったらぶん殴ってやる。
幸隆は心の鬼籍(予定)台帳に似顔絵を書き留めておいた。
「……本当にごめんなさい。あんたが怒る気持ちも分かるわ。あれだけの金額を渡しておいてその相手がしばらく探索に出れないと言えば、恩を仇で返された気持ちよね」
申し訳なさそうに伏し目がちな彼女に意識を向け直す幸隆。
そう言えば今は彼女が突然休業宣言してきてぽかんとしていたのだったと幸隆は本題を思い出した。
彼女は幸隆の様子を自分のせいだと勘違いしていた。
半分くらいは紛らわしい彼女の振る舞いと無駄に人目を惹く容姿にあるのだが、それはまぁいい。
「今回の支払いはあれで滞りなく済んだんだろ?」
幸隆は勘違いさせまいと様子を取り繕い話に戻る。
「えぇ、メッセでやり取りした通り、支払いはキッチリと済ませたわ。あいつらのキョトンとした顔がとっても気持ちよかったわ」
「それ以外になにか問題が起きたのか?」
彼女の家の問題。
正確には養護施設の問題か。
色々と複雑な事情を伺える彼女の背景に幸隆が理由を聞く。
「……その、養母がね。あまり無理をするなって、怒るのよ……」
気まずそうに話す彼女に普段のクールさは無い。
それどころか気恥ずかしそうに少し頬を赤らめて話す彼女は少女の様にも見えた。
怒る?
何に対して怒られたのだろうかと幸隆が疑問に首を傾げる。
「お金を渡した時にね、こんな大金どうしたんだって聞かれてね、その時はつい貯めてたお金だって嘘ついちゃったんだけど……その、誰かから私とあんたがかなり無茶して手に入れたお金だって聞いちゃったらしくて、それでかなりご立腹で……命を放り出すような真似をするなって」
「そりゃそうだ」
聞けばもっともな話だった。
血の繋がりは無いとは言え、養護施設を必死に守るような女性だ。
家族の関係性に関係なく愛情の強い人なのだろう。
そんな愛する娘が命を落としかけたと聞いたら真面な親御さんなら怒るに決まっている。
幸隆はその養母が半ば強引に娘である杏を引き留めて、休ませようと考えるのも納得だった。
あわよくば探索者を引退させようとするかもしれない。
今回の杏の被害を知ったら彼女の養母はそれこそ血相を変えて彼女に今の仕事を辞めるように言うかもしれない。
最悪な結果にはならなかったが、未遂として片づけるのは少し軽い。
それだけ豚鬼のやったことは女性に対する酷い冒涜だった。
「だから養母が落ち着くまで私はあんたと一緒にダンジョンに潜れない。ごめんなさい」
彼女が再び頭を下げた。
幸隆は彼女の置かれる状況を理解した。
家族思いなのは養母の一方通行ではない。
彼女もまた育ってくれた養母を実の親の様に愛している。
だから養母のいう事を素直に聞くというよりも、その養母の心配や不安を宥めたい、悩ませたくないという理由で養母の側にいることを決意したのだろう。
とても立派なことだ。
幸隆は彼女の事を理解し始めていた。
一見人を寄せ付けないような氷のような冷たい雰囲気とそれに伴う言葉と態度を時折周りの人間に見せるが、彼女の根っこは非常に優しい面倒見のいい性格をしている。
その彼女のパーソナリティを形作ったのは他でもない彼女の養母なのだろう。
幸隆はなんとなくそんなことを考えて、
「気にすんな。俺の必要な額なら俺一人でもなんとか稼げるから。お前はお前で大事なお母さんを安心させてやれよ」
最近はエンゲル係数が跳ね上がってその分家計が火の車なのだが、それは彼女には言えない。
六階層で稼げる金額を指折り計算して生活費を含めた支払い分を賄えるかを数え始める幸隆。
しばらくは大丈夫そうだ。
杏が顔を上げる。
申し訳なさそうな顔から意志の強い顔へ、そして言う。
「だけど安心しなさい。私は探索者を辞めたりしないから、絶対に」
彼女のはっきりとした言葉に幸隆が彼女の顔を見る。
「お、おう。まぁ探索者ほど稼ぎの良い仕事は早々ねぇもんな。そりゃ、まぁ」
