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学園都市に到着しまし……到着したよ


 師匠との出会いから約3ヶ月が経った。


 ここは、春が訪れ桜咲く、栄華極めたる伝統の街、学園都市。レベル10冒険者の一人が所有する『学園』に付属した、そこそこ大きめの街である。今は越してきた新入生を狙った商人達が、虎視眈々と目を光らせている。………っていうか、いくらなんでも人多すぎるだろ。ここほんとに学園なのか?

 まあ、聞いた話によると、昔はただの購買部であったのだが、生徒の一人の「()()()()」が商売に関する物だった為に特別に商売を認可したら、自分も自分もと店が開かれ気づけば街一個分(この有様)らしい。この前少しイリト様に話を聞いたら、前々からここの学生を狙う商人はいたらしく、そのことを失念し許可を出した当時の自分のミス、とのことだ。

 小市民である私からしてみれば金が稼げるなら万事オーケー、何がミスなのかさっぱりだが、やはり実質的に国一個を抱えている様な人間には何か違うのだろうか?


 そんなどうでもいいトリビアを思い出しながら、私と師匠は馬車に揺られていた。


「もう少しで着くそうだ。入学式への準備はいいな、アデラ」


 師匠が私に声をかけてくる。

 春先の穏やかな雰囲気に師匠の子供の声は絶妙にマッチしていて、なんとも心地がいい。ほっこりしすぎてつい眠ってしまいそうだ。そんなことをすれば即師匠に叩き起こされるから絶対にやらないけど。

 私は暖かな陽気で少し落ちていた気持ちを再び覚醒させ、師匠の言葉に答える。


「特に問題ありませ………ないよ。ししょ……ラニアこそ、身嗜みのチェックはちゃんとしたか?」


「ふん、当然だな。……貴様の様に口調でヘマをするほど間抜けではない。先ほどから何度も確認を重ねている」


「う。ま、まだ慣れてないんだ、勘弁してくれ……」


「目を逸らすな。視察上で俺たちの関係はただの友人だ。そんな丁寧口調をされていては怪訝に思われるし、師匠などと言うのは言語道断。さっさとそれを直せと何度言えばわかる」


「ぐぐ、わかったわかった……」


 師匠の辛辣な責めに私は縮こまって謝る。

 このお小言を言われるのも、もう何度目か数え切れない。私自身もあまりの応用力の低さに少し自信を無くしてしまっている。

 というかそれにしたって、たった数週間でも染み付いた癖というものはなかなか抜けない物だ。まさか一ヶ月使っても修正できないとは思わなかった。いや、心の中で師匠と呼び続けているから仕方ないのかもしれないが。


 今日の失敗を反省し、その証として私は呪詛の様に同じ言葉を呟き始めた。


「ラニア、ラニア、ラニア、ラニア………」


 ここ一週間は私はずっとこうして師匠の名を延々と呼び続けている。なんとか癖を抜く為の最後の追い込みとして、口に覚えさせようとしているのだ。

 一応その甲斐あってか、師匠を師匠と呼ぶことは一日に一回程度に抑えられている。この調子で行けば、今週中には問題解決できるかもしれない。


「まったく、まさかこいつにこんな弱点があるとは……家事よりもよっぽど難しいと思うのだが、一体なぜこれができない……」


 隣から師匠の呆れる声が小さく聞こえてきたが、繰り返しに忙しい私はその言葉がよく聞き取れなかった。

 まあ、聞こえていたら言い争いだったと思うので、多分これでいいのだろう、と私は直感した。


 ◇◇◇


「うわー、でっかー! 流石に、世界一の研究機関はちがうなぁー」


 巨大な校舎を目の前にして、私は感心した様に声を漏らす。

 田舎娘感丸出しの酷い感想だが、しかしこの校舎、本当に馬鹿でかいのである。もしこの反応をしない人間がいるのなら、そいつは間違いなく王族だ。


 貝殻の様に真っ白な壁にこの世の全ての色を凝縮したかの様なステンドグラスがド派手に真ん中に飾られ、その横に等間隔に並ぶ窓は一つ一つが大貴族のお屋敷でもないと見られない様な豪華な飾り付けを施されている。

 まさしく、富と名声が得られる一攫千金の仕事の冒険者にふさわしい建物であった。


 今日から私たちはここで生活するんだと思うと、ほんとにここにふさわしい生活を送れるのかが不安になってくる。


 貧乏娘の私では、ここの箔を落とすだけなのでは……?


 脳内にそんな考えがよぎるが、しかしすぐにそれを振り払う。

 この学園はどんな者であろうと入学可能。スラム出身から王族、ひいては国王その人ですら平等の名の下に置く絶対的独立組織だ。ここの門をくぐる以上は何者もただの冒険者でしかない、というのがここのキャッチコピーではなかったか。

 大体、これは私の主観だが、冒険者になりたいなどと言い出す様な連中に、上品な人間などそもそもいるわけがない。どうせみんな頭パッパラパーか私みたいな境遇(貧乏な家出身)のやつだ。例外はいるかもしれないが、しかしいずれにせよ子供、稼ぎのある私よりは下のはず。


 そんなふうに考えると、自然自分の心の怯みが取れていく様な気がした。

 正直人としてどうかと思う理屈ではあるけれど、でも事実だからしょうがない。というか、そうでもしないとやってられん。

 私は一人惨めったらしく頷いた。


「そら、何をぼーっとつっ立っている、いくぞアデラ。入学式は南の講堂というところで行われるらしい。早くせねば、いい席がとられてしまうぞ」


 一人悶々とする私に、師匠が声をかける。どうやら早く会場入りしたくてたまらないらしい。

 いい席ってなんだよ、と思わないでもないが、しかし今年も入学者は数えきれないほどに多い。五桁はくだらない様な人数収容できる建物となると、確かに席の良し悪しはあるのかもしれない。

 それに、私はここに来るのは初めてだが、師匠はおそらく何度か視察で訪れたことがある筈。それなら、ここは先達のアドバイスに従うのも悪くないだろう。


 そう思って、私は特に口答えすることなく講堂へと走った。

 その時吹いた風からは、微かに花の匂いがした。

尚、ラニアも一回しかここにはきたことがない模様。

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