24:なぜ私にだけ?
「シャーロットさま、どうされたのですか?」
紅茶を持ってきてくれたベッキーが、「うーん」と考え込んでいる私を見て、声をかけてくれた。
私が今、悩んでいること、それは……。
宮殿から屋敷に戻った私は、父親からこの後、寝るまで制服で構わないと言われ、大喜びで部屋に戻った。そして宿題を始めたところで思い出したのだ。ヒロインであるリンからもらったパウンドケーキを。
ホワイトチョコレートでコーディングされ、砕いたピスタチオとドライストロベリーがトッピングされたそのパウンドケーキはとてもオシャレで、普通に美味しそうに見えるのだが……。
疑問があった。
なぜ、私にだけこのパウンドケーキをリンがくれたのか。その理由が……分からなかった。お茶会に誘われた。招待した相手はこの国の皇太子。となったら手土産代わりに手作りお菓子を渡すなら……ローレンス皇太子に対して渡すべきではないのか? でも彼一人と言わず、人数分用意して、みんなに渡してもよかったのではと思う。
もしかして作るのに失敗した……? 成功し、上手く焼き上げることができたのがこれ一つだけ……?
いや、それはないだろう。同じサイズの型に同じ生地を流しいれて焼くのだ。それにこの完成品を見る限り、プロ並みのクオリティ。そんな一つ残して後は全滅なんて失敗はしないと思う。
仮に様々な要因が重なり、成功したパウンドケーキが一つだったとしても。
その一つを渡すのはローレンス皇太子が妥当であり、彼に渡さないのであれば、その場で皆で食べることを提案しても良かったのではないか。
なぜ、私なのか?
リンがヒロインである立場を考えても、攻略対象ではない私に渡す理由が分からない。男子は甘い物が好きではないと思ったから……? でもお茶会へ誘われているのだ。甘いお菓子がないお茶会なんて聞いたことがない。男子は甘い物が苦手、だから唯一の女子である私にプレゼントした……というのも違うと思うのだ。
そこでもしやと思いついてしまう。
リンは実はすでにあのメンバーの中に気になる人物がいて、私を邪魔に思っている、とか? いや、私を狙い撃ちしているならば。リンはローレンス皇太子を攻略すると決めたのかもしれない。
そう考えるとリンは「本当にお可愛い」と言っていた。それは……やはりローレンス皇太子のことだったんだ。
ローレンス皇太子を可愛いと思い、好きになった。でも彼には婚約者がいる。邪魔だ。消えて欲しいと思った。
もしやこのパウンドケーキには毒が仕込まれている……とか?
『ハピラブ』でそんな毒を仕込むような展開はなかったが、他の乙女ゲームでは悪役令嬢がヒロインに対し、毒を盛る展開はいくらでもあった。
そう悩んでいた時、ベッキーに声をかけられたのだ。「どうされたのですか?」と。そこで私はベッキーに相談することにした。初対面の男爵令嬢から手作りのパウンドケーキを私にだけ贈られたことを。なぜ、私だけなのかと気になっていると。
するとベッキーは、あっさり私の悩みに答えてくれた。
「シャーロットさま、皇太子さまは手作りの食べ物は受け取りませんよ」
「え」
「念のためですよ。それこそ毒でも盛られたら困りますから。信頼している調理人が作ったものしか召し上がりませんよ」
な、なるほど。それは……思いつかなかった。
つまりリンは最初から、ローレンス皇太子に手作りお菓子を渡すことはできなかったのか。
「ローレンス皇太子に渡さず、他の皆さんにプレゼントするのは……あり得ないですよね。でもお菓子作りは得意なので、それは知ってもらいたかった。そうなると女子だけにプレゼントする、しかもお菓子。それであれば角も立たないと思ったのでは?」
ベッキーは名推理だ。これが正解に思える。
あ、でもチェリーパイは街のお店で買ったけど、ローレンス皇太子も食べていた。これについてベッキーに聞くと……。
「皆様の前に出す前に毒見をされたのだと思いますよ。どのみち、街ですぐ食べるつもりではなかったですよね?」
「そうね。そう言われて納得だわ」
ということは私はこのリンにもらったパウンドケーキを食べていいということか。
「ねえ、ベッキー。このパウンドケーキをバトラーに渡して、お父様にコルビー男爵令嬢からもらったと伝えてほしいの。それで夕食の後のデザートに出してもらえるよう、手配してもらえる?」
「もちろんですよ、シャーロットさま」
ニッコリ笑顔のベッキーが、パウンドケーキを手に部屋を出て行った。
そして夕食の後。
デザートとしてリンのパウンドケーキがスウィーニー公爵家の食卓に登場した。
味は……美味しかった。外はしっかり、でも中はしっとり。砕いたピスタチオの歯ごたえがよかったし、ドライストロベリーの甘酸っぱさも、アクセントになって美味しかった。
毒が入っているかもと疑ったことを心の中で詫びる。これは御礼をしたいと思った。