15:えええええ、そうなの!?
バルコニー席には2脚の椅子とサイドテーブルが置かれ、既にそこには美しいクリスタルグラスに入った飲み物が用意されている。扉を開けると臙脂色のカーテンがあり、それをめくり出入りするようになっているのだが。その扉とカーテンの空間に、2名の警備の騎士が配備されている。扉の外の廊下にも警備の騎士がいて、ただもうそれだけで「VIP」感が半端ない。
前世も前前世においても。
こんな待遇を受けたことがない。おかげで心臓のドキドキは一向に静まらない。
ローレンス皇太子は私を座らせると、ゆったりと脚を組んでステージを見下ろす。
その横顔の美しさと言ったらもう……。
なんのしがらみもなく、この世界に転生していたのなら。この横顔に間違いなく恋をしていただろう。だが私は悪役令嬢。断罪回避の方法を知っているが、そもそも回避するような状況にならないことを願っている。そして二度の人生で経験できなかった恋愛を経験し、脱・喪女を目指しているのだ。
ローレンス皇太子はなんだか理由が分からないが、ともかくそばに私を置いておきたいと思っている。もはや飼い猫の一匹ぐらいに思われているのかもしれないが。だから……そばにはいるだろうが、私からは極力関わらず、そうだ! 推しのフィギュアを愛でるように。少し離れて眺め、ため息をついていればいいだろう。
よし。そうしよう。
私が決意したところで、祝賀パーティーの第一部が始まった。
皇帝陛下からのお祝いの言葉は背筋を伸ばし、有難く聞いていた。宰相や大臣、騎士団長などの祝辞までは……ちゃんと聞いていたと思う。でもそれ以降は……。
長い。
どうしてこう、偉い人というのは話が長いのだろう。もはやウトウトしかけたその時。
いきなり楽団による演奏が始まり、驚き、椅子から落ちかけたが。ローレンス皇太子が両腕を伸ばし、体を支えてくれた。そしてウィンクして微笑んだのだが……。
うーん。
もう普通に恋をしてしまいそうでヤバイと思います。
御礼の意味で頭を下げ、視線をステージの楽団へ戻す。
だらだらした祝辞に反し、楽団の演奏は素晴らしかった。聞いたことのある曲がいくつも演奏されたので、楽しく聴くことができた。そろそろ演奏も終わると思ったその時。
なぜか皇帝陛下が再び、ステージ中央に登場した。
ローレンス皇太子の父親ということもあり、皇帝陛下は若々しくたくましく、やはり整った顔立ちをしている。何より皇帝というオーラで存在感があり、きっとそばにいったら圧倒されそうだ。
そんな皇帝陛下が話し出したことは……。
「我が息子であり、皇太子であるローレンス・ジャン・シュライナーも、今日、めでたく紳士の仲間入りを果たしました。未来の皇帝として、日々研鑽を励む皇太子ですが、一人の男性として、遂に伴侶を定めました。この晴れの日に、皇太子の未来の花嫁、婚約者を発表したいと思います」
えええええ、そうなの!?
これにはもう、ビックリで、ホールにいる人々から一斉にざわめきが起きる。
驚いてローレンス皇太子を見ると、彼は余裕の表情で笑みを浮かべていた。
ざわめくホールの人々にむけ、再び皇帝陛下が声をかける。
「皆さま、驚いたようですね。一体、皇太子の婚約者はどこのご令嬢なのか。大いに気になるところでしょう。では、発表してもらいましょう」
皇帝陛下のこの言葉に、ホールの人々はシンとなる。
同時に。
ローレンス皇太子がどこにいるのかとキョロキョロしている。
バルコニーにいるとは分かっていないのだろう。
すると。
ライトがまさにローレンス皇太子と私がいるバルコニーを照らした。
ホールから「おおっ」という声が上がる。
ローレンス皇太子は実に優雅な仕草で椅子から立ち上がった。
ただ、それだけで。
拍手が起きた。
私も慌てて拍手を送った。
その拍手を静めるよう、ローレンス皇太子は手を振り、それに合わせ、再びホールから音がなくなった。
「皆さま、祝賀パーティーの場で、私事の発表となり、恐縮です。どうしても今日という晴れの日に、わたしの愛する婚約者を紹介したいと思い、皇帝陛下には無理を言ってしまいました」
そこで一呼吸置くと。
「彼女との出会いは私にとっての運命でした。彼女のおかげでわたしは、今日までそしてこれからも、皇太子に必要とされる知識を学び、経験を積んでいくことができると思います。国民のため、そして彼女のために。わたしの人生を捧げたい。そう思っています」
なんと。
そんな女性がローレンス皇太子にいたとは。
だったらその女性を今日同伴すればよかったのに。
あ、そうか。
サプライズをしたかったのか。
「彼女のことを皆様に紹介したいと思います」
そう言ったローレンス皇太子が私を見た。
いや、私を見たのではなく、私の後ろにいるその婚約者の女性を見た。
そう思い、後ろを振り返ると。
そこには誰もいない。
あれ?
と思ったら。
ローレンス皇太子に手をとられ、そのまま椅子から立ち上がることになった。
え?
「わたしの婚約者のシャーロット・スウィーニー公爵令嬢です」