クラスメイトと友達になろう
『──────そのドアを開けると、そこは人混みであった』
などと、現実逃避のあまりつい文学的な始まり方をしてしまいそうになる。
だが、ここでの振る舞いが今後の学園生活を決めると言って良い。今は、現実をしっかりと受け止め、どうするかを冷静に対応するときだ。
まず、今わかっている情報を整理しよう。
今回私たちが入れられたクラスは冒険者養成を目的とした実践的クラスで、『ダンジョン攻略』を目標とする冒険者を育てることを目的としている。
この学園の最もポピュラーなクラスであり、その人気の凄まじさは、先ほどの入学式で嫌というほど体感した。
また、さらにいえばここはその中でも最も成績が優れた少数精鋭の人間が入るところで、世界各地の貴族や有名人のご子息など、才能溢れた子供達が集っている。
尚、本来なら入学試験で測られた数値をもとに適切に割り当てられるのだが、そもそも私たちはもう現役、つまりプロなので、ならここが一番適切だ、と言ってイリト様が裏口で入れてくださったらしい。
ちょっとズルした気分になるが、でも私なら必ずここに入れるという自信もあるので、あまり気にしないようにしている。仕事だしね、うん。
でも、本当にここの子供達はすごい。
私は子供の頃から初めてもう冒険者を続けて何年も経っているし、それなりに実力をつけてしまっているから、確かに私の方が強いのは間違いない。……ないのだが、しかし彼らの才能はまごう事なき本物だ。
少し眺めれば、彼らのその魔力の質の高さや鍛えられた体がこれでもかと主張してくる。多分実践経験がないことを除けば、間違いなく彼らは優秀な部類に入るだろう。大まかに見積もって、全員の実力は最低でもレベル4は下らなそうだ。
うーん、少し鍛えたら私とか案外あっさり抜かれるかも……?
私も才能はある方だと思っていたが、それにしたって自信を失くす。
やはり遺伝による魔力量とか、潤沢な資金のある家庭環境とか、覆し難いものがあるように感じられてしまうのだ。少し羨ましいと思ってしまう。
──────ま、私の家族は世界一なので無問題ですな!
隣の芝は青い、とはまさにこのことである。やはり持っていないものに人間は魅力を感じるもの。だが、だからといって私は自分の価値を下げるような人間ではない。私は自己肯定感高めなのである!
……なんか言葉にすると嫌な女みたいだな。
さて、子供の実力なんか見てないで、話を戻そう。
現状のクラスの様子だが、別にそれはそこまで特筆することはない。みんな互いに相手との距離を測りながら無難な会話と沈黙を繰り返す、友情形成期間の真っ只中だ。
まあ、入学初日なぞこんなものだろう。
これなら、私でも友達を作れるかもしれない!
クラスの様子を見て、私の胸にわずかな希望の灯がついた。
積極的にいけば、一人くらいは友達ができるかもしれない!
え? 師匠?いや、あれはもう知らん。
だって友達作る気なさそうだし、私の師匠として働く時間もあるだろうし……ま、私の友達としていてもらえれば言うことはない。
あの見た目だし、なんだかんだイジメとかはないだろう。むしろ可愛がられたりするんじゃないかな、うん。
そう思って師匠の方を見れば、教室の一番奥の、さらに橋の窓際の席に座り外を眺めて黄昏ていた。
なんか、すっごく哀愁が漂ってる………話しかけづらいしめっちゃボッチみたいなんだけど……っていや、ボッチだったわ。
まあとりあえず師匠は大丈夫そうなので、私は私で自分のすることをしよう、と教室へと向き直る。
教室はわかりやい講義堂のような見た目で、一番前の教壇が最も低く、そこから棚田のように机が重なって階段状になっている。現在の私は、入口から少し歩いたところにぽつんと立っている状態だ。
そして、教室の中で前に後ろに真ん中に、各所で自由に過ごす生徒達を私は観察した。
なんか、声かけやすそうな雰囲気の子いないかなー……
そうして私が声をかける人を見定めていると、ふと肩に手が乗っかってきた。
「ねえ、さっきからなにしてるのー?」
後ろからの声に私が振り向くと、そこには一人の少女と少年が立っている。
今私に手を置いているのは少女の方で、話しかけたのも多分同じ。茶色の髪が特徴的な、おっとりしてそうな子だ。ふらりとカールした髪が可愛らしい。
「お、おい、急に後ろから行くとびっくりされるだろ……! それに、挨拶もなしに……」
「えー、だってずっとぼーっと立ってたから、気になったんだもーん」
「だとしても、初対面なんだからマナーは守れって。ここは俺らの地元じゃないんだぞ」
その少女を少年は慌てた様子で引き剥がすと、不満げにしている女の子へと説教をし始めた。
少年の方は、少しだけ少女よりも背が高く、体型も筋肉質ではないが割とがっしりした男の子だ。少しツンツンとした茶髪が少女の方と対比になっているし、まるで彼らの性格を表しているようで少し可笑しい。
──────っは! これ、完全に友達を作るチャンスだ! ここで相手と交流を深めれば一気に二人と友達になれる!!
