34:気になってしまう
ローレンス皇太子とリンが炭焼き小屋で二人きり。
そして一晩を過ごす。
しかもそこは狭い部屋。
それが意味することに……なかなか思い至ることができなかった。できなかったし、じわじわ理解しても、あのリンとローレンス皇太子の間に何か起きるわけがない。そう思えた。だからあの場でそのことをレイモンドに指摘された時は。
一笑だった。「ない、ない」みたいな感じで。
でも。
部屋に戻り、ベッドに横になった今。
なんだか……。
気になってしまう。
もしリンがヒロインではなく、ローレンス皇太子がヒロインの攻略対象でなければ……。こんな風に気になることはなかったはずだ。
今さらだが。
ここは乙女ゲーム『ハッピー・ラブ・タイム』通称『ハピラブ』の世界なのだ。そして私は悪役令嬢。リンとは……友達になれそうだったし、今日の離宮に呼んでもらうよう頼んだのは……私だ。
もしや、墓穴を掘っただろうか……?
いや、でも……。
今日、一緒に過ごしたローレンス皇太子のことを思い出す。
ローズが咲き誇る庭園で、碧いローズを生み出したいとローレンス皇太子は言っていた。そしてもし成功したら、その碧いローズで私のためにブーケを用意すると言ってくれた。二人の結婚式のために。
森へ向かうために馬で二人乗りする理由も、もしもの時に私を守るためだと言ってくれた。「シャーロットはいつかこの国の皇帝をその身に授かるんだよ。だからその体は大切にしないといけない」と言ってくれたのだ。
ツリーハウスでは。結婚式の誓いの言葉を持ち出し、私と離れるつもりはない、その時さえ私と一緒がいいなんてことまで言い出し、ドキッとさせられた。勿論、二人仲良く長生きするつもりだと笑いながら。
嵐の中からこの休憩所に向かう時も、私のことを気遣ってくれた。
そのローレンス皇太子がリンと……。
ない、ないよ、絶対!
そう思う。
そう思うけど、ゲームの見えざる力が働いたら……。
もし部屋にマーガレットの花があったら。
その花びらを一枚ずつつまみ、「ローレンス皇太子とリンの間には……」と問いかけ、「ない」「ある」と呟き、最後に残った花びらが「ある」だったら……。最後に残る花びらが「ない」になるまで、延々と花びらを引き抜く……なんていうメンタルやばい状態になっていたかもしれない。
ひとまず部屋にマーガレットはなく。
そして私はまだ育ちざかりで、今日一日いろいろなことがあったので……気づけば爆睡していた。
翌朝。
普通に「よく寝た~」と目覚めた。部屋に置かれた時計を見ると、7時前。みんな起きているのだろうか? ひとまず窓に近づき、カーテンを開けると。
驚いた。
川を隔てた森の中に、鹿の姿が見えた。子鹿を連れている。可愛い。木々の間から差し込む陽光と朝靄が実に幻想的だ。轟音を響かせていた川も今は落ち着いている。あれだけ濁っていた川の色も、元の澄んだ色に戻りつつあった。
鳥の明るい鳴き声も聞こえる。
少し窓を開けると。
ちょっぴりヒンヤリした風が部屋の中に流れ込んでくる。
あ~、清々しい!
爽やかな気分そのままに洗顔をした。
そういえばワンピースは暖炉のところで乾かしてもらっていたはず。
取りに行こうと扉を開けると。
籠が置かれ、そこに折り畳まれたワンピースがいられている。
なんて気遣い!と嬉しくなった。
籠ごと部屋に運び、ワンピースに着替えた。
ローレンス皇太子とリンは……ぐっすり休めただろうか。
炭焼き小屋だからベッドなんてないと思う。雑魚寝だったのかな。体のあちこちが痛くなっていそうだ。食べ物はあったのかな……?
そんなことを思い、部屋を出ると。
なんとみんなもう、いろいろ動き出していた。着替えをしたり、部屋を片付けたり、厩舎で馬の世話をしたり。それに既にテーブルには朝食が用意されている。
「シャーロット!」
元気よくレイモンドに声をかけられた。
「川も落ち着いている。朝食をとったら、ローレンス皇太子とリンを迎えに行く。ただし、吊り橋を渡る。……一緒に行くか?」
吊り橋……!
一度も渡ったことがない。ぐらぐら揺れて怖いと聞いているが。
でも。
これも冒険と思えば。
「行きます! 私も」
「よし。では朝食をとるぞ」
そこにアルト、グレアム、デュークもやってきて、みんな揃い、朝食となる。昨晩と代わり映えしないが、贅沢は言っていられない。
朝食の席で聞いた話では、夜が明けてすぐ騎士の一人が離宮に向かい、状況報告をしてくれているという。確かに両親は突然の嵐で心配していただろうから、報告を聞いて安堵しているに違いない。
さらに食事の後の分担も決まった。
グレアムとデュークはこのまま休憩所に残って騎士達と後片付け。
吊り橋を使い、ローレンス皇太子とリンを迎えに行くのは、レイモンド、私、そして……アルトと騎士数名だ。
アルトはリンを置いてきたことがずっと気がかかりだったようで、どうしてもついて行きたいとのこと。その気持ちを尊重し、アルトも同行することになった。