「いいえ。稼ぎが良いのは確かで私もそれに縋っているのはもちろんだけれど、約束だから」
幸隆は先日彼女にお願いしたことを思い出す。
そう言えば、一度手に入れた大金をかっこつけてあげてしまった焦りと喪失感により、彼女に何か約束を取り付けてしまっていたことを幸隆は思い出す。
その場の勢いで何か約束を取り付けたが幸隆はよく覚えていなかった。
その後のレバーに突き刺さった杏の重いパンチを受けてその記憶がスポンっと抜け落ちてしまっていた。
なんかお金を補填するような約束だった気がするが。
「……ちょっと、まさか自分で言った約束を忘れた訳じゃないでしょうね」
じとーっと睨んでくる彼女の目が怖い。
あの時の見事なボディブローを思い出して冷や汗が流れた。
少しトラウマだった。
「い、いやー、まさか……」
「はぁ、まったく……ほんとにそう言う所だらしないわよねあんた」
「す、すみません」
嘘は吐けないと幸隆は諦めて白状した。
たじろぐ幸隆の様子を見てニヤリと口角を上げて杏が笑う。
「自分で言ったことなんだから、これからは良く覚えておきなさい」
杏が人差し指で胸を突くようにして約束を諳んじる。
「貴方が言った約束は──────俺とずっと長くパーティーを組んでくれ──────そう約束したのよ」
ニコリと明るく笑う杏。
悪意など無い屈託のないその笑顔がなぜか幸隆にはちょっとだけ怖かった。
「俺そんな約束したっけ──────あ、はいそういえばそうでしたね。そんな事言った気がします、はい…………???」
そうだったっけ?と自分が杏に取り付けたという約束の言葉に違和感を覚えて幸隆は疑問符を複数頭の上に浮かべた。
そんな聞く人が聞けば少し血の気の多い探索者ならではのプロポーズに聞こえなくもない恥ずかしいセリフを自分が言うだろうかと記憶を掘り返すが、残念ながら手掛かりになるようなものは思い出せない。
しかしそんな穿った考え方をせずに素直に探索者稼業として考えれば長くビジネスパートナー契約を結んでくれと捉えることが出来る。
杏ほどの実力がある探索者を新人探索者でしかない幸隆が確保できる機会などそう滅多にあるわけではない。
その絶好の好機をあの金額で買った、約束させることができたと考えればむしろ安いのではないだろうか。
そう、投資だ。
中級探索者、将来の上級探索者への投資。
それは彼女にとっても同様。
幸隆自身も有望な成長株なため彼女自身にも大きなメリットがある話なのだ。
幸隆は自分があの時一瞬でそこまでの考えに辿り着いていたこと自分で驚いていた。
「思い……だした!そうだったな!二人の将来のことを見据えた良い約束だ!!」
(俺ってやっぱり頭良いな!)
「えぇ、思い出してくれて嬉しいわ」
(ほんとにバカで良かったわ)
「HAHAHA!」
「フフフ」
二人が同時に笑いあって杏の休業の話し合いは終わりを告げた。
「それじゃあ、また今度ね」
「おう、親孝行してこいよ」
そう言葉を交わし合い二人は別れる。
養母の下へと帰っていく杏の背中を見送る幸隆は振り返ると、急いだのか少し息を切らすハーレムパーティーのイケメンリーダー、安土 桃李が後ろに立っていた。
「本堂さん……」
気を遣うような暗い表情だ。
しかしどこか嬉しさを抑えきれないような表情を幸隆はそこからくみ取った。
「どうしたんだ?そんなに急いで」
ついこの間助力を貰ったばかりの桃李に対して幸隆の好感度はとても高い。
それがハーレム野郎でもだ。
強面よりの顔を必死に人当たりのいいものに変えて笑顔でどうしたのかと聞く。
「本堂さんが……綺麗な女性にフ、フラれてる……って聞いたので、慰めようかと」
おどおどとしているがその顔は赤く、ちょっと口が緩んでいた。
「あ゛ぁ゛?」
この短い間にあらぬ噂が広がっていたらしい。
幸隆は声にがなりを効かせて思う。
こいつ煽ってんのか?と。
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