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18/20

vs 200年もののグランドマスター


 コマを並べ終わり、やっとゲームが始まろうという時に、師匠がふと顔をあげた。


「ああそうだ、お前の固有魔法について話しておくんだった」


「固有魔法? ……ああ、私の『直勘』のことか」


 私は師匠の言葉の意図がわかり、少し考え込む。


 私の固有魔法はそこそこ便利な代物で、具体的には勘が鋭くなる、という代物だ。

 なんだ、大したことなさそうだと思うかもしれないが、流石にそこはレベル7。その字面からはかけ離れているほどの高性能を誇っている。


 レベル1の頃なんて、数日に一度その日の天気がわかる、くらいのものだったのだが、気づけば常に凡ゆる事を予測し続けるという能力にまで進化している。

 オマケに、殆ど魔力消費がないから相当な酷使をしない限り魔力切れにもならず、負担になることもないというメリットまでついているのだ。

 まあ、代わりに強制発動し続ける(パッジブスキルだ)しいつ発動かも任意ではないが、それがデメリットになったことはない。本当、便利な力だ。


 しかし、今回に限ってはそれはデメリットとなり得てしまう。


「成程、私の能力でラニアの手を読んでしまう可能性があるのか……」


 私は悩ましげに首を捻る。


 そう、今回やるチェスは戦略ゲーム。一手一手の価値に重きを置く、運の絡まぬ実力勝負だ。

 だが、それは逆にいうと、常に最善手を打つ相手には決して勝てないということにもなってしまう。

 私が能力で強制的に相手の一手を読み続ければ、流石にズルすぎるというもの。間違いなく、勝負にならない。師匠を叩きのめすだけと結果に終わるだろう。


 まあ、流石に私の能力がそこまでとは思っていないが、正直ゲーム崩壊になる可能性は全然あると思っている。


 ──────もしかしたら、私ってだから誘われなかったのかなぁ


 なんて、独りよがりな妄想ができてしまうくらいには。


 だが、だからと言って私にやらないという選択肢はない。ここまでやっておいてチェスはなし、とは言いづらいのだ。

 だから、せめて魔力切れを起こしてからやろうか、などと私が考えを巡らしていた、その時だった。


「ああ、それなんだが、全然使ってくれて構わないぞ」


「………………うん?」


 師匠から、驚きの提案がなされたのだ。


「………ほ、本当に? 固有魔法、使っていいのか?」


 私はその言葉が信じられず、ついつい師匠に聞き返してしまう。

 だが、彼はやはり横柄な態度で同じ言葉を繰り返した。


「ああ、いくらでもな」


「な……!」


 私は驚きのあまり絶句する。


 普通、ちゃんとしたフェアな対戦においては、(チェスに限らず)固有魔法というものは禁止なのがルールだ。それが戦闘訓練でもない限り、(それが元から備わっている能力とはいえ)所詮才能に過ぎないそれを使うのはやはり憚られるもの。それに当然自分の不利にもなるから、態々使ってくれという馬鹿はいない。

 だからこそ、この師匠の発言というのは異質なのである。


「ラニア……随分と余裕なんだな。何か、絶対に勝てる秘策でもあるのか?」


 私は不可解に思って、師匠にその理由を尋ねることにした。

 もしかしたら、何か師匠なりの考えがあるのかもしれないから。


 しかし、師匠はその予想に反し、驚きの答えを返してきた。


「いや、ないな。単純にお前に負ける気がしない、それだけだ」


「……………ほぅ?」


 単純な答え。絶対的な強者としての、弱者へのハンデ。ただ、それだけ。


 ──────ただ、それだけ………


 そのことを認識した瞬間、私の中で『何か』がひび割れたような音がした。


「………………成程、舐められたものだ。一体その自信はどこからきているのか知りたいものだな」


 私は僅かに頬をひくつかせながらも、笑顔を保つ。

 そしてなるべく声を抑えて師匠に話しかけた。


 師匠はそれを知ってか知らずか、よりその傲岸不遜さを開けっぴろにして踏ん反り返っている。


「ふん、自信があるのも当然。なにせ、俺はこのゲームは200年前────このゲームの流行開始時期からずっとやり続けていたのだ。いくら力を使われようと、ルールも知らない初心者(ビギナー)に負ける俺ではない」


