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ラニアさんのお客さん


「頼む! 貴女が最後の希望なのだ、弟子にしてほしい! 最高位冒険者ラニアの、一番弟子に!」

 少女は、これでもかというほどに深くその腰を折った。その様子を、唖然とした様子で一人の少年が観察している。


 長い沈黙が流れる。

 その気まずさはといえば、つい先ほどまで饒舌だった少年が、今は全く反応できていないことから察することができるであろう。


 少年は見たところ十から十三程度の、第二次性徴を迎えていない子供のように見える。

 微妙にサイズの合っていない大きめの白衣を身に纏い、書斎の机に鎮座している様は、側から見ればコスプレのようだ。彼の正体を知らないものならば、「悪戯はやめなよ」と声をかけてしまいそうである。


 しかして、侮ることなかれ。彼はこれでも、この世界における最も強い力を持つ者、「レベル10冒険者」の一人なのだ。


 なお、ここでは、「レベル」と「冒険者」の概念についての説明は割愛する。大切なのは、そんな彼が動揺するほどのことが起こっている、という事実なのだから。


 ────時は、数十分前まで遡る。


 ◇◇◇


 彼、ラニアは、今日も今日とて惰眠を貪り、朝目が覚めたら適当に買った本を読む、という、ある意味で酒池肉林の生活を送っていた。

 だが、それを咎めるものは、誰一人いない。それは彼が強いから、とかそんな理由ではなく、ただ純粋に、その家のある場所が遥か遠方の山脈、人里から離れた完全なる隔世だからである。


 ……そう、本来ならば。


 誰も訪れぬとて、訪れられぬわけではない。故に、いつの日か来客があるのも必然だ。

 そして偶々、それは今日なのだった。



 来客の気配を感じたのは昼頃、ようやく食事時が過ぎようか、という頃。


「………この気配、女、しかも子供か?」


 魔法を使い調べられる範囲で相手を観察してみれば、彼より二回りも大きな少女────とはいえ、彼が少年体型なので、平均より少し大きいくらい────が、確かにこの家へ歩いてきている。

 一体人間というものを見るのはいつぶりだろうか。あまりに久々のことすぎて、ラニアには前回あった人間のことが思い出せなかった。


「にしても、なんだって態々?」


 ラニアはなんとか記憶を巡らせてみるが、しかし人が訪れる理由など全く心当たりが──────いや、あんな少女が訪れる心当たりは全くない。

 というか、そもそも自分の正体、それどころか存在すら彼は明かしていないのだが、一体どうやってここまできたのか。


 ラニアは、だんだんと彼女のことが気になってきた。

 少々厭世的なきらいがあり遁世しているラニアだが、実は研究者じみたことは趣味で続けている。そんな彼の好奇心は、人間に対しても未だ健在であったようだ。


「まあ、せっかくだし会ってやるか」


 ちょっとだけ心を動かしてくれた礼として、彼は少女に会うことに決める。

 その水色の髪を揺らしながら、彼は家の入り口へとかけて行った。


 ◇◇◇


「こん……にちは。本当にいらっしゃったのですね……」


「いやいや、そりゃどういう意味だ?」


「あ、いえ、なんでもないです!」


 二人の初めての会話は、そんな可笑しな物から始まった。

 相手への失礼をバカ真面目に謝っている少女を見て、少年は肩をすくめる。揶揄われたのにも気づかなそうなやつ、と。


 酷い評価だが、実際、その見た目も大した特徴があるわけではなかった。

 帯刀している以上剣士ではあるのだろうが、なにか業物というわけでもなさそうだし、実力も抜きん出たものがあるわけでもなさそうだ。ショートの赤い髪は多少目を引くものがあるが、別に珍しい髪色というわけでもない。


 その時点で、彼女への興味は冷めていた。蛙化である。

 ラニアは割と気分屋だった。


 そして、先ほども言ったようにラニアは極めて厭世的であり、わざわざ興味のない女と会話してやる優しさなどないわけで。


「じゃあ、これで」


 彼は、一眼姿も見せてやったことだし、と、容赦なく扉に手をかけた。


 だが、当然少女がそんなことを許すはずもない。


「まっ、待ってください! とりあえずお話だけでも!!」


 少女は大声を上げながら足をドアの隙間に滑り込ませ、なんとか閉じるのを妨害する。


「おい、足を退けろ、ドアが閉められん」


「い、いたたたたたたたたた!」


 そのことに苛立ちを示すラニア。明らかに不機嫌そうな表情で、扉を引く手をさらに強める。

 グニュニュ、と、フィクション以外でなっちゃダメなタイプの音が彼女の足からなり出した。


 痛い。あまりにも痛い。

 到底耐え難い激痛が彼女の足を襲う。このままでは足が壊死してしまうのではないか、と思うほどだ。


 だが、当然少女としても簡単には引き下がれない理由がある。ここが()()()()()()()かもしれないのだ。「それじゃあさよなら」に「はいそうですか」とはいくはずもない。

