それでは任務を説明する!
「それじゃまず、このお仕事の内容説明の前にこれそのものについて、サラッと話しておくね。」
そういうとイリト様は、その右手の人差し指を一つ立てた。
そして、ゆっくりと私たちの顔を見回して──────
「では『恒常』君、この任務の目的を説明してみたまえ!」
「………………………は?」
先ほどから興味なさげに聞いていた師匠は、当てられると思っていなかったのか、そう言われて驚いた様に声を上げた。
まあ彼からしてみれば当然知っている内容なので、話を聞き流していても不思議ではない。突然当てられた師匠には少し同情する。
「おい、何故俺が………」
「いやー、話を聞くだけじゃ君も退屈だろうと思ってさー。ちょーっと君にも説明を手伝ってもらおうと思うわけ!」
イリト様は、きゃるん、という効果音がつきそうな、可愛くも腹立たしい笑顔を浮かべる。
口からわずかに出ているその舌が絶妙にキツい。
「んー? どうしたのかな弟子クーン??」
ひえっ
「………気のせいだったかしらん? …….ほらほらそれより、早く説明しなさいよー。もしかしてわからないのかしらー?」
ぷーくすくす、とイリト様は分かりやすく師匠を煽る笑い声をあげる。顔も頬をこれみよがしに膨らませた笑い顔で、とても下品だ。
………にしても、これはひどい。どれだけイリト様は師匠が嫌いなのだろうか。それとも、これは愛情の裏返しなのか?
「ふん、いいだろう。そこまでいうのなら説明してやらんでもない!」
私が二人の関係に頭を悩ませていると、ラニア様が遂にその説明を請け負うと言い出した。
さすがの師匠も、ここまで煽られては大人しくはしていられなかったらしい。
師匠はそうして仕方なさげにこちらを向くと、渋々説明を始めた。
「まず俺たちがこの視察を行う目的だが、これは単純に学園のレベルの確認の為だ。もちろん成績や文面でも確認ができるが、実地で見ないとわからんこともある。しかも何万もの人が集まる『学園』なら尚更だ。そこで、俺たち───主に『創世』だが───は、だいぶ前に視察の実施を企画したのだ」
「そーそー、私も大分お飾りになってきたし、結構大変なのよ、学園の管理。偽造した書類持ってくる奴もいるし。だから生徒の感覚や教師の感覚を肌で感じるべく、500年くらい前にこれを企画したの!」
師匠の後ろの方から、補足で説明をするイリト様の声が聞こえる。
というかイリト様、師匠の顔がひどいことになってますけど……「それやるなら自分でやれよ」オーラが出てますって。その顔を直視する私の身にもなってください。
「………まあ、そういうわけだ。あと、今『創世』が言った理由から、視察をするのは必ず『レベル9以上』かつ『信頼できる奴』だ。変な報告書を上げられたら困るからな」
「ま、レベル10には今んとこ信頼できない奴はいないし、レベル9は基本部下使うしで、二個目のはあんまり意味ないけどねー」
再びイリト様が師匠の言葉に付け足しを行う。
なるほど確かに、高レベル冒険者は殆どが彼女の息がかかっているし、レベル10などは人数が少ない分全員が顔見知りだろう。彼女からみれば、信頼できないものなどごく少数に違いない。
「ま、それでも日々人手不足に追われているがな」
師匠は、しかし私の考えを覆す言葉をサラリと口にした。
それに私は少し驚き、質問をする。
「あれ、そうなんですか。私はてっきり、人材は潤沢だとばかり……」
その言葉を聞いて、イリト様は少し不機嫌そうに目を逸らした。
そして、そのままの状態で嫌味ったらしく理由を言ってくれた。
「そのはずだったんだけど、なーぜか人がいないのよねー! いっくら捜してもみーんな留守だとか忙しいとか言いやがってさー。そのせいでろくに視察が実施できないのよ! 本当は年一でやりたいのに10年に一度とかになっちゃってるしー」
どうやらそのことに随分ご立腹な様だ。先ほどから崩さなかった剽軽な笑みも今は本当に怒っている様なそれに変わっている。
その様子を見て、師匠は愉快そうに笑っていた。
「ふん、あんな面倒な仕事、誰でも受けたくないだろう! 俺たちとて暇ではないのだ、誰があんな所に出張ってやるものか!」
実に愉悦を感じてそうな師匠への、世界一暇そうにしてたあんたが言うか、という言葉を、私は喉の奥にしまい込んだ。またあの殺気を向けられるのはごめんだからである。えらい。
というか、どうやら人手不足というのはつまり、人材不足ではなく、希望者不足ということらしい。確かに、レベル9以上ともなれば自分の組織や会を持っているものが殆ど。彼らを捕まえ長時間一所に留めておくというのは、なかなかに難易度が高いのだろう。