仲の良さげな二人を微笑ましいなぁとか思って眺めていたが、そんなことをしている状況ではなかった。これは千載一遇の大チャンスなのである。
交友関係を気づくには、まず会話がなければ始まらない。とりあえずなんでもいいから喋らなくては……!
一気に燃え上がった私のやる気を総動員して、私は会話デッキを瞬時に弾き出す。
ここで、最も適切な会話は──────
「あ、あー、そんなに叱ってやらないでくれ。別に気にしてないさ」
そう、二人の会話を止め、かつこちらに関心を寄せるこの一手だ!
しかもこの手の素晴らしいところは、私の敵意のないことと私がフレンドリーな性格だと言うことを一挙に伝えることができる点だ。
これで、相手は絶対に私と会話をせざるを得ない。いや、自然したくなってしまうのである!
そして、私の狙い通り、少年は少女との喧嘩を中断して私へと話を戻してきた。
「ほ、ほんとですか……いや、すんません、気ぃ使わしちゃって。こいつ、マイペースなやつでして……」
「いやいや、いいことだろう。ちょっとくらい自分のペースをもってた方が、冒険者に向いてそうだ」
「そう言ってもらえるとありがたいっす……」
後ろで不思議そうな顔をする少女の代わりに、少年は必死に頭を下げる。それがあまりに申し訳なさそうな言い方なので、「ああ、この人苦労してきたんだろうなぁ」というのがありありと伝わってきて、少し不憫だ。
というか、お辞儀の角度綺麗すぎじゃないか? なんかお辞儀のお手本として教科書に載ってそうな最敬礼なんだが。この子、ほんとに真面目なんだなぁ。
私が同情の目を向けて少年と会話していると、また突然に少女が私へと話しかけてきた。
「えと……故郷だと顔見知りばっかりだったから、つい話しかけちゃったの。驚かせちゃってたらごめんなさい。謝るね」
そう言って少女はあまり綺麗とは言えないお辞儀を私に披露した。
どこか辿々しく、少年のそれと比べればあまりに拙劣だが、それでも、その誠意は伝わってくる。彼女も、きっと根はいい子なのだろう。
「エリア……お前、立派になって………!」
なんか後ろで感極まってる少年がいるのだが……どんだけこいつは普段マイペースなんだ。ちょっと謝っただけで感動するとか相当だぞ。
もしかしなくても変な人たちだなコイツら、と心の中で思う。ちょっと友達にする相手間違えたかもしれない。
だが、だからこそ私と言う変人に話しかけてきてくれたのだ。それには感謝しなくてはならないし、恥じるべきはそんな状況にいる私である。彼らではない。
私は、あまり彼らの変なところは見ないふりをしようと心に決めた。彼らがそう言うことを気にしない人間であるなら、私も気にしないのが筋である。
「気にするな、えと─────エリア、だったか? 私たちはこの学園で学ぶ者同士じゃないか。誰であれ平等、がここのキャッチコピーだろう」
頭を下げたままの少女(エリアと云うらしい)に私は優しく声をかける。
そして私は、二人になるべく柔らかい表情で語りかけた。
「そうだ、ここで声をかけてもらったのも何かの縁だろう。これからの学園生活、共に協力しようじゃないか」
そう、この会話で最も言いたかった言葉を二人に向けて投げかける。
タイミングとしては、きっとここがベストだ。これ以上後だと失礼をした相手としてのイメージが固まり、そのまま解散となる可能性が高い。イメージはなるべく最初のうちに固めておかねばならないのだ。
すると、私の言葉を聞いたエリアは、やはりと云うべきか、持ち前のコミュ力を発揮して私へと笑いかけてきた。
「ほんと? 私もそう思う! 私もお姉さんと友達になりたいなぁ」
彼女の純真な瞳が私をまっすぐと見つめている。その赤銅色に輝く目に当てられて、私は少しの間見惚れてしまっていた。
うーん、この子美人さんだなぁ。女の私でも可愛いと思うぞ。なんかマドンナやってそうなタイプだ。
頭の中でメチャクチャ失礼な感想を抱いたが、しかし私はそれをお首にも出さず、平然と自己紹介をする。
「そうか、そう言ってもらえると嬉しい。──────私は、アデライト=フィル=ランベール、17歳だ。よくアデラと言われるな。二年ほど前にレベル3ダンジョンのボスを倒したから、一応今はレベル4だ。よろしく」
私はそう言ってエリアに片手を差し出す。
ちなみに、レベル4という設定は前々から師匠と考えておいたものだ。このクラスに入るのならそれくらいが妥当、ということで4に決まった。
まあ、それに伴って固有魔法もレベル4時点までのものしか使えないのは少し不便だが。
実力を隠しながらというのは案外めんどくさい。レベル7まで強化されている魔法に慣れきってしまっているので、結構もどかしいことも多いのだ。私のは直感が鋭くなる魔法なので、結構パッシブ要素が多いのがせめてもの救いか?
