一話 はじめまして
僕は当時四十歳くらいだった博士によって作られたロボットです。
その後、三十年間余り博士は何度も僕を改良しました。
それから僕を作った博士は、今から三十年前にお別れしています。
僕に年齢を付けるなら六十歳。
博士は僕のほとんどを完成させて、制約を言い渡し、お別れをしたのです。
一、人間に危害を加えてはならない。
二、自ら充電及びメンテナンスを行い、清潔に過ごすこと。
三、書物、文献を読み、自らに活かすこと。
四、ロボットだと知られないようにすること。
この制約の通り、博士とお別れをしてからの僕は、一日の大半を読書に充て、太陽光蓄電池で自らを充電し、書物から得た情報でメンテナンスを行い、井戸の水で身体と洋服を洗って、人間に似たような暮らしを送りました。
ただ一つ、博士が叶えたくても叶えられなかった事は、僕に〝心〟〝感情〟を生み出すシステムを組み込めなかった事です。
だから僕は、博士とお別れをしても何かを感じる事はありませんでした。
博士の残した書物や文献の中にも〝心〟〝感情〟に関するものはたくさんあって、それがどういうモノかは理解しました。
突然の出来事には驚き、動揺する。
人が亡くなった時は悲しみに暮れる。
人から蔑ろにされた時は怒り、裏切られた時は絶望する。
困難に遭った時はそれを乗り越える力が生まれる。
人から褒められると嬉しい。
恋をすると胸がドキドキする。
大切な人を傷つけないように優しく接する。
もちろんそれらは一例で、同じ出来事であっても人によってどういった感情が生まれるかは人それぞれである事も書物から学びました。
しかし、実体験としてその感情を得られていない僕には机上の空論です。
そんなある日、山の上にある博士の家に人が訪ねてきました。
数人の子供達が庭先でこちらの様子を伺っています。
「誰も住んでないんじゃない?」
「でもお庭、綺麗だよ」
「ママに怒られるから帰ろうよ」
「ここは変わり者博士が住んでるってパパが言ってた…」
僕は知っています。
挨拶をすることは大切な事です。
「こんにちは」
「ひぇぇえええ!」
子供達はあちらこちらに悲鳴を上げて逃げ惑っていました。
これが〝驚き〟〝恐怖〟でしょう。
「驚かせるつもりはありませんでした。ごめんなさい」
「わぁ、人だ!」
「人が暮らしてたんだ!」
「私達も勝手に入ってごめんなさい」
僕の見た目は人間と同じです。
身丈は百七十五センチ、中肉中背、年齢は三十歳前後に見えるよう作られています。
見た目で僕がロボットだとは分かりません。
そんな僕に子供達は恐る恐る近付いてきました。
客人には飲み物やお菓子などでもてなすということは知っていましたが、博士が全て処分した為に、食料というものが家にはありません。
「ジュースやお菓子が無くてごめんなさい」
「知らない人からもらっちゃいけないって言われてるから大丈夫!」
「パパが言ってた博士ってあなたなの?」
僕は質問に何と答えたら良いかシステムを辿り、プログラムからの応答を待ちました。
「僕は博士ではありません」
「じゃあ誰なの?」
博士によって作られたロボットです。
しかし、ロボットと知られてはいけないという制約があります。
「僕は、誰なのでしょうか?」
プログラムの指示通り、そう答えました。
「自分が誰か分からないの?」
「はい、そういう事になります」
「変なの~やっぱり変わり者博士だよ!」
プログラムの答えが間違っていたのでしょうか。
でも答えが分かりません。
「お兄さんのお名前は?」
僕には幸い、博士が付けてくれた名前があります。
「僕の名前は改良モデル・ゼロワンです」
子供達は僕の答えに目を丸くしていました。
僕はまた人間らしからぬ答えを言ってしまったのでしょうか。
「変な名前だね…」
「そうですか?」
「でも面白い名前だよ、ゼロワン!」
「ねぇ、そろそろ帰ろう」
「そうですね。雨も降りそうです。空が暗くなってきました」
「ママに怒られちゃう」
「お家はどこですか?」
「街の広場の近くだよ」
どこからともなく鳥たちの鳴き声が響いて、空がますます暗くなっていき、子供達は不安そうな顔をしました。
「僕が街まで送っていきましょう」
「いいのー?」
「はい、行きましょう」
子供達は先ほどまでの怯えた表情と違い、顔付きが明るく柔らかくなりました。
これがきっと親切にする、ということです。
みんなで山道の坂を十五分ほど下り、街がすぐそこに見えた時、雷と共に雨がぽつぽつと降り出しました。
子供達がまた不安そうな顔をして、何度も僕の方を振り返って見るので、広場まで付いていく事にしましょう。




