9:とんでもないスケール
1月に行われたローレンス皇太子、護衛騎士のレイモンド、宰相の息子のグレアム、公爵家の次男デュークの4人一緒の誕生日パーティー。
これは……スケールがとんでもないものだった。
まず、会場が舞踏会も行われるホール。
天上も高く、豪華なシャンデリアがいくつも並び、壁には絵画が飾られ、花や彫像も並んでいる。ホールの半分にテーブルが並べられ、壁際に調理人がズラリと揃い、その場で料理したものを手渡してくれるようになっていた。
残りのスペースに楽団がいて、常時音楽を演奏し、時に異国の踊り子が登場し、華麗なダンスを披露している。オペラ歌手が登場し、有名な楽曲を聴かせてもくれた。
そして招待客も300人ぐらいいて、そこには子供より大人が圧倒的に多い。子供に付き添ってくる両親と、子供は招待されていないが、立場上この4人を祝いたい上流貴族が詰めかけた感じだ。
「正直、俺、おもいっきりおまけなんだよ。護衛騎士だぜ、俺。皇太子さまに仕える立場だから。お祝いも何もないのにさ。でも皇太子さまは『レイモンドも誕生日が1月なんだから』って言って。一緒に祝ってくれるんだよ。ホント、皇太子さまはイイ奴なんだ」
黒のセットアップを着たレイモンドが、私に声をかけてくれた。あまりにも人数が多く、誕生日パーティーが開始して30分が経ったが、私は4人の誰とも話すことができていなかった。ようやく話せたのがレイモンドだったというわけだ。
「皇太子さまにとってレイモンドは、本当の兄弟みたいなものだから。お祝いするなら当然一緒と思うのでしょうね。……本当は、受付で預けないといけないのだけど、直接渡してもいいですか?」
「もしかしてプレゼント!?」
頷くと、レイモンドの黒い瞳がキラキラと輝く。
付き添いできてくれていたベッキーに声をかけ、レイモンドのプレゼントを受け取り、改めて私から渡す。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、シャーロット! 開けてもいいのか?」
「はい」
するとレイモンドは嬉しそうにプレゼントを開ける。
「これは……笛か?」
「はい。レイモンドの故郷に伝わる古い楽器を再現したものです」
「へぇ~、シャーロット、俺よりも俺の故郷に詳しそうだな」
そこでニコリと笑ったレイモンドは。
「シャーロット、本当に、可愛いなぁ」
そう言って頭を撫でる。
「これ、吹けるようになったら、シャーロットに聞かせるからな」
コクリと頷いたところで、「いた~、シャーロットちゃん!」という声が聞こえてきた。見るまでもない。これはデュークだ。
「もう沢山の人がいるから。シャーロットちゃんを見つけるのも一苦労。見つけようとすると誰かに声かけられるし。あー、見つかってよかった」
デュークはアクアマリン色の明るいセットアップを着ている。かなり目立つ色だが、それでも人混みに埋もれてしまう。それだけ人が多いということだ。
私はベッキーにデュークに渡すプレゼントを受け取り、レイモンド同様、今渡していいかと確認をすると。
「勿論だよ! シャーロットちゃんからのプレゼントなら、直接受け取りたいに決まっている。大歓迎!」
イケメンスマイルのデュークは、プレゼントを持つ私の両手を自身の両手で包み込んだ。
「そ、それは良かったです。ではこちらをどうぞ。お誕生日おめでとうございます」
私の両手の甲から自身の手を滑らせるようにして、デュークはプレゼントを受け取った。
「ありがとう、シャーロットちゃん!」
デュークは受け取ったプレゼントをじっと見て尋ねる。「開けてもいいかな?」と。その答えは勿論、イエスだ。
鼻歌交じりにプレゼントを開けたデュークは「これは!」と顔を輝かせる。
「香水だね、シャーロットちゃん。美しい瓶だ、これは。香りは……」
繊細な瓶だったので、注意深く蓋を開け、少しだけ鼻を近づける。
「……いい香りだ。フレッシュで爽やかな香り……。これは多分、時間が経過すると甘い香りに変化するのかな。こんな素敵な香水をプレゼントされたら、大人の階段を上った気持ちになりそうだよ」
そこでデュークが改めて私を見た。
「シャーロットちゃん、ありがとう!」
抱きつかれる!と焦った瞬間。
私の体はその寸前で、デュークから離れていた。
腕を掴み、ぐいっと引き、デュークの熱い抱擁の餌食にならないよう助けてくれたのは……グレアムだった。
「まったく。シャーロット。デュークに香水なんて、鬼に金棒です。香水をつけ、『シャーロットちゃんにもらった香水をつけたよ。かいでみて』とか言って近づき、抱きしめる魂胆ですよ」
グレアムの指摘に「なるほど!」と思い、私は青ざめる。とんだものをプレゼントしてしまったと。
「でも私のそばにいれば。守ってあげますけどね」
冷たい口調だが、言っていることはイイ人!
「なるべくグレアムのそばにいます」と応じると、「当然の判断です」と冷たく返事をしているが、顔は嬉しそうだ。すかさずそこでベッキーからグレアムに用意したプレゼントを受けとる。
「誕生日プレゼントをここで渡しても大丈夫ですか?」
「受付で預けろと指定しているのに。そんなに私に直接渡したかったのですか。まあ、嬉しいですけど。受け取りましょう」
冷ややかな口調だが、嬉しいし、受け取ると言ってくれている。それを確認できた私は、それでもおずおずと「お誕生日おめでとうございます」と言ってプレゼントを手渡す。
ツンとした様子で私からプレゼントを受け取ったグレアムだったが……。包みを見ただけで、それが何であるか分かったようだ。「開けさせていただきます」と独り言のように呟き、ラッピングを解いていく。
「これは……!」
グレアムは。街を散策した時に知ったのだが、カレイドスコープ好きだった。だから最近入荷したばかりの新作カレイドスコープをプレゼントしたわけだが……。
「シャーロット、君は……。こんな素晴らしいプレゼントを用意するとは。よっぽど私のことを……」
冷ややかな口調なのに、感動しているというちぐはぐなグレアムの反応には、苦笑するしかない。レイモンドも「嬉しいのか不機嫌なのか、どっちかにしろよ」と呆れている。それに対して「うるさいぞ!レイモンド」と口調は不機嫌だが、顔は笑顔だ。つまりは……嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう。
「……私達にプレゼントを直接手渡したということは。当然、皇太子さまにも直接渡すつもりですよね?」
レイモンドが深みのあるグリーンの瞳で私を見た。
うっ、これは怒られている!?と思ったが。
「皇太子さまはひっきりなしで人に囲まれ、身動きがとれない状態ですが。いいでしょう。レイモンドに皇太子さまを連れ出させましょう」
「!? えっ、俺!? その役目、俺!?」
グレアムに名指したされたレイモンドが、目を白黒させている。
「え、そんな、無理をさせなくても」
慌ててそう言うと、グレアムが首を振る。
「私達が直接手渡しでシャーロットからプレゼントをもらい、皇太子さまだけ、手渡しではないなんてこと……あってはなりません」
ビシッと冷たく言い切るグレアムは。口調は冷たいのに、背後にゴゴゴゴゴッと炎が燃えているように思えてしまう。
こうして。
10分後、庭園のガゼボ(東屋)にローレンス皇太子をレイモンドが連れてくることになり、私はそこへ会いに行くことになった。