20:もしも……
「シャーロット。わたしはすべて話したよ。いろいろ分かってくれた?」
分かった。よーく分かった。
いろいろな謎も解けた。
私に5歳の時の記憶があれば。いろいろなことがもっとスムーズだったかもしれない。
でも覚えていなかったのだから。仕方ない。
それにしても。
そんなことがあってローレンス皇太子は私を好きになってくれたのか。
私は……恋愛がなくいきなりプロポーズだ!と思ったが。
ローレンス皇太子は違う。
8歳のあの時からずっと。私への気持ちを募らせ、今日へ至っていたのだ。
「初めての出会いとわたしがシャーロットを好きになった理由は理解してくれたのだね。でも……出会いの記憶がなかった。それは仕方ないよね。それでも湖でシャーロットを救いだし、お茶会に誘っても、なかなか打ち解けてくれなかった。それはなぜ?」
ローレンス皇太子が碧い瞳を少し寂しそうに曇らせ、私に尋ねた。それは一目見た瞬間に「ごめんなさい!」と抱きしめたくなる表情だった。
乙女ゲームのことも悪役令嬢のことも言うことはできない。それでも何とかその表情を晴らしたいと思っていた。
「皇太子さま、私は……まだ子供です。あのお茶会以降、いろいろ誘っていただきましたが……。皆さんが大人に見え、でも自分は子供に感じてしまい……。打ち解けたい気持ちは勿論ありました。でも立場とか考えると、恐れ多いと感じてしまったのです」
私の言葉を聞いたローレンス皇太子の顔は、寂しそうな顔から一転、とても明るいものに変った。
「そういうことだったのだね。別にわたしのことが苦手とか、そんなわけではなかったのか。……とても心配していたんだよ。わたしではなく、レイモンド、グレアム、デューク。彼らの方を好きになってしまうのではないかって。でも婚約者でもないのに、シャーロットと二人きりで会うわけにはいかなかったから。どうしても彼らは必要だった」
苦手……。
ある意味、苦手だった。何しろ、将来的に断頭台送り、国外追放、娼館送り、修道院送りを命じるメンバーとお茶会をしていたのだ。リラックスできないし、緊張するわで大変だった。
それでも。
みんなまだ子供で、一緒にいると悲惨な末路につながる攻略対象であることを忘れそうになった。共に過ごすことが楽しいと思える瞬間は、何度もあったわけで。
「シャーロット。今はもう大丈夫? その恐れ多いとか、年齢のこととか。まだ気になる?」
「それは……かなり薄らいだと思います」
「そうか。……今後は、どうしたい? 私と二人きりで会うのと、いつものメンバーで会うのは、どっちがいい?」
……!
これは……難しい。
喪女ですから、異性と二人きりで会う……デートに対する耐性なんてない。恋愛を知りたいのだが、その相手がいきなりローレンス皇太子。そして二人きり。
む、無理だろう。今はなんとかなっているが。
かといっていつものメンバーで会う。
これはこれで悩ましい。何せ攻略対象なのだから。本当なら攻略対象から離れたいと本能的に思っていたわけで……。
でもそうなると、この二つからでは選ぶことができない。
どうしたらいいのか。
「まさか……、わたしともあのメンバーとも会いたくない……と思っていたりする?」
ギクッ。実際は……そうだ。みんな攻略対象だから。
でもそれは口が裂けても言えない。
それにもう、ローレンス皇太子とは婚約しているのだ。
もう会わないとか言っている場合ではない。
慌てた私はなんとか答える。
「こ、皇太子さま。私は恋愛がなんであるかもよく分かっていません。それなのにいきなりプロポーズで結婚で、驚いて……困惑しています。だからその……二人きりで会う。二人きりで会ってどうするの? とか、本当にも良く分からないのです……」
するとローレンス皇太子は私の頭を優しく撫で「ごめん、ごめん」と応じる。
「そうだね、シャーロット。何も……分からないよね。でも……わたしだって実は分からない。何せ告白したのもプロポーズしたのも、シャーロットが初めてだから。……手探りになってしまうかもしれない。それにシャーロットもわたしもまだ学生だ。実際に結婚するのはまだ少し先だからね。これからは……うん。これまで通り、みんなと会う日もあれば、わたしと二人きりで会う日もある。それでどうかな?」
