三十話 初めての誤作動です
「…どうして…」
大人の女性の見た事もない泣きじゃくる姿に、僕はまた、抱きしめて頭を撫でています。
それは最善ではないはずなのに、間違っていると知ったのに、僕はシステムの指示に逆らう事は出来ません。
「皆もアイヴァンもレミーナの僕への態度に疑問を持っているようです。なので、僕は…」
僕の言葉の構築も発声のシステムも停止し、潰さないように力を加えず、ただその動作だけを繰り返しています。
「…ゼロワン?」
常に最善策をシステムが割り出し、その指示に従い、構築された言葉を発声し、間違っている事を知った時は記録を追加訂正し、そうして最善とされる行動指示で僕は動いてきました。
最善策ではない、間違っていると記録を追加し、訂正したのに、動作と思考の指示が誤作動を起こしているようです。
僕は何故、レミーナを抱きしめているのか、分かりません。
最善策ではないと、間違っていると思考システムが指示を出しているのにも関わらず、僕の動作は続いています。
このような事は今まで一度もありません。
今すぐラーニンに検査してもらう事が必要だと判断します。
なのに、動作システムはレミーナを抱きしめる事を停止しません。
「ゼロワン?どうしたの?大丈夫だから…皆が心配しないように、私…気持ちを切り替えるわ。だから…」
僕の腕の中でレミーナが体を動かして離れようとしています。
それでも僕は自らのシステムを停止する事が出来ないのです。
「優しくて不思議な人ってずっと思ってた。優しいけど、きっと不器用なのね」
レミーナは僕に抱きしめられながら、僕の両腕を撫でました。
「ゼロワンが人を好きにならないとしても、ゼロワンは多くの人に人として好かれているし、その人達の為を思った行動をいつもしてる。こうして抱き締めてくれているのにもきっとゼロワンの〝言葉では言い表せない気持ち〟があるのかも知れないわ」
僕に気持ちはありません。
ですが、今の状態は説明が出来ません。
レミーナがずっと撫でている僕の腕も撫でられているという感覚が伝わる事はなく、感じるはずのない感触や温もりを視覚から感知しているような今までにない伝達があります。
そして、僕の動作システムは抱きしめ撫でる指示を止め、思考と言葉の構築と発声のシステムが指示を出しています。
「ごめんなさい、レミーナ。僕は泣かせてしまいました。傷付ける事をしてはいけません。僕は知っています。僕は人を好きになる事がないのではなく、好きになる事が出来ません。感情がないからです。どうしたら良いですか?レミーナを傷付けない為の最善策が分かりません」
「感情が…ない?」
「はい」
「感情がないのに、私達や皆の事を助けてきたの?」
「助けるという感覚はありません。それが最善策だったからです」
「そういえば、前に心がないって言ってたわね」
「はい。僕には心がありません。でも、書物で得た情報によって意味は分かります」
「心がないのに、感情がないのに、私をずっと抱きしめて撫でてくれたのは何故?」
「分かりません。今までこのような事はありませんでした。最善策ではない事を行った事はありません」
「感情がない、心がない、最善策が分からない、そう言うゼロワンが苦しんでいるように私には見えるわ」
「僕は苦しいのですか?」
「私には色々な感情があるし、心もあるから理解は出来ないけど、根底には苦しさがあるんじゃないかって。これも感情を知っているから思う事なのかしらね」
「分かりません。最善策が分からないと行動が出来ません」
僕は苦しくありません。
ただ、プログラムの応答もシステムの指示も最善策を割り出せない状態です。
「ちゃんと最善策だったわよ。ゼロワンが自分の考えを私に話した事で解決したわ。ゼロワンが恋出来なくても、感情がなくても、心がなくても、ゼロワンはゼロワン。傷付けてはいけないと知っているっていうけど、傷付けたくないって聞こえる。最善策の行動も助けたいとか救いたいとかそういう風に私には聞こえる。私はそんなゼロワンを好きになったの。一緒に感情や心を見つけましょう」
そう言うとレミーナはいつものように微笑みました。
「ありがとうございます」
「いつか、ゼロワンが感情や心を得る事が出来たら、私の告白の答えを聞かせて?ゼロワンが私を抱きしめて離さなかった理由もその時にきっと分かるはずよ」
「分かりました。約束します」
何故、感情や心がないのかレミーナは聞いてきませんでした。
聞かれていたら、今の僕の状態では最善の嘘を構築する事が出来なかったかも知れません。
僕がロボットだと知ったら軽蔑するでしょうか。
それとも、それさえも受け入れて、好きだと言うのでしょうか。
僕は好きの意味を知っています。
僕が人間であれば、好かれるような人間ではありません。
自分が何の為に生まれ、何の為に育てられ、何の為に生活し、何の為に行動をするのかも分からない、他人の気持ちも共有出来ず、ただ知識だけで推測し、心がない上辺だけの人間という事です。
僕というロボットは、博士が僕に様々なシステムを導入し、システムを辿る事によって最善策を割り出し、最善策通りに行動するようにプログラムを構築し、システムの指示によって作動するように作られただけのただの機械です。
感情や心を得るにはまだまだ程遠いと判断します。
その〝いつか〟が、来るのかも分かりません。




