はじめてのHRといえばアレ
それは、わたしたちが友人として関係を築いてから数分後のことだった。
「はーい、みんなー!おしゃべりはおしまいよー!」
突如としてその扉が音を立てて開き、そこから一人の女性が現れた。そしつそのままやわらかく手を叩きながら、ゆっくりと入室してくる。
その様子があまりにほっこりとしたものなので、一見すれば、彼女はとてもかわいらしく見えるのだろう。
だが、私……いや、ちらと見た様子から、おそらく師匠も気づいていた。
どこか抜けた声と長いピンクのストレートヘアが特徴的な、優しい印象を受ける彼女は、しかし明らかにここの人間とはその性質が違うということに。
あるいは、彼女は私すら凌駕しうる力を持っているということに。
だが、ここで私が感じ取った者はそれではない。
私が彼女から感じ取ったものは────彼女の雰囲気であった。
彼女は、殺し合いを知っている。その目は、命を賭けたことがないものができる目ではない。
──────彼女は、間違いなく只者ではない。
そのことを一瞬で感じ取れた。
そのあまりの見た目との違いに驚き、そして一瞬、身構えてしまう。
このような人間は尋常のものではない。もしや、私たちを害すものではないのか、と。
だが、その後すぐに彼女の正体に思い当たり、私は慌ててその警戒を棄てた。
今の殺気を彼女に気取られてしまうのは面倒だ。なぜなら─────
「ほらほら、どこでも良いから席についてちょうだーい。今から初めてのHR、始めるわよ〜」
彼女の正体とは、この場所においての熟練者、要は、教員である。
◇◇◇
「はーい、今日からこの特別クラスを担任する、スワイオローズ=ネグリジーナ=ダージーンです。まだまだ元気な32歳! 私のことは、ダージー先生って呼んでね〜!」
そういって、彼女は相変わらずの甘ったるい声とやわらかな笑顔で自己紹介をした。
まったく、スタイルは明らかに鍛えられたそれだし、抜群のプロポーションを持っているというのに、一体どこからその声が出てくるんだろうか。
少し本気で気になってしまう。
今は、初めてのHRが始まって直ぐ。生徒たちは皆先程までの騒ぎが嘘のように、綺麗に列になって椅子に座っている。
まあ、ここにくるのは大体冒険をある程度したことがある人たちか金持ちの子だけなので、粗方社会のマナーを身につけている人が多いのだろう。
……そう考えると、この隣の二人もどっちかに入るわけだが……
「ふぅ、とりあえず優しそうな先生でよかった……」
「えー? 美人さんだからじゃないのー?」
「ばっ……! そんなふうに人のこと見てねぇよ」
「ふーん……ねえロット、どうしたの? 顔赤いよ?」
「う、うるさいな。ほら、今は静かに話を聞こう」
……うん、これは多分前者だな。
なんかこう、話の感じが完全に庶民のそれだ。下世話な話のネタもそうだし、喋り方とかも意識されたそれではない。
歯に衣着せない言い方をすれば、口調が汚いのだ。
まあ、お貴族様と私が仲良くなれるとは思えないので、彼らが庶民でよかったと少し胸を撫で下ろす。
……貴族はそもそもお前如きに話しかけないとか、言うなよ!
「それじゃあ今日は、クラスのみんな50人の自己紹介から始めようかな? 特別クラスから落ちる子も新しく来る子もいると思うけど、基本的には卒業まで一緒だからねー」
わたしたちが下世話な話をしているのをよそに、ダージー先生はHRを着々と進めていた。
自己紹介!
その提案は願ったり叶ったり、まさに私が今欲しいるものだった。
私は正直言って世俗に疎い。
冒険者などと言う仕事をしていると、自然、商業や経済、土地を収める貴族などについてばかり詳しくなるが、逆にそれ以外────例えば国際関係や王族、庶民の暮らし云々にどんどん無知になってしまうからだ。
『ダンジョン』の出口は世界中に点在するから国境はさして関係ないし、高レベル冒険者は無駄に金があるから地上でも庶民の暮らしというものがどうなっているのかわからない。
しかも私などは、もともと母子家庭かつ貧民街暮らしなので、それが顕著だ。
要は、クラスメイトの誰が誰やら、全くわからんのである。
なんでもここにはさる国の王子もいらっしゃるらしいのだが、誰がそうなのかも知らない。
それで誤って不敬など働き、将来恨まれるようなことがあれば今後の冒険者生命に関わる。王子に粘着されてる奴と関わりたいと思う人間は少ないだろう。
そんなわけで、私としては、顔と名前と身分を全員一致させておきたかった。
………あ、卒業までの仲間、というのは別に興味がない。
どうせ私は一年契約だし、そもそも学園は途中で独り立ちする人が多くて、卒業までには入学時の半分くらいしか残らないのだとか。
学園卒業生という肩書きはある程度の力を持つが、まあ実力さえつけばなんとかなるという人は結構多いのだろう。
「では、一人一分くらいを目安に自己紹介をお願いしますねー。……面倒くさくても、これも冒険者の大切なスキルの一つですから、一応まじめにお願いしますよ〜」
自己紹介と聞いて明らかにがっかりした生徒に向かって、ダージー先生が釘を刺す。
曰く、クエストを受ける人間は依頼主が選ぶので、自己アピール能力は冒険者の必須スキルだ、とのこと。
……うん、正論である。
いやー、私も冒険者始めたての頃は子供だったから、自分のことをうまくアピールできなくて困ったなぁ。常在クエストの薬草集めくらいしかできなくて、日銭を稼ぐことしかできなかったっけ。あの時ほど自分の語彙不足を恨んだことはないね。
