17:美味しいのだ。仕方ない。
翌日。
学校から戻ると、ご機嫌なベッキーの手で私は制服からドレスへと着替えることになった。
ローレンス皇太子がこれから迎えにくるのだ。婚約者であるローレンス皇太子が。可能な限り、オシャレをしましょうということで、舞踏会へ行くわけでもないのに、行けそうなぐらいドレッシーな装いになった。
チェリーレッドのドレスは、スカート部分にチュールが何層も重ねられ、裾にスパンコールが散りばめられている。身頃には花をかたどった刺繍が施され、ウエストにはシャンパンゴールドのリボンを結わくようになっていた。このリボンはスカートの半分ぐらいの長さがあり、綺麗なドレープを描いている。後ろ姿がとっても可愛い。
当然のようにローレンス皇太子がプレゼントしてくれた、ピンクダイヤモンドのペンダントとイヤリングもつけることに。
やはり舞踏会に行けそうだ。
用意が終わったところで先触れが来て、ローレンス皇太子はもう屋敷の門のところまで来ているという。部屋にやってきた両親に連れられ、エントランスでローレンス皇太子を待つことになった。
「シャーロット、とっても華やかだよ。きっとローレンス皇太子もその姿を見て喜ぶと思うな。こんなにオシャレして待っているのだから。シャーロットがローレンス皇太子に会いたくて、会いたくてたまらなかったって思ってくれるよ」
父親の言葉に私は何も言えない。
このオシャレは決して私の意志ではない。そんな会いたくて、会いたくてなんて思っているわけがなかろう! この婚約が悪役令嬢であるシャーロットにとって、吉とできるのか、凶とでるのか、それが分からないのだから。
何より。
一体これからどこへ行くのか。何を渡されるのか。
不安しかない。
「ローレンス皇太子さま、いらっしゃいました」
エントランスにやってきた馬車を見て、思わず口を開け、ぽかーんとしてしまう。
だって。
絵本や童話でみたような馬車がそこにあるのだ。
白馬がひく馬車はハートのような形をしており、色は真っ白で、装飾は金色。皇太子を示す紋章がバーンと扉を飾っている。前後の護衛の騎士も真っ白な軍服を着ていて……!
レイモンドがいる! 黒がトレードマークなのに。ちゃっかり白の軍服を着ているし!
御者が扉を開き、馬車から降りてきたローレンス皇太子は……。
ひゃぁぁぁ、これは……尊い。
眼福。美しい。
ローレンス皇太子も騎士としての訓練を受けているし、有事の際は軍を率いることになる。でも『ハピラブ』は全年齢版だし、設定で平和な世界になっているから、戦争とか起こることはないのだけど。それでも軍服は用意されていた。その軍服をローレンス皇太子が着ている。
みんなが真っ白の軍服を着ている中。
彼だけが目にも鮮やかなスカイブルーの軍服を着ている。飾りボタンや飾緒、肩章は銀色で白のロングブーツがよくあっていた。
「シャーロット、会いたかったよ」
ローレンス皇太子は、百年ぶりの邂逅という表情で私を見ているが、昨日の今頃も会っていたのですけど。そんな風に思うことで、思わずデレそうになる顔を引き締めた。
いかん。
普通に、ハンサムすぎる。
ローレンス皇太子はそのまま両親に近づき、挨拶をし、遅くならないように帰りますと伝え、私の手をとる。そこで気が付く。これから二人きりで馬車に乗るのだと。両親は、同行するつもりがないのだと!
てっきり両親が同行するのかと思った。私、まだ12歳だし。でも護衛の騎士は十人近くいる。両親がいなくても……問題はなかった。
私は12歳。そしてローレンス皇太子は15歳。
ローレンス皇太子は昨日、紳士の仲間入りをしたが、私はまだまだ子供だ。変なことは起きない。問題ない。そうは思うが緊張はする。中身は人生経験豊富な人間なのに、情けない。でも喪女なので、仕方ないのですよ。
というわけで馬車にローレンス皇太子と横並びで座った。
ゆっくりと馬車が動き出す。
しばらくは窓からこちらへ手を振る両親に、ローレンス皇太子と手を振っていたが、その姿も見えなくなると。
「シャーロット。今日は学校から戻ってから、お茶はした?」
ローレンス皇太子がにこやかに尋ねた。
「いえ、していません」
ドレスに着替えるには相応に時間もかかるし、何よりローレンス皇太子を待たせるわけにはいかない。だから学校から戻るとすぐ着替えだったのだ。
「そう思ったからね。お菓子を用意したよ」
そう言ったローレンス皇太子は、籠を取り出した。そこには焼き菓子、チョコレート菓子、キャンディーなど、見るからに美味しそうなお菓子が見える。
「わあぁぁ」
子供らしい、可愛らしい声が出ていた。
それを見たローレンス皇太子は実に美しく微笑み、私に尋ねる。
「シャーロットはどれを食べたい?」と。
これは……悩む。
だって正直に答えるなら「全部」だからだ。
いくら何でもこれはがめつい。
未来の皇妃とは思えない発言。
そう思い、遠慮がちにキャンディーを指差す。
ピンクと黄色と白のストライプの包みにつつまれたキャンディーは、何味かも分からない。でもすぐ目の前にあり、指でさすには丁度いい場所にあったのだ。
「これかい。いいよ」
そう言われ、手を伸ばそうとすると。
私の手をローレンス皇太子がフワリと掴んだ。
「待って、シャーロット」
優雅にそう言われると、途端にはしたないことをしてしまったのではと、ドキドキしてしまう。すぐに手を離したローレンス皇太子は、キャンディーをとると、籠を自身の横におく。包みを開けると、そこには乳白色のキャンディーが出てきた。
「シャーロット、食べさせてあげるよ。お口を開けて」
「!!」
当然ですが。
「ノー」の選択肢はないので、素直に口を開けると。
ローレンス皇太子が、キャンディーを口に入れてくれる。
「!!」
「どうしたの、シャーロット?」
私は驚いて顔をあげ、ローレンス皇太子を見る。
「キャンディーかと思ったら、ラムネ菓子でした」
「それで驚いたの?」
頷くとローレンス皇太子は、楽しそうにクスクスと笑う。
「ラムネ菓子だとすぐ食べ終わってしまう。次に何を食べたい?」
ならばとマカロンを選ぶ。
それもローレンス皇太子が食べさせてくれる。
招待されたお茶会でも、マカロンはよく登場していたが。
これが絶品で美味しいのだ!
あっという間にフランボワーズ味のマカロンを食べ終えてしまう。
「このチョコレートクッキーも美味しいよ」
それは生地が凹型になっていて、くぼんでいる部分にチョコレートが流し込まれていた。見るからに甘くておいしそうだった。勧められるままに、食べさせてもらう。
予想通り美味しい。
「喉も乾いただろう。冷めているけど、紅茶もあるよ」
水筒を手にしたローレンス皇太子に、紅茶まで飲ませてもらえた。
それをごくごくと飲んでいる時に気づく。
完全に餌付けされている……と。
でも……美味しいのだ。仕方ない。
それにこうやってお菓子を食べさせてもらっていると、変に緊張しないで済む。
もう、いい、餌付け万歳だ。
ということで紅茶の後もいくつかお菓子を食べさせてもらった。
本当はもっと食べたかったが。
「夕食を食べられないと困るからね」とやんわりストップがかかった。同時に、目的地に到着したようだ。
馬車がゆっくりと止まった。