5:チェリーパイ
「うわぁ、すんげー並んでいるぞ」
チェリーパイを販売するパン屋は見つかったが、そこには長蛇の列が出来ていた。アップルパイが主流だから、チェリーパイは珍しい。みんな一度は食べてみたいと思うのだろう。列をなしていた。
「このような状況での選択肢は、三つあります」
宰相の息子であり、頭脳派のグレアムが眼鏡をくいっとあげて、ローレンス皇太子を見た。
「まず一つ目。列に並ぶ。並ぶと言っても全員で並ばなくてもいいでしょう。1ホール買えば、全員で分けられますから。二人で並べばいい。一人だと暇です。二人ならおしゃべりもできますから」
妥当な案だ。
「二つ目は、権力に物を言わせます。警備の騎士に店主と話をつけてもらうのです。皇太子がチェリーパイを所望していると。そしてこっそり裏口から1ホールいただきます」
え、それは……。そんな腹黒い方法はダメでしょう。
「三つ目は、諦めます。宮殿のパティシエに頼めば、チェリーパイぐらい作れるでしょう。街の人の食べ物を、わざわざ必死に食べる必要はないというわけです」
う、うーん、これは微妙。でも確かに宮殿のパティシエでも作れるような気もするけど……。でもせっかく食べるなら、オリジナルのものを食べたいと思ってしまう。
グレアムのこの提案を聞いたみんなの反応は……。
デュークは「宮殿のパティシエに作ってもらうのは一つの手だよねぇ。貴族の僕達の口に合うよう、アレンジもしてくれそうだし」と答える。
護衛騎士のレイモンドは「まあ、別に権力に物を言わせるつもりはないけど、行列に並んでいる間に身分がバレるリスクもある。だったら店主に話をつけ、今日じゃなくても、後日、王室に献上してもらうっていう手もあるよな」と、護衛という立場を踏まえ、腹黒くない方法になるよう、グレアムの案をブラッシュアップしていた。
それぞれの意見も聞いたローレンス皇太子は……。
「チェリーパイを食べる――みんなその気分になっていると思うんだ。それに食べるなら発祥のお店のチェリーパイがいいよね。つまりこの行列ができているパン屋のチェリーパイを手に入れたいと思う。でも権力に物を言わすなんて方法はしたくないから、行列に並ぶことになる。とはいえ、レイモンドが言わんとすることも分かってしまう。わたしが並んでいると、警備上不安があるというのも納得できる。そうなると……。シャーロットはどう見ても貴族に見えてしまう。そうなると。わたしとシャーロットをのぞく二人に並んでもらえると助かるのだが……」
「でしたら並ぶのは私とデュークでしょう。レイモンドは皇太子さまの護衛です」
グレアムがきっぱりそう言って、デュークの襟首をつかむ。
こういう時、いつもグレアムはローレンス皇太子を第一で考える。そこはさすが宰相の息子、そして未来の宰相という感じだ。実際、80歳の私が前世で生きたこの世界では、グレアムはちゃんと宰相となり、皇帝になったローレンスを支えていた。
一方、グレアムに名指しされたデュークは……。
「えーっ、僕はシャーロットちゃんと一緒に……」
「頼んだぜ、デューク」
レイモンドにも腕をがしっと掴まれたデュークは観念し、グレアムと二人、列の最後尾に向かった。
「すまないね、二人とも」
「当然の判断です、皇太子さま」
「……シャーロットちゃんのために頑張るよぉ」
ローレンス皇太子は警備の騎士に合図を送り、列に並ぶグレアムとデュークを見守るよう、騎士を二手に分けた。
「シャーロット、わたし達はそこの噴水のところで待ちましょう。列の様子を見るに、15分も並べば買えると思うので」
ローレンス皇太子は再び私と手をつなぎ、噴水のそばへと歩き出す。
噴水の近くにはベンチがいくつかあり、丁度建物の日陰になるベンチが空いていた。
「日陰だから、人気がないのですね。でも座れますから、どうぞ、シャーロット」
