新しいお友達だぁ
しかし、師匠の行動は早かった。あと速かった。
私が逃げ出したと見るや否や、容赦なく私へ魔法を連発してきたのだ。
なんと、ここが教室だということもお構いなく、普通に打ってきていた。まあ身体能力なら勝てるかなーとか思ってたら、普通に魔法が来てビビった。
まさか私だけに的確に魔法を飛ばしてくるとは思わなんだ。しかも風魔法だったから周囲から見えないなのも腹が立つ。これじゃあまるで、逃走を図った途端何もないところで私が勝手に転んだように見えるじゃないか。遺憾の意である。
で、その威力だが……まあむごいの一言に尽きる。勿論レベル4が使う程度の威力に加減されてはいたが、それにしたってまあまあな魔力が込められていた。到底冗談で人に打って良いレベルではない。慣れていなければ普通に怪我をするぞ、あれ。
しかも詠唱破棄にノーモーションだったので、打つまでのラグもほぼ無く、私の無防備になった背中にそれは直撃したのだ。危ない。
まあ幸い転んだ時の打ち所も悪くなく、怪我は一つもなかったが、結局師匠は、見事私が教室を出るより前に私を仕留め切ったのである。
そんな訳で、今私はこうして師匠の前に跪いていた。
「で、何か俺に言うべきことがあるんじゃないか?」
正面の椅子で踏ん反り返った師匠が、ニコニコ笑顔で私を見ている。
尚、目は全く笑っていないし声色も平時より低い。そこで私は、子供の声でもやはり凄んだら怖いのんだ、と言う事を知った。
「し、失礼な事を申しました、心よりお詫びいたします……」
そういって私は自分の頭を深く地面に擦り付ける。
これは、冒険者の間で最も深い謝罪の気持ちを込める謝罪方である。要は、頭を差し出しても良い、と言う意思表示なのである。
これを公衆の面前でやる恥ずかしさたるや……もう筆舌に尽くしがたい。
くっ、おのれ師匠、まじ許さん。
だが、私のそんな悪態を知る由もない師匠は、私の態度に満足したらしい。そのまま彼は私を鼻で笑うと、
「ふん、まあ許してろう」
などと言って、やっと私を解放したのである。
何様だこいつ……お師匠様だわ。
などと、私が微妙にピキっていると、横から突然声がした。
「ねー、すごいねー! 魔法、本当に上手なんだねー!」
見れば、爛々と目を輝かせたエリアが、そこには立っていた。その口ぶりから察するに、どうやら今の魔法の腕に見惚れていたらしい。
なんでも聞いた話によると、昔はエリアも魔法使い志望だったようで、魔法に関する多少の知識は習得しているのだとか。だからこそ、今の素早い魔法構築には目を見張るものがあったのだろう。
……私? 私は完全に剣一本なので、身体強化くらいしか魔法は使えない。精々が魔道具に事前に登録されたやつをそのまま使う、くらいである。
よって、あれの何がすごい、とかは全然わかりません。ただの魔法じゃないの?
しかし、私の無知な意見と違い、どうやら本当に今のはすごかったらしく、エリアは興奮しながらその口を止めることなく話しかけている。
それに、隣でエリアを押さえているロットの腕も込める力がいつもより弱く、彼も相当に興奮していることがわかった。
うーん、あのロットがここまでになるとは……やっぱりレベル10の魔法ってすごいんだなぁ。手加減で誤魔化せる段階ではないんだね。
……まあ、魔法は完全に技術だから理論上はレベル1でも10相当のものを使えるらしいけど。必要な物は死ぬ気の鍛錬とレベル差を埋めるほどの圧倒的魔力量!
