走れよ、されば開かれん……やっぱ無理かも
長いかも?
実質二話分ある
春霞がかかり、世界がパステルカラーに見える。
その色彩の薄さは私たちの心を過度に刺激することなく、穏やかな心を取り戻させる。
そして雲一つない快晴から私たちを見つめる、白く大きな太陽も、これまた暖かく穏やかな陽気で地上に平穏を届けていた。
──────しかし、今の私たちはその気候とは裏腹に、全く穏やかではなかった。
「ぜぇ、ぜぇ、ちょっ、待っ、キツ過ぎるって……」
グラウンド(あるいは中庭)に響くのは、ロットが息を吸う音。
というか、ほぼ死にかけの息切れ音である。
「ロット、もうへばったのか。少し鍛え方が甘いんじゃないか?」
私は仕方なしにその脚を止め、後ろでなんとか歩いているロットのことを待ってやる。
そこには、手を膝についてなんとか歩いているロットがいた。
「はっ、はっ……くぞ、なんっ……も、言、えない。息、がぁっ」
どうやら私の憎まれ口に反論する余裕もないようで、必死に肩で息をしながら、彼は苦しそうに地面に座り込んだ。
私に追いついたことで、最後の気力が切れたらしい。
「地面に座るなよ、汚れるぞ」
「……………10キロ、走ってんだよ、こっちは。もう、立ってる方が、辛い」
その無様な姿に私が釘を刺すと、彼からは息切れした時特有の、ひどく早口な言葉が漏れ出てきた。
そんなに苦しいなら黙っていればいいのに、難儀な性格だなぁ。
さて、今の私たちがどんな状況にいるかと言うと、絶賛体育の授業中である。
………おっと、あんまり授業って言い方は良くないな。あまりこの現状に合っていない。
『学園』は教育機関ではなく育成機関だから、授業といっても普通の人間が思い浮かべるそれとは大きく違うのだ。
授業とは、ものを教わり、習得することによって自分を向上させることが狙いだ。業を授かるとはよく言ったものである。
しかし、ここではそうではない。
此処の名称が『学園』故に授業というが、どちらかと言うとそれは「鍛錬」に近いと言えるかもしれない。
ダンジョンで死なないようにするための、或いは誰かを殺せるようになるための。
つまり、私たちはものを教わるのではなく、習得するのでもなく、探るのだ。
最善の方法を、最短の方法を、最強の方法を、自分に馴染む技を、授業の中から見つけ出すのだ。
そこに答えはなく、教師が授けてくれるのはあくまでとっかかり、あるいは客観的事実だけ。私たちはそこから主観的な「最適解」を創りださねばならないのだ。
そして勿論『学園』の授業は全部その手のものだが、体育は特段その色が強い。
経理や法体系、国際問題など、それなりに一般的な内容を持つ座学に対し、体育は完全に冒険者の直接的な育成を目指したものである。
また、細かなスキルや魔術のコツ、そのほか様々な技能を彼らは体育を通して見せてくれるが、結局それのどれを役立てるかは私たちに委ねられているのだ。
…………と、言うには言ってるらしいけど、授業はやるからには全力でやれ、と言うのがここの方針らしく、自分の目指す方面とは関係ないからと途中で投げることはご法度らしい。まぁようするに、目指す戦闘法による組み分けはなく全部満遍なくやらされると言うことだ。例えば私は剣士だが魔法の授業も取らなければならない。
めんどくさいとも思うが、なんでも昔自分の固有魔法の戦闘スタイルと全く反対の方に才能があって、ここを卒業するギリギリまで落ちこぼれだった子がいたのだとか。
まあそもそも大した人生経験積んでない癖に自分の方向性を定義しようとしたその子の間違いだと思うけど、学園としては見逃せない不祥事だったんだと。責任とかプライドとか、色々絡んで一悶着あったらしい。大変だなぁ。
そんなわけで今、私たちはその体育の初めての授業を受けているところであり、全員の基礎力アップと称して走り込みを行わされていた。
そして『学園』の中庭(滅茶苦茶でかい)を延々と走り続ける地獄に、今しがたロットが限界を迎えたところなのである。
「うう、俺、魔術師志望なのに……剣士志望の奴らと一緒とかおかしくね?」
ロットはようやく元気を取り戻してきたのか、ゆっくりと地面から立ち上がる。それから体の土を払いながら、私たち二人のことを恨めしげに見つめてきた。
しかしそんな顔をされても私たちはどこ吹く風、素知らぬ顔で突っ立っていた。だって私悪くないし。勝手についてきたのロットじゃん。
「ロットったら、言ってることが最初と反対だよ? 『同レベルなら女には負けない!』って言ったの誰だっけ〜?」
そう、エリアは思い出したようにロットの発言の揚げ足をとると、意地の悪そうな笑みを浮かべた。その言葉にロットはギリギリと歯軋りをするが、事実なのでなんの反論もできていない。おーおー、エリアさん悪い顔浮かべてら──
………あれ? おかしい、なんか意地の悪いと言うにはちょっと顔が可愛いすぎる。変だな、私と師匠とか、互いの揚げ足を取り出すと悪辣な悪魔そのものみたいな表情になるのに。彼女の顔はどこからどう見ても可愛らしいドヤ顔くらいにしか見えないんだが。
も、もしかして、私の心、汚すぎ──────?
