弟子にしてくれ!
長い沈黙を破ったのは、ラニアの方だった。
「まあ落ち着け。弟子にしろという了見はわかった。だが、それ以外が俺には全く見えん。俺は読心などできんのでな、説明はちゃんと一からやってもらおうか」
ラニアはやれやれ、と言ってことりとペンを机に置く。とりあえず、話を聞かないと言う選択肢は彼の中から消えたようだ。
そのことを喜ぶのとともに自分の気の速さが恥ずかしくなった少女は、少し俯きがちにラニアへと謝罪する。
「む? 謝罪など、構わん構わん。お前としても急ぐ理由があるのだろう。まだ若いのだし、そんなことを気にする必要などないさ」
ラニアは少女の謝罪には興味を示すことなく、どうでもいいと一笑に付した。
少女は、年齢のことを言われて彼がいくつなのかと少し思ったが、ここでは口に出さなかった。今は、話の腰を折るべきではないからだ。
「では、改めて名乗らせていただきます。──────私はアデライト=フィル=ランベール、冒険者です。人はアデラと呼びます。本日は、最上位冒険者であるラニア殿の弟子にしていただきたいと思い、こちらに伺わせていただきました」
アデラと名乗った少女はそう言って跪くと、強い決意のこもった目でラニアを見つめる。
「ラニア殿が厭世的な方であることは伺っています。ですが、もはや私を受け入れてくださる方は貴方様しかいらっしゃいません。弟子をとっていらっしゃるイリト様やセレスタシア様からは既に受け入れられず、世界各地のレベル10の方々からも、既に断られているのです」
それは彼女にとっても苦い思い出なのか、少し悲しげな表情をして、顔をさらに下にしてしまう。
だが、そんなことよりもその内容がラニアにとっては興味深かったようで、その青い目をアデラの話を聞いていた。
「ふむ、『創世』と『導光』か! あれらを捕まえるのは相当難しいのだがな。申し込みできたと言うことは、実力はあるのか?」
するとアデラは即座に顔をあげ、ここが勝負どころだとばかりに自分をアピールする。
「はい、私は既にレベル7冒険者です。冒険によって得られる収入で生計も十分立てられていますし、パーティーは組まずに冒険していますので、状況判断能力は人一倍高いと自負しています! 私を鍛えていただければ、必ずやラニア殿の期待に応える冒険者になれます!」
「レベル7? それは随分と高いな……では冒険の目的は? 金ではないだろう」
ラニアもそこそこ乗り気になってきたのか、面接官気取りで相手のことを質問していく。どうやら、それなりに相手への興味が出てきたようだ。翠の目が僅かに煌めきを放っている。
アデラは一瞬固まると、またすぐに淀みなく解答を始めた。
「はい、目的は金銭ではありません。私は、レベル9ダンジョンに極稀に現れると言う鉱石、通称賢者の石を欲し、冒険者となりました。理由は………私の家族は病を患っていまして、不治の病と言われるそれを治せるのは、それから作られる特効薬が必要なのです」
「なるほどな。賢者の石ということは………先天性魔力器官欠損症候群か。これまた珍しい病気に罹ったな、同情するぞ。……だが、一つ疑問が残るな。何故、薬を買わない? 確かレベル9あたりに、製薬が得意なのがいただろう。確か通り名は……『採集屋』だったか」
ラニアとしては当然の疑問である。危険を冒さず薬が手に入るのなら、多少高価でも金は出すべきだ。まして、ある程度金銭的余裕のある彼女ならさらなり、である。
だが、アデラはさも当然のことのように、その意見を否定した。
「……………? いえ、採集屋と呼ばれた冒険者は、たしか30年ほど前に冒険者を引退なさっているはずですが」
そう言われて、ハッとしたようにラニアの動きが止まる。
アデラは、もしや自分が指摘したのは失礼だったのではと焦ったが、すぐにラニアはその心配を訂正し、また話を続けた。
「──────そうか、やめていたか。わるいな、こんな山奥にいるとそう言う話は入ってこないんだ。すぐに、時間は過ぎ去っていく」
「は、はあ、そうですか………」
一瞬アデラは、今までとは全く違う感情をラニアから感じとった。それは、悲しみとも惜しむ気持ちとも違う、儚い気持ち──────
だが、今はそんなことは関係ない。それに、彼も冒険者だ、なにかと有名な冒険者とも関係が深いのだろう。だから、若造が触れるべき内容ではないはずだ。
そう思って、アデラはこのことについてこれ以上触れることはやめにした。
「とにかく! ……事情はわかっていただけましたでしょうか。どうか、私を弟子にして、レベル9ダンジョンを攻略できるようになるまで鍛えてください!」
アデラは最大限の誠意と希望を以て、その頭を地面に擦り付けた。……つまり、土下座である。その綺麗な赤髪が埃で汚れるのも厭わず、彼女は全身全霊でラニアへ願ったのだ。
その様子を、ラニアはじっと見ていた。ただ、なんの感情も無さそうな顔で、何を言うでもなく、じっと。
そうして数十秒が経った頃、突如としてラニアは椅子から立ち上がった。そして、アデラの頭の下まで歩いてくると、彼女に合わせるようにしゃがみ込む。
「一つだけ、確認したいことがある」
「!!」
その声にアデラはすぐさま目線を戻し、ラニアと目線を合わせた。
「どうぞ、なんでも!」
「そうか、では一つ──────お前、幾つだ?」
「……………は」
藪から棒な質問に、アデラは完全にフリーズしてしまう。脳のキャパを超えたその質問を処理するために、アデラは必死に脳を働かせるが、しかし全くこの質問の意図が理解できない。
そもそも、一体何を聞いているのかもアバウトだ。身長か、体重か、それともまさかスリーサイズ………いやまあ、冷静に考えれば年齢しかあり得ないだろう。だが、一体何故?
さまざまな思いがアデラに去来する。しかし全てはそれだけで、そこから何か答えを得られることはない。
たが、とにかく答えなければ、と言う一心で、アデラはなんとかその解答を絞り出した。
「あ、えと、17ですが……」
「ふむ、そうか………まあ、いい年頃だな」
その答えの何が『いい』のか皆目見当もつかないが、とにかく質問の答えとしては適切であったらしい。
その事実に、アデラはほっと胸を撫で下ろす。兎に角、変なことを口走らなくてよかった、と。
ラニアはその答えを頭の中で反芻するように、「17、17か……うん、うん……」と、何度も呟いては部屋を歩き回っている。
おそらく何かを考えているのだろうが、しかしその正体がアデラには掴めない。何か、高位冒険者でなくてはわからないことなのだろうか?
そして、それから暫くして漸くラニアが動きを止めたかと思うと、くるりと振り返りアデラの方を向いた。
その表情は、どこか悪戯っこめいたものを感じさせるような生意気な顔をしている。
「おい、アデライトとか言ったか」
「は、はい!」
「喜べ、お前を弟子になることを、俺が許可しよう」
「……………!!」
その答えを聞いて、一気にアデラの顔が晴れた。努力の果て、ついに報われたという嬉しさが込み上げてくる。
だが、そんな彼女の喜びを吹き飛ばすように、ラニアはもう一言、付け加えた。
「だから、まず俺と一緒に『創世』のとこに来てもらおうか」
「………………………………え?」
意味不明なその命令に、アデラは再び固まることとなった。