28:ドキドキの連続
ローレンス皇太子の言葉に感動し、お互いに見つめ合っていたら……。
視線を感じた。
まず左方向。
そちらにはローレンス皇太子と二人で通ったローズのアーチがある。そちらに視線を向けると……。そこにはレイモンドがいた。当然だが、彼はローレンス皇太子の護衛なのだ。そこにいることに文句は言えない。
でも、手を握り合い、感動して熱く見つめ合っているところを見られたと思うと、猛烈に恥ずかしい。
そして右方向。
そこには庭師に連れられ、私の両親を含む今回の招待客が丁度やってきたところだった。ローレンス皇太子と私が噴水のそばにいることに気づき、驚いている人もいる。
「シャーロットとわたしは、ショートカットして近道でここに来たんだ。でも最終的にみんなもここに来ることになっていたからね」
ローレンス皇太子はそう言うと実に優雅にウィンクする。そのウィンクはまさにズキューンと胸を貫き、思わず倒れそうになる。
「大丈夫? シャーロット?」
すかさず支えてくれるローレンス皇太子の運動神経の良さに感動してしまう。そうしている間にも、みんな、噴水のところへやってくる。
みんなと合流した後は、そのまま屋敷の庭へと向かった。そこではバーべーキューの準備が進んでいる。バーベキューと言っても、薪で火を起こし、そこで肉の塊を丸焼きしている感じで、実に豪快。
それでいてきちんと白いクロスが敷かれたテーブルが用意され、そこにはクリスタルガラスのグラスが並び、カトラリーと素敵なお皿も準備されている。みんなが揃うと、ローレンス皇太子の乾杯の合図で、食事がスタートした。
焼き立てのお肉は、岩塩だけでもペロリといただけるぐらいジューシーで柔らかくて美味しい。離宮の畑で収穫した野菜も、本当に美味しかった。
天気にも恵まれ、しかも今日はワンピース。キツイ下着もない。焼き立てパンも運ばれ、食はどんどん進んだ。
昼食の後。
私とグレアムの両親は、離宮の中で過ごすことになった。父親はこの明るい時間からお酒を楽しむという。母親はティールームでおしゃべりタイムだ。
一方の私達は馬で森へ向かうことになった。
もちろん、私はローレンス皇太子と二人乗り。一方のリンは、なんと狩りの経験もあるということで、一人で馬に乗ることが許された。これに対し、私も一人で馬に乗りたいと、ローレンス皇太子に聞いてみると……。
「シャーロット、以前も同じことを言ったかもしれないね。でもあの時、シャーロットはまだ、ただの仲がいい令嬢だった。でも君はもう、わたしの婚約者なんだよ。その身に何かあれば、大変なことになる。シャーロットはいつか、この国の皇帝をその身に授かるんだよ。だからその体は大切にしないといけない。わたしと二人乗りであれば、ちゃんと守ることができるから、ね、分かった? シャーロット」
耳元で。少し息がかりながら、甘い声でローレンス皇太子にこんなことを言われては……。一人で馬に乗りたいです、だなんてもう言えない。
何よりも彼がどれだけ私の体を気遣ってくれているのかが分かり……。感動と同時に、中身が人生経験豊富な私は、いろいろ思い至ってしまい、恥ずかしくもあり……。
ともかく私はこの言葉を聞いた直後に二人乗りに同意し、大人しくローレンス皇太子の白馬にまたがった。彼の白馬はシルキーという名前で、今日も離宮へ一緒に来ていた。
私が馬に乗る頃には、他のみんなの準備も既に終わっている。つまり、いつでも森へ向けて出発できる状態だ。見るとリンはピンと背筋を伸ばし、騎乗している姿も様になっている。さすがヒロイン。なんでもできる設定なのかな。羨ましい。
その一方で。
ローレンス皇太子との二人乗りは……。久々だったが、やはりドキドキする。でもシルキーは私を覚えてくれていたし、感覚はつかめているので、初回よりうんと上手に乗れていた。
軽快に皆、馬を走らせ、森の中へと入って行く。
途中、小川があり、そこには橋もかかっている。石造りのちゃんとした橋があると思ったが、森の中もきちんと整備されていた。つまり馬が走りやすいように、きちんとした道もあったのだ。
なぜ道があるのかというと。
この森の中には湖がある。この道はその湖につながっていた。
さらに森の中には炭焼き小屋、狩りのための休憩所、燻製小屋などがあり、道も整備されているわけだ。そして馬たちは日々この道を通っているわけではないと思うのだが、野生の勘なのか、迷うことなく湖へと向かってくれた。
そして。
見えてきた。湖が。
なんて美しさなのだろう。
澄んだ湖には、空は勿論、周囲の木々や山が映り込み、それはまるで鏡のよう。それでいて湖のほとりまで行くと、底の様子がはっきりと見てとれる。ひょい、ひょいと泳ぐメダカのような小魚の群れも見えていた。
何よりもここについた瞬間。
空気が美味しく感じた。空気に味なんてないのに。
でもそう感じるのだ。呼吸することが楽しい。
私は二人乗りだったけど、他のみんなは違う。護衛についている騎士達も含め、馬から降りるとその世話をしている。
離宮に到着してから。まだリンとはゆっくり話していなかった。
ヒロインと悪役令嬢。
ゆっくり話すなんて、あり得ないかもしれないが。
それでもローレンス皇太子にお願いし、わざわざここまで来てもらっているのだ。馬の世話をするリンに、話しかけることにした。