 …………ふーん????? 成程ねぇ、成程成程。そーいうことかぁ〜


 その瞬間、大きな強打音が寮の中の空気を震わせる。

 私が机を叩いた音だ。


「おいおいラニア、あんまりでかいことは言うもんじゃないぞ? いくら雑魚でも、私が全力を出せばこんなゲーム……圧勝するに決まってるだろうが」


 私は机越しにずいと師匠に顔を近づけると、ぎろりと睨みつける。

 しかし師匠は動じることはない。ただ平然と椅子の上に腰掛けている。


「生意気なのは貴様だアデラ。たかだかちょっと有利な固有魔法があるからと図に乗るな。計算と経験に裏打ちされた純粋な実力の前じゃ、お前の付け焼き刃は脆く崩れ去るんだよ」


「ほぉぉぉーーん?????」


「ふっ、怒るな怒るな、事実を指摘されただけだろう??」


「いやぁ、どうせ一人寂しくボッチで趣味としてやってただけの癖に、無駄にイキがってる師匠に呆れてただけですので。お気になさらず〜」


「何??」


 もはや私たちの怒りのボルテージはピークにまで達していた。もうどちらも冷静さを失い、ただ目の前の相手を叩きのめすことだけを考えている。

 幸いなのは、その時周りに人がいなかったことだ。もし誰かいたら、私たちの不用意な会話を一般生徒に聞かれて、イリト様に怒られるところだった。


 しかし、その当時はどちらもそんなことを考えるよう余裕などなく、ついに一触即発の空気が大爆発を起こし、私たちは堪忍袋の尾が切れてしまった。


「まあ、ちょうどいい機会です。私の力を見せるためにも、ここはサクッと勝利させてもらいますよ」


「ああ、アデラと俺では天と地ほどの差があるということを教えてやろう」


 そして私はドスンと音を立てて椅子に座り直すと、そのまま『直勘』に任せて駒を前へと押し進めた。


 ◇◇◇




 対局開始から二時間ほどが経った。


 互いに一進一退の攻防を繰り広げ、盤の周りには多くの死()がとっ散らかっている。


「………………」


「………………」


 どちらも無言。

 互いに極限まで集中し、相手の少しでも、一手でも先を読まんと必死に頭を絞っている。


 コトリ、コトリと、木製の駒が盤上を叩く。


(………ヤバイ)


 私は心の中でそう毒づいた。


 現状、私は僅かに劣勢だ。

 駒が殆ど尽きかけているし、王が孤立し始めている。このまま続けばマズイと、私の『直勘』が告げていた。

 だが、だからと言って私にできることはない。私は所詮固有魔法の操り人形(マリオネット)、何か打開策が作れるわけでもなく、ただ次の勘を待つばかり。


「………くっ」


 悔しさを孕んだ吐息が漏れる。

 それは実質的な敗北宣言にも近く、相手に安心感を与えてしまうこととなる。実戦であれ、ゲームであれ、相手に弱さを見せるなど愚の骨頂だ。


 だが、ここまで駒を進めてきたからこそわかる。師匠の力は本物だ。確かにある程度のミスはあるが、私が『直勘』する量が尋常じゃない。

 普通、私の力は自分が危機的状況にある時ほど良く働くのだが─────今日は、レベル7ダンジョンに潜っている時よりも数が多い気がする。

 そんな彼を相手に数時間も平静を保つことは至難の業だ。


 じわじわと追い詰められていく感覚。心ばかりが焦って、頭が動かない。

 一雫、冷や汗が頬から垂れ、それが机に落ちた。


「…………ぁ」


「?」


 その極度の緊張の中にいたからだろうか。

 私は、ごく僅かに漏れた師匠の声を聞き漏らすことなく耳に拾う。


(何かに気がついた? 今の声からして……なにか、不都合ことに)


 私はなるべく何でもないふりをしながら、しかし残りの全ての意識をそこに費やして考える。


 何か、ここには『何か』がある。師匠が一瞬焦るほどの『何か』が!


