11:ど、どういうことですかー!?
プレゼントした懐中時計に、しばらく目を奪われていたローレンス皇太子は、私の名を呼ぶと御礼の言葉を述べた。
「ありがとう、とても素敵な懐中時計だよ。繊細な作りで美しくて……。大切にする。これは……シャーロットが選んでくれたのかな?」
「はい。お店にお父様に連れて行っていただいて、その碧い宝石を見た瞬間、ローレンス皇太子の瞳がすぐに思い浮かびました。そしてこの絵みたいな文字が……」
「これはミナル国の文字だよね」
驚いた。ミナル国の文字を知っているなんて。もしやなんて書かれているのかも知っているのだろうか? そんな思いでローレンス皇太子を見ると。彼はその碧眼の瞳を細め、笑顔になった。
「『永遠の安寧をもたらす 王の中の王』そう書かれているね」
「すごい……」
ぽかんとする私の頭を、ローレンス皇太子が優しく撫でる。
「でもこの花は……何だろう?」
「これはバニラのお花です!」
「バニラか……! こんな花を咲かせるんだね。そして花言葉は『永久不滅』。そうか。これは国の上に立つ者が、永久不滅で平和の時をもたらすための懐中時計ということだね」
まさにその通りだったので頷くと、ローレンス皇太子が嬉しそうに微笑んだ。
「この懐中時計の持ち主に相応しい皇帝になることを、わたしは誓うよ」
そう言ったローレンス皇太子は。
手にした懐中時計にキスをした。
星明かりに照らされたその姿は崇高な美しさ。
彼なら間違いなくこの国を平和に導くと、神の祝福がもたらされた瞬間にさえ思える。その神々しさを、口をぽかんと開けて眺めるしかない。
ゆっくりと懐中時計から唇を離したローレンス皇太子は、私を見てニコリと笑うと。大切そうに懐中時計を胸元にしまった。
「シャーロットはこの懐中時計に立てたわたしの誓いを、ちゃんと見届けてくれるよね?」
「え……?」
「わたしが道を誤ることなく、この国に永遠の平和をもたらす皇帝になるのを見届けてくれる?」
ローレンス皇太子……!
なんてことを尋ねるのだろう。それは良き友として、ずっとそばにいて欲しい――ということだと思う。無論、今はまだ。お互い15歳と12歳。まだまだ幼い。でもやがて中等部を卒業したローレンス皇太子は、ドゥニエ高等学園へ進学する。そこでヒロインと出会い、留学してくる隣国の第二王子とも仲良くなり、レイモンド、グレアム、デュークの6人と楽しく学園生活を送ることになるのだ。そうなれば3歳年下で、中等部で学ぶ私のことなど忘れるはず。
……そう、忘れてもらわないと困る。そこで私はうまいことフェードアウトし、中等部で知り合った男子と楽しく青春を満喫するのだ。脱・喪女として、今度こそ、恋愛を楽しむ。
今はいろいろとお誘いを受け、断るわけにもいかず、半ば餌付けも同然で宮殿に足を運んでしまうが。そんなことをしている場合ではないのだ。今の私の生活は。前世にはなかった公爵家の長女として必要なレッスンを受けるか、宮殿に足を運ぶかで放課後が埋まり、同級生の男子とは没交渉。同い年の男友達もいない。女子の友達も学校に行けばいることにはいるが、放課後の付き合いは一切なく、薄い付き合い状態。
脱・喪女を目指す前に。脱・攻略対象なのだ。
ということで12歳ながら人生経験豊富な私は、瞬時に頭で考えた上で、愛らしく返事をする。
「はい。皇太子さまが立派な皇帝陛下になるのを、遠くから見守らせていただきます」
「シャーロット」
ローレンス皇太子が凛とした声で私の名前を呼んだ。
「は、はいっ」
まるで教師に名前を呼ばれたような気分になり、思わず背筋を伸ばしてしまう。するとローレンス皇太子は、ニコニコと天使の笑顔で私を頭を撫でる。
「遠くで見守る、なんて許さないよ」
「え……」
「ちゃんとわたしのそばにいてくれないと。分かった、シャーロット? 二度と、遠くで、なんて言わないでね」
……!
