8:すっかり忘れていた
「シャーロット、お誕生日、おめでとう!」
クラッカーのパン、パンと弾ける音。
その後に続く楽団の演奏。
ダイニングルームの入口で、驚いて立ち尽くす私を拍手とクラッカーで迎えたのは、両親と二人の兄、弟、そしてローレンス皇太子、護衛騎士のレイモンド、宰相の息子のグレアム、公爵家の次男デュークだ。
私、誕生日だったのか……!
前世で80歳まで生きた私は。前前世と比べ、誕生日に疎くなっていた。もはや自分の年齢が何歳かなんて、前世では60歳を過ぎたあたりから、気にしなくなっていたのだ。その感覚が今も残っていて、この世界で覚醒した後も、誕生日は両親に「シャーロット、そろそろ誕生日だね」と言われるまで、いつも忘れていたのだ。そして今回も……そうだった。
でもまさか、今日だったとは。
しかもあの四人がいるなんて。
え、でもローレンス皇太子は用事があるのではなかったのか……?
「さあ、シャーロット、席について。今日は皇太子さまの計らいで、宮殿から料理人を数名、招いているんだよ。我が家の料理人とコラボして、スペシャル料理を用意してくれている」
父親のこの言葉に、私の顔は自然と輝く。
そこからはもう……夢のような時間だった。
楽団が生演奏をする中、宮殿で食べるような豪華な料理が次々と登場する。
その料理に舌鼓を打ちながら、デュークが手配したマジシャンの手品を楽しんだ。グレアムが招いた歌手の映しい歌声に酔いしれた。レイモンドが母国から呼んだ芸人たちの、ナイフ投げや炎を口から吹き出す豪快なショーに歓声を上げる。
もう前前世のエンターテインメントレストランに来たみたいだ。
興奮冷めやらぬ中、バースデーケーキが登場した。部屋の明かりが消され、ロウソクに火が灯される。楽団がバースデーソングを演奏し、皆が歌う中、私はロウソクの炎を吹き消した。一斉に拍手が沸き起こる。
その後はケーキを切り分けてもらい、そのケーキを私が一人一人に配った。するとそのケーキを受け取ると、皆プレゼントを渡してくれる。ケーキを食べながら、みんなにもらったプレゼントを開封した。
両親からのプレゼントは、巨大なクマのぬいぐるみと美しいドレス。二人の兄からは、綺麗な羽ペンとインクのセット、チョコレートの詰め合わせ。弟は自身が描いた静物画。
レイモンドは護身用になると宝石が埋め込まれた短剣、グレアムはオペラグラス、デュークは象牙の扇子。そしてローレンス皇太子は……すごい。こんなもの受け取っていいのだろうか。私は思わず両親の顔を見てしまう。両親も私が手元に持つ箱の中を見て、息を飲んでいる。
12歳の子供だったら「キラキラする宝石もらったよぉ~」とでも反応するのだろうが。何せ私は2度の転生経験者。見た目は12歳だが、中身は人生経験豊富なのだ。だからこれが何であるか分かってしまう。
間違いない。本物だ。
ピンクダイヤモンドとダイヤモンドをあしらったペンダントだった。
「皇太子さま、これは……子供へのプレゼントとしては、その……」
さすがの父親も驚いて言葉が続かない。
他のメンバーも、その輝きからとんでもない価値のものであると気づいたようだ。息を飲んでペンダントを見ている。ピンクダイヤモンドは希少性が高い。産出される鉱山の数も少ない。それがこの世界でも当てはまっているのなら。前前世の価値観で言えば……恐らくは800万相当の宝石だと思う。
「こうやってシャーロットの誕生日を祝うのは、わたしにとって、これが初めてのこと。初めての誕生日のお祝いなので、気合いをいれてしまいました。でもこれは贈り物ですので。受け取ってください。この宝石自体は皇族に伝わるもので、古いものです。それをリメイクしたものですから。正直、リメイク代は大したことがないです」
つまりは皇族で代々受け継がれるジュエリーをリメイクしたということか。それだったらお手頃価格なの? いや、アンティークとしての価値もありそうな気もするし、由緒正しい宝石だから、価値がさらに上がりそうだが……。
だがここで「受け取れません」とローレンス皇太子に恥をかかせるわけにはいかないと判断したのだろう。父親は私に御礼を言うように促す。本当にいいのかと思ったが、だからと言って受け取らず、突き返すわけにもいかない。ということで素直に御礼の言葉を伝える。
「皇太子さま。キラキラの綺麗な宝石、ありがとうございます」
一応、12歳っぽい御礼の言葉にできたと思う。
ローレンス皇太子はニッコリ天使のような笑顔を浮かべ「どういたしまして」と応じてくれた。
リメイク代しかかかっていないとはいえ、こんなものを贈るなんて……。
シャーロットはよっぽどローレンス皇太子に気に入られているみたいだ。
でもなぜ……?
