口は禍の元、或いは人を呪わば穴二つ
体育の授業が終わり、現在は昼休みの真っ只中。昼食、そして食後の腹休めを兼ねた時間である。
そして私たちはみな購買で買った昼食を食べ終わり、体育の時の話を続けていた。
すなわち、ラニアと友達になる是非、である。
話を始めるや否や、私は即座に自分の意見を断言する。
自分の立場を明確にせねば、なあなあで押し切られかねないからだ。コイツらの後輩属性はそれをしかねない力を持っている。
「いいか、アレはダメだ。ラニアなんかと一緒にいたら、若い君たちの心が腐り落ちてしまう」
「お、おおう。幼馴染を形容しているとは思えない言葉がきたな」
あまりの貶し方に、ロットから少し引いたような声が漏れる。
当然だ。どこに他人を表するのに「心が腐り落ちる」などという表現をする人間がいるというのか。そんな言葉、当て嵌まる人間も使う人間も稀だろう。
だが、今回ばかりはそれでも構わない。多少引かれたくらい、奴を二人に引き合わせることに比べれば大したことではないからだ。私はなんとしても、あの師匠の魔の手から二人を守る義務がある。
「うーん、でも私はラニア君ともお友達になりたいなぁ。それでも、だめ?」
くっ、なんて顔だ。そんな悲しそうな笑顔を向けられると、私としても罪悪感を覚えてしまうぞ。
だが、この笑顔を守るためにも私は彼奴を切り離すべきなのだ。だからこそ、私はその決意を強く持ち、ここではあえて鬼となる!
「ああ、ダメだ、認められん」
そう言って、私はしっかりと首を振った。
よし! いいぞ私。普段ならここで仕方ない、などと言ってしまったが、なんとか耐えた!
私は自分を自画自賛する。
だが、エリアは、それをしょんぼりとした様子でみていた。
そしてちらと窓の方に座るラニアを見て、名残惜しそうに目を離す。
もちろん、あまり表には出ていないが、ロットの方も同様の表情をしていた。
むむむ、湧き上がるカルマに身を焼かれるような思いだが、安全な学園生活のためにも、これは致し方ないことなのだ。わかってくれ、二人とも……
だってそうだろう。彼の性格は非常に難解だ。一緒に暮らした数ヶ月で分かったことだが、アレの精神は人並みではない。
2000を超える年齢をしていると言うだけあって、偏屈で、性悪で、それでいて決定的に人に期待を寄せていない。老獪と言っても差し障りないような、とんでも野郎なのだ。
私が一緒に住んでいる時なども、私のことを揶揄ったり毒を吐いたり、剰え私の人格否定すら堂々としてくるような奴だった。
さっきの弄りも、相手の悪いところをすぐつくという、彼の悪い癖が出ている。
しかも、なまじ長生きだから相手の性格を見切るのが上手く、的確に相手の急所をついてくる。彼の人を見る目は、最早固有魔法と言ってもいいレベルだ。時折人の精神を逆撫でするようなことも言うし、コンプレックスやトラウマも的確に見抜く。
そりゃ師匠としては言うことの無い完璧な特技だが、人間関係を築く上ではあんまり良いものとは言えないだろう。
あと、なんかこの二人微妙に闇深そうだし、あんまり合わせたく無い。壊れそう。
それにそもそも彼はレベル10冒険者の『恒常』だ。一緒にいて何があるかわからない。
多分それなりに面倒ごとは抱えているだろうし、何かの拍子に二人がそれに巻き込まれないとも限らない。
というか、この視察だって見方を変えれば面倒ごとである。
多分滅茶苦茶な量の人出が私たちの入学には使われ、しかもそれは全て秘密裏なのだ。もし万が一私たちの正体を悟られでもしたら……この二人に何があるかわからん。
『創世』と言う人間を、私はまだ掴めていない。
若き冒険者の身を案ずる程度には人間思いなことは知っているが、しかしそれもどの程度か掴めない。だから、二人への対応も予想がつかない。
故に、身バレの可能性を下げるためにも師匠との邂逅は避けたいのである。
