27:碧いローズ
ティールームで寛いでいる間に、続々とみんな到着した。
お茶会の時と同じく、古代ローマを思わせる白のチュニックに、ターコイズグリーンの布をまとったアルトは、沢山の召使いを引き連れてやってきた。さらに花火やらコットンキャンディーを作れる装置なども持参したようで、夜のお楽しみとなった。そう。今回は一泊二日のお泊り。だからというのもあり、私の両親も同行している。
次に到着したのは、デュークとリン。デュークは明るいグレーのシャツに白のベストにズボンと実に爽やか。一方のリンは、スカートの裾部分が白で、それ以外は鮮やかなイエローのワンピースを着ていた。どうやらリンは黄色が好きなようだ。髪はサイドで編み込みにしてドレスの同色のリボンで結わいている。
そして二人は同じ馬車でやってきたわけだが、「決して私達は交際しているわけでありません」とリンがバッサリ否定し、デュークは分かりやすくへこんでいた。この様子を見るに、どうやらリンは前世と違い、デュークを攻略対象に選んだわけではないようだ。
最後に到着したのはグレアム。グレアムのトレードマークといえば、ローブ。でも流石に今日は暑いので、白シャツにグリーンに黒の格子柄のベストに、グリーンのズボンという姿だ。そしてグレアムも私と同じ。自身の両親と共にやってきた。
私の両親とグレアムの両親は顔見知りなので、四人は会うなり楽しそうに会話を繰り広げている。
みんなが揃ったところで、まずはローズが咲き誇る庭園を見学することになった。離宮の名前にローズと冠しているだけあり、庭園には実に多種多様なローズが植えられていた。品種について詳しくない私は、庭師の丁寧な説明に関心するばかりだ。女性は日傘片手に、男性は帽子を被り、ローズが咲き誇る庭園を進み、庭師の説明を聞いていたのだが。
先頭の方にいたはずのローレンス皇太子の姿がいつの間にか見えない、と思ったら。
突然、手を掴まれ、驚く。
振り返るとそこにローレンス皇太子がいて、唇に中指を当てている。
「静かに」という意味だと理解し、声を我慢した。後ろに続いている警備の騎士はチラリとこちらを見たが、ローレンス皇太子と私は婚約者同士。見て見ぬふりをしてくれている。
すると。
ローレンス皇太子が私を手招く。
どうしたのだろう?
勝手にどこかに行って怒られないだろうか。
両親を見ると、父親が私に気づいたが、ウィンクしている。
つまり、ローレンス皇太子についていっていいということだ。
安心してローレンス皇太子の方に歩み寄ると。
彼は私と手をつなぎ、ゆっくり歩き出す。
手をつないでいる……という事実に心臓のドキドキが止まらない。
ローレンス皇太子と手をつないでいるというドキドキと。どこに行くのだろうというドキドキが重なり、私の心臓はさっきから落ち着かない。
前を行くローレンス皇太子が立ち止まると、そこにはローズのアーチがある。小ぶりのパステルピンクの美しいローズがまさに見頃を迎えていた。そのアーチの中をローレンス皇太子と手をつなぎ進むと……。
わあぁ。なんだかピーチのような、アプリコットのような、甘くていい香りがする。
私が喜んでいると気づいたローレンス皇太子が、私を見て微笑む。その微笑んだ顔が優しくて、甘い香りもあいまって、胸がキュンキュンしてしまう。
そのままローズのアーチを抜けると、そこには小ぶりの噴水がある。
「シャーロット、見てご覧」
ローレンス皇太子に言われ、噴水をのぞくと……。
「……!」
なんて美しいのだろう。
噴水の底には水色のビー玉が敷き詰められ、太陽の光を受け、キラキラと輝いている。その光は揺れる水面に反射し、噴水の水自体が輝いて見えた。その輝く噴水の水には、大小さまざまな色のローズが浮かんでいる。
肉厚な花びらに水滴がつき、それもまたキラキラと輝いていた。噴水の周囲にはローズの芳醇な香りが漂い、もうウットリしてしまう。
ローレンス皇太子はその美しい手を水面に近づけると、碧みがかった白色のローズを摘まみ上げた。ハンカチを取り出し、茎の部分を拭くと。
「碧いローズを作れないか、宮廷の花師も頑張っているのだけど。なかなか難しくてね。これが最近咲いたものの中で、一番碧に近い。シャーロットの帽子に飾ろう」
そう言ったローレンス皇太子はその珍しい碧いローズを私の帽子に飾りつけてくれた。その上で、私の両手を自身の両手で優しく握り、こんな言葉を口にする。
「シャーロットとの結婚式の時までに。碧いローズが完成したらいいな、と思っているんだ。そうしたらシャーロットは、碧いローズのブーケをもてるよ」
……! いろいろな意味で、胸がいっぱいになってしまう。
ローレンス皇太子が私との結婚式のことを考えてくれていること。さらにブーケのことまで。しかもそのために珍しい碧いローズを生み出したいと考えていることに、もう感動してしまう。
喪女で、まずは恋愛をと思ったら、いきなりのプロポーズで。でもちゃんとローレンス皇太子は告白もしてくれて、二人で会う時間を作ってくれた。その上で、二人の未来……結婚式のことを考えてくれている。
一応、いまだ、悪役令嬢であることに変わりはないのだけど、すごく幸せだった。