4:どんどん仲が深まって行く……。
「シャーロット、今日の乗馬はどうだったかな?」
乗馬遊びを終えた私を迎えに来た父親であるスウィーニー公爵は、その男前の顔でニコニコと尋ねる。
どうだったもなにも、見ての通り、グッタリだ。
何せ違う馬に4回乗ったのだ。しかも手綱を握る人間も違う。馬の性格だって違う。
ローレンス皇太子の白馬シルキーは実に従順で素晴らしかった。私の緊張さえなければ、騎乗したその時からうまく息が合ったと思う。
護衛騎士のレイモンドの馬である黒鹿毛は、野性味に溢れていた。騎乗するレイモンドの戦闘力が高く、恐らく武術訓練にも共にしているからだろう。まるで戦場を駆け抜けるような走りを見せ、正直、ローレンス皇太子の時のように、体が触れてうんぬんなど言ってられなかった。
その真逆をいっていたのが、宰相の息子グレアムの馬である栗毛だ。まず、グレアム以外が乗ることを彼の馬は良しとしなかった。だから私と一緒にグレアムが騎乗すると……。動こうとしない。グレアムが必死になり、宥めすかし、ようやく動き出すが、まるで亀の速度。これで30分ももつわけがなく。15分でグレアムとの乗馬は終了した。
一番最悪(?)だったのは、公爵家の次男デュークの馬である青鹿毛に乗った時だ。馬は何も悪くない。悪いのはデュークだ!!!
まだお互い子供だから許されると思っているのだろうか? 必要以上に密着の上、「シャーロットちゃん」と何度も甘い声で囁くのだ! イケメンだから許されると思っているのか!……もし攻略対象でなければ許してしまったかもしれない。
いや、だって、ホント、普通にデュークはイケメンなのだし。いや、ない、ダメ、過度な接触は。それが例え、腕や背中だったとしても!
ということで、乗馬の時間が終わると、いろいろな意味でグッタリだった。多分、カロリーは……間違いない。消費したとは思う。でも乗馬はもういい。それならお茶会に戻して欲しい……!
そう、私は思ったのだが。
それ以降のお誘いは……弓矢に挑戦、騎士を巻き込んでのボウルズ大会、ホースシューズ体験など各種運動をすることになった。ひと通り遊び終えると、今度は室内遊戯に移った。チェス、パズル、ボトルシップ作りなどだ。
結局。
攻略対象との接触を避けたいと思い、太りたくないからお茶会はちょっとと提案した。そこで父親はこうすると思った。「ではお茶会の招待は断ろう」――そう言ってくれて、彼らの前からフェードアウトできると思ったのだが。そうはならなかった。
それどころか太りたくないなら運動を、となり、あらゆる運動を体験した。そして寒くなったら室内遊戯となり……。攻略対象との接点は、切れるどころかどんどん深まっている気がする。
そして。
今日は街を散策することになっていた。一応、ローレンス皇太子はそうであると分からないよう、変装をしている。それでも生まれ持っての洗練された雰囲気は隠し切れず、貴族の子息であることは分かるが。
残りのメンバーは、イイ感じで街の人の服装に馴染んでいると思う。私は……クローゼットの中で一番地味なドレスを選んだつもりだ。色はオールドローズとくすんだピンク色だし。フリルもなく、アイボリーのレースが襟や裾に少しあるぐらい。
ともかく家紋もない目立たない馬車に乗り込み、警備につく騎士も街の人が来ているような服に着替え、街へとやってきた。
「それでシャーロットちゃんが気になっているのは、チェリーパイなんだね?」
馬車を降りると公爵家の次男のデュークが私に尋ねた。青のチュニックと腰に革ベルト、ズボンという姿のデュークは、それでもやはりイケメンがオーラが漂っている。
「はい。林檎ではなくチェリーで作った甘酸っぱいパイらしいのです。街のパン屋が最近売り始めたと、メイドの皆さんが言っていました」
「ではまずそこのお店へ行こう。その後はカレイドスコープ、ボトルシップ、最後は本屋でいいかな?」
ローレンス皇太子の言葉に皆、頷く。
スモークブルーの上衣にズボンというローレンス皇太子が、私に手を差し出す。
こんな場所でもエスコートしようとするローレンス皇太子の姿に、黒の上着とズボンの護衛騎士のレイモンドが、冷やかすように口笛を吹く。深緑色のローブを着た宰相の息子であるグレアムは、眼鏡をくいっと指であげながら「エスコートしていると、いかにも貴族っぽく見えます。そこは手をつないでは?」と提案する。
え、手をつなぐ!?
