30:可愛い
水切り遊びに飽きた男性陣はそれぞれ自由行動を開始した。
30分後にこの場所に集合ということで、ローレンス皇太子が私のところに来た。勿論、レイモンドも一緒だ。デュークはリンといたがったが、「お前はコルビー男爵令嬢とばかりいる。たまに私に顔を貸せ」とグレアムに言われ、ずるずると引きずられて行った。その結果リンはアルトと話すことになり、二人は湖のほとりを歩き出した。
ローレンス皇太子も私を湖のほとりの散歩に誘うのかと思ったら、違った。ローズの庭園の時と同じように。自然な流れで私と手をつなぐと、森の中へと歩き出す。
「ローレンス、どこに行くのですか?」
「それは行ってのお楽しみ」
そこでまたあのウィンクをされ、くらっとしてしまう。ローレンス皇太子は言ってみればまだ高1。それなのにこんな女子を瞬殺するようなウィンクができるってどういうこと!?とくらくらしてしまう。
そのくらくらしたまま連れて行かれた場所にあったのは……。
ツリーハウス!
樹齢は結構いっていそうな、太い幹の木の中間ぐらいの高さの場所に、ツリーハウスが見えている。しかも、ちゃんとプロが作ったのだろう。屋根も壁もしっかりしている。梯子でのぼるようになっているが、太い幹の後ろに回ると、これまた木とロープを使って作られた一人乗り用のエレベーター(リフト)が設置されていた。
ブランコのような板に座り、滑車につながるロープを巻き上げ、ツリーハウスまで運んでくれる作りになっている。
「シャーロット、わたしが先にレイモンドと梯子でツリーハウスに向かうね。到着したら声をかけるから、護衛の騎士にエレベーターを動かしてもらい、わたしのところへおいで」
「分かりました!」
ツリーハウスなんてこの世界に来てから初めて見た。帝都の宮殿があるような辺りは完全に都会。ツリーハウスを作れるようなこんな太い幹の木は見かけない。だからテンションは上がりまくりだ。
ローレンス皇太子とレイモンドが梯子をのぼる様子が気になり、見に行くと。二人は器用にひょうひょいと梯子をのぼっていく。その様子から、二人とも子供の頃からここに来て、もう何度もこの梯子を上ったことがあるのだろうと思えた。
もうすぐツリーハウスに到着しそうだったので、エレベーターのところへ戻る。するとすぐに頭上からローレンス皇太子が私を呼んだ。
ブランコのようなエレベーターに座ると、かなりすいすいと勢いよく上昇する。もうこれはハラハラより、ワクワクだ。ローレンス皇太子とレイモンドが待つところまで到着すると、二人は丁寧にロープを手繰り寄せ、私をツリーハウスにおろしてくれた。
ツリーハウスをぐるりと囲むように手すりと通路があり、表に回ると、そこには可愛らしいドアがある。屋根は青色。ドアは赤色。そのドアを開けると……。
想像よりも中が広く、そして明るく、可愛らしくて驚いてしまう。
丸窓のそばにはベンチチェストが置かれ、パッチワークカバーがつけられたクッションが置かれている。部屋の真ん中には木の幹があるが、そこには画用紙にクレヨンで描いた絵が飾られていた。そこに描かれているのは……四人の男の子が湖で遊んでいる姿だ。そうか、これはローレンス皇太子、レイモンド、グレアム、デュークなんだ。なんだか微笑ましくなる。
さらにその奥には丸窓の前が机になっており、四つの椅子が並べられていた。ここでみんなで勉強をしたり、絵を描いたりしたのだろう。机の下にはおもちゃ箱も置かれている。
その隣のスペースはなんと2段ベッドが置かれていた。しかも横幅広いから……。ここで二人ずつに分かれ、休んでいたのだろう。
「シャーロット、飲み物があるよ」
声に振り返ると、幹を挟んだ向かい側に大きなテーブルがあり、そこにベリーのジュースが用意されていた。
「これはいつの間に……?」
「お昼頃に届けておくように頼んでおいたんだよ」
ローレンス皇太子は本当に気が利くなぁ。
テーブルの丸窓からは、外の通路にいるレイモンドが見えた。彼は手すりにもたれ、ジュースを飲んでいる。
「シャーロット、コルビー男爵令嬢が作ったクッキーはまだ残っている?」
「!」
ワンピースのポケットの中に。実は一枚、クッキーが残っている。それを取り出すと。
「これ、わたしが食べてもいいかな?」
「え、いいのですか?」
「レイモンドはピンピンしているし、同級生のコルビー男爵令嬢がわたしに毒を盛るとは思えない。それにアルトも気にせずに食べている」
そこで言葉を切ったローレンス皇太子は私を見た。
「それにシャーロットが食べたんだ。わたしも食べるよ」
ローレンス皇太子は透明な袋に入ったクッキーを取り出し、二つに割ると、半分を私に差し出した。「ありがとうございます」と受け取ると、早速、ローレンス皇太子はクッキーを口に運んだ。
「うん。宮殿で食べるお菓子と変わらないね。完成度が高い」
リンが聞いていたら顔を真っ赤にして喜びそうなことを、ローレンス皇太子は言っている。私もクッキーをパクリと食べた。
「結婚式の誓いの言葉では『死が二人を分かつまで』と言うけれど。シャーロットがもしこのクッキーを食べ、倒れることがあっても……。一人でなんか逝かせない、それぐらいの覚悟がある。……まあ、これは少し極端だね。わたしもシャーロットもよぼよぼのおじいちゃん、おばあちゃんになるまで生きるつもりだから。でもそれぐらいシャーロットのことが大切なんだ。それは……伝わった?」
伝わっている。とっても。愛されているって実感できている。まだ、私は18歳になっていないし、断罪イベントが行われる学園の卒業記念の舞踏会の日をやり過ごしたわけではない。
それでも……本当に。
今、目の前にいるローレンス皇太子であれば。何があっても私を断頭台送りになんてしないだろうと思えた。
「シャーロット、またそんな風にクッキーを食べて。君は本当に……。レイモンドではないけれど。……シャーロット、可愛い」
そういえばレイモンドは私がローレンス皇太子と婚約する前は、よく「シャーロット、可愛い」と言っていた気がする。
「!」
ローレンス皇太子の手が伸び、口元についたクッキーの欠片をとってくれた。
ただ、それだけなのに、ドキドキが止まらなかった。