35:わたしだけの婚約者特権
吊り橋があるところまで、レイモンドの馬・黒鹿毛、その名もシャドウに乗せてもらい、向かうことになった。
移動を開始すると。
一瞬、ローレンス皇太子とリンが~~~という件が脳裏をよぎり、不安にもなった。
でも。
信じようと思った。ローレンス皇太子なら。
ゲームの見えざる力に負けないハズだと。
吊り橋に到着すると、馬から降りることになった。まずはゆっくり馬を連れ、吊り橋を渡る。
その様子を見る限り。ロープで作られた吊り橋は、かなりぐらぐら揺れているのが分かる。足元はブーツだが、なんだか心もとない。そう思っていたら。
「シャーロットのことはおんぶするから大丈夫」
一番最後に私は吊り橋を渡ることになった。
だから……レインモンドにおんぶされた恥ずかしい後ろ姿は……誰にも見られずに済んだ。
吊り橋を渡り切ると、再び馬に乗り、炭焼き小屋を目指す。
後ろに続く騎士は、ローレンス皇太子の白馬シルキーを連れている。
私はレイモンドのシャドウに乗せてもらっているけど。シルキーに私が乗ればいいのでは?と提案したが、レイモンドとグレアムから全力で却下された。
何かあったら、ローレンス皇太子に顔向けできないから、絶対にダメ!と。
ということでレイモンドのシャドウと共に森を進むと。
見えてきた。
炭焼き小屋。
炭焼き小屋自体はシンプルな作りだが、併設されている建物がある。それは見た感じはログハウスみたいだ。炭焼き小屋にはリンが乗っていた馬が待機しているので、間違いなくここに、ローレンス皇太子とリンがいると分かった。
馬たちは騎士にまかせ、レイモンド、アルト、私の三人はログハウスへ向かう。
ログハウスに窓はあるが、カーテンが閉じられていた。
煙突から煙が出ているので、暖炉もあると分かった。
あの雨でびしょ濡れだったが、ちゃんと暖をとれたのだろうと思い、安堵する。
レイモンドが私とアルトの顔を見た。
「ノックするぞ」
私とアルトが頷くと、レイモンドが扉をノックする。
少し待つと、扉が細く開けられた。
「!」
布を羽織っているが、ローレンス皇太子は上半身が裸!?
「今、服を着るから少し待って欲しい」
ローレンス皇太子は短くそう言うと扉を閉めた。
ほんの一瞬だけ見えたが、腹筋が綺麗に割れていたような……。
なんだかドキドキしてしまう。
プールの授業なんてないし、湖で泳いだりしていないので、ローレンス皇太子の上半身裸なんて見たことがない。でも毎日剣術訓練もしているのだし、きっとすごいんだろうな。
「待たせてしまった。迎えに来てくれて、ありがとう」
服を着たローレンス皇太子が再び扉を開け、中へ入れてくれた。
「シャーロットも迎えに来てくれたんだ。嬉しいな。でも……あの吊り橋を渡ったの?」
ローレンス皇太子は嬉しそうに私を見た。
その姿を見た瞬間。
杞憂だった。
もしかして……なんて考えないで大丈夫だったと安堵する。
部屋に入ったレイモンドは暖炉を消し、出発のための準備を進める。アルトはリンに駆け寄り、無事を喜んでいる。リンを見ると……。髪を無造作にまとめているのだが。後れ毛とうなじがなんとも色っぽく感じる。
というか……。リンの頬は上気しているように感じる。え、もしかしてアルトにときめいているの? だが、アルトを見るその瞳に、恋愛の要素は感じられない。
うん……?
「シャーロット、大丈夫?」
「大丈夫です……」
返事をしてローレンス皇太子を見上げると。
急いで服を着たからだろう。
シャツのボタンはきっちり上まで留めてなくて。
胸元が普段より見えていたのだけど。
少し見える鎖骨に赤い痣? 打ち身? みたいなものが一瞬見えた。
うん……?
なんだろう。
胸がざわざわする。
いわゆる胸騒ぎがするが、その原因が何にあるのか分からないまま、出発となった。
◇
吊り橋まで、当然のようにローレンス皇太子の白馬シルキーに一緒に乗り、そしてシルキーはレイモンドが引いて渡ってくれた。吊り橋の前でローレンス皇太子は「では姫君。御身は私がお運びします」なんて言って次の瞬間。
お姫様抱っこをされていた。
「え、え、え、え、え」
「シャーロット、暴れないで。川に落ちるから」
「!」
「しっかりつかまって。でもわたしの顔を隠さないでね。前は見えるようにして」
川には落ちたくない。だからローレンス皇太子の前方を塞がないようにしてしっかり抱きついた。
まさか、ここでお姫様抱っこをされるなんて。
驚いてしまった。
「……この体勢で、しかも私をお姫様抱っこして、大丈夫……なのですか?」
「普通は……大丈夫ではないだろうね。でもわたしは子供の頃からこの吊り橋を渡っているから、揺れやすい場所、体重の掛け方を心得ている。それにシャーロットは軽いから」
「そうなのですね……」
ローレンス皇太子って意外とタフなんだ。
あ、でも毎朝剣術訓練をしているし、そのために基礎となる体力づくりは勿論しているだろうから。それでも……。すごい!
「ところで渡ってくれる時はどうしたの? 一人で歩いて渡ったの?」
「あ、それはレイモンドがおんぶんしてくれました!」
「……おんぶか。なら許そう。シャーロットをこうやって抱き上げることができるのは、わたしだけだからね。わたしだけの婚約者特権」
!? とんでもない独占欲を発揮された!
もうすぐに心臓が反応してドキドキしてしまう。
そしてそうこうしているうちに、吊り橋を渡り終えていた。