学園視察って、何?
「はぁ、ま、いいや。あなたが何とかするというならなんとかなるんでしょ。私はあなたを信頼します。とりあえずは、この件については私はノータッチでいかせてもらうわよ」
「ああ、それで構わない」
このまま話をしても埒が開かないと思ったのか、イリト様はすぐに話を切り上げ、自分の席へと戻っていった。
どうやら、彼女の今の関心は、私のことよりも別にある様だ。
椅子にどっさりと座り、行儀悪く顎を掌に載せて、イリト様は再びこちらへ視線を向けた。
その視線は先ほどまでの興味と好奇心にあふれたものではなく、冷静に物事を見極めようとする目。すなわち、仕事モードの人間が放つ視線だった。
「で、学園視察だけど………重い腰上げて漸く行ってくれるってわけね。でも、空白期間永世延期者の『恒常』様が、一体どういう風の吹き回し?」
そう言ってイリト様は、湿り気を感じる目で師匠を見つめる。その視線を、師匠は見事に知らんぷりを決め込んだ。全く白々しい。よくもまあそんな堂々としてられるものだ。
「おいアデラ、何か変なこと考えてんだろ」
「いえ、まったく?」
こ、怖い。
読心は無理とか言ってたけど、やはりこの人はできるのでは?
「ならいいが…………学園視察は、まあついでみたいなものだ。こいつを弟子に取った以上、鍛えるのには下界へ行かなくてはならん。ならいっそ、前々から先延ばしになっている学園視察も一緒にやってやろう、と思ってな」
まあこれは実際には『操心』の案だが、と、最後にポツリと零して、師匠は今回のことのあらましを説明した。
……というか、あの人そんなことを師匠にあの手紙で提案していたのか。なるほど、彼なりに私の手助けをしてくれていたというわけだ、ありがたい。今度あったら何か物でもお贈りしよう。
「なるほど、修行ついでかぁ。確かにそれはいい案かもね。あそこが修行の場に的確かは置いといても、いくらでもダンジョンについての情報は揃ってるし、潜るのもタダだし」
「そういうことだ。まあ、どちらも俺の権限を使えば解決はできる問題だが………できることなら、俺は俗世を離れていたいからな、そういうことはしたくない」
師匠は自分の考えを誇る様にそう言って鼻を鳴らした。見た目も声も子供な師匠がそうすると、少し可愛げがある。
まあ最後の理由はちょっとよくわからないが、往々にして高位冒険者はよくわからないので、とりあえずスルー。自分の存在すら明かさない冒険者なら、何か考えあってのことなのだろう。
そう適当に理由づけて自分を納得させる私の一方で、イリト様は何かを考え込んでいた。だが、それもじきに終わり、彼女も何かに納得した様に頷き、その口を開く。
「……うん、いいんじゃない? 別に話に変なところないし、なんかその子が問題を持ってても、あなたなら対処できるでしょ。とりあえず私は、学園長としては、彼女の動向は許可できるかな」
腕をひらひらさせて、彼女は私のことを認めた。
そんなに軽くていいのかと思うが、しかし彼女たちほどの実力を持つものからしたら、私など歯牙にもかけぬ存在ということなのだろう。
「よし、言質は取った、もう覆えさせんからな。これから何があろうと、俺はこいつと『学園』に行く。後で訂正をしても遅いぞ」
「あーはいはい、そんなドヤ顔しなくてもいいでしょ。別にそんなこと言わないって」
「いーや、お前は言う。実際『導光』がレベル10に上がった時など、応援すると言った次の日にはクソビッチだとか言っていただろう」
「まった古い話してんじゃないわよ! あれは仕方なかったの! だって私の大事なコレクションをガラクタって言ってきたのよ!?!? 情緒を解さない女に毒を吐くことは罪に問われるべきじゃないと思うわ! それに、今は仲良しなんだからノーカンよ!」
「貴様、幾ら何でも都合が良すぎるぞ! そんなメチャクチャな理論通るか!」
やいのやいのと、二人がまた盛り上がり始める。
先程の言い合いよりも、倍以上に騒がしい。正直、耳を塞ぎたくなるほどだ。
というか、話し合いは終わったのだろうか。もう話すことがないなら、さっさとかえって……………あ、いや待てよ。
「あの………少しいいですか?」
「「は!?!?!?」」
どこか既視感のある二人の視線を受け止めながら、私はおずおずと話し出す。
そう、ここに来る時からずっと気になっていたこと。まるで二人が当たり前のことの様に話すので、今まで聞きそびれていたことがあるのだ。
「あの──────『学園』の視察って、なんのことですか?」
その言葉を口にした瞬間、この部屋の空気が凍りついたことがわかった。
「……………え、もしかして知らないで来てたの?」
「あれ、言ってなかったか?」
二人が同時に言葉を発する。