そうなのか。
そうなのですか。
将来絶対にハンサムなることが約束された文武両道のローレンス皇太子なのに。恋愛経験は私と同じ。ない。ゼロ。これは……驚きだ。
手探りで二人で知って行く……いいと思う。
実際に結婚するのはまだ少し先……本当に結ばれるのだろうか? 結ばれたら……いいなと思う。断頭台送りにされるより、ハッピーエンドが一番だ。
そう思った瞬間。思わず尋ねていた。
「もしも……」
「どうしたの、シャーロット?」
「もしも私がとってもいけないことをしたら……皇太子さまは私を嫌いになって、断頭台に送ったりしますか?」
ローレンス皇太子は、もうどう表現すればいいのか。
唖然とし、呆気にとられ、そしてどう答えていいのかと固まってしまった。美貌のローレンス皇太子がこんな表情をするなんて。驚いてしまう。
何度か何か言いかけ、それを飲み込み、また言いかけ、口をつぐむ。それを何度も繰り返し、ようやく口を開いた。
「とってもいけないことが何であるか、想像もつかないよ。でも、もし、シャーロットが何か起こしたとしたら……。それは……シャーロット一人の責任ではないと思う。わたしはシャーロットの婚約者なのだから。とんでもないことをシャーロットがするぐらい悩んでいるなら、それに気づけないといけない。それに気づけず、シャーロットが何かしたのなら。責任は共に負う。決してシャーロット一人が追い込まれるような事態にはしないよ。それに……その言葉にするにも憚られる刑をシャーロットに課すなんて……。わたしが? ありえないよ。そんなことをするなら、わたしは狂ってしまっているだろう」
真剣に考えながら、ローレンス皇太子はそう答えてくれた。
これにはジーンとしてしまう。彼の本心が語らせている言葉と分かったからだ。
「わたしがそんなことをすると思わせるような言動をしていたのかな? もしそうなら申し訳なく思うし、改善したいと思う。シャーロット、わたしに直して欲しいところがあれば、遠慮なく言って」
ローレンス皇太子は私が想像している以上に素晴らしい人だ。彼だったら……大丈夫なのかもしれない。結ばれることを願っても。
この後私は、思い付きで突拍子もないことを言ったと謝り、でもローレンス皇太子は思い付きで言うことではないと、真剣に私のことを心配してくれた。
何度も悩みがあるなら相談して欲しい、自分に至らないところがあれば言って欲しいと言われ……。彼の人柄の良さに触れ、本当に涙が出そうだ。
そしてちゃんと遅くならない時間で屋敷に私を送り届け、宮殿へと帰って行った。
翌日以降。
これまで通り、二日に一回は宮殿へ呼ばれ、皆と一緒に過ごし、時にローレンス皇太子と二人で過ごした。二人で過ごす……といっても、特別なことをするわけではない。皆といる時とそれは大きく変わらない。日に日に成長して大きくなるキャラメル、ホワイト、ソックス、ティー、そしてコットンを可愛がり、読書したり、お茶をして過ごした。もちろん、レッスンという名の皇妃教育も続いている。
こうして月日は流れ、私は初等部を卒業し、ローレンス皇太子達は中等部を卒業した。そして季節が変り、私は中等部に進学し、ローレンス皇太子達はドゥニエ高等学園へ入学した。
「シャーロット、皇太子さまから手紙が届いているよ」
父親から受け取ったローレンス皇太子からの手紙は、いつも通り、光沢のある美しい封筒に入っている。裏面には彼のシグネツトリングの封蝋。
ゆっくり封筒を開封し、手紙に目を通す。
そこにはこう書かれていた。
「シャーロット、明日のお茶会には同級生の男子と女子を一人ずつ招待することになった。二人ともとても素晴らしい人で、シャーロットともすぐ仲良くなれると思うよ。アルト・ヒュー・ラスムスは、シャーロットがくれた懐中時計に刻まれていた文字の国――ミナル国の第二王子だ。そしてリン・コルビーは男爵家の令嬢だよ」
読み終えた手紙は私の手からパサリと床へと落ちていく。
アルト・ヒュー・ラスムスは乙女ゲーム『ハピラブ』の攻略対象の一人。そしてリン・コルビー男爵令嬢は……ヒロインだ。