三十八話 アイヴァンは勇敢な男の子です
僕はアイヴァンに出会った日の記録を辿りました。
ゼロワンという名前が変だとアイヴァンは笑っています。
それからマリルや他の友達、レミーナ、子供達の親御さん、火事が起こって救出したご夫婦、ミーチェと飼い主の少女、ジャグワス国王様やマジョルド、二人の騎士そしてメイド、マヨルとメノル、ラーニンとソフィアナそして研究所の皆、ジュディ、それからラーラおばあちゃん、街のお店の人々、ジルや動物病院の獣医さん、それから…それから…
僕はアイヴァンに出会ってからたくさんの人々と出会い、様々な経験をしたのです。
そんな風に記録を辿っていると、ボコッという音がして、僕の腕がくぼんでいる事に気が付きました。
僕も壊れる事があるのだと推測し、早く最善策を割り出さなければとシステムを辿ります。
そしてアイヴァンが侵入者の背後から飛びつき、アイヴァンを包むようにマヨルとメノルが侵入者の背後を取ります。
「ゼロワン!僕も一緒に戦う!」
侵入者がアイヴァン達を振り払おうとする動作を僕は感知して、腕を掴みましたが、侵入者の力にはやはり勝てません。
少し、衝撃を和らげられたと予測しますが、三人は一度宙に浮くと地面へザザザザッと滑っていきました。
「無茶するにも程があります」
すぐさま立ち上がり、アイヴァンに駆け寄ったメノルが抱きかかえます。
その前に両手を広げたマヨルが立ちはだかりました。
「兄さん、ゼロワンの身体が…」
「バチバチと鳴っています…何ですか?それは…。ゼロワン、大丈夫ですか?」
僕はマヨルの問いに答える事が出来ない程、ゴゴゴゴゴという得体の知れない何かが込み上げてくる感覚を感知しています。
〝感覚〟というものを感知した事は今まで一度たりともありません。
この感覚は何かとシステムを辿っても、答えは見つかりません。
侵入者は僕を壊すよう命令されているからか、アイヴァン達に見向きもせず、僕を殴り続けています。
「アイヴァン?アイヴァンの様子が…大丈夫ですか?」
抱きかかえたメノルがアイヴァンに問いかけますが、反応がないようです。
「先程の衝撃で気を失っているのかもしれませんね」
「早く救急隊に診てもらわなければ…」
「今、動くのは危険です…いつ、こちらに攻撃が向くか分かりません」
僕が壊れたら、アイヴァンやマヨルやメノルはきっと殺されてしまうでしょう。
マヨルとメノルには幼い子供と奥さんが居ます。
その子供達の未来も見たいはずです。
その子供達もきっと殺されてしまうでしょう。
アイヴァンはもしかするとマリルと結婚するかもしれません。
そして子供が出来て、家族仲睦まじく過ごす未来があるかもしれません。
僕が壊れたら、この国の人々はきっと殺されてしまうでしょう。
ラーニンもソフィアナと結婚して子供が生まれるかもしれません。
ラーニンはこの国の発展に重要な人物です。
お店のおじさんやおばさんも、いつものように威勢良く、いらっしゃい!と、もう言えなくなってしまうでしょう。
それから僕は、レミーナにまだ告白の答えを伝えていません。
僕はこの国の人々の笑顔がもう一度見たいです。
皆を助けたいです。
僕はウッドフォレスを…この国の人々を…守りたいです。
「この国を壊さないでください。アイヴァンを傷付けないでください。皆を傷付けないでください。僕はもう…止めてくださいと言っています」
僕の内側から込み上げる感覚がどんどん増していき、予測の付かない動作を起こそうとする動作システムを止めるように指示が出ているのにも関わらず、再び誤作動が起きているようです。
そして、その感覚が最高潮に達した瞬間、僕から稲妻が発生し、侵入者へと落ちました。
稲妻が落ちた風圧でマヨルとメノルの銀色に輝く結った髪がなびきます。
そして、侵入者は僕の身体へと力なく、倒れ込みました。
「今のは…」
「ゼロワンから舞い上がったビリビリバチバチするものが上に集まって、まるで雷が落ちたかのようでした」
「何が起きたのでしょうか」
「ゼロワンは大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫です」
僕は侵入者を横に下ろし、立ち上がります。
「侵入者は…死んでいるのですか?」
「あれ程の衝撃を受けて、死なないという事はないでしょう…」
「しかし銃弾を弾く者ですよ…」
「念の為、縄で縛っておきましょう。あの力であれば千切られてしまうとは思いますが…」
マヨルが侵入者を縛っていると、遠方からまた声が聞こえました。
「ラデス。命令を遂行しろ。おい、ラデス。……チッ……使えないな」
その声を最後にその人物から発する音は遠くなり、消えていきます。
今はその声の主を追える状況ではありません。
僕はメノルに抱きかかえられたアイヴァンに声を掛けます。
「アイヴァン、大丈夫ですか?」
アイヴァンは顔を歪ませました。
「アイヴァン⁉」
「うぅぅ……ゼロワンは……?」
「僕は大丈夫です」
アイヴァンは目を少しずつ開けると、ゆっくり瞬きをしています。
「…悪い奴は?」
アイヴァンは眩しそうな顔をして辺りを見回しました。
「またいつ起き上がるか分かりませんが、ひとまず動かなくなりました」
「……よかった」
アイヴァンは目を閉じると、涙が横を伝い、地面にポタポタと落ちています。
「…ゼロワンが壊れなくてよかった……急に身体が痛くなってきたよ…」
アイヴァンはそう言うと、今度は笑いながら泣きました。
うれし泣きでしょうか。
安堵の涙でしょうか。
僕は力を出来るだけ加えずにアイヴァンの頭を撫でました。
「助けてくれて、ありがとうございます」