と言う茶番は置いといて。
「というかロット、これはただのランニングなんだから別に一緒に走らなくてもいいんだぞ? 同レベルとはいえ私は年上で、エリアは剣士志望で……寧ろ併走など無茶も無茶だと思うのだが」
私は親切心───皮肉でも年齢マウントではなく───から、彼に進言する。
そう、ロットも魔術師志望なら、自分のペースというものを保って走る方がいいはずだ。態々わたしたちについてくる意味がわからんね、私は。
そんなわけで、純粋な違和感として、私には彼の行動が不可解に映っていた。
しかし、エリアはそんな私のことを優しく否定する。
「ううん、別にロットのしたこと変じゃないよ。ロットはね、確かに志望は魔術師だけど、後ろで援護するんじゃなくてね、前衛として戦うのを目標にしてるんだぁ。だから、足の速さは剣士とかにも負けないくらいに速いんだよ?」
エリアがロットの夢について語ると、その後ろで彼もうんうんと頷いた。
「ああ、エリアの言う通りだ。俺は後ろで魔法を撃ってるなんて性に合わない。動き回って相手を翻弄する、そんな新しい魔術師になりたいんだよ」
「それにね、ロットは地元では……ううん、住んでる都市全体の中でも体力はある方だったんだよ。だから、アデラちゃんじゃなければ併走はできてたと思うな」
二人から突然開示された驚きの新情報に、私は少し驚く。
そういえば、さっきもなんかロット足速いなーとは思ってたけど、まさかそんな理由があったなんて……うーん、確かに面白いアイデアではあるかもしれない。魔法を前線でどかどか打ちまくる魔術師はいたけど、剣士のようにちゃんと戦う魔術師は聞いたことがない。難しいだろうけど、できたら確固たる個性となりそうだ。
まあ、なんでそんなの目指すようになったのかは知らないけど。いまだに教えてくれない固有魔法のせいとかかな。
ちゃんと納得させられたので、私は素直に感想を言っておく。
「なるほどな。それで私と併走を……すまんな、私が速すぎて追いつけなかったためにあんな負け惜しみを言わせてしまった。自信があったことを破られて悲しくなってたんだな」
「うぉおおい! なんかすっごく失礼なこと言ってるぞアデラァ!」
でも事実じゃん。
とは言わないでおいた。
そんな慌てちゃって、図星かナ? はっはっは、愛いやつ愛いやつ。
「品性が疑われる愉しみだな」
「どわあああああ!!!!」
なっなんだなんだ!? 今の超失礼な子供声は!? あまりの驚きにめっちゃ変な声出たぞ!!
ああほら、マイフレンズがちょっと引いた顔してんだけど、どうしてくれる!
私が般若の形相であたりを見渡せば、そこには百メートルほど先を余裕で走る師匠の姿が!
てか足はっや! あいつさっきまであんな早く走ってなかっただろ! 逃げ足おかしいって、私の全力くらいの速さで走ってるんだけど!! クソッ、追いつけそうにない!
