五話 アイヴァンは賢い子です
何人かの隊員が僕を追いかけ、僕は走りました。
彼らは僕に到底追いつく事は出来ません。
僕は息があがる事もなければ疲れる事もありません。
彼らはしだいに息を荒くして、一人また一人と立ち止まります。
後ろから追手が来なくなったことを確認してから博士の家に帰ると、身体中に付いた灰を洗い落とし、焦げた洋服を捨てて、着替えました。
今はこうして逃げ切ることが出来ても、この後はどうしたら良いでしょうか。
僕は身体を拭いたタオルを庭先に干すと、街並みを眺めました。
すでに子供達の親御さんからは怪訝な目で見られている事は分かっています。
変わり者博士の家に住む、火事の中でさえ無傷の人間は、すぐに居場所が分かってしまう事でしょう。
大人達には拒絶されているし、消火隊に追われている身では、子供達に勉強を教える事は二度と出来そうにないと予測します。
それから僕は広場を見つめました。
あの後、アイヴァンは広場の方へミーチェを連れて行きましたが、火事の中でぐったりしていたお二人とミーチェは無事なのでしょうか。
火事の起きた家々は消火活動の末、鎮火しましたが、黒く焦げ落ち、家の中がむき出しになったままです。
家主の家族は暮らすところがあるのでしょうか。
僕は今までにない思考システムを繰り広げていたことに気付きました。
だからと言って、何か感情が生まれたわけではなく、システムから最善策を検索しているのです。
街を眺めながら何時間経ったのでしょう。
空がオレンジがかりました。
僕は風に吹かれて乾いたタオルを取り込んで、家に入ろうとした時、来客がありました。
「ゼロワン!身体は大丈夫?」
「こんにちは」
リュックを背負ったアイヴァンが笑顔で僕に近寄ってきます。
「ミーチェを動物病院に連れて行って、学校に向かったんだ。さっき学校帰りに病院に行ったらすっかり元気になってたよ。僕のママは自慢の獣医さんなんだ!」
「そうでしたか」
「ミーチェの飼い主さんもゼロワンにお礼が言いたいって言ってたよ」
「そうですか。しかし、僕はきっともう二度と街には行けません」
「どうして?」
「消火隊が僕を探しています。街の一部の人々は僕が博士の家に住んでいる事を知っています。ここに居る事も出来なくなるのではないかと予測しています」
「え~、褒められるんじゃない?名誉勲章だよ!」
「いえ、私の身体が不思議なのだそうです。きっと僕の身体を調べられることでしょう」
「確かにゼロワンは火の中に入ったのに火傷一つ無いもんね」
「はい、僕は強靭な身体で出来ています」
アイヴァンはまた大きな声で笑っています。
しかし、その後すぐに真剣な顔になりました。
「でもゼロワンが嫌な思いをするのは嫌だ!」
そう言って首をかしげ、何かを考えています。
「そうだ!僕にいい案がある!」
アイヴァンはそう言い残して帰っていきました。
どんな案があるのでしょう。
あらゆるシステムや記録を辿っても答えが見つからなかったけれど、アイヴァンは賢い子です。
危ない事でなければ良いのですが…。
僕がここに居られなくなったとして、僕にはどこにも行くあてはありません。
僕の行く末をアイヴァンに託すほかないのです。
翌日から三日間、消火隊が来ることもなく、アイヴァンも来ませんでした。
しかし、街に様子を見に行く事も出来ません。
庭から街を見下ろしても、街には何の変化もありません。
僕としてはすぐに僕の居場所が分かり、消火隊が来ると予測していました。
アイヴァンの案が功を奏したのでしょうか。
しかし、翌朝になって腕に国の紋章の入った男性が二人、玄関の扉をノックしました。
警告音が鳴りますが、僕にはなすすべもありません。
「おはようございます」
「おはようございます。あなたがゼロワンですか?」
ついに捕らえられるのだと判断し、警告音は更に鳴り響きます。
「はい、僕はゼロワンです」




