33:炭焼き小屋で二人きり
アルトが言っていた通り、それから数時間で雨は止んだ。
だが川からは激しい水音が聞こえ、嵐の爪痕はハッキリ残っていると感じられた。
狩りのための休憩所ということで、調理道具などもあり、もしものための備蓄の食料もあった。いわしの油漬け缶、干し肉、オリーブの瓶詰、乾パン、ジャムなどがあったので、それを皆で食べた。
食事を終えると、皆、思い思いに過ごし始める。
湯浴みを始める者もいれば、大人の騎士たちは食糧庫にあったお酒をちびちび飲んだりしていた。
二階にはベッドルームが用意されているが、一階にも一部屋だけベッドルームがあり、私はそこを使うよう勧められた。その部屋はちゃんと鍵もかかるし、暖炉のある大部屋では朝まで交代で見張りもつくので、その部屋が一番安全とのことだった。確かに二階の部屋に比べ、一階のその部屋のベッドだけ天蓋付きだったし、どうやら皇族や来賓の王族を泊める貴賓室のようだ。
既に入浴済み、夕食もとったので、私について言えば、もう寝ることができる。とはいえさすがにまだ19時を少し過ぎたばかり。寝るには早い。
部屋を見渡すと、アルトは入浴中で、デュークとグレアムはソファでおしゃべりをしている。そういえばレイモンドは?
キョロキョロ探すと発見した。
屋根のあるウッドデッキに置かれた椅子に座り、外を眺めている。椅子はいくつもあったので、私はレイモンドのところへ向かった。
椅子のそばにはテーブルがあり、そこにはランタンが置かれている。小さな羽虫が飛び回っていた。嵐の爪痕は川の轟音という形で感じられるが、まさに台風一過で夜空に雲はなく、沢山の星と月も見えている。森の中からは虫の鳴き声、フクロウなのか低い鳥の声も聞こえていた。
静かに窓を開け、ウッドデッキに出ると、すぐにレイモンドがこちらを振り返る。
「……シャーロット」
いつも元気なレイモンドなのに。なんだか疲れ切っている。
「元気ないですね、レイモンド」
声をかけると、レイモンドは頭を抱えている。
ローレンス皇太子と私が婚約して以降、レイモンドは自身のことも私に呼び捨てにして欲しいと頼んだ。護衛騎士として常にローレンス皇太子のそばに控えるレイモンドとは、圧倒的に会う機会も多かった。それにレイモンドはローレンス皇太子の学友であるが、既に明確な臣下として仕えている。そして私はローレンス皇太子の婚約者。ということで、レイモンドのことはローレンス皇太子同様、名前で呼ぶようになっていた。
「本当にすまない、シャーロット」
いきなりの謝罪に「?」となってしまう。
「俺はローレンス皇太子さまの護衛の騎士なのに。なんでここにいるんだ?」
「もしかしてローレンスと別々になってしまったことに、責任を感じているのですか?」
その通りと答える代わりに、レイモンドはうなだれた。私はゆっくり隣の席に腰をおろす。
「俺は……ローレンス皇太子さまがバスルーム、レストルーム、寝ている時以外は、必ずそばにいる。入浴やトイレ、就寝中でも廊下や隣の部屋で待機しているんだ。もはや俺とローレンス皇太子さまとは、一心同体みたいなもの。そばにいないと、大丈夫かと不安になる……」
「……なんだか婚約者の私より、レイモンドとローレンスがラブラブに思えるわ」
「そうだよぉ。俺とローレンス皇太子さまはいつも一緒なんだ。こんなのあり得ないんだよぉぉ」
レイモンドは、今のローレンス皇太子ロスがかなりこたえているようだ。頭を抱え、悶絶している。
「どうして、レイモンドは橋を渡らなかったのですか? ローレンスと一緒に」
「アルトが橋を渡るのを手伝うように言われたんだよ。リンの馬ほどではないけど、どの馬も濁流には驚いていた。アルトの乗る馬も落ち着きがなかったから、俺がなるべく川を見ないよう、名前を呼んで、誘導していたんだ」
それならば。ローレンス皇太子と離れ離れになっても仕方ない気がする。こんなに落ち込まなくてもいいのに。
「レイモンド、不可抗力だと思います。落ち込む必要はないかと。それにこの天候の後。川を渡る手段もない。刺客の心配はないですよね? それに炭焼き小屋の中にいれば、獣に襲われる心配もないはず。レイモンドがいないことは……ローレンスも寂しいかもしれません。それにいろいろ不便を強いられているかもしれないです。でも大丈夫ですよ。……ただ風邪などひかないといいのですが」
今は気温も戻り、嵐の時のように寒いとは感じはない。
むしろ普段はからっとしているのに、湿度を感じ、じとっとした感じがする。これは……前前世の熱帯夜……湿度と気温の高い夜を彷彿とさせた。
「シャーロットがそう言ってくれるなら。少しは救われるけどさ……。確かにこの森は背後が山で、川は渡れない。外敵の侵入はないだろう。それにこの嵐の後だから、動物達もそこまで動き回らないだろうし。そう言った面は……確かに心配ないよな」
レイモンドはそこで前屈みになっていた上体をおこし、私をチラリと見る。
「そっちの心配はないけどさ、シャーロットは気にならないわけ?」
「気になる……? 何がですか?」
「だってさ、ローレンス皇太子はコルビー男爵令嬢と」
「コルビー男爵令嬢と?」
「だから炭焼き小屋で二人きり」
「そうね。レイモンドがここにいるから」
するとレイモンドは「うわ~っ」と言って頭を抱える。
「やっぱりシャーロット、怒っている。ローレンス皇太子さまとコルビー男爵令嬢が二人きりで狭い炭焼き小屋で一晩過ごすことを!」