まあ、それでも10年に一度は開けているのは、多分彼女の力技なのだろうが。
「うー、あんたたちだって、この企画にはすごく賛成してたじゃない。粗悪な教育方は界隈を盛りさげているーって」
「案には、な。だが、自分が巻き込まれるとなると話が違う。お前も知っているだろう、レベル10連中は特にだが、あいつらは自分の目的に対する執着が強い。何処の馬の骨とも知らん赤の他人のために使う労力はないさ」
あとそもそも当時のレベル10もだいぶ減ってきたからな、と、師匠は付け足す。………いなくなったじゃなくて減った、なのかあ。500年……いやー人間ってすごいなあ。
師匠の言葉を聞いて、イリト様はぎりぎりと歯軋りをする。よっぽど悔しいらしい、そのことは私の耳にもはっきりと聞こえてきた。……歯欠けそう。
「くっそー、自由人どもめー!!」
「お前がいうな」
ジタバタと駄々をこねるイリト様を冷ややかに見つめる師匠、本当に哀れなものを見る目をしている。なんかすごくこわい。
あと、見た目の年齢とやっていることの内容が完全に逆なのが地味に面白い。とてもシュールで、風刺画的な何かを感じる。
しかし、イリト様には少し同情する。最初の口ぶりからして師匠は多分ずっと視察依頼を断り続けてきたのだろう。しかも、今回受けたと言ってもあくまでついで。つまり彼らにとって、この行事はその程度にしか見られていないということだ。
自分の一生懸命考えた案が雑に扱われるのは、大分悲しい気持ちになるだろう。………もう慣れっこではあるんだろうが。
まあだからといって目の前の彼女の見苦しさは消えないけどね!
「うう、まあいいわよ、受けなかったら力ずくでここに連れて来させてたし……」
何気に怖いことを呟きながら、イリト様はようやく立ち上がった。漸く冷静になったらしい。
いまだに少し赤い目を擦りながら、イリト様は再びその口を開いた。
「じゃ、もう『恒常』君にはだいぶ言ってもらったし、ここらで私とバトンタッチね。任務についての説明は終わったし、次は具体的な内容を話すわ」
その言葉を聞いて、私の先程までの雑多な気持ちは消え、また話に興味を持てた。今しがた私が出した、視察方法についての疑問が解決できそうだからである。
そして、実際彼女はまず第一にそのことについて話してくれた。
「えーと、それじゃせっかくだし視察方法について話すわ。まず、弟子クンが言ったさっきの疑問だけど、それはアタリ。私達が直接出向こうなら、すぐに話題になって視察どころじゃないわ。あそこの教師にとっても、レベル9以上ってのは偉人扱いだもの」
さっきまでのわちゃわちゃは何だったのか、と言いたくなるほど普通な様子で、彼女は話を続ける。
その言葉は、私が予想した問題点への確かな肯定だ。だが、しかしそれならなぜそうならずに済んでいるのだろうか?
「そう、それはズバリ、視察方法にあるの。弟子君の言う通り、人目に触れずに視察は不可能。でもね、触れても触れられていないことにできる方法があるのよ」
まあそれが人が集まらない理由でもあるんだけどね、と、最後に彼女は付け加えた。
「人目に触れても触れていなくする方法」? 一体それはなんなのだろう。私はあまり良い案を考え付かず首を捻った。
その様子を見て、イリト様は満足げに笑う。そして、答え合わせをせんと、その口を開いた。
「要は私達じゃ話題になっちゃう訳だけど、逆に言えば、私達じゃなければ話題になることはないのよ。だったら答えは簡単、身分を偽って生徒なり先生なりとして、『学園』に潜入しちゃえばいいってわけ!」
「……………………ふぇ?」
華麗にターンを決め、ド派手に決めポーズをとるイリト様を前にして、私はあまりにも腑抜けた返事をしてしまう。
……あ、別に彼女を笑ったわけではなく、いや確かにイリト様も可笑しいがそうじゃなくて、その答えがあまりに予想外だったので、うまく声が出せなかったのだ。
固まった私の様子をみて、横で師匠が笑いを堪えている様子が確認できた。薄々わかってたが、やはりこの人性格が悪い。天罰あたればいいのに。
一方のイリト様も、私があまりに動かないのがおかしくて笑っている。まったく、どいつもこいつもである。
「あっはっは! いやごめんなさい。あまりに貴方がお手本の様に固まるものだから、ちょっと吹き出しちゃっただけなの。許して頂戴?」
しばらくして、漸く笑いが収まった様子のイリト様が私に謝ってきた。本当は少し腹が立っていたが、しかし私は理性ある人間なのでここはグッと堪えて笑顔を浮かべる。ここで切れたら負けだ。
