これで視察とかできるのか?
長い長い入学式が終わると、生徒達は伸びをしたり体を捻ったり、各々がその体を休める様な行動をとっていた。
ただ、それも仕方ないだろう。何せこの講堂、滅茶苦茶人がぎっしりで、前の方の席などは後ろから押してくる人の波に完全に押しつぶされている。あんなところにいたら体がガタガタになっても不思議はない。
もし師匠が一番後ろの席を取っておいてくれなかったら私もあの中だった筈だと思うと、ほんとうに師匠様様である。
さて、どうやらこの人数を一気に自由にさせるのは危険と判断しているのか、ここから出るのは監督の人から許可が必要らしい。先ほどから出口の方で「○列の方は退室してください」というプラカードを持った人達が方々をかけずり回っている。
そんなわけで、私たちは今とても暇している。しかもこの人だかりの中で任務のことなど話せるはずもなく、私たちは完全に沈黙していた。
ぶっちゃけ、つらい。私は沈黙が耐えられない方なので、この状況はあまり好ましくない。こんなことなら会話デッキの一つや二つ用意しておくんだったと絶賛後悔中だ。
というか、本来はこんなことにはならない筈なのである。
周りでは既にいくつか交流の輪が生まれているし、同い年だとか地元が同じとかでグループを作り話をしている子も多い。クラス分けがどうなるのかは知らないが、それでも一時的な友達くらいはこのくらいの歳なら作れて当然だ。
だが、なぜかわたしたちには全く声がかからない。いや、私たちも声をかけていないのが悪いのだが、それにしたって誰も関わらないのである。
普通、少しくらい言葉を交わしてくれたって良くないだろうか? しかし、ちらと隣を見ても彼女は全く目を合わせてくれない。完全にもう片側の子と話し込んでいる。
──────ああ、うん。原因はわかっているのだ。何故私たちがここまで無視されるのか。
理由は簡単。要は、完全に私たちが浮いているのである。
まあ、この見た目だもんなぁ……
私は心の中でそう独りごつ。
そう、私たちは完全に「変」なのだ!
片や明らかに第二次性徴途中のような少年、片や少し年上なだけでなく雰囲気が大人びている少女。こんなの、うら若き子供達には無視されていて当然である。
いや、わかっていた。こうなることはなんとなく予想していた。
子供にとって、一歳差というのは結構でかい壁だ。何故なら、それは身体的特徴として顕著に現れるから。体つきや容姿が全然違う相手に話しかけるのは結構勇気がいる。
それに、隣の子は多分14,5歳だろう。彼女からみれば17の私など完全に年増である。
あと、長く冒険者をやっているせいで周りより明らかにガタイがいいし、雰囲気も多分洗練されている。これじゃ、親近感も湧きにくいに違いない。
あ。因みにこれは自画自賛ではなく事実だ。正直言って仕舞えば、ここの子供達は緩い。殺し合いも命をかけたこともないのが一目でわかる。もちろんその覚悟はあるのだろうが、それでもやはり、ここは経験がものをいう世界だ。レベル4が精々であろう人間とは、悲しいかな、やはり私たちは別格なのである。
しかし、本来誇るべきそれがまさか牙を剥くとは思わなんだな……
私は完全に他から切り離された、この雰囲気の孤島に一人うなだれていた。
私、これからのクラスで友達できるかなぁ? 流石にぼっちの学園生活が視察に適すとは思えないし、師匠は普通にコミュ障の匂いがするし、不安だよぉ〜。
私としては、クラスに一人や二人似たような変人が紛れてくれることを祈るしかないのだった。
◇◇◇
「おいアデラ、何故そんな顔をしている。先程から元気がないぞ? 視察中なんだ、もっと新入生らしく胸を張って歩けないのか」
講堂から教室へと移動する途中、あまりに元気がない私へ師匠が話しかけてきた。
ここで心配の声掛けではなく嫌味の声かけをするところが、まさに師匠の最低な人格を表している。それこそ視察中に相方の調子がおかしいのなから、理由を聞くべきだろう。それをせずに自分の欲を優先させるあたり、やはり彼はレベル10である。
「………おい、何も俺は心配していないわけではない。なんとなくその理由が推し測れるから何も言わないだけだ」
「……ラニア、心を読まないでくれ」
こわいから。
─────って、理由がなんとなくわかる? 一体なぜ……と、ふとここまで考えて、一つ理由に思い当たった。
ああ、そうだ。師匠は潜入初めてじゃないからこの悩みは初めてじゃないのか。
そう、師匠は昔にもここにきたことがある。昔の師匠がどんな人だったのかは知らないが、イリト様のいう様に彼が本当に長寿なら、多分見た目も変わらないだろう。そんな中、師匠は見事視察をやり遂げているのだ。
もしそうなら、前回はいかにしてこの課題を突破したのか、ご教授願いたい。
そう思い、私は師匠に聞いてみることにした。そこに、私の学園生活の微かな希望を込めて。
「……ちなみに、ラニアは前回の学園生活、どうやって交友関係を築いたんだ? 後学のために聞かせてほしいのだが……」
私は相手をなるべく刺激しない様な声色で質問をする。ここで機嫌を損ねたら、「自分で考えろ」とか言われかねないからだ。
