18:シャーロットのものだよ
到着したのは、帝都で一番高いと言われている塔だった。
日中は観光客向けに解放されているが、この時間はクローズしている。
だが、この塔――東晶宮は、皇族が所有していた。だから、係員はローレンス皇太子がくると、あっさり中にいれてくれた。
「最上階まで上る護衛の騎士は、レイモンドだけでいい。後のみんなは他の誰も上って来ないよう、下で見張って欲しい」
ローレンス皇太子の指示に従い、騎士達は配置につく。
「シャーロット。この塔はとても高いから、最上階までシャーロットのそのドレスと靴で行くのは大変だ。だから途中からはわたしが抱っこしていくから、一緒に上ろう」
この世界にはまだエレベーターもエスカレーターもない。あ、エレベーターは簡易なものがあるが、大勢の人を乗せるようなものはない。
ということでらせん状になっている階段をゆっくり上っていく。
ローレンス皇太子の言う通り、確かにこのドレスと靴では上るのが大変だ。多分、階数で言うと、5階ぐらいでギブアップになった。
「ローレンス皇太子さま、俺が運びましょうか?」
気を使い、距離をおいて階段を上ってきたレイモンドが、ローレンス皇太子に声をかけた。
「レイモンド。シャーロットはわたしの婚約者だ。わたしが最上階まで連れて行くよ」
そう言うなりローレンス皇太子は軽々と私を抱き上げた。
その瞬間、お姫様抱っこされていると気づき胸がドキドキとする。
お姫様抱っこ自体は、父親が散々しているので、抵抗感はない。それがローレンス皇太子であっても、お姫様抱っこされることに、緊張感はなかった。
ただ。
一緒に過ごす時間の中で、ローレンス皇太子を異性として意識することになったのは、奇しくも15歳になった皇族や貴族の男子のための祝賀パーティーの時だった。そして今、こうやって私をお姫様抱っこするローレンス皇太子は……。
間違いない。少年から、青年へと確かに成長を遂げている。その腕の筋肉、触れる胸板、肩や首。それはもう少年のそれではなくなりつつある。それに気づいてしまい、ドキドキしてしまったのだ。
それを誤魔化すように、私はローレンス皇太子に尋ねた。
「皇太子さま、私は重くないですか?」
私の問いにキョトンとしたローレンス皇太子は、思わず立ち止まってしまう。そしてクスクスと美しく笑う。
「シャーロットが重い? まさか。軽いとは言わないけど、わたしでもちゃんとこうやって抱きかかえて階段を上れる。問題ないよ」
「そうですか……」
「ちゃんとね、シャーロットを守るために毎日鍛えているから。……石投げも上手くなったんだよ」
「え、そうなのですか?」
そこからはあのカラスの襲撃の日を振り返り、その後、石投げ訓練でどんなことをしたのか、ローレンス皇太子が楽しそうに話してくれた。そうやって話していると。気づかないうちにローレンス皇太子との間に思い出を作っていたことに、気づいてしまう。
その思い出は、遊んでばかりの記憶だけど、楽しく、ワクワクとして、時にドキドキもした。記憶の中のローレンス皇太子は、間違いなくハンサムで素敵だった。
そんなローレンス皇太子と婚約したのか。
いまだ実感はない。何より攻略対象だから危険というフィルターで未だ見ている。それでも……好きなんだろうなぁ、彼のことが。
そう気が付いてしまう。
ローレンス皇太子を好きになった未来は……どうなるのだろう。約一年後。彼はドゥニエ高等学園に入学し、ヒロインと出会う……。
「さあ、着いたよ。シャーロット」
そう言ったローレンス皇太子が、私を床におろした。そして目の前の青銅製の扉の鍵を開け、ゆっくり押すと。
塔をぐるりと囲むスペースに出ることができた。手すりしかなく、帝都の景色が一望できる。風が少し吹いているが、そこまでではなく、茜色の空が広がっていた。
「すごいです……」
前前世では、展望台に行けば、これぐらいの景色、簡単に見られるが。
この世界では違う。
高層ビルなんてないから、こんな景色、簡単に見られるわけではない。
手すりに両手をつくと、その両手のそれぞれのそばに、ローレンス皇太子の手が置かれた。すぐ背後に彼がいると分かった。
「シャーロット、こうやって見渡す帝都はどうだい?」
「区画整理がきちんとできていて、建物が整然と並んでいると思います。隣同士の壁をつなぎ、土壁を作り、火事の延焼を防止する作りになっていますよね」
ローレンス皇太子が絶句している。
なぜ……?
