二話 僕は何も感じません
「アイヴァン!どこに行っていたの⁉」
「ママ!みんなと遊びに行ってたんだ」
「…あの人は誰なの?」
アイヴァンという少年の母親が怪訝な顔で僕の方を見ています。
「山の上のゼロワンだよ」
「山の上に行ったの⁉」
「うん…」
「あそこには行っちゃいけないって小さな頃から教えていたはずよ?」
「だから行ってみたかったんだ」
「なんて危ないことを…」
「でもゼロワンはいい人だよ!」
「もう二度と行っちゃダメ!分かったわね!」
「ゼロワンはここまで送ってくれたんだ‼」
「あそこは変わり者博士の家よ。ママだって近付いちゃいけないって言われて育ってきたの!みんなも早く家に帰りなさい」
僕はお辞儀をして街を後にしました。
山の上の変わり者博士の家に住んでいる僕は、街の人々の中では危ない人という事なのでしょう。
子供達への親切は、親御さんにとっては不親切だったとシステムが判断しました。
こういう時、僕が感情のある人間だったらどんな感情になるのでしょうか?
アイヴァンの母親は僕を拒絶していました。
拒絶されたら僕は悲しいのですか?
人間だったらこういう感情になるだろうと判断する事は出来ても僕は何も感じないのです。
この強くなっていく雨に打たれても何も感じません。
僕は雨に打たれて濡れている。
ただそれだけなのです。
雨は冷たいと知っている。
でも冷たいという感覚は分からないのです。
家に着いて服を脱ぐと、防水加工されている全身をタオルで拭きました。
タオルや洋服は消耗品なので買い物に行く事もありますが、その時は会話をした事がなかったので、今日は子供達と会話をして新たな経験が出来た事は確かです。
そして、人々の感情と向き合い、僕に感情があったら、という考えも体験に基づいてシステムに追加しました。
『僕は誰か』という新たなテーマと、僕の名前は人間とは違うという事も子供達の反応で分かりました。
まだ充電はあります。
書物を読みながら自分の新たな経験をシステムに追加し続けました。
今日は三十年の中で一番収穫の多い日でした。
そう思いながら自分の背中にある充電口に充電器を差し込むと、目を閉じました。
「ゼロワン!おはよう!ゼロワン!居ないの?」
僕の充電が終わり、目を開けたと同時に外から子供達の声が聞こえました。
本当の僕を見られてはいけません。
充電器を抜いて充電口を閉じました。
「ゼロワン!起きてる?」
「ねぇ…またママに怒られるよ…」
アイヴァンはしきりに玄関の扉や窓を叩いています。
僕は身なりを整えて玄関の扉を開けました。
「おはようございます。どうしましたか?」
「おはよう!遊びに来たよ!」
アイヴァンの母親は昨日、僕を拒絶していました。
ここに来た事を母親に知られたらアイヴァンはきっとまた怒られるでしょう。
「昨日、お母さんにここへは来てはいけないと言われていました」
「そうだけど…僕ゼロワンの事をもっと知りたいんだ!だって自分が誰か分からないなんて面白すぎるよ!記憶喪失なの?」
「六十年前から記録はあります」
「六十⁉ゼロワンって何歳なの?」
「僕は六十歳です」
アイヴァンはお腹を抱えて笑っています。
「冗談言わないでよ~僕のママと変わらないでしょう。六十歳で六十年間の記憶があるって生まれた日からの記憶があるって言うの?」
六十年前に僕は作られ、その時から記録が残っています。
でも見た目はアイヴァン言う通り、彼の母親と変わりありません。
今後、劣化する事もないし、メンテナンスさえしていればアイヴァンよりも、アイヴァンに子供が出来たとしてその子供や孫よりもずっとずっと、僕に終わりはないのです。
アイヴァンは僕との会話に終始笑っていて、一緒に来ていたマリルも時折クスクスと笑うようになりました。
「ゼロワンの得意な事は何?」
「僕は知っている事ならば、一通り何でも出来ます。重い物も運べます。耐荷重は二百㎏です」
「に⁉二百ぅ⁉」
「はい」
「大人だとそんなに持てるものなのかなぁ~あ、そうだ!勉強は教えられる?」
「はい、出来ます」
「本当に?」
「はい、読んだ事のあるものでしたら、全てシステムに記録があります」
「システム?」
アイヴァンはまたケラケラと笑い転げました。
「ゼロワンって…もしかしてロボットなの?」
「それは違います」
僕は博士との制約で、ロボットだと知られてはいけないのです。
だから僕のプログラムは嘘の答えを言いました。
「そうだよね。システムなんて言ったら、宮殿で使われてるロボットだよ」
「宮殿のロボットですか?」
「うん。お披露目会で見たんだ。お披露目会では、街では見られないようなものを見せてくれるんだよ。お掃除ロボット、ご飯を運んでくれるロボット、赤ちゃんのゆりかごを揺らすロボットとかね」
そう言って、アイヴァンはカクカクと動いて、そのロボット達の真似をしました。
「こんな人間みたいなロボットが居るはずないもん。やっぱりゼロワンは面白いなぁ。明日またみんなで宿題持って遊びに来るよ」
「アイヴァン…お母さんにここには来てはいけないと言われていました」
「うーん…そうだ!〝ここには来てはいけない〟ならゼロワンが街まで来てよ!」
「なるほど。そういう事ですね」
「じゃあ明日の午後…三時はどう?」
「分かりました。街の入り口に行きます」
「約束だよ!」
「マリルも…算数教えてもらいたいの」
「教えます」
「やったぁ」
「気を付けてお帰りください」
僕が作られてから初めてこんなに人間と関わりました。
それが良い事なのか悪い事なのか僕には分かりませんが、制約に違反していない事は事実です。
そして子供達の笑顔を見て、感情の勉強にもなるし、喜んでもらえるのは良い事なのではないかと判断しました。
でもアイヴァンの母親や街の大人たちは僕を良くは思っていないのは確かです。




