10:綺麗だね
庭園のガゼボ(東屋)に来てくれるローレンス皇太子に、10分後に会いに行く。
グレアムがレイモンドにわざわざ連れて来させるわけだが。
そこまでしなくてもいいのになぁ。
4人一緒の誕生日パーティー。
それがこんなにスケールの大きいものだとは思っていなかった。
ただ、私の誕生日ではみんなからプレゼントを直接もらったから。もし渡せるなら「お誕生日おめでとうございます」とちゃんと伝え、プレゼントを渡せたらと思っただけだ。もし会えなければ、受付に預けて帰るつもりでいた。
「シャーロットさま、では私はここで待っていますね」
途中まで私に付き添ったベッキーはガゼボが見えてくると、シクラメンの花壇の近くで立ち止まった
誕生日パーティーを開催しており、かつテラスを解放している。そのまま庭園に出る招待客のために、ある程度の範囲は街灯がつけられていた。それでも夜の庭園なのだ。ちょっぴり怖く感じていたところで、ベッキーと別れ、一人でガゼボまで向かうのは……。
ドキドキしてしまう。
ここは宮殿の中で皇族の住まうエリアに近いので、警備は厳重と聞いている。それでもまだ12歳なのだ。……中身は人生経験豊富な人間だけど。ともかく、私は暗いのは苦手。
ウインター・ジャスミンが咲く花壇を抜けると、ガゼボが見えてきた。
ほっとしたその瞬間。
「シャーロット!」
名前を呼ばれ、手を掴まれ、思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。しかも足がもつれ、転びそうになってしまったが……。
「ごめんね、シャーロット。驚かせてしまったね」
見事に私を抱きかかえるようにして支えてくれたのは、ローレンス皇太子だ。
今日のローレンス皇太子は、ミルキーブルーの上衣に襟や袖に白のフリルのついた華やかな装いで、その姿はもう見るからに若きプリンス。そのローレンス皇太子に抱きかかえられていると、なんだか自分がプリンセスにでもなった気分だ。
つい見惚れてしまった。慌てて体を離し、御礼を言う。
「い、いえ、大丈夫です。その、倒れそうなところ、助けていただき、ありがとうございます」
「そんな。わたしが驚かせてしまったから。ガゼボまでエスコートさせてもらっても?」
「……はい」
ローレンス皇太子が私の手をとり、ガゼボに向け、ゆっくり歩き出す。
「あの、皇太子さま。パーティー抜け出してしまって、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ、シャーロット。丁度わたしも休憩をとりたいと思っていたんだ。ずっと大人の相手をさせられていたから。さすがに疲れてしまった」
「……! ガゼボはベンチがありますから。腰をおろして休憩できます」
大人に囲まれて会話なんて、気を使い、大変だっただろう。単純に労う気持ちでそう言ったのだが……。
「シャーロットはここのガゼボに、来たことがあるんだね」
この一言には心臓が止まるかと思った。
舞踏会で使われることが多いホールとこの庭園は、直結している。だから社交界デビューしている者であれば、この場所について知っていてもおかしくはない。だが私はまだ12歳で、社交界デビューをしていない。これまでお茶会をしたり、遊んだりした庭園は、宮殿の建物を挟み、丁度この場所とは左右対称の場所にあった。ゆえにここの庭園に来るのは初めて。前世をのぞき。
そう、前世ではこの庭園も知っていたが、今の私は知らないはずだった。
ゆえに、今、ローレンス皇太子に問われたことに対しては……。答えることができない。答えずにいるうちに、ガゼボに到着していた。
ローレンス皇太子は私が答えなかったことを気にしていないようだ。
それに安堵し、そのままガゼボの中のベンチに腰を下ろす。
すると。
ガゼボには屋根がついているのだが。
六本の柱に支えられ、ベンチに沿い、背もたれがわりの低い壁はあるが、壁がない空間も多い。ベンチに座り、そのぽっかりあいている空間を見ると、夜空がくっきり見えていた。
いつ見ても、何度見ても。
この世界の夜空は美しい。星は強く輝いているもの、またたくようにほのかに明滅するもの、その全部を含め、綺麗にすべて見えていた。確かにこの空の先に宇宙がある。それを実感できる夜空が広がっていた。
「綺麗だね」
「はい。満点の星空は本当に綺麗です」
「星空もそうだけど、シャーロットが」
「えっ」
えっ、私!?
驚いて思わず隣に座るローレンス皇太子を見てしまう。
そして息を飲むことになる。
星空も美しいが、ローレンス皇太子もとても美しかった。
それはまるでモノクロ写真をみているようだった。
星明かりは決して明るいわけではない。夜の闇を柔らかく照らしている。
その優しい光を受けたローレンス皇太子は……。
ほのかな白と薄墨色の陰影で、顔の彫の深さが手に取るように分かる。
15歳になったローレンス皇太子は、もう少年とは言えない大人っぽさをハッキリと感じさせていた。
思わず見惚れる私に、ローレンス皇太子が微笑む。
「星明かりを受けているシャーロットの瞳は、本当に綺麗だよ。瞳に星が映りこんで、まるで星空みたいに見えるよ」
すっと伸びたローレンス皇太子の手が頬に触れ、ドキッと心臓が高鳴る。とんでもなくムード満点になっているが、こんな時、どうすればいいか分からない。結果、ガチガチに固まってしまう。
「……シャーロット、大丈夫? 息、している?」
ローレンス皇太子の手が頬から離れ、自分が息を止めていたことに気づき、「ぷはーっ」と声が出てしまう。その様子を見たローレンス皇太子がクスクスと綺麗に笑った。
「それで、レイモンドから聞いたよ。ガゼボに行くと、とっても幸せになれるって。確かに今、こうやってシャーロットと並んで座って寛げる。それはとても幸せだよ。でも……それだけなのかな?」
ローレンス皇太子の碧眼の瞳が、私をのぞきこむ。その瞳は……多分、私と同じ。確かに瞳に宇宙が宿っていると感じるぐらい、キラキラとしている。
またも見惚れそうになり、我に返り、手に持っていた箱をローレンス皇太子に差し出す。
「プレゼントを直接渡そうと思っていたのです。それでこちらへレイモンドに呼んでいただくことになりました」
「なるほど。これをわたしに?」
「はい。……お誕生日おめでとうございます、皇太子さま」
私が差し出した箱を、ローレンス皇太子はキラキラと輝くような笑顔で受け取る。そして「ありがとう、シャーロット」とさらに嬉しそうに微笑む。
「開けてもいいのかな?」
「勿論です」
ローレンス皇太子は、箱にかかるリボンをシュルッという音を響かせながらほどいていく。ゆっくり箱の蓋を開けると……。
「これは……なんて繊細な……」
チェーンの部分を持ちながら、静かに箱から取り出したもの。それは懐中時計。蓋の部分にはローレンス皇太子の瞳を思わせる、碧い宝石が埋め込まれている。ゴールドできたその懐中時計には、絵のように思われる異国の言語で「永遠の安寧をもたらす 王の中の王」という文字が刻まれていた。そして「永久不滅」を花言葉に持つバニラの花が、透かし彫りされている。
これは父親と一緒に買いに行ったもので、値段は相当する。何せゴールドで宝石も埋め込まれているのだから。それでも私がもらったあのペンダントには及ばない。そう、今日もつけているピンクダイヤモンドとダイヤモンドをあしらったペンダントだ。
「シャーロット」
ローレンス皇太子が私の名前を呼んだ。