14:急に心臓がドキドキしてきた
「シャーロット、私の愛らしいプリンセス。さあ、ローレンス皇太子さまに会いに行こう」
黒のテールコートで正装した父親は、とってもカッコいい。その父親と並び、ロイヤルパープルのイブニングドレスを着た母親も、本当に美しい。この二人の子供である私、シャーロットも当然可愛いのだ。
今から私は両親と共に、15歳になった皇族や貴族の男子のための祝賀パーティーに向かう。まだ社交界デビュー前の私は、今生においては夜に開催されるパーティーの類に参加したことは一度もない。ゆえに今日の祝賀パーティーが、初めて参加する夜に開催されるパーティーになる。
夜といっても舞踏会が始まる時間より全然早い。
同伴される女子が年下である可能性も踏まえ、祝賀パーティーの開始時刻は16時。18時30分にはお開きとなり、家路へ急ぐ形になる。
「さあ、着いた。ローレンス皇太子さまは、迎えに来てくれているかな?」
祝賀パーティーは、エントランスで同伴する女子を迎えるところからスタートだ。だから馬車はスロープで順番を待ち、エントランスへと向かう。そこの順番待ちを踏まえ、14時ぐらいからスロープには馬車の行列ができる。エントランスで待機する男子陣も大変だ。
「スウィーニー公爵令嬢、ご到着です」
エントランスを警備兼整備する騎士の合図で、馬車の扉が開かれる。
まずは父親が降り、母親をエスコート。
ここからパーティーが終わるまで、両親とは別行動になる。
続いて私が馬車を降りようとすると。
「シャーロット、待ちかねたよ。今日はわたしのために祝賀パーティーに来てくれてありがとう」
華やぐような笑顔のローレンス皇太子が私の手を取った。
目に飛び込んできた彼の姿に、思わず息をすることを忘れてしまう。
これまでも何度も何度も会っているのに。
見慣れているはずだったのに。
前髪の分け目が変り、初めて見るテールコート姿というだけで、こんなにも驚いてしまうのか。
この世界のテールコートは黒ばかりではない。
実に様々な色がある。
ローレンス皇太子は自身の瞳にあわせ、白シャツの上にセレストブルーのテールコートを着ていた。タイはコバルトブルーで、白のロングブーツもよく似合っている。本当にハンサムで美しい。何よりこれまでで一番、大人っぽく見える。
何だろう。
今までローレンス皇太子と会っても、そこまで大人だと認識していなかった。大人っぽく見えても、しょせんは15歳、前世で80歳まで生きた私からすると、お子様としか思えなかったのだが。今は大人……というか、異性に見える。
異性であると認定してしまうと、急に心臓がドキドキしてきた。
「さあ、シャーロット、行こう」
慌てて、馬車から降りる。
ローレンス皇太子はゆっくりと歩き出す。
「シャーロット、本当に来てくれてありがとう。君を同伴できて光栄だよ。今日の君は美しい薔薇の花のようだ。そのドレスもとても素敵で似合ってる。何より、お化粧をしているシャーロットは初めて見た。……もうわたしと同い年ぐらいに見えるよ」
そう言って目元をほんのり赤くするローレンス皇太子を見てしまうと。私の心臓はさらにドキドキしてしまう。
ダメだ。
こんなに意識しては。
ちょっと普段と髪型が違うだけ。正装しているだけ。
ローレンス皇太子は、ローレンス皇太子なのだ。いつもと同じ。そう、同じなのだ。
念仏のように脳内で唱えながら、なんとか口を開く。
「皇太子さまもとてもハンサムです……。お化粧は……はい、今日初めてしました」
軽くおしろいをつけ、眉毛を整えてもらい、チークを薄くのばし、口紅を塗ったぐらいなのだが。初めてのお化粧だし、ぐっと大人っぽくなったのは事実。でもまさかローレンス皇太子と同じ、15歳に見えるのかな?
「素顔のシャーロットはとても愛らしい。でもお化粧をしたシャーロットは、とても大人っぽくなるね。わたしはどっちのシャーロットも素敵だと思う」
こんなハンサムなローレンス皇太子に笑顔で褒められると……。嬉しい。褒められるだけでも嬉しいのに。こんな美貌の男子から褒められるのだ。もう嬉しくてたまらない。
「さあ、着いたよ」
そこは宮殿内に設けられた、観劇などにも使われるホールだ。ステージがあり、階段状に真紅の布張りの椅子も並べられていた。
祝賀パーティーは二部構成になっていた。
一部は着席で行われ、皇帝陛下からのお祝いの言葉に始まり、宰相や大臣、騎士団長などの祝辞を聞くことになる。その後は楽団によるお祝いの演奏、それが終わるとホールへ移動する。
二部は立食形式のパーティー。楽団もいるのでダンスを踊ることもできるが、同伴している女子が社交界デビュー前であることも多々ある。だからダンスを踊るも踊らないも自由になっていた。
ホールに置かれた椅子に案内されると思ったら。
「バルコニー席へ行こう」
言われて見上げると、ステージを眺め下ろすように、数は限られているがバルコニー席があった。よく見ると、そのバルコニー席に座るのは皇族の人々ばかり。そんな席に案内してもらっていいのかと、ドキドキしながらエスコートされるままに、歩いて行く。
ローレンス皇太子が動くと、少し距離をとりながら護衛と警備の騎士も動き出す。その気配を感じながら、階段を上り、バルコニー席を目指す。
私をエスコートするローレンス皇太子は限りなく優雅で。
もうなんだかさっきから、心臓が大忙しだった。