そしてそれと同時に、やはり私だけがこの場でそれを理解していないのだと思い知った。………が、不思議と気に病むことはない。だって迷惑かけたのがこいつらだし。(というか師匠の口ぶりからして、普通に話し忘れただけだろう)
…………何か、レベル10の方々への尊敬レベルがどんどん下がっている気がする。もう心の中ではすっかり敬語が抜けてるし。これでいいのかなぁ。
「いえ、『学園』についてはもちろん存じています。イリト様が創設し、かつ現学園長を務める『冒険者養成及び実践戦闘学専門研究機関』ですよね?」
「ん、そうよ。お金がなくても誰でも入学できる、私が作ったスーパー施設! 貴方からはあんまり匂いを感じないけど、まあ殆どの冒険者はそこをでてると言ってもいいわね!」
イリト様が自慢げに鼻を鳴らす。
そして、実際彼女の言が誇張ではないのだからすごい。
裏ギルドにでも行かない限り、やはりほぼ全ての冒険者はそこで学んだ人である。私の様な独学派やモグリは、本当にちゃんと探さねば見つからないし、実力も振れ幅が大きい。信頼できる人=学園出身者というのは、この界隈の常識だ。
「ですが、そこに視察、というのがわからないのです。私も詳しくは知りませんが、流石にレベル10の人間が一学園に出没すれば大騒ぎになるのでは?」
そう、そこなのだ。レベル10が動いたという話を聞いたことがないのが、私は引っかかっている。
レベル10………いや、レベル9にもなると、人は彼らに通り名を与えその名を神格化する。実際、その優秀なウデは国家や企業に縛られず、自立した組織や力を持つことが多い。
例えば、前に話が出た『採集屋』は、ダンジョンから仕入れた植物を素材にしてポーションを売る薬局を開き巨万の富を築いたと言われる。
それにこの『創世』たるイリト様などは、その圧倒的な力から国家に頼られることも多く、よく国の復興などの事業を手掛けることもあるらしい。またあらゆる国家から完全独立した独自機関、『学園』を設立するにまで至り、その影響力は下手な王国よりもあるのだとか。
その実力は、古くからの慣用句に「創世に抗う」という、無駄な行為をダブルミーニングで指す言葉が残っているほどで、昔からずっと世界の頂点に君臨する人なのだ。
もちろんこれは一部で、他のレベル9以上も皆同様のエピソードを持っている。それこそ、その手のものがないのは師匠だけだ。
まあそんな訳で、彼らの実力は本当に凄まじい。そして、それは勿論その知名度も同様である。
そんな彼らが一時でも学園を訪れれば、それはそれは大きな噂になるはずだ。私とて冒険者、日々そういうものを聞き分けて生きている。そんな噂があれば私も必ず記憶しているにちがいない。
だが、そんなことは聞いたことがない。つまり、誰もそれを知らないのだ。
だから、気になる。
「一体視察とは何なのですか? まさか、誰の目にも触れず観ることなどはできないでしょうし」
その疑問を、師匠が後ろでバツが悪そうに聞いていた。
………気まずくなるなら最初から説明しておいてください。
「ふーん、ほんとに何も知らないのねぇ。逆に驚き。『恒常』くんは結構喋る方だと思ってたけど、流石にあったばっかりの子との会話は難しかった?」
「………………ふん」
気まずいのを誤魔化す様に鼻を鳴らすが、全く誤魔化せていない。というか、むしろそれは肯定である。
「はーあ。まあ仕方ないから説明してあげましょうか。弟子育成初心者の君への、おねぇさんからのサービスだゾ!」
大仰な動きで彼女は立ち上がると、そう言って師匠へ向けてウィンクを飛ばした。結構上手い。私は両目ウィンクしかできないのに。
なお、師匠はその様子に「キッツ」とだけこぼしていた。……師匠の方が年上なら、別にキツくはないのでは? しかも話によれば500歳以上離れてるらしいし
「ババアはどれだけ年下でもババアなんだよ」
さいですか。……………いや怖っ。
「何二人でボソボソしてんの? ………まいっか。それじゃあ、説明してあげましょう、一体君たちにこれから課せられるお仕事は何なのか、について!」
幸いなことに今の会話は気づかれなかった様だ。イリト様はウキウキの状態でその場でターンを繰り出し、その口を説明のために開いた。
・レベルアップ
レベルは一つ上がるだけで実力にとてもとても大きな開きがある為、主人公たる彼女が7だから彼女もすごいというわけではない。
でもだからと言って弱いわけでもない。というか、独学派なことを考えなくても割と強い。
一般人のレベルは生涯真面目に一生懸命生活してれば3行くかな、くらい。鍛えれば3になれる。(1~3にはそこまで大きな開きはない)
そして、4、又はそれ以上あるやつは全員冒険者。