ど、どういうことですかー!?
今、グレアムの生霊がローレンス皇太子に憑依していたりする!?
いや、でもこれはグレアムとも何か違う。
だって、すごく口調は優しいの。優しいのに、言っている内容が……。
な、なんで……。
この先、前前世でいうところの中学生と高校生という関係になったら、自然と距離ができると思うのに。
「シャーロット」
再び、凛とした声で名前を呼ばれ、さらに背筋が伸びる。
「返事は?」
へ、返事!? 遠くで見守るのではなく、近くで見守れということの返事!? それは無理だと思うのですが……。
「返事をして、シャーロット」
わわわわわ!
全力で返事を求めるローレンス皇太子の破壊力はすさまじいいぃぃぃ。
星明かりを受けキラキラと輝く瞳。
碧みがかったブロンドも淡く煌めいて見える。
肌は透き通るように美しく、着ている衣装は王子様そのもので。
しかものぞきこむようにしてこちらを見ているのだ。
「ノー」とは言えない。
いろいろな意味で。身分と立場からも。それに今の状況からも。
「は、はぃ」
緊張のあまり語尾が小さくなってしまった。
「イエスなの、シャーロット? イエスなら首を縦にふって」
イエス、サー!みたいな感じで、もう首をがくがく縦にふる。そこでようやくローレンス皇太子の顔が笑顔になる。まるで花火の華が咲いたかのような、見る者を魅了する笑顔だ。
「良かった。約束だよ。シャーロット。君はわたしのそばにずっといる。永遠にね」
ちょっと待って。
さっきイエスした内容となんだか違っていませんか、ローレンス皇太子……!
皇帝になるのを遠くではなく、近くで見守るという話だったはず。ローレンス皇太子のそばに、ずっと(!?)永遠(!?)にいるなんて、そんな話ではなかったはず……!
そう思ってローレンス皇太子の顔を見るが。
ま、眩しい。
神々しいほどの笑み。
な、何も言えない。
一切の反論を許さないという意志が、笑顔になって現れている。
「ところでシャーロット。ディナール皇国では15歳になった皇族や貴族の男子は紳士と認められ、社交界への出入りを認められることは知っているよね」
唐突に話題が変わったことに驚きつつも、さっきまでの凛とした雰囲気がなくなったことに安堵し、「知っています」と返事をする。前前世の知識で言うなら、元服みたいなものだ。
「皇国内の一番身分の高い男子が15歳を迎えると、その年に15歳を迎えた男子を集めた祝賀パーティーが行われる。そのパーティーには女子を同伴して参加することは、知っているよね?」
知っているので頷く。婚約者がいる場合は婚約者を同伴する。いなければ家族や親族――姉や妹、いとこなど。それが難しい場合は女友達に頼む。ただし、同年代、つまりは15歳の女友達に頼むのはNGになっている。15歳の女子は、別途社交界デビューの場が設けられているからだ。
「わたしが15歳になったからね。来月、その祝賀パーティーを行うつもりなんだ。明日からその招待状の発送もスタートする。それでわたしが同伴する相手なのだけど」
まさか。
「わたしの周りにはレイモンド、グレアム、デュークと男子が多いんだ。今通っている学校は男子校の中等部。そして6つ上の姉は隣国に嫁いでいる。妹は5歳」
まさか、まさか――。
「シャーロット、君しかいないんだ。分かるよね? シャーロットのことをエスコートして祝賀パーティーに参加したいと思っているよ。君の父君には既に許可をもらっている。でもわたしから話すつもりだったから、まだ聞いていないと思うけど。それでシャーロット、もちろん、イエスだよね?」
再び、ローレンス皇太子が全力で私に返事を求めた。