ちなみにこれは剣術も一緒。やっぱ大切なのは努力なんだよなぁ。
と、ここで、師匠は突然大きな声で二人を静止した。
「あー五月蝿い五月蝿い。話しかけられ続けても何言ってるかわからん。話すならもっと理知的に話せ、相手は年下だぞ」
私が余計な事を考えている間も二人の言葉は止まることはなかったようで、ついに師匠をそれに痺れを切らしたらしい。師匠はその手をズイと二人の前に押し出すと、腕を伸ばして二人を遠ざける。それから自身もまた一歩引いた。
そして、少し呆れ気味な声色で師匠は二人を諭し始める。
「まったく、別にそんな大した魔法じゃないだろう。威力も速度も、どこぞの王子様とやらより劣る。しかも無詠唱もレベルが上がればそう珍しくない。だから、俺がすごいというのはお門違いだ……違うか?」
鬱陶しそうに腕を組みながら離す師匠の言葉に、二人は言葉に詰まった。
どうやら、その言葉で二人の興奮は多少冷めたらしい。
そう、師匠の言っていることは事実だ。実際、あれくらいの魔術はそこまで希少と言える物ではない。やろうと思えばロットだってできるかもしれない、その程度のものなのである。
所詮、ちょっと人間に向ける威力じゃなかったから見慣れておらず、とても強い魔法に見えただけだ。なにも特殊な力など使っていない。
……いや、そもそも私にそんな威力のものが向いてることに反応しろよ。なんで加害者の方に目を輝かせとるんだ。貴様らそれでも本当に私の友達なのか?
ちょっとした友情の薄さを感じつつ、私は二人に恨みがましい目線を送る。
だが、全部無視された。ていうか気づかれなかった。ぴえん。
尚それに唯一気付いたらしい師匠だが、彼は私を一瞥するとガン無視して自分の話を進めた。
薄情な人!
「そんなわけだから、俺を褒め称えるのはやめておけ。褒めるなら……それこそダージー先生でも褒めろ。あいつの方がよっぽど巧いだろうさ」
師匠はそう言って言葉を切ると、そのまま話を切り上げて体を自席へと翻した。面倒な絡みからはさっさと退却するらしい。三十六計逃げるに如かずである。
だが、当然この二人が師匠を逃すわけがない。帰ろうとした師匠の腕は、即座に二人の手によって掴まれる。
「………おい?」
自分の行動を妨害されたことが腹立たしいのか、師匠は少し顰めた顔で見返った。
当然、その顔は先程のような恐ろしい表情ではない。あくまで他者に向けられる最大値は越えないようにしている。
だがしかし、その青い髪から感じる冷たい雰囲気に見事に調和し、非常に冷徹な印象を与える。人によっては、その迫力にそのまま手を離す人もいるかもと思うほどに。
まあ、エリアがそんなタイプなわけはないので、会話は普通に続いたが。
「待って待って、帰らないで? 私、ううん、私たち、あなたのお友達になりたかったんだ。この学園で、四人一緒に過ごせたら楽しいだろうなぁって」
そう言ってエリアは彼の手を両手で包んで握手をして、可愛らしく微笑んだ。
そう、日々私が彼らを甘やかす原因となる、あの天使スマイルである。まるでそこから絵本に描かれたような花が舞っているように感じられる。
しかしさすがは師匠、そこはものともせずに、彼女の腕を振り払った。
「そうか、だが俺はお前らと過ごすことに魅力を感じんな。それに少なくとも、あー……エリア? とロット? とか言う奴は、完全に他人だろう。遊ぶ理由はない」
師匠はそう言って、極めて理性的な話し合いにより、その案を却下した。
師匠のその行動は、私としても賛成である。これ以上私たちに関わってほしくない。
だが、エリアは未だ恨みがましそうに師匠を見つめている。まだ完全に諦める気にはならないようだ。
そして、彼女は何かを閃いたかのように「あ」と呟いた。
「あのね、ここにいるってことは、君も冒険者目指してるんでしょ? それならほら、私たちと一緒の方が楽じゃない? だってダンジョンのボスはとっても強いから。レベルを上げるには、一緒の方がいいでしょ?」
言葉に詰まるのは、今度は師匠の方だった。
エリアの言うことは正論である。
冒険者はダンジョンを攻略するのが仕事だが、ダンジョンを攻略するには、そこの適性にあったレベルが基本的には必要となる。
例えばレベル4の人間なら、レベル5以上のダンジョンは危険すぎる。ダンジョンに住み着く魔物やその環境は、適正レベル以下の人間には即座に死を与えてくるのだ。
もちろん中にはレベルが足りなくてもなんとかするタイプの人間もいるが、それはごく少数である。
そして、そのレベルを上げるには、適正レベルのダンジョンボスを倒さねばならないのだが……これがまた強い。
まあそいつを倒したらその上のレベルになれてしまうので、当たり前と言えば当たり前だが、その強さは適正レベルを凌駕したものだ。
私の記憶に残る限りだと……レベル6のボスは本気でやばかった。すでに何度かレベル7ダンジョンは潜っているが、あれほどのやつには未だ会ったことがない。アレは間違いなく神がバランス調節をミスっていると思われる。
……そのあとで、魔法使いが一人いるとすごく弱くなるとか言う話を聞いて死にたくなったのは、また別の話ってことにしておこう。
うん、そんなわけで、ダンジョンボスはすごく強い。ソロでは相性とか地形とか戦術とか、色々駆使しないと倒すことができないほどに。
─────だが、それはあくまでソロパの話。仲間がいるなら話は違う。
ダンジョンボスは各ダンジョンの至る所に存在するが、彼らは独自の領域を持っている。(ちなみに、その為に会おうと思えばいつでも会えるし、会いたくなければ会うことはないのだ。優しいね!)
そしてその領域には、『四人まで』入ることができるのだ!
そう、人数がいれば相性も戦術も広い範囲がカバーできるので、どんなに強いボスも、ちゃんと協力すれば倒すことができるのである。
要は、私のレベル6事件みたいなことがないわけだ。すごい!
まあなんで四人までなのかは未だ解明されていないが……とにかくそれ以上領域に入ろうとすると、見えない壁に阻まれるらしい。変なの。
…………尚、私はそれを見たことがない。仲間とか、いなかったからさ……
と、悲しい話は置いといて、つまりエリアの提案は全く筋が通っている。
悲しいかな、先程師匠が放った「理知的に話せ」を実践されてしまったわけである。
これなら師匠側にも私ら側にもメリットがある形となり、師匠はこの話を断りにくくなった。
………てか、断るの無理じゃね? やばくね? ピンチじゃね?
「あー、仲間……あー……………」
うぉい師匠、さっきまでの生意気な様子はどこに消えたんだ!! 何普通に言葉に詰まっとんのじゃ、早う反駁せんかい! このままだと本当に友達にさせられるぞ!
私が自分のことを棚に上げで師匠を非難しても、残念ながら彼からまともな反論が出てくることはなかった。
強いて言えばそもそもレベル10の師匠とダンジョン攻略というのはあまり褒められた行為ではない、という問題はあるが、それを指摘する訳にもいかない。
というか、それは私も同じようなものである。
そんな訳で、非常に残念ながら──────
「……ふん、足を引っ張ったらすぐに抜けるぞ!」
師匠は彼らの「お友達」になるしかなかったのである。
ここでラニアの言い訳の矛盾に気づかない辺りが、アデラの魔法初心者たる所以
・領域
一度に(レベルは問わず)四人まで入ることができる。中に入りボスに触れると戦闘開始となり、以降は出ることはできるが入ることはできなくなる。
ボスが死ぬか、領域内から人間の生体反応が完全に消えるかのいずれかで、戦闘は終了。勝利した場合、その時領域内に存在する生きた人間のレベルが上がる。
戦闘終了以降は領域内の様子が戦闘前へと巻き戻り、再び入ることができるようになる。
あまり知られていないが、実は入る人数によって強さが変わる。これは高レベルダンジョンなほど顕著である。