何も知らない師匠素人からすれば、いくらなんでもと思うかもしれないが、師匠はやる。彼はそういう人間だ。本当に意地が悪いのである。
しかし幸い今回はそうはならなかった様で、師匠は特に顔色を変えることもなく平然と答えた。
「いや、そもそも友人などいなかったが? どうせ一年しかいないのだし、いらんだろ」
なんでやねん。
うん、やっぱ師匠は師匠だった。そーだよなー、確かに師匠がまともに人と付き合ってるとことか想像できないもんなー。
…………くそう、なんとかなると思ったのに。
「おい、そんな残念そうな顔をするな。お前が何を気にしているのか知らんが、どうせ視察は片手間だろう。自分の修行のついでに雑にやるくらいでいいんだよ」
「それはそうだが………依頼の達成を生業とする職種が言う台詞とは思えないな」
「当然だろう、依頼など、俺はほとんど受けたことがない。面倒だからな」
「いよいよお前が本当に冒険者なのか怪しくなってきたぞ……」
私がじっと疑いの目を師匠に向けるが、師匠本人はどこ吹く風。全く気に留めずにまっすぐ廊下を歩いている。どうやら私にそのことを話すつもりはないらしい。
はあ、ほんとなんなんだろうこの人。依頼を受けずにレベル10になるとか、そんな芸当本当に可能なのか? 一体そこまで強くなるのにどうやって金を稼いでいたんだ……。
というか、そもそもこの見た目もその年齢も、なぜそうなのかとんと見当がつかない。どんな理屈でこんな訳のわからん人間が出来上がってしまったのだ。
まあ、固有魔法なのは十中八九間違い無いと思うが、しかし『恒常』………うーん、全然わからん。
レベル10は固有魔法がそのまま二つ名になるというが、実際どの程度のものなのかはそこからは測れない。レベル10まで強化されると本当に意味のわからない力になるからだ。レベル10とは神の領域、とはよく言ったものである。
私は何か手がかりはないか、とちらと師匠の方を見遣るが、当然何かをひらめくことはない。
こういうところで働かないとは、私の『直勘』くんは何をしているというのか? 私の固有魔法ももう少し日常で働いてくれたら便利だというのに、これだから絶妙に使い勝手が悪いのだ。
結局なにも師匠のことは分からず、私は密かにため息をついた。
そりゃ、そんな簡単に秘密を探れたらレベル10の名がなくというものだが、しかしそれでも知りたいものは知りたいのだ。
もしかしたら直接聞いたら案外素直に教えてくれる可能性もなきにしもあらずだが、違った時に待っているのは私への殺意だけなので、どうもその一歩が踏み出せない。師匠がどれだけそこら辺に敏感なのかを、私はまだ測れていないのだ。
「おい、どうやら案内された教室についた様だぞ」
私が主題から外れてどうでもいいことに頭を悩ましていると、師匠が私たちの到着を教えてくれた。それで、私はその思考の海から引き戻される。
全く答えは出ていないのにもう到着か、と微妙に憂鬱な気分だが、しかしここまできたらなんとかするしかないだろう。
私はこれでも地元では友達も多い方だったし、一応仕事柄人と関係を持つのも得意……なはずだ! 冒険者友達は一人もいないけど。
ここが、私のコネ製造テクニックを披露する絶好の場所なのは間違いない。私が5年かけて身につけたコミュ力、見せつけてやろうではないか!
私は、一人自分の気持ちを鼓舞する。そうでもしないと、ストレスで吐いてしまいそうだからだ。
なぜかって、この教室には私達を除くすべての生徒が既に集合しているだろうと予測されるからである。
私たちはまず退室が遅い組だったし、事前に視察についての話をする為に他よりもなるべく遅くに教室へ向かう様にした。そんなわけで、私たちが最後に入室する生徒ということになる。(てかそうじゃなきゃ困る)
ああ、そんな中に、私はこのくっそ頼りない師匠を連れて突撃しなければならないのか……ほんと、人生どこで間違えたかなぁ。
はぁ、と私がため息を吐けば、師匠が後ろから私に蹴りを喰らわせてきた。
「な、何を──────」
「うるさい、何をぐずぐずしている。早く開けろ、遅刻になるぞ」
師匠の辛辣な言葉が私を襲う。くそっ、人の気も知らないで、この合法ショタが………!
しかし、師匠の言うことも最も。ただでさえ浮いているのに、初日遅刻なぞすればもう永遠に生徒達と関われなくなってしまう。
そうなってはたまらない、と、私はついに覚悟を決める。
人生初めての学校、そして集団生活に、若干の期待と恐れを抱きつつ、私は教室のドアに手を掛けた。
・レベル10の二つ名について
レベル9のそれが彼らの特徴を指し示す『通称』ならば、レベル10のそれは正真正銘の『二つ名』であり、彼ら自身の固有魔法の名が、そのまま適用されている。
尚、その名前自体はレベル1の時に固有魔法を授かった時点でのスキル名から変わらずつけられていたものであり、そのスキルの性質を表すべくシステム側が決めた名前。だから、変な名前が出てきてもそれはその人自身が望んだ名前なわけではないため、あしからず。