21:そうなったら嫉妬するだろう
乙女ゲーム『ハピラブ』の攻略対象の一人、アルト・ヒュー・ラスムス。そしてヒロイン、リン・コルビー男爵令嬢。この二人が、明日のローレンス皇太子主催のお茶会に参加する……。
ドゥニエ高等学園にローレンス皇太子達が入学して一カ月。
ヒロインのことがいつ話題にのぼるかとヒヤヒヤしていた。だが、この一ヶ月、ヒロインの名前が会話に登場することはなかった。調べたわけではない。だがもしかしたら、と思っていた。もしかしたらヒロインは別の学園に進学した……かもしれない。もしくはゲームの設定では、元々ローレンス皇太子とヒロインは同じクラスではない。だからこのまま接点なく、卒業までいくかも……! そんな淡い期待を抱いていたが。
これが現実だ。
ローレンス皇太子とヒロインは既に知り合っていた。しかもお茶会へ招待するぐらい、仲良くなっていた……。
急に不安になる。
どれぐらい仲が良いのか。ヒロインはローレンス皇太子のことをどう思っているのか。私がプレイしていた『ハピラブ』には、攻略対象に婚約者はいなかった。だからどんな展開になるのか、予想がつかない。でもたいがいの乙女ゲームで、攻略対象に婚約者がいたら。攻略対象とヒロインは出会いイベントを経て、仲が良くなり、それを見て婚約者が嫉妬し、ヒロインをいじめ、断罪へと至る。そして婚約者というのは、たいがいが悪役令嬢だ。
ローレンス皇太子とヒロインが仲良くする姿を見て、私は嫉妬するの……?
それは……好きなのだから。
嫉妬しても、仕方ないのでは?
だって。
もう好きになってしまっていた。
突然プロポーズされ、告白され、ローレンス皇太子の気持ちを知り。その誠実な人柄に完全に恋に落ちてしまっていた。
それでもどこかに不安が残り、「大好きです!」とこちらから全面的に好き・好きオーラを出せているわけではない。表面的に見た場合、私とローレンス皇太子との距離が縮まっているとは、誰も思わないだろう。
でも実際は違う。
心の距離はうんと縮まっていた。だからもしローレンス皇太子とヒロインが仲良くしていれば、間違いない。嫉妬するだろう。だからといって、ヒロインをいじめるかというと……。
まず物理的に無理だと思う。何せ向こうは高校生、でも私は中学生。ローレンス皇太子が主催するお茶会や何かがないと、会う機会がそもそもない。そしてそういう機会で会っている時に意地悪をするのは……難しいと思う。何せまずローレンス皇太子がいる。レイモンド、グレアム、デュークだっているのだから。意地悪しようとすれば、みんな全力で止めてくれるはずだ。
うん、大丈夫。
それに……。
もし、もしも。私がヒロインをいじめたい気持ちになってしまったら。その時が潮時だ。断罪回避行動をとる。もう好きになってしまったローレンス皇太子から断罪されるなんて、しかも断頭台送りを宣告されるなんて、耐えられるわけがない。そうなる前にとっと回避だ。
そう考えると気持ちが楽になった。
悶々と悩み、眠れなかったらどうしようかと思ったが、そんなことはなく、ぐっすり休むことができた。
◇
翌日。
学校から戻ると、お茶会に向け、ドレスに着替えることも考えたが……。中等部の制服で。お茶会に参加してみることにした。それはなんとなくの思いつきだった。制服姿で宮殿へ行ったことは一度もない。というか、制服姿でいつものメンバーに会ったこともない。だから少しサプライズになるかなと思ったのだ。
何よりも。
これまで宮殿で会うメンバーの中に女子はいなかった。でも今回はヒロインがやってくる。ヒロインは……私より3歳上。私は悪役令嬢だが、3歳年下で、まだあどけない。でもヒロインは間違いないく大人っぽい。それでドレスを着たら……。
中学生と高校生で女らしさを競って、勝てるわけがない。
それならいっそ制服でと思ってしまったのだ。
何より私が今着ている制服は。実に素敵なのだ。
明るいグレーのブレザーに同色のプリーツスカートは、襟や裾に白のライン。襟のリボンはパステルピンクで、ブレザーのボタンも同じ色。髪はおろしていたが、ハーフツインテールにして、ブラウスと同色のリボンをつけた。
まあ、思いっきり中学生っぽいが。これでヒロインと比較されることもないだろう。
「おや、シャーロット。今日は制服で皇太子さまのお茶会に行くのかい?」
私を迎えに来た父親は驚きつつも、「でもこんなに愛らしいのだ。誰も文句は言わないだろう」と微笑む。それは……そうだと思う。皇太子の婚約者に「何、制服なんて着ているのよ」と文句を言えるのは、皇帝陛下夫妻ぐらいでは? しかも絶対このお二人が私の制服姿に文句なんてつけるわけがない。
ということで馬車に乗り込み、宮殿へと向かう。
中等部に進学してから。
父親は宮殿のエントランスで私を見送り、屋敷へと戻るようになった。お茶会であれ、部屋で遊ぶのであれ、もう初等部の頃の私ではない。一人でお茶会の会場、部屋へ行けるだろう、ということだ。
宮殿内は警備の騎士がいるし、一人でも問題ない。
気軽な気持ちでいつものお茶会の場所、庭園のテラスへ向かうことにした。
「シャーロット!」
呼ばれて振り返ると、そこには明るいグリーンのローブを着たグレアム、その隣には……。
シルバーアッシュの髪に健康的な小麦色の肌、天色の瞳に発色のいい唇。古代ローマを思わせる白のチュニックに、瞳と同じ天色の布を体に巻き付けている。
間違いない。彼こそ、乙女ゲーム『ハピラブ』の攻略対象の一人、アルト・ヒュー・ラスムス。絵のような文字を使うミナル国の第二王子だ。
私に追いついたグレアムは、アルトのことを私に紹介し、私は自分で自己紹介をした。
「そうか。君がローレンス皇太子の婚約者の……! その制服は……」
私を見て、何度も頷いたアルト第二王子が尋ねる。
「あ、これはエスクード学院中等部の制服です」
「なるほど。君はまだ高等部ではないのだね。その制服、とてもよくお似合いですよ」
アルトが元気がよく笑う。するとグレアムも私の制服について口を開く。
「妹は留学している、そして私は男子校だった。中等部の女子の制服なんて、見る機会がほとんどなかったが……。いいと思うな」
相変わらず口調は冷たいが、言っていることは普通に私を褒めてくれている。なんだか嬉しくなりながら、グレアムとアルトの中等部での制服の話を聞きながら、お茶会の会場へ向かった。
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