 私は必死に盤面を観察し、脳内の固有魔法へとどんどんと情報を送っていく。

 少しでも情報を送り、力が発揮されることを願う。


(端へと逃げているキング、肉薄するビショップ、敵を惹きつけたポーン………何だ、何がある!!)


 そして、私の固有魔法は見事、それに応えてくれた。


「!!!!!!」


 見えた。

 最善手が、今できうるベストの幕切が。


 そして、後は私はその通りに駒を進めるだけだった。


 ◇◇◇


 私が最後のコマを動かして脱力すると、師匠はじっとその盤面を眺めて────そして、ため息をついた。


()()()()()()()()()()()。……引き分け、か」


「ああ………悔しいが、これが私の限界らしい。残念だが、試合は終始お前が優勢だった。私には往生際悪く足掻くくらいしか、選択肢はなかったよ」


「なに、結局引き分けたんだ。胸を張ればいい。それがお前の実力だよ」


 互いに極限まで集中していた故のその反動で、私たちはすっかりぐったりとした様子で椅子にもたれかかった。

 そして、互いの健闘を讃えあう。

 例え始まりは劣悪な関係であっても、全力で相手し、そして決着がついたのなら水に流す。それが、冒険者なりのマナーだからだ。


 と、そんなふうにしていると、なぜかどこからともなく拍手が聞こえてきた。


「?」


 不思議に思って、私が辺りを見回すと──────目に映ったのは、大量の観客たちであった。


「…………んあ!?」


 私は驚いて椅子から立ち上がると、深夜にも関わらず集まった大勢の生徒たちを前に呆然としてしまう。見れば、観客に驚いているのは師匠も同じなようで、心底面倒臭そうな顔で彼らを見つめていた。


 私たち二人がそうしてしばらくぼーっとしていると、観客たちの中から一人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。そして彼女は生まれを感じさせる綺麗なお辞儀を私たちにすると、そのままにこやかに話しかけてきた。


「ああ、すみません御二方、混乱させてしまいましたよね。あまりにお二人の対局が素晴らしい物でしたので、つい魅入ってしまいました。ご迷惑でしたら申し訳ありません。ですが、お二人とも本当にチェスがお上手でいらっしゃいますから、子供ながらの野次馬心ということで、ここは一つお目溢しをいただければ幸いです。それで──────」


 その後も彼女はペラペラと貴族らしい冗長で余計な言葉が入りまくった感じの話し方を続けていた。

 もう正直その時は疲れていたし眠かったしで殆ど話半分だったから、何を話していたのかはよく覚えていない。

 しかも、本来ならそういう感情の機微にも聡いであろう貴族であるはずなのに、相当興奮していたのか彼女の語りは全く止まらず、結局師匠が少し強めに話を打ち切るまでその長話は続いた。


 ほんと、もう勘弁して欲しかった。色んな意味で。


 正直、彼女の言っていることは理解できなかったけれど……ただ一つ言えるのは、どうも自分は無駄に目立ってしまったらしい、ということだけだった。

女の子はアデラの次に自己紹介してた子、エインディールちゃん。



・固有魔法『直勘』(レベル7の場合)


あらゆる物事に対する勘が途轍もなく鋭くなり、ごく僅かな断片的情報から全てを察することができる。また、それを利用して未来予知に近い使用をすることで、アデラは己の命の危険をなるべく回避してきた。

しかし、まだまだレベル7。能力にはある程度の制限がある。

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