その様子に彼女はほっと胸を撫で下ろしてから、また話を再開した。
「えーと、話を戻すけど、つまり二人には今回、生徒として一年間、『学園』に実際に入学してもらうの。そしてそこで、『学園』がしっかり機能してるから見回ってもらうわ」
イリト様ははっきりとそう宣言すると、ドヤ顔でわたしたちと前で胸を張った。もしかしてこう言うの好きなんだろうか、ほんのりと頬が上気している。
その後、ふと何かに気づいた様に彼女はいった。
「あ、生徒が嫌なら別に教師でもいいけど……流石に二人の見た目が若すぎるかしらん」
イリト様は二人の体型をジロジロと不躾に舐め回す。まあ私も17だし、師匠に至っては13が精々の見た目だ。こんな教師がいたらびっくりだろう。………ん? 何で今胸を見た、どう言うことだ貴様答えろ、おい。
……いずれにしても、私は誰かに教えられる腕はないし別にその判断には不満はない。体型もコンプレックスはない(断じて嘘ではない)し、自分が少し小柄なのも把握している。
それに、『学園』は成人直前からして少し経ったくらいの、14~16くらいが一般的な入学ラインなので、別に大きな違和感はないはずだ。(師匠は知らん)
「………まあ、とりあえず納得しました。確かにレベル10冒険者と会ったことがある学生など殆どいないでしょう。それを身分に名前に偽れば、まずバレないと私も思います」
「ん、そう言うこと。あ、因みに不安なら、流石に体は無理だけど顔くらいなら弄れるよ〜。二人はどうせ無名だし大丈夫とは思うけど、やっとく? 顔も綺麗になれちゃうよん!」
なんか微妙に失礼なことを言われた気がする……が、よく考えれば彼女から見て著名な人、美人な人って何人いるんだろうか? 多分世界でも10いないんじゃないだろうか。彼女自身が世界でも有数の美女かつ著名人だし。
そう考えると、無名呼ばわりも仕方ない気がしてくる。それくらい私が未熟と言うことだ。私もいつか著名と呼んでもらえる様に頑張ろう。
私は決意を新たにすると、その目標を胸に首を横に振った。
いつか、私は私のままビッグになる。そして、家族のことを救うのだ。その時に、自分の顔が変わっていたらカッコがつかない。
「えと、顔は大丈夫です。そのままでお願いします」
「ヒュー、自分の顔に自信ある系なの〜?」
「違います、私の心の問題です」
あでも、顔は悪くないとは思ってますよ?
「ふん、陰でこっそり思っているやつが一番タチが悪いな」
いや怖っ、やっぱ師匠って悟り妖怪でしょ。
私が地味に師匠の言刃に刺されていると、イリト様は納得した様子で大声をあげた。
「オーケーオーケー! 二人とも今回のことについて理解してくれたみたいだね! それじゃあ三週間後もう一度ここにきてくれる? いろいろ資料とか、配布するもの配布するわ!」
どうやら、これで今日の話はお終いらしい。師匠などは、すっかり疲れた顔をしてドアのほうをチラチラ見ている。早く帰りたい、と言う気持ちがダダ漏れだ。
私としても、今日はいろいろありすぎて疲れた。レベル10冒険者とここまで長く話したのも初めてだったし、流石に心が張っている。もうすぐ学園の寮生活が始まるらしいので、残り少ない休暇を早く家で休みたい。
そんな私たちの空気を察してくれたのか、イリト様はすぐに外の執事を呼びつけてくれた。
きた時とは打って変わって、すっかり日が沈んだ星空のもと、私たちは馬車に乗り込む。
この後は、ここから少し離れたところにある町に一度戻ってから、互いの住処へと各自で戻る予定だ。だから、私たちはとりあえず一緒の馬車へと乗り込んだ。
「ふう、疲れましたね、師匠。もうイリト様とはしばらく会いたくないです……」
「ふん、そうだろう。あれは碌なやつではない。可能ならば関わらない方がいい怪物と知れ」
「同僚へとは思えない言葉ですね……」
今日の疲れを互いに愚痴っていると、私たちを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。
「それじゃあ任務、よろしく頼むよー。結構期待してるからねー?」
去り際、油断した所に私達へプレッシャーをかけてくるイリト様は、やっぱり性格悪いな、と、そう思った。
・冒険者の数
レベル10は数が少ないとはいうが、実際冒険者は母数が多いだけで結構数はいる。ラニアみたいな無名は彼だけだが。
因みに、レベル9くらいならマニアでも全員は言えないくらいの数がいる。普通の有名人、くらいのイメージ。(芸能人やスポーツ選手レベル。10の奴らはローマ教皇あたりの人)