幕間2.質疑応答その後
東京ダンジョンに受付嬢として配属されている夜神楽 巴は一組の男女が部屋から出ていくのをお辞儀をして見送り、そして溜息を吐いた。
「厄介なことになりました」
二人が出て行った扉を見つめながら、事態の重さを憂う。
巴は自分が考えても仕方のないことを頭の片隅に追いやって、テーブルに置かれたお茶とお茶菓子の袋をトレイに乗せて片づけ始める。
綺麗に飲み干されたティーカップと一切口を付けていないティーカップ。
「綺麗に召し上がるのですね」
空になったカップを見て意外に思う巴。
空のカップは幸隆の物で、口を付けていない方のカップは杏の物だ。
「嫌われたでしょうか」
出されたものに一切口を付けなかったのは警戒心の表れだろうか。
巴自身も損な役回りだと思う。
ダンジョンの治安を取り戻すことに貢献した人物に疑いを掛け、脅しのような真似までしてみせたのだ。
命を張った本人たちからしたら決して気分のいいものではなかっただろう。
「他のみんなはやりたがらないですし……」
別に彼女達は探索者に嫌われるような役回りを避けたいというわけではない。
単純に探索者という人種が嫌いなのだ。
巴もその気持ちが中途半端に理解できる分、強くやれとも言えず、結果的に自分にお鉢が回ってきたということだ。
巴は思い出す。
本堂幸隆を見た際の事を。
(大きさに変化はありませんでした。報告から推測される彼の強さからしたら通常は考えられない大きさ。しかしどこか活発になっている印象を受けました。それが何か関係しているのでしょうか……なにより、嫌な臭いがしたような)
巴は幸隆の中にある魔力の種に変化が見受けられない事を訝しんでいた。
通常、ダンジョンの魔物を倒す度に塵を吸収し、探索者の魔力の種は成長を見せる。
そしてそれが身体能力や五感の強化、【スキル】の発現に関わってくるのだ。
要は、幸隆のレベルと実際の強さに乖離が見られるという事だ。
何らかのユニーククラスの可能性はあるが、外から見る事しかできない巴にはそう言った推測しかできないでいた。
「彼らは彼の事をどう見るのでしょうか」
巴は滅多に顔を出さない上級探索者たちの顔を思い浮かべた。
同族の彼らは、彼をどう判断するのだろうか。
しかし思い浮かべた彼らの顔に少し気分が落ち込み、これ以上考えるのをやめた。
しかし、差し迫る問題はそこではない。
差し迫る問題は──────
「先輩、まだこんな所で油売ってるんですか?早くフロントに戻ってくださいよー。六階層が解放されてから制限中に満足に稼げなかった探索者たちの揺り返しで忙しいですよー」
巴の後輩が扉を開けて文句を垂れてきた。
男好きしそうな小動物系の顔を困り眉にしてあざとさを醸し出している。
同性の巴にそんなあざとい表情をしても効果はないが、癖になっているのだろう、彼女は普段からそんな感じだ。
巴は彼女が小動物系とかいう可愛らしいカテゴリーに属していないことを知っている。
カテゴライズするなら彼女は計算高い小悪魔系と言ったほうが正確極まりない。
その分、同性からは嫌われやすい傾向にあるが、巴にとっては可愛い後輩だった。
しかし、それとこれとは話が別である。
巴は上からのお鉢を片付けて、これからその詳しい報告書を作成しなければならないのだから。
今回の問題が問題なだけに、ダンジョン関係の業務よりも優先との通達を受けている。
巴に通常業務に戻る暇はないのだ。
「すみませんが、今回の聞き取りを報告書に纏めて上にあげないといけませんので、今のところ私はフロント業務には戻れません。そのことは朝礼でもお話があった筈ですよ」
世話のかかる後輩に優しく教える巴。
幸隆に対しては普段少し冷たいが、同僚に対しては口調が柔らかい。
後輩は分かりやすくぶすーっと頬を膨らませて不機嫌を訴える。
普段はもうちょっと大人しい彼女がここまで不貞腐れるとは、フロントは地獄の有様なのだろう。
しかし、接客業の大変さを彼女に体験させるいい機会かもしれない。
「上の方々が目を通す報告書です。不備があってはいけませんので、しっかりと作り込まなければいけません。そうなると今日の私は就労時間ギリギリまで報告書の作成にかかりっきりとなるでしょう。ですので他の先輩方の力を借りて頑張るのですよ?きっと貴女の成長に繋がりますから」
普段から仕事を溜め込みがちで、マイペースに接客と事務処理をして探索者たちを待たせている彼女の事だ。
今回の件で効率よくフロントを回すためにはマニュアル通りの接客と、隙間時間にこまめに事務処理を熟す大切さを身に染みて学ぶことができるだろうと、巴は考えて小さく微笑んだ。
「あー!その顔は先輩風吹かせていい事言った風で本当は忙しいのが嫌なだけの人の顔じゃないですか!」
ぎくりと表情を一瞬固まらせた巴は、後輩の妙な鋭さにたじろいだ。
「先輩、嘘下手ですもん」
仏頂面の後輩は大袈裟に溜息を吐く。
「いいですよー。先輩の優しさに揉まれてきますよーだ」
そう言ってフロントに戻ろうと、扉を閉めようとしていた後輩が、閉まる直前に巴を見て言った。
「先輩は少し優しすぎます。私にも……探索者たちにも。あんまり感情移入しない方がいいですよ、先輩」
彼女はそう言って扉を閉めた。
その一言に巴の顔が曇る。
彼女の言わんとすることは理解している。
自分達と探索者は決して相いれない。
そうと理解していても、それまでは人として接して居たいのだ。
そして、それが難しくなるかも知れない彼女の顔を思い浮かべる。
彼女の中にある種は、十分な程に存在を大きくしていた。
(瀬分杏。このままいけば彼女は──────)
嫌は想像が頭から取り払われないまま彼女は仕事に戻った。