などと私が思い出に浸っていると、ダージー先生が突然私の名を読んだ。
「じゃあ、アデライトさん!」
「!? は、はい!」
「あなたが出席番号1番だから、あなたからどーぞ?」
ダージー先生はそうやわらかに微笑むと、それ以降押し黙ってこちらを見上げている。
………そう言えば、確かにこの教室に来る時に「1」と書かれた紙を渡された気がする……あれ、出席番号だったのか。
私は、まさかの一番手という状況に少し緊張してしまう。
ただでさえ学園生活、ひいては人間との集団生活というものが初めてなのに、まさかのトップバッター抜擢というのは、些か困難が過ぎるのではないか。
……ぐぅ、しかし文句も言ってられん。隣の二人からの視線も痛いし、何よりクラス全員が立ち上がった私を射抜くように視線を送ってきている。あと、先生のアルカイックスマイルがめちゃ怖い。何考えてんのか読めない。
あまり待たせては、悪印象を与えかねないか……
私はついに観念して、心を落ち着け自己紹介を始めた。
「あ、アデライト=フィル=ランベールです。渾名はアデラと言います。年齢は17歳で、確かこのクラスの生徒の中では最年長であったと思います。固有魔法は……すいません、まだ明かせません。まだ戦闘訓練もしていませんから、隠させてください。みなさん優秀な方だとは思いますが、困ったときはぜひ相談してください。少しですが、みなさんより人生の経験がありますから、助けにはなれると思います」
私はそう言って全体に丁寧なお辞儀をして、椅子に着席した。
すると、あたりからまばらな拍手が起こる。
対して敬意は感じないが……まあ、形としての拍手だろう。冒険者間でもよくある。これ、やっぱりどこもやるんだな。
それから、一先ず問題なく自己紹介を終えられなことに、私は安堵する。
なんか変なことを口走るんじゃないかとも思ったが、あたりの反応を見るにあまり怪訝そうな表情をした人はいなかった。きっと、常識の範囲内で済ませられたはずだ。
ちょっと固有魔法のくだりで不思議そうな顔をした人もいたが……別にこれは問題ないと思う。なぜなら──────
「はい、いい自己紹介でしたね。固有魔法を言わなかったところもグッドです。実際の現場では不用意に固有魔法を言いふらすことは厳禁ですから。自分の切り札は、隠しておくものですよー。……まあここは学園ですから、できれば人のことを信用してもらいたいですが!」
ダージー先生はそう言って、私にウィンクを飛ばした。
私はそれに、あはは、と曖昧に笑って返す。
まあ、言わなかった理由は先生が言ったのだけではないが、大方その通りである。
もちろん、先生の言う通りここは学園だし、生徒のことは信用はしてあげたいが……これは冒険者としての癖みたいなものなので許してもらいたい。
「それじゃあ、次に行きましょうか。えーと、エインディールさーん、お願いしまーす」
「はい。みなさん初めまして、私の名前は──────」
それ以後、私についてはもう触れられることなく、そのままつつがなく自己紹介が進行された。
なんかすっごい偉そうな人がいたり、とんでもなく緊張して喋れない子がいたり、その様子は十人十色だったが、とりあえずは自己紹介は順調だったと言える。
なんとか王子が誰なのかも掴めたし、クラスの人の感じもなんとなくわかった。
まあ、これで私が誰かに無礼を働くことはないだろう。
……この平等を謳う学園の中で私は何を気にしてるんだろうか? ほんと、とことん頭が庶民である。まあ仕事中だし、私彼らに尽くす側の人間だけど。
あと師匠、もう少し自己紹介は真面目にやってください。
一体どこに名前と年齢言って終わらせる人がいるんですかって話ですよ。先生が必死にフォローしてる姿は正視に耐えない、いやいっそ哀れでした。
あと年齢は11で行くらしい。まあ早熟と言われればそう見えなくもない。……しかし、とんでもない量サバ読んでんなあいつ。恥ずかしくないのか? 仕事だとしても痛々しいわ。
……あっ、視線恐いぃ。なんでバレるのぉ……?
私の席は教室の真ん中で、師匠の席は端の端なのに、どんな方法を使ってるんだ……
微妙に怖い。師匠やっぱり読心術習得してんだろ。
まあそんなこんなしているうちに、気づけばクラス全員が自己紹介を済ませていた。
……最後のズィーディンベルク=ゼハード=ツヴァイフラニムって人すごい名前だったな。もうZに愛されてるじゃん。出席番号最後になるために生まれてきたじゃん。
しかもめっちゃ熱血だったし……殿とか向いてそう(偏見)
うーん、そこそこ個性豊かな人が集まってる印象だったな。
私とかめっちゃ地味だし……このクラス、とんでもなくはちゃめちゃになりそうだけど、私やっていけるかなぁ。成績で負けることはないだろうだけども。
明るいクラスで良かったような、悪かったような……そんな微妙な気持ちが私の胸に蟠っていた。
・ダンジョンの出口
『ダンジョン』に入るための入り口、あるいは出口はそこらじゅうに存在しており、レベル一ダンジョンのそれなんかは、ダンジョン内にも街を作っちゃうくらいには一般的。
なお、ここで「世界中にレベルごとの入り口があるって、地形的におかしくね?」と思ったあなたは勘がいい。………ダンジョンとは、地下に広がる洞窟のことではない。