「〜〜〜〜〜〜」
私はひたいに青筋を浮かべながら、彼方へ走り去っていく師匠を見つめていた。
◇◇◇
「お、おーい……」
──────っは! あまりの怒りに時間を忘れ虚空を見つめていた!
ふう、これはいかん。こんな体たらくでは折角できた友達である彼らに失礼というもの。此処は平静を取り戻さねば。
「ああ、すまないロット、少し我を失っていた」
「あ、ああ。そうだな、失ってたな完全に。俺一瞬悪魔つきにでもなったのかと」
「はっはっは、まさかまさか。少し湧き上がる殺意に身を委ねてしまっただけだ」
「……それは果たして本当に大丈夫なのか……?」
すごく不安そうな目で、彼が私のことを見つめてきた。
……まあ、完全におかしくなっていたのは事実なので否定はしない。うん、驚かせてごめんなさい。
「あははー、でも、今のアデラちゃんも面白くて好きだよ? なんかいつもと違うもん」
「エリアにそう言ってもらえると、私にも立つ瀬があるというものだ」
私は心からの謝罪を込めて、彼女に礼をする。
しかし、そんな私をまた面白そうにエリアは笑った。
「別にいいよ〜、急に大きな声出すくらい。ロットも良くやるよ〜」
「お、俺はそんなことしない!」
「またまた〜」
……ロットがよく大声を出すのはエリアがよくとんでもない行動をするからだと思うんだが、そのことには気づいていないのか?
ていうか、ロットもあれは大声カウント入ってないんだ。すごいうるさいのに、あれ。絶対クラス中に響いてると思うんだけどな。怒りのあまり無意識でってやつかね。
……うーん、考えれば考えるほど、なんかどっちもどっちな天然な気がしてきたぞ、こいつら。ボケとツッコミかと思ったらどっちもボケのタイプだったわ。やれやれ、しっかり者は私だけってことかぁ(?)
目の前で繰り広げられる痴話喧嘩に私が傍観を決め込んでいると、ふとエリアが私の方へ顔を向けた。(本当になんの脈略もなく、突然に。まじビビった)
「ね、そういえば、あの子は誰? いっつもちっちゃいな〜って思ってたけど、アデラちゃんの知り合いなの?」
「……ん、ああ、私か。────うん。そうだな、あれは私の知人で間違い無いぞ。同郷のな」
その言葉を聞いて、エリアは興味深そうに声を漏らした。
「へー。アデラちゃん、知り合いとかここにもいたんだねー。ずっと一人だったから、私一人田舎から飛び出してきたのかなって思ってたぁ」
ぐふっ、パンチラインえぐすぎぃ。
「お、おいエリア。ちょっとは言葉を選べって。……あー、ほら、普通知り合いがいたら話しかけたくなるもんだろ? こんな新環境ならなおさらさ。そういうこと!」
おい、必死にフォロー入れられると余計惨めになるだろ。やめろよ。
いいもーん、二人がいるもーん。ぼっちじゃ無いから構わないよー。
わたしたちの表情は、私がどんどん怒りで愛想笑いになっていくのと対照的に、エリアはどんどん好奇心に輝いた満面の笑みへと変化していった。
……ここら辺が純粋さの違いなのかなぁ。そりゃ顔も汚くなりますわ。
「ねぇ、あの子のこと、私に教えて! 私アデラちゃんの知り合いについて知りたーい!」
うおっ、やっぱりそうきたか。
ぐぬぅ、正直師匠との話の矛盾を生むかもしれないからやりたくない……が、此処で蹴るのも不自然と言えば不自然なんだよな。というか、何よりこの子の期待を私には裏切れないっ! 顔が、顔が可愛すぎるんです! 許して師匠、これが最後だ。
「アレは、子供の頃から世話をした存在をそういうのかわからんが、私の幼馴染。名前は……自己紹介で知ってるな。私はラニアとかアレとしか呼ばないからもう曖昧だが。実力は……悔しいが優秀なやつでな、齢11にしてもうレベル4。しかも『学園』入学までこなす天才だ」
「うんうん、それで、ラニアちゃんとの仲はいいの?」
「いや、見たところ悪そうだけど……」
ロットが遠い目をして何かを見つめている。
……うん、いやほんとさっきのはごめん。謝るわ。
「私との仲は悪くはないさ。子供の頃からの付き合いなんだ、そりゃ良い、とは言えないが、特に嫌い合うわけでもなし、うまく折り合いつけてやってるよ。さっきのは……まあ、アレだ、仲のいいもの同士でやる掛け合いみたいなものだ。わかるだろ?」
まあ、実際はどうか知らないけど。今の事前に作っておいた唯の設定だし。でも嫌ってたら弟子にしない筈だから、好かれてはいると信じてますよ師匠……!