まさかと思ったが次の瞬間。
ローレンス皇太子は「なるほど」と納得顔で私と手をつないでいた。
喪女なんですよ、私!
握手の経験はあっても。
手をつなぐなんて……前前世の運動会の演目の練習の時ぐらいしかないのに。
なんで攻略対象であるローレンス皇太子と手なんてつないでいるのです? 私。
「シャーロットちゃん、では左手は僕のものだね」
ちゃっかりデュークも手をつないでいるし!!
こうして先頭に護衛騎士のレイモンド、左右にデュークとローレンス皇太子、一番後ろにグレアム、少し離れて警備の騎士を引き連れながら、移動を開始した。
間もなく夕方になる街は、夕ご飯の買い物をする人、学校も終わり遊んでいる子供、夜に向けた商売の準備をする人で、活気に溢れている。店先では肉を焼いていたり、煮込み料理を作っていたりで、美味しそうな香りも漂っている。
最初はデュークとローレンス皇太子に挟まれるようにして歩いていたが、人が多いので歩きづらいと分かり、デュークは後ろに周り、グレアムと並んで歩き出した。
「シャーロットの手は温かいね。それにとても小さい。なんだかすごく守りたくなる手をしているね」
デュークが離れたのと同時に、ローレンス皇太子がおもむろに口を開いた。口を開き、何を言うのかと思えば、いきなり歯が浮くような甘い言葉。大いに困惑した私は「そ、それはどうも」と11歳とは思えない返事をしてしまう。
「エスコートするより、こうやって手をつないだ方が、シャーロットを感じられていいね。街への散策、もっと早くに提案すればよかったな」
ローレンス皇太子……!
甘々過ぎて「ありがとうございます!」と抱きつきそうになるが、必死に理性でブレーキをかける。
「それに宮殿の中で遊ぶのもいいけど、こうやって街に出て行くと、街の人々がどんな風に生活しているのかが見られていいよね」
ローレンス皇太子の碧眼の瞳はキラキラと輝いていた。
確かにこんな風に街の人の様子を見られるのは、未来の皇帝としていい勉強になるだろう。だからこそ後ろに護衛を結構連れているが、皇帝陛下も街への散策を許したのだと思った。公式に街を訪問するとなると、とてもではないが、街の人々の普段の生活は見られない。だからこそ今の散策だ。
「皇太子さまは将来、とても立派な皇帝になりますよ。こうやって街の人の生活も肌で感じ、皆が何を思っているのか、知ろうとする心があるのですから」
断罪を回避し、80歳の私が見た前世での『ハピラブ』の世界で、ローレンス皇太子は立派な皇帝となり国を統治していた。その時のヒロインが選んだのは、公爵家の次男のデューク。ローレンス皇太子は、公爵家の令嬢を皇太子妃に迎えていた。
今回、ヒロインが誰を選ぶかは分からない。もしローレンス皇太子を選んだとしても、別にヒロインに悪役の属性なんてないので。きっと立派な皇帝と皇后となり、この国を統治すると思ったのだ。それで今の一言が自然と口をついて出てしまったのだが。
「シャーロット、君はまだ11歳なのに。まるでわたしの未来が、君には見えているようだね。でも立派な皇帝になれる……。そう言ってもらえると嬉しいな。そうか。わたしが皇帝となった時、皇后は……」
あああああ、しまった!
余計なことを言ってしまったと思う。
ローレンス皇太子がその後何か言っていたが、一切無視だ。
二度と前世で見たこの世界の件については、話さないようにしようと心に誓った。