 故に、少女はその持ちうる最大の切り札を、ここで解放することを決める。つまり、「きっとこうなるだろうから」と言われて『彼』に事前に持たされていた、あるものについてを口にしたのだ。


「こ、これ! 貴方宛に封書をお預かりしています!」


 そう言って、懐から一枚の紙を取り出すと、足同様にドアの隙間にそれを捩じ込んだ。

 ラニアはそれを渋々受け取ると、器用にも右手で扉を引き続けながら左手だけでそれを開封した。


 そして、その内容を見て、少し困惑した表情を浮かべる。


「俺宛ねぇ………この書き方は、『操心』からか。また面倒な渡し方をしてきたなコイツは……」


 少女が自分の存在を知っていた理由をなんとなく察したラニア。『操心』の相変わらずの女性への甘さに、彼は呆れてしまう。

 そうしてジロジロと手紙を読み進めていく彼だったが、ふと、ラニアの視線がある場所で止まった。


「……………………………」


 その内容をじっと読み込む彼の横で、少女は祈るように目を瞑っている。

 なお、ドアからは全く手を離していないし、ラニアが少しでも油断すればすぐにでも押し入ってやろうと虎視眈々と狙っているのは代わりない。


 一通りラニアがその内容を読み切り、手紙から顔を上げる。その目には、ここまでの旅で相当痛んだらしい鎧を纏い立つ少女が映っている。

 それからもう一度ラニアは手紙に視線を落とし、そして大きくため息をついた。


 その様子を不安に思ったのか、少女は不安げにラニアの顔色を伺う。


「あ、あの……」


 だが、ラニアはそれに一切反応しない。相変わらずの仏頂面だ。一体何がそんなにつまらないのか、と言いたいほどである。

 そんな彼も、漸く諦めたように顔を弛緩させると、するりとドアノブから手を離した。


「……………………入れ」


 そう言って、彼は家の奥へと消えていく。なんと、話を聞いてくれる気にはなったらしい。

 そのことに気づき、少女は一気に顔を綻ばせる。


「あ、ありがとうございます!」


 そのショートの赤い髪を思いっきり振り乱して、彼女は何回もお辞儀を繰り返した。


「そんなのはいい。それより、早く入らないとこのドア閉じるぞ」


 しばらくそんなことを続けていると、ラニアの声が聞こえてきて、慌てて少女は家の中に入る。

 家の中では、書斎の方からラニアがこっちだ、と言うように手招きをしていた。


 それを見て、少女はなるべく他のものに触らないようにしながら家の中をかけていく。

 ここは貴族邸としてはそこまで大きな家ではないが、それでも豪邸には違いない。あまりにも一般人とは財力が違う、紛れもない上位冒険者の屋敷であった。


 急いで移動しなければ、少し彼を待たせてしまうかもしれない。そうなれば、気分家のレベル10達はすぐに意見を変えてしまうだろう。それを、これまでの経験から彼女は学んでいた。

 そうならないように、彼女は屋敷を走る。多少の無礼は承知だが、しかしそこまで周りに気を回す余裕は今の彼女にはない。


 そして、少女は丁寧に、しかし迅速に書斎の扉を開ける。すると、そこには、先程の手紙の返事をスラスラと書くラニアがいた。


 いつの時代のものかわからないような本がずらりと並ぶその部屋は、書斎というか、どちらかというと図書室に近い。整列する無数の本棚がずっと奥まで広がっていて、到底個人の持ちうる蔵書数には思えないからだ。というか、この書斎兼図書室が、この邸宅のほとんどの容積を占めているように見える。

 そして、その中心でものを書く少年は、その服装も相待って非常に賢そうに見えた。


 一体どんな間取りの取り方をしているのか、と少女は微かに困惑するが、しかし冷静に考えれば、彼らはレベル10の最高位冒険者。今まで会ってきた連中も相当に頭のネジが飛んでいた、と思い出し、すぐに冷静になった。


 そして少女はそのことを思い出して、今自分に後がなくなりかけていると言う事実を思い出す。


 ここで、なんとか気に入られなくては……!!


 少女は速る心を抑え一つ深呼吸をした。

 目の前の少年の機嫌を損ねないよう、はっきりと、しっかりと声を出すのだ。


 すう、と肺に息がまっすぐ溜まるのを感じて、そして大きく叫ぶ。


「頼む! 貴女が最後の希望なのだ、弟子にしてほしい! 最高位冒険者ラニアの、一番弟子に!」


 そうして、ことは一行目に戻る。

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