レイモンドはカラスに襲われたあの日、私のことを「ローレンス皇太子の特別」と言っていた。でもあまりそこに深い意味を見出さずにいたが……。何か意味がありそうな気がする。それを知りたいような、知ってしまうと後戻りできないような、何か危うい怖さを感じてしまう。
あまりにも豪華なプレゼントの登場に一瞬シンとしてしまったが。
父親が合図を送り、楽団が演奏を始める。
ダイニングルームは、ショーもできるぐらい広さはあったので、そこで皆でダンスとなった。私が母親以外の全員とダンスをする趣向だ。
正式な舞踏会ではないし、皆、社交界デビューをしているわけではないが。最初のダンスはローレンス皇太子と私が踊ることになった。
音楽が始まると、ローレンス皇太子は笑顔のまま私をリードしてダンスを始めた。しばらくはローレンス皇太子も私も無言で踊っていたのだが。ローレンス皇太子が遠慮がちに声をかけてきた。
「シャーロットはダンスがとても上手だね。話ながら踊っても大丈夫かな」
「あ、はい」
ダンスは乗馬同様、早い段階から習っていたので、実は完璧だった。
「今日のサプライズ誕生日パーティーは楽しめている?」
「はい。とても楽しかったです。皇太子さまは用事があると聞いていたので、最初はここにいることに驚きましたが……。サプライズだと分かり、本当にビックリでした。これまでの誕生日は家族でお祝いしてもらっていましたが、マジシャンも歌手も芸人もいませんでした。こんなショーがあってダンスもあって、楽団の演奏もある誕生日は初めてなので、嬉しかったです」
子供らしい可愛い答えを返す。
「それは良かった。わたし達4人は……レイモンド、グレアム、デューク、実はみんな誕生日が1月なんだ。だから来月、4人一緒に誕生日パーティーをやるつもりだよ。シャーロットも来てくれる?」
みんな誕生日が1月。
その理由を私は知っている。
これは乙女ゲーム『ハピラブ』の運営さんの戦略だった。1月と言えばお正月。そしてお年玉。『ハピラブ』のプレイヤーは学生が多かった。そして学生はお年玉をもらえる。つまり1月は懐が潤っているということだ。そこで攻略対象の5人の男性の誕生日をすべて1月にして、5人まとめての誕生日イベントを行う。そこで課金させるという算段なのだ。
悪役令嬢である私、シャーロットの誕生日なんて、運営さんからすると、ぶっちゃけどうでも良かったのだろう。12月はクリスマス、年末とイベントには事欠かない。悪役令嬢の誕生日イベントなんてそもそもやるつもりはない。華やかなイベントが前面に出ることで、プレイヤーもそちらに気をとられ、悪役令嬢の誕生日など完全スルーだった。
ゲームではそうだったけれど。この世界では違う。今日は盛大に祝ってもらえることができた。前前世でもここまで祝ってもらったことはない。だから大満足だった。
そこで不安そうな顔でこちらを見る、ローレンス皇太子の碧い瞳と目が合う。誕生パーティーに来てほしいと誘ったのに、返事をもらえず、困っているのだと気づく。
しまった、つい、意識が余計なことに飛んでしまった。
来月の攻略対象の皆さんの誕生日。
勿論、祝わせてもらおう。
今日、これだけお祝いしてもらったのだから。
「皇太子さま。来月の4人一緒の誕生日パーティー、ご招待いただけるなら、私のできる精一杯でお祝いしたいと思います」
「……良かった。ありがとう、シャーロット。君のことは当然招待するよ。きっと他のみんなからも招待状が届くと思うから、必ず来てね」
「はい」
攻略対象には近寄らない――これは大原則なのだけど。
でも今日みたいにお祝いされてしまうと、「ノー」とは言い難い。
だから「イエス」の返事をした。
でもまさか、それが、後々あんなことにつながるとは……。
今の私は知る由もない。