私がよくわからない願いを胸に抱いている隣で、エリアは頭に?マークを浮かべていた。
「……そうなの? そんなことを友達同士だとするんだぁ、私ロット以外に友達いないから、知らなかったなぁ。ねえ、ロットは知ってた?」
「ん、ああ、時々な。でも、ほんとに気心知れた相手にだけするもんだ。絶対に傷つかないだろうって信頼あっての掛け合いだからな………あ、でも、だからって俺はエリアにはそんなことしないぞ? そもそも、俺エリアに冗談でも傷つくようなこと言いたくないし」
「そう? ありがとねー。ロットは優しいなぁ」
「ん、ありがと。……ってかまあ、俺も今はすっかり他のやつとは関わらなくなったからな。二人しかいない貴重な友人に嫌われたら、俺が困るんだよ」
「そっか、なら私、これからもずっとロットと一緒にいてあげる」
「はいはい、ありがとうな。俺も一緒だよ」
やれやれ、と言った様子でそういうと、ロットはポンと片手をエリアの頭に乗せた。するとエリアは、まるでペットのように嬉しそうに目を細める。
その顔があまりに穏やかなものだったから、一瞬、世界が止まったかとすら錯覚してしまった。
……いや、そうじゃねぇよ。
え?
なにこれ?
なんで急にコイツらいちゃつき始めたの???
てか急に友達いないとかいう話すんのやめて? 同類かっていう安心感とか微妙に闇深そうな会話の感じとかで情緒狂っちゃうから。
お姉さんさっきまで怒りで頭イかれてたんだから精神への配慮してほしいんだけど。
てか私今完全空気じゃない?
もしかして私あんまり良くない輪に入った? 完全におじゃま虫やん。なんか各方面から怒られそう。
二人が独自世界に入り浸っているのを真横から私が真顔で眺めていると、ようやく二人はそれに気がついたのか、現世へと戻ってきてくれた。
感謝ッ! 圧倒的感謝ッッ!!
「あ、それでねアデラちゃん、私頼みがあるんだ」
元の世界に戻ってきたエリアは、早速頼みがあると上目遣いで私に聞いてきた。
「む、これまた唐突に。なんだ、とりあえずいってみなさい」
相変わらずクソ雑魚の私はそれに一瞬で陥落され、またいつも通りの笑顔を浮かべ、それに返事をする。
ふふん、ロットと結婚します、とか以外なら大体なんでも叶えるぞ。言うが良い言うが良い。
「あのね──────」
ふんふん
「ラニア君とも友達になりたいなって」
──────あ、すんません、断ってもいいすか?
・ラニアとアデラのプロフィール
共に地方の田舎村で生まれ育つ。
アデラは家計が火の車だったので幼い頃からダンジョンに潜っていた。ラニアはその才能を見込まれ早くから冒険家に。そしてメキメキと頭角を表す。
ラニアはアデラに昔良く世話になっていた幼馴染で、ほぼ姉弟みたいなもん。(つまり信頼こそあれど仲は……な感じ)
生意気なラニアに頭を悩ませるアデラの姿は、一家の風物詩となっていた。
実はアデラは『学園』に興味はなかったが、ラニアが入るというのでついでに入れられた。ただ、ポジティブな人間なのでそこそこ楽しむ気ではいる。
(もちろんこれは二人が作った偽の情報。ただし『創世』監修で完璧に情報偽造が行われたため、国家単位での過去の捏造が行われている。だからどれだけ調べてもこの情報を真とする証拠しか出てこない)