ついでに言えば、身体能力も出せる実力は4くらいのものにしなければならないし、本当に視察とは気を使うことが多い。
早めに各レベルのダンジョンボスを倒してレベルを上げた(というフリをした)い。
自分の自己紹介に適当に愚痴を言っていると、エリアの方も私から差し出された手を握り返してきた。
手がとても柔らかい。……いや、もちろん、一般人のそれと比べだら十分しっかりしてはいるのだが、なんというか……概念的にふわふわしている。
ちゃんと女の子の手感がある……いいなぁ。
などと私がキモイことを考えている間に、エリアは自己紹介をゆるふわに始めていた。
「私の名前はエリアミント=スミリー=テレニエント、15歳。エリアって呼んでほしいな。私は今年の入学のために頑張って、最近レベル4になったの。だから私はアデラちゃんの後輩だね!」
そう言って笑っている彼女は確かに間違いなく後輩という言葉が似合っていた。
いや、この学園は入学した年で先輩後輩が決まるので実際は年齢もレベルも関係ないのだが、雰囲気として彼女は後輩属性のケがある。こう……甘やかしたくなるような。
それと、彼女が15というのは少し驚きである。
あんまりに雰囲気が柔らかいので、まだ成人前だと思っていたが、しっかりと15であったらしい。若く見えるってやつなのだろうか。私は間違いなくその逆なので少し羨ましい。
あ、レベル4というのは別に驚かない。ここの人間で3なのは逆に珍しいだろう。
こんな雰囲気をしているが、実力はしっかり初心者冒険者くらいはあるらしい。
私がしばらくエリアと握手していると、エリアは後ろを向いて少年へと呼びかけた。
「ほら、ロットも、自己紹介」
エリアはそう言って私の手を離すと、そのまま少年の手を引いた。
そして私の目の前に立たせると、半ば強引に片手を差し出させる。
ロットと言われた少年は少し困ったように目線を泳がせたが、観念したのか、呆れたようにはにかんで私の手を握ってきた。
「えーと……俺はロータルマディ=フロー=サーファイス、15歳。ロットって呼ばれてま……呼ばれてる。エリアとは幼馴染でダンジョン探索も一緒にやってたから、レベルはおんなじ。よろしくな、アデラ」
先ほどまでしっかり者だと思っていたが、少し照れたように笑う彼は年相応の子供に見えた。
それに、細めた瞼の奥に覗く赤みがかった瞳と口から覗く白い歯がとても綺麗だ。
エリアも美少女だと思ったが、ロットの方もそれに負けず劣らず顔がいい。私の容姿が完全に霞んで見えるくらいだ。
ロットはそれからすぐにその手を離すと、私の傍から後ろへ一歩引いた。その顔は先ほどまでの彼より若干気まずそうである。
うーん、異性だから緊張させてしまっているのだろうか? 私はそういうのあんまり気にしないのでよくわからない。できることならどちらとも同じくらい仲良くなりたいので、これから少しずつ緊張をほぐしていけると嬉しい。
多少の壁は感じるものの、最初は得てしてこんなものだろう。とにかく、初日に顔見知りができたということを今は喜ぼう。
そう思いながら、私は目の前の二人のことを見つめていた。
・レベルについて
世界には各1~9のレベルに対応したダンジョンが一つずつあり、そこのボスを倒すとダンジョンのレベルから一つ上のレベルに上がれる。
その際には自分の固有魔法が強化され、また身体能力も上がる。(どのように強化されたのかは、自分のみが閲覧できるレベルボードというものがあるのでそれで確認する)
要は、アデラやラニアとしては自分本来の力をセーブして生活しなければならないので、ちょっと不便な感じがするのだ。