ハンカチを取り出したローレンス皇太子は、当然のようにそれをベンチに敷き、私に座るように勧めた。
本当に優し過ぎて困ってしまう。さっきの判断だって的確だった。
「おい、シャーロット。皇太子さまに手をつないでもらって顔を赤くしていたな。……本当に、シャーロット、可愛いなぁ」
ベンチの後ろに立っていた護衛騎士のレイモンドが、私の頬を指でぷにっと押した。
「べ、別に赤くなんてなってませんよ!」
「赤くなっていたよ。ほっぺが林檎みたいに赤くて。シャーロット、可愛いなぁ」
「絶対に違いますぅぅぅ」
そんな問答をしていると。
「ミャァ」
突然、猫の鳴き声がした。
気づくとベンチの下に、子猫がいる。
子猫はそのまま鳴きながら細い路地へと入って行く。
前前世において、私は自宅で猫を飼っていた。子猫は見たらもう、本能的に可愛がりたくなってしまう。
「猫ちゃん待って」と細い路地に駆けて行くと、その後ろを「シャーロット!」とレイモンドとローレンス皇太子が追いかける。路地は本当に細くて、大人が通るのは無理な細さ。子供の私でもなかなか前に進めない。
だがその路地を抜けると、そこはゴミ置き場のようになっていた。
「あっ!」
さっきの子猫が駆け寄ったところには、あと3匹、子猫がいたのだが。
数羽のカラスが子猫たちに襲い掛かっていた。
すぐさま道に転がる小石を掴み、カラスに向けて投げると。
カラスが私の方へ襲い掛かってきた。
「シャーロット」
思わず顔と頭を守るように、手で覆った私を抱きしめて庇ってくれたのは……ローレンス皇太子だった。
「レイモンド!」
ローレンス皇太子が叫ぶと、レイモンドはそこら辺に落ちている石を掴むと、次々とカラスに向けて投げる。そしてそれは見事なまでに命中していた。
戦闘で剣や槍が活躍するのは当たり前だが、もっと原始的な武器があった。それは石だ。そして護衛騎士であるレイモンドは、この石投げもまたかなり得意なようだった。剣を隠し持っているはずだがそれを使わず、見事な石投げでカラスを次々に撃退している。
だがカラスの方も負けていない。懸命な鳴き声で仲間を呼び寄せている。
「シャーロット、伏せて」
ローレンス皇太子は隠し持っていた短剣を抜き、急降下して襲ってくるカラスに立ち向かっていた。カラスと言えど、羽を広げるととても大きく感じるし、スピードもある。私は本能的に怖くなってしまい、目をつぶり、動けなくなってしまう。だが、ローレンス皇太子はひるむことなく、カラスを睨み、短剣を使い、威嚇している。
しばし攻防が続いたところで、警備の騎士が駆け付けてくれた。
細い路地は大人が通れず、迂回してここまで来たようだ。突然、大人が何人も来て、しかも武器を持っている。
カラスは頭がいい。自分達が不利だと理解し、撤退した。
「シャーロット、もう大丈夫ですよ」
そう言って私を最後まで守ってくれたローレンス皇太子は……。
「皇太子さま、腕、ふ、服が破けて、血が……」
「大丈夫。対した傷ではないから」
「で、でも……」
ローレンス皇太子は落ち着いた様子で警備の騎士に子猫を保護するように言い、さらに親猫がいないか探すよう命じた。
「皇太子さま、すまなかった。怪我させることになっちまって……」
レイモンドが駆け寄ると、ローレンス皇太子は朗らかに笑う。
「レイモンドと剣術の練習している時の方が、よっぽど大怪我をする。こんなのかすり傷だよ」
ローレンス皇太子はそう言うが、警備の責任者である警備隊長がやって来ると……。
腕の怪我を見た警備隊長は、ローレンス皇太子を抱え上げ、走りだす。ローレンス皇太子は「大丈夫だ、降ろせ」と暴れるが、警備隊長はそれを許さない。
「レイモンド、シャーロットを頼む!」
「了解、皇太子さま」
レイモンドが私を見た。
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