しまったーーーーっ。
前前世では、世界遺産の建造物を見るのが趣味だったから、そういう目線でつい語ってしまった。
「……シャーロットは、博学だね。なんだかわたしより年上に思えたよ」
確かに中身は人生経験豊富な人間なので、間違ってはいません……。
「あ、あの、屋根の色がみーんな一緒なので、統一感があって綺麗だと思います!」
懸命に子供らしさをアピール!
「そうだね。帝都として、屋根の色は明るいブルーで統一しようとしているから」
そこでローレンス皇太子が耳元に口を近づけた。
「この帝都……ディナール皇国は、私とシャーロットでこれから、今まで以上に発展させ、栄させ、そこに暮らす人々が幸せと思える場所にするんだよ。永遠の安寧を二人で作るんだ」
急にそんなことを言われ、もう心臓がドキドキしてしまう。
だって今の言葉は、皇帝と皇妃として、この帝都を繁栄させようと言っているわけで……。
「あ……ちょっとシャーロットには難しかったかな?」
ここは先程の失敗を挽回するため、子供アピールでこくこくと頷く。つまり、何を言われたか分かりません、と。すると。
「シャーロットがお妃さま。わたしが王さま。シャーロットとわたしは将来結婚して、この国に住むみんなを、幸せにするんだよ」
子供でもよく理解できる言葉で変換され、かつこれに対しては「そうですね」としか返事できない。というわけで再びこくこくと頷く。
「良かった。シャーロットもわたしと結婚して、この国のみんなを幸せにしたいと思ってくれているんだね」
それは……そう、なのかな。
分からない。この婚約が本当に結婚までつながるのかが。
「さて、シャーロット、少し移動するよ。そっちへ行くと、海が見えるから」
そう言ってローレンス皇太子が私からはなれると、このスペースに来る時に通った扉のところにレイモンドがいて、私と目が合うとウィンクした。
そこでふと思う。
レイモンド、グレアム、デュークは、ローレンス皇太子と私が婚約することを知っていたのだろうか? 知って……いたのかな。少なくともレイモンドは知っていただろう。ローレンス皇太子の一番近くにいつもいるのだから。グレアムは未来の宰相として、ローレンス皇太子を支える立場だ。知っていてもおかしくない。デュークは……知らなかったと思う。
そんなことを思っていたが、目の前の景色に考え事は吹き飛ぶ。
ローレンス皇太子が言う通り、そこには海が見えていた。
その海には今まさに、夕陽が沈もうとしている。
水平線のあたりが眩い程に輝き、直視ができないぐらいだ。
「シャーロット、夕陽はあっという間に沈むから。よーく見ているんだよ」
「はい!」
美しい。本当に。空気が澄んでいるからだろうか。
夕陽の光が綺麗にこちらまで届いている。
眼下に広がる帝都の街並みも、オレンジ色に染まっていた。
太陽はまるで海に呼ばれているかのように、どんどんと水平線に近づいて行く。
「あ」
太陽と水平線が今まさに接した。
「海と太陽の神がキスをしたんだよ」
隣にいるローレンス皇太子が、なんともロマンチックな例えをしてくれる。
そこからはどんどん太陽が沈み、海は白金色にキラキラと輝いた。
するとローレンス皇太子が沈みゆく夕陽に手を伸ばした。
何をしているのだろう?
「シャーロットに、あの美しい太陽をプレゼントしよう」
まるで太陽をつかむように手を動かしたまさにその時。
ローレンス皇太子の手の中で太陽が消えた……ように見えた。
さすがにリアル12歳ではないので、水平線に太陽は没したと思うのだが。でもローレンス皇太子の手の動きと太陽が沈むタイミングは完全にシンクロしていた。まるでローレンス皇太子が太陽をその手につかんだ。そんな風に見えた。まるで手品みたいに。
「手を出して、シャーロット」
言われるままに手を出すと。ローレンス皇太子の左手が私の左手を掴んだ。
「……シャーロットの手は本当に愛らしいね」
微笑むローレンス皇太子が美しく……。
思わず頬が熱くなる。
「はい。今日の夕陽はシャーロットのものだよ」
「あ」
私の左手の薬指にはダイヤモンドの指輪がはめられていた。
夕陽に負けないぐらい、キラキラと輝いている。
「これは婚約指輪。シャーロットがわたしの未来のお嫁さんになるっていう証だから、学校以外ではつけていてね」
ダイヤモンドの指輪に負けないぐらいの笑顔になったローレンス皇太子は、今度はその場に片膝を地面につき、跪いた。