39:真相
打ち上げ花火は日本の花火のように丸く広がる形ではない。百合の花みたいな形に広がって散っていく。色も多色ではなく、単色。それでも沢山を一度に打ち上げるから、インパクトがある。
「シャーロット」
不意にローレンス皇太子が私に話しかけた。
花火に見惚れていたので、「はひっ」と変な声になってしまう。するとローレンス皇太子は花火の明かりに照らされた顔で素敵な笑顔を作り、「もう、シャーロットはなんて可愛いのだろう」と囁く。
そんなことを言われ、再び変な声を出しそうになり、ぐっとこらえる。
「シャーロット、香水をつけている?」
「!」
まさにつけているのでこくこくと頷くと。
「それはコルビー男爵令嬢の香水だね」
「なぜ分かるのですか!?」
「炭焼き小屋ではタオルが少なくて。彼女が使い終わったタオルをわたしが使った時、その香りに近い匂いがしたから」
そこでローレンス皇太子は香水をつけた私の手を持ち上げ、少しだけ自身の鼻を近づける。
「……でも、この香りは……。あの時の香りに近いけど、違うね。今、シャーロットから香るこのバニラは……果実の甘さも感じさせる。なんていうのかな。……食べたくなっちゃうな。シャーロットのことを」
私を食べる!? それってどういうこと!?
瞬時に心臓がドキドキし、全身が熱くなる。
「香水をつけるなんて。シャーロットは大人の階段をまた一つ上ったね」
ニコニコするローレンス皇太子は……。
やっぱりとてもハンサム。
そして、やはりアルトの予想通りだったと実感する。
リンとローレンス皇太子は何もなかった。
間違いない。
ではあのキスマークは……?
自分で聞かないと。答えはでない。
「ローレンス」
「何だい? シャーロット」
花火が映る碧い瞳を見上げる。
碧みがかったブロンドのサラサラの前髪は、さらに碧みが増して見えた。
「吊り橋を渡る時に、抱き上げてくれましたよね」
「うん」
「その時に見えたのですが、この辺りに」
自分の鎖骨の近くを指差す。
「怪我をされましたか? 赤い痣が見えたのです」
するとシャツの上からローレンス皇太子は自身の鎖骨の辺りに触れた。どんな答えを得ることになるのか。心臓がドキドキしている。
「……ああ、そうです。ここ、何か虫に刺されたみたいで」
虫……!
キスマークじゃなかったんだ。
驚き、そして嬉しくなる。
そうか。
キスマークではない。私の勘違いだった。
「そうだったのですね。あの、痛かったり、痒かったりしませんか? 大丈夫です?」
「少し痒かったのですが、離宮に戻ってから薬をつけたので問題ないですよ」
「それはよかったです」
ホッとする私の頬にローレンス皇太子が触れた。
ドキッとして再び彼の瞳を見ると。
「心配してくれたの、シャーロット?」
「は、はい。怪我ではないかと」
「そう。わたしのことを気にかけてくれたんだね。……嬉しいな」
ローレンス皇太子はとっても素晴らしい笑顔を見せてくれた。
花火も綺麗で星空も綺麗で。
キスマークではなく、虫刺されと判明し、私は安堵することができた。
そしてあの嵐のような昨晩は嘘みたいに、静かに夜は更けて行った。
◇
翌朝。
朝食の席で、なんとアルトは我慢しきれなかったのだろう。
リンとの婚約を進めていると発表し、その場にいた全員を驚かせた。
みんな驚いたが、すぐにお祝いの言葉を次々と口にする。
唯一がっかりしていたのがデュークだ。
リンと行動することも多かったデュークは、きっと片想いしていたのだろう。
しかしこれで私は確信する。
ヒロインは……アルトを選んでくれた。
ローレンス皇太子が私を断罪することは……ないはずだと。
炭焼き小屋でリンとローレンス皇太子が二人きりで一晩過ごすことになると知った時。特に何も思わなかったが、香水やらキスマークやらで勘違いし、もしや二人の間に何かあったのではと勘ぐってしまったが。
それは杞憂に終わった。
このまま問題なく、断罪の舞台となる学園の卒業記念の舞踏会の場をやり過ごすことができれば……。
そこでふと気づく。
今さらであるが。
学園の卒業記念の舞踏会は、ヒロインと攻略対象者たちが参加したものが終われば、それで終了と思ったのだが。私も3年遅れでその舞踏会を経験することになる。
まさかそこをもってして、何もなければ、悪役令嬢としてのお役目御免なのだろうか……?
疑問は残るが、80歳を生きた私からしたら、6年なんてあっという間だ。大丈夫。
「シャーロット、準備ができたら出発するよ」
父親が私を見て微笑む。
苺ミルク色のワンピースを着た私は「はい、お父様」と元気よく返事をする。
その後は、用意が整ったメンバーから、馬車が出発となった。
アルトはリンを自分の馬車に乗せ、一番で離宮を出た。
その次にハートブレイクしたデューク。その後にグレアムとその両親を乗せた馬車が出発した。
最後は私と両親だ。
エントランスではレイモンドとローレンス皇太子が見送ってくれたのだが。
ローレンス皇太子は私の手をとり、甲へとキスをした。
その仕草がとても優雅で、すぐにドキドキとしてしまう。
「シャーロット、また猫たちに会いに来て」
「勿論です。ローレンス」
こうして私はローズベリー離宮を後にした。