ま、あと一年でいなくなる人間と二人も付き合うのはあまりお勧めできない、と言う理由もあるが……
うん、まあ色々並べ立てたが、要するに二人が師匠と会うのは危険、と言いたいのだ。精神的にも、身体的にも。
そんなわけなので、私は必死に師匠について力説する。
彼がいかに残忍で偏屈で冷酷で老害なのか、自らの語彙の全てを集約させ語り続ける。
時には武勇伝を並べ立て、時には私がどれだけ彼を嫌っているのかをさりげなくアピールした。そして、極め付けには、そもそも彼があまり人付き合いを好まないということも伝えておく。
もはやこの時、私ほど人のネガキャンに必死になっている人間は世界中どこを探してもいないだろう、と自分で思うくらいには、私は必死になっていた。
「──────と言うわけだ。……分かってくれたか?」
口上を垂れるのを終わり、私はゼェハァと肩で息をする。昼休みに一体何をどうすればこんなに疲れるんだよ、と側から見れば思ったかもしれない。
だが、私は完全にやりきったと言う顔で二人のことを見つめていた。
しかし二人は、なぜか気まずそうにこちらのことを見返していた。
「……………………ああ、うん、わかったよ」
「…………そう、だね?」
「──────?」
あれ、おかしい。幾ら何でも歯切れが悪すぎる。
そりゃドン引きされるくらいのことはしたけど、それでもここまでになるだろうか? というか、この二人がそこまで露骨に態度に出すだろうか?
せいぜい、今の言動を嗜めるくらいだと思っていたのだが──────
まあ、訊くは一時の恥訊かぬは一生の恥というし、私はこのことを素直に訊くことにした。私は、何故か顔を逸らし続ける二人を強制的にこちらへ向かせ尋ねる。
「どうしたんだ、二人とも? 何故私から目を逸らす。私の忠告に引いてるのか?」
「あ、凄い言い方をしてる自覚はあったのか……」
おい、失礼な。それくらい私にだってあるぞ。理解していたけど自重していなかっただけだ。
「……それは堂々と言うことではないだろ」
うん。なんとなくの返事はしてくれるようだ。……が、やはり明確な答えはない。しかもエリアなどどこか呆けたような顔をして私の後ろを見ているばかりだし……
うーん、明らかにはぐらかされている。一体全体どうしたことだ。
と、私が悩んでいると、ふと、エリアが私に話しかけてきた。
「ねえ、アデラちゃん」
「うん? どうしたエリア」
ようやく開かれたその口に、私は少し安堵する。それから、何を私に伝えようとしているのか、一言も聞き逃すまい、と私は耳をそば立てた。
「うーんと……ここって、どこだっけ?」
「──────え?」
突然の質問。いつから私は尋ねられる側になったんだ?
急なそれに、私は少し驚いてしまう。聞くつもりだったら訊いてきて、しかもその意図が全くの不明、となれば当然だ。
その質問に私は一瞬戸惑ったものの、しかし一応答えてやらねば、と思い即座に返答した。
「どこって──────勿論、教室だが?」
「うん。だからね──────」
そしてエリアは辺りを見回して逡巡すると、一度息を吸い直してから、言った。
「声量はちゃんと注意した方が、いいと思うな?」
──────あ。
私は、何故二人がこんな様子なのか、その理由に思い当たった。
というか、忘れていたことを、今になって思い出した。
「っすーーーーーーー」
正常に呼吸ができない。自身のいる状況をやっと冷静に捉えられるようになったからだ。
そして、長い時間をかけてゆっっっっくりと、後ろを振り返る──────
「ふむ、お前は俺をそんなふうに思っていたのだな、アデラ?」
その瞬間、私は自身の『直勘』に従い即座にその場から逃走した。
ちなみに、エリアがチラリとラニアを見た辺りで気づいた。
自分に向けられた視線には敏感になるアレ。
……最近のオチが同じ。ワンパターン、いくない。
